データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)東京総会における安倍外務大臣首席代表演説

[場所] 
[年月日] 1984年4月17日
[出典] 外交青書29号,389ー394頁.
[備考] 
[全文]

 事務局長,代表各位,並びに御列席の皆様

 エスカップ第40回総会の開催に当たり,加盟諸国の代表の方々を日本にお迎えできましたことは,私の大きな喜びでございます。

 特に私は,日本代表団を代表してリニ首相に率いられたヴァヌアツ共和国代表団が,今次総会から正加盟国として参加されていることに歓迎の意を表します。近年,エスカップのPによってあらわされる太平洋諸国の参加が相次ぐことは,誠に心強い限りです。私は,同国が,今後エスカップの活動の一層の充実に積極的に貢献されますよう期待します。更に私は,この機械に,エスカップの活動を意義あらしめるため尽力されているキブリア事務局長以下事務局スタッフの方々に対して,敬意を表したいと存じます。

 代表各位

 エスカップが,国連傘下におけるアジア太平洋の地域協力事業の実施機関であることは申すまでもありません。エスカップは,その役割をこれまで着実に果たしてまいりました。しかしながら,今日,エスカップの持つ意義はそれに留まりません。エカフェとして創立された当時,域内僅か5カ国にしか過ぎなかった加盟国が,現在では,加盟国・準加盟メンバー合わせて域内39を数えるに至り,地球上最大の大陸と大洋に25億人の人口を擁するようになりました。エスカップは,いまや,この多数の人々の代表がアジア太平洋地域の経済社会開発問題を中心にそれぞれの意見を開陳することによって,諸国間の相互理解の増進に資する重要な場ともなっているのであります。

 本日も,皆様と膝を接して座っておりますと,地図の上では御近所でも平生はなかなかお目にかかる機会のない皆様とお仲間であることが肌で感じられ,この会議の持つ意義が改めて強く実感されます。

 こうして見回すまでもなく,アジア太平洋地域は全く多彩であります。ここに生きる諸民族は,宗教も文化も,歴史も政治体制も様々であり,経済発展の状況も均一ではありません。エスカップ諸国間にこうした相異に基づく対立もないわけではありませんが,この地域の諸民族の間には,多様性を受け入れて多元的な安定を生みだす伝統的な力が働いているように思われます。

 最近,我が国の隣国同士である中国と韓国の間では,非政治分野とはいえ,その交流が拡大されてきております。このように体制の異なる国同士が相互の理解と交流を深めていくことはアジアの平和と安定にとって誠に好ましいことであります。私はアジア太平洋地域に古くから伝わる知恵と力が,こうした動きを一層促進することを期待したいと思います。

 これから10日間の会議の間に聞かれる皆様の声は,それぞれの立場を反映して,多様かつ多彩であることでしょう。しかし,ここで交わされるのは,アジア太平洋の生の息づきです。我々は,そのすべてに対して耳を傾け,真摯な友人として,それぞれの立場について,理解を深めなければならないと思います。

 代表各位

 長い停滞に悩んでいた世界経済は,先進国を中心にようやく回復過程に入りました。いま世界の各国は,回復しはじめた経済を,再びインフレを昂進させることなく,持続的な成長軌道に乗せようとして懸命の闘いを続けています。むろん,いまだに多くの問題が残されています。保護貿易主義,財政赤字,失業の存在等,難問は解消されたわけではありません。これを克服するには,まだ多くの各国の努力,さらに各国間の協力が必要でありましょう。しかし,私は,今日の回復基調を前向きにとらえて行きたいと思います。経済は「生きもの」であり,これに携わるものの意思を反映するところが少なくないからです。

 こうした中にあって,開発途上国は,全体としては,まだかなり厳しい緊縮型の国内経済運営を強いられています。これらの国の前には,輸出の不振,資本流入の停滞,累積する債務等,さまざまな困難が立ちはだかっております。ただ,エスカップ地域の途上国は,他の地域の途上国と較べ,全体として強い回復力を示しました。例えば,1983年における各地域の途上国のGNP成長率を見ると,アフリカが2%,中東が3%,ラテンアメリカがマイナスなのに対して,アジアは5%であり,物価上昇率も近年下がりつづけて,1983年前半では,年率平均にして10%を下回っております。また,輸出に対する公的対外債務の返済額の比率(デット・サービス・レシオ)も,全世界の途上国が約20%であるのに対して,アジアの途上国平均は約10%と半分に留まり,健全さを窺わせています。私は,厳しい経済情勢の中でこうした実績を挙げられたエスカップ各国の適切な経済政策と国民の努力を高く評価いたします。

