データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 安部外務大臣のブラジル文芸アカデミーにおける講演

[場所] リオデジャネイロ
[年月日] 1985年10月2日
[出典] 外交青書30号,406ー412頁.
[備考] 
[全文]

御列席の皆様

私は,かねてより中南米における我が国の重要なアミーゴであるブラジルを是非訪問したいと思っておりました。我が国ではブラジルを知らずして,良き日本国外務大臣とはなりえない,と考えてきたからであります。幸いにも日伯就好通商航海条約調印90周年に当たるこの年,ブラジル政府の御招待によりかねての念願が実現いたし,これで私も,名実共に良き日本国外務大臣となれたわけであります。ブラジル政府をはじめ関係者の皆様の御高配に心から感謝申し上げます。

本日,私は,栄えあるブラジル文学の伝統を受け継ぐブラジル文芸アカデミーのお招きをいただいた上,先程マシャード・デ・アシス章を授与されました。そして今ここに,ブラジル各界で指導的役割を果たしておられる皆様を前に講演する機会を与えられ,誠に感激に堪えません。

御列席の皆様の中には,これまで日伯間の架け橋として重要且つ積極的な役割を果たしてこられた方々が多数おられます。私は日本国政府を代表し,この席をお借りして皆様のこれまでの御尽力に深い敬意を表します。

今回の私のブラジル訪問は短時間ではありましたが,セツーバル外相との間で国際情勢,日伯両国間の協力関係について意見を交換したほか,サルネイ大統領,上下両院議長並びに最高裁長官を表敬,会談致しました。これらの会談や,また,美しいリオ,並びに活力溢れるサンパウロを訪れて,私は,民主主義国家の建設に取り組んでおられるブラジル国民の皆様の強い意欲と熱意に深い感銘を覚えた次第です。

ブラジルは,陽気で親しみ易く,大きな包容力とエネルギッシュな活力を持つ1億3千万の国民を擁しています。更に,ブラジルは,豊かで美しい自然と,その底に眠る莫大な資源,加えて,情熱的な美人の国でもあります。私は,神が誠に不公平な仕業をされたと実感している次第であります。

(国際情勢と我が国の外交努力)

御列席の皆様

日伯両国の友好協力関係は先人達の努力によって今日極めて順調良好であります。本日は皆様を前に最近の我が国の外交活動と,将来に向けてこの日伯両国関係をいかに強化発展させるべきかにつき私の考えをお話ししたいと思います。

第2次世界大戦が終了して40年の歳月が経過しました。そして国際情勢は様々な変化を体験して来ました。この間どの時点においても日本外交の基本的な政策目標として掲げられて来た一貫したテーマがあります。

 その第1は自由民主主義諸国の一員としてこれら諸国との緊密な協調・連帯をはかることであり,これは戦後の我が国が行った歴史的選択を出発点とするものです。第2にはアジアの一国としての立場から国際的に行動することでありますが,これは日本のおかれた歴史的,地政学的条件に起因するものであります。

 かかる基本政策のもとに,我が国はこの40年の間に恵まれた国際環境と自らの努力によって自由世界第2位の経済規模を持ち,それに伴う国際的責任を果たすべき立場に立つに至りました。一般的に言えば,それに伴って当初受動的な,あるいは地域に限定された意味を持たされ勝ちであった我が国外交の政策目標は次第に,より積極的な,行動的な内容とグローバルな広がりを持つように変わって来たと申せましょう。

 私は,このような事情を背景に外務大臣就任以来,世界の平和と繁栄のために大きな責任を持つ立場に立ち至った我が国が,その立場を自覚し,積極的な行動をとるべきとして「創造的外交」を主唱して参りました。その主要な努力は次のようなものであります。

 第1は,「平和と軍縮への努力」であります。

 我が国は,「平和国家日本」の立場から平和と軍縮を一貫して強く主張してまいりました。世界の平和と安定にとって最も大きな責任を有する米ソ両国に対しては,米ソ首脳会談の早期実現を要望してきましたが,このほど11月に同会談が実現する運びと成りました。私は,米ソ間の対話が東西関係の安定化に寄与し,世界の平和と軍縮の促進に向かっての端緒となることを強く期待しており,今次国連総会出席の機会にシュルツ国務長官及びシュヴァルナッゼ・ソ連外相と会談して,この点を強く訴えた次第であります。

東西間の不信を解消するには,米ソ間のみでなく,東西諸国間の対話が不可欠であり,私は,ソ連外相との会談や東欧諸国への2回にわたる訪問を通じ,対話の促進に努めてまいりました。

 米ソ間の軍備管理・軍縮交渉に加えて,多国間軍縮の場における努力も重要であります。私は,昨年6月,自らジュネーヴの軍縮会議に赴き,米ソ両国をはじめとする世界の各国が軍縮へ向けて真剣な努力を行うよう訴えました。我が国としては,今後とも,国連やジュネーヴ軍縮会議などの場において,核実験全面禁止,核不拡散問題,化学兵器禁止の早期実現等に関して,具体的な貢献を行うべく努力を続けていく考えであります。