 代表各位

 私は,開発途上国は,近年の経済停滞の中で,最も深い苦しみを味わってきた国々であると考えます。国民生活と生産の向上をめざした折角の開発プロジェクトが遅延し,国民の意気込みが挫かれているところが少なくありません。先進国経済と途上国経済は,車の両輪であり,このいずれを欠いても,世界経済の前進は不可能です。景気回復の徴候が見えてきたとは言っても,まだ,全面的なものとは言えぬ今日,開発途上国の経済を回復し,その国民生活の発展をはかることは,先進国経済の活性化に劣らず,緊急な課題です。

 我が国は,国際社会に於て果たすべき重要な債務として,開発途上国に対する経済協力を行い,近年の極めて苦しい財政事情の中においても,新中期目標を立てて,政府開発援助の拡充に引き続き努力しております。とりわけエスカップ地域に対しては,年間約24億ドルの二国間政府開発援助の約70%を振り向けてまいりました。また,我が国の民間部門の同地域に対する投資残高は,我が国海外投資の3分の1以上を占め180億ドルを超えております。更に貿易面では,大半が域内諸国からの輸入で占められている一般特恵の内,鉱工業品シーリング枠を,この4月1日から約52億ドルに相当する分だけ拡大しております。

 このような政府及び民間の協力は,我が国の国民がアジア太平洋地域を重視していることの反映であるとともに,国民の1人が1人が,肌の色の似通った同じ地域の人々の生活環境に無関心でいられないという心情に根ざすものであります。私は,こうした我が国民の支持を背にして,我が国が,今後ともアジア太平洋地域の反映のための開発協力を一層充実すべく,最大限努力する決意に変わりのないことを,明らかにしておきたいと存じます。

 代表各位

 開発途上各国がその経済発展を図るに当たり留意すべき重要なこととして,自国の人口,資源,国民性,経済の発展段階等に応じて,それぞれにふさわしい経済政策を選択しなければならないという問題があります。

 あたかも本年は,全国連機構内で,「国際開発戦略」の実施状況に関する検討・評価が行われておりますが,私は,開発途上国がこの分析結果をその政策選択に当たって活用できるよう配慮すべきだと考えます。とりわけ,世界経済困難の状況下で比較的良好な成果を挙げた国の多いエスカップ地域については,その共通点を抽出して他の地域の参考に供してはいかがでしょうか。私は,さきほど事務局長が挙げられたいくつかの要因を更にふえんし経済政策全般の総合的な視点から,エスカップ地域各国がいかなる努力を払ってきたかについて分析・評価すべきだと思います。

 また,後発開発途上国問題は,今日の国際社会全体にとって人道的な観点から看過しえない問題となっております。これらの諸国は,その絶対的貧困状態を克服して自立的成長に移行するため,必要なインフラストラクチャーの整備及び人材の育成に取組んでおられますが,私はこの苦難の戦いに,できる限りの支援の手を差し伸べるべきものと考えております。我が国としては,「後発開発途上国のための1980年代の新実施行動計画」で約束された国際的協力措置の誠実な履行に努めてまいる方針であります。特にエスカップ地域内のこれらの国に対しては,かねてから特段の配慮を払ってきており,例えば1982年の全世界の後発開発途上国36カ国に対する我が国の2国間政府開発援助の63%をエスカップ地域内の7カ国に供与しております。なお,後発開発途上国の我が国に対する輸出の拡大に資するため,1980年に導入した特恵特別措置を,本年4月より域内後発開発途上国の輸出関心品目につき改善を行ったことを申し添えたいと存じます。

 代表各位

 私はここで,今次総会の主要なテーマとなっている「開発のための技術」について,若干の所感を申し述べたいと思います。

 今日ほど技術の持つ意味がクローズアップされた時はありません。また,今日ほど技術の前進が身近かな問題と感じられている時はありません。その最大の理由は,おそらく,多くの人々が,技術が我々の生活をより便利により快適にするに役立つというだけでなく,その発展のいかんが我々の将来の生存を左右するという実感を持つにいたっていることにありましょう。同時にもう一つの理由として,景気の停滞からの脱却過程で,とりわけ先進諸国では,先端技術関連の産業分野から次第に経済が回復してきているという事実があります。このような視点からするなら,技術に,今日,いわば「熱いまなざし」が注がれていることは不思議ではありません。今次総会のテーマ「開発のための技術」は,このように重要な「技術」をどうしたら,開発途上国の経済・社会発展のために最も有効に活用できるかということを取扱おうとするものであります。

 この問題につきましては,適用しようとする技術の価値が開発の需要にかなっているか,並びに,その技術を受け入れる基盤ができているかという二つの側面から考えなければなりません。

 まず,第一の開発の需要の問題について申し上げます。一般に,技術を事業に適用するのは,技術に投じられる価値よりも,技術を使うことによって事業の生みだす収益が増加する分が多いと判断される場合です。開発に技術を適用する場合には長期的見地からの比較衡量が行われますが,開発の需要を明確にせずして,単に新しい技術であるが故にとり入れるなら,その目的にそぐわない結果が生じてしまいます。

 第二の技術基盤については,その主な内容として,技術を扱う人的能力と,技術を受け入れる社会や生産のシステムの問題があります。特に人的能力の向上,とりわけ技術者の育成は今日,技術導入・技術開発をめざす途上国にとって死活にかかわる問題であり,各国ともこれに懸命の努力をつづけておられ,我が国としても及ぶ限りの協力をしているところです。

 開発の需要と技術基盤というこの二つの条件は,国によってそれぞれ,そのレベルや質を異にするものでありましょう。したがって,それを満たす技術の選択は各国ごとに行われざるをえませんが,主観的願望に走ることなく,また総花的志向に堕することなく,これをいかに無駄なく行うかについては,先人の経験を生かして作られた指針に従うことが懸命だと思います。今次総会で審議される「開発のための技術・行動計画」案は正にそのために準備されたものであり,私は,同行動計画が今次総会で採択され,加盟国によってこれに沿った政策がとられるならば,エスカップ地域の技術利用は,より一層効率良く展開され,開発のスピードアップにつながるものと信じます。

 次に私は,この行動計画に提案されている次の二つの地域協力事業について述べたいと思います。

 第一は,「テクノロジー・アトラス」のプロジェクトです。これは,調査・セミナー・ワークショップ等による作業に基づいて,技術に関する国別のニーズ,能力等必要なデータを盛りこんだ地図を作ろうというものでありますが,これが完成の暁には,先に挙げた2つの条件を満たす技術を各国が探索する上で極めて有益なものとなるにちがいありません。

 また,私は,このアトラス作成の過程で,これに参加する各国の人々が,技術の価値の計測や自分達の技術能力の測定等に習熟し,新しい技術を受け入れるための地ならしの役を果たす能力を身につけることにも期待しております。

 第二は,「デモンストレーションを軸とする研究開発プロジェクト」の提案です。具体的には,参加国のいずれにも公平に恵まれている太陽エネルギーを利用する太陽電池プロジェクトが考えられておりますが,この提案は,新技術の開発への応用の可能性を目に見える形で示すという点で大きな効果があると思われます。

 もちろん,私は従来のエスカップの着実な調査研究・情報普及活動等の業績を高く評価いたしておりますが,このような形でエスカップ活動の存在を域内の人々に知らせるということも,新しい時代にふさわしい試みと信じます。

 我が国としては,今申し上げた2分野について,今後,具体的エスカッププロジェクトが提案されることを期待しており,適切なものに対しては応分の協力をする用意があることを付言いたします。

 代表各位

 我が国は,先月「1985年世界婦人会議のためのエスカップ地域政府間準備会議」を東京に招致いたしました。この会議は婦人の地位の向上に関しエスカップ地域の立場から熱心な討議を行い有益な勧告を採択いたしました。私は,エスカップがアジア太平洋地域の婦人問題をはじめとする社会問題の解決に今後とも大きな貢献をされることを期待いたします。

 代表各位

 以上私は,エスカップ活動に対する我が国の積極的協力の方針について申し上げました。我が国は,この方針に基づき,加盟国からの需要の高い地域協力事業に対して,できる限りの協力を行っております。

 資金面では,日本・エスカップ協力基金に対し今年度206万ドル強の現金搬出につき先日国会の承認を得たところであります。今年度一般歳出全体が前年度比減少という状況の中で,本基金については,前年度比25%,金額で40万ドル強の増加という特別の配慮が払われましたことを申し添えます。また,我が国は専門家の派遣,研修員受け入れという形でエスカップへの協力を行っており,1983年度の協力実績は総額165万ドルとなっております。私は,こうした我が国のエスカップへの協力が,アジア太平洋地域における開発のための地域協力促進に役立つことを強く期待いたします。

 エスカップ活動の真の成果は,加盟国の積極的参加によってこそ達成されるものであります。特に地域協力事業の実施に当たっては,受益国の意志とそのあらわれとしての行為が不可欠であると言わなければなりません。それぞれが,自らの力に応じた貢献を行うことが必要なのであります。域内の各国がともに手をとり合い,それぞれに持てる力を出し合って一つの事業を推進するとき,それは,アジア太平洋地域の多様なエネルギーを激しく結合する重要な触媒の役を果たすのです。

 我々は,この結集された力をもって,アジア太平洋地域の開発のダイナモを動かし,未来のために地域の安定と繁栄を築く土台づくりをしようではありませんか。新たな世紀は,もうすぐそこまで来ているのです。

 ありがとうございました。