 また,現在世界の各地で続いている地域的な紛争や緊張は,常に米ソ両超大国を巻き込む危険性をはらんでおります。紛争の拡大を阻止し,平和的解決を求める不断の努力がなければなりません。我が国は関係地域諸国の自主的な解決努力を助長すべく,その平和的解決をはかるための環境作りに努力しております。

 例えば,中東につきましては,我が国は,一昨年の私のイラン,イラク両国訪問をはじめとして,両国間の紛争の早期平和的解決のための環境造りに努力しております。また私は,本年7月,ジョルダン,シリア,サウディ・アラビアの3国を訪問し,各国首脳と中東和平問題,イラン・イラク紛争等,中東地域の抱える諸問題につき,突っ込んだ意見交換を行いました。

 最近の中米情勢は特に憂慮すべきものがあります。我が国は,かねてからコンタドーラ・グループによる地域内の和平努力をひきつづき支持しております。また本問題については,一昨年ブラジリアにおいてセツーバル外相とも突っ込んだ意見交換を行いました。ブラジルは最近コンタドーラ・グループ・支援グループの一員として本問題の平和的解決のために積極的な役割を果しておられますが,かかる外交活動は我が国の努力と軌を一にするものであります。

 第2は,「世界経済の繁栄のための努力」であります。

 世界経済は,先進国を中心に全体として景気回復の輪が広がっているものの、保護主義の圧力はかつてないほどに高まっており,世界経済を破局の危機にさらしております。我が国としては,この危機を回避して,自由貿易体制を維持・強化し,世界経済を安定的に発展させるため,積極的にイニシアティヴを発揮し、必要な貢献を行っていく決意であります。

 その一貫として,先に我が国は,自らのイニシアティヴに基づき,「原則自由・例外制限」という基本的視点に立つ「市場アクセス改善のためのアクション・プログラム」を決定致しました。この結果,特にブラジルに関心の高い鉱工業品の大半について一律現行税率の20%を引き下げることとなりました。また,72の個別関税引下げ品目には,ブラジルの関心品目であるインスタントコーヒー,骨なしチキン,エチルアルコール等が含まれております。

しかしながら,このような我が国一国の努力のみをもってしては,高まりつつある保護主義を防圧し,自由貿易体制を維持するには充分ではありません。世界の各国が新たな多面的イニシアティヴ,即ち,新ラウンド交渉を早期に開始し,ガット規律の強化と新たな貿易機会の拡大を目指していくことが是非とも必要であります。勿論,このためには,開発途上国,先進国を問わず,出来る限り広汎な諸国の参加を得て,十分かつ迅速な準備を行っていかなければなりません。この点において,途上国のリーダーたるブラジルの役割は極めて重要であります。私は,本問題につきセツーバル外相とも緊密な意見交換を行っており,日伯両国が新ラウンド推進という共通の建設的な目標に向けての協力を一層強化することが出来ると確信しております。

第3は,開発途上地域の安定と発展への協力であります。

 開発途上国に対する安定と発展は,世界の平和と繁栄にとって不可欠であります。

 途上国に対する政府開発援助につきましては,我が国はこれまで,2度にわたり中期目標を設定し,その計画的拡充に努めてきました。我が国としては,かかる努力を引き続き維持する方針であり,今般ODA第3次中期目標を決定して,これを今次国連総会において私より表明した次第であります。同中期目標は,1986年から1992年までのODA支出総額400億ドル以上とすることを目指し,このため1992年のODA実績を1985年の実績の倍とするよう努めるとともに,併せて質の面でも可能な限りの改善をはかるという,従来以上に意欲的な内容となっております。

従来,歴史的な理由からアジアを中心に行われて来ました我が国の援助は,近年中近東・アフリカ・中南米においてもますます大きな役割を果しつつあります。例えば,現在アフリカで見られるような深刻な飢餓や,貧困からの解放なくして,人類全体の平和と繁栄はありえません。我が国はかかる観点から,他の諸国に先がけて,官民相携えてアフリカへの緊急援助と,中長期的な「アフリカの緑の革命」を目指した協力を推進して参りました。

更に,累積債務問題については,その解決のためには,債務国の自助努力に加え,先進国,国際機関,国際民間銀行団の協力が不可欠であり,更に,間接的には,世界貿易の拡大,市場開放への努力,投資促進を含む中・長期的観点からの総合的な問題解決への取り組みが必要であります。我が国は,最近中南米諸国との間の活発な要人往来の機会をも利用して,これら諸国の間で債務問題につき意見交換を行っておりますが,今後とも相互理解と相互協力の下に,この問題の解決に協力していきたいと思います。

ブラジルに関しては,「困っている時の友人こそ真の友人である」との考えから昨年フィゲイレード大統領来日を契機に,我が国は,新規輸銀供与,新規セラード拡大事業融資,パリ・クラブによる公的債務繰り延べ等の支援を行って来たことは御承知の通りです。

(日伯関係の展望)

御列席の皆様

 我が国は以上のように創造的外交を積極的に展開しており,私の外国出張も今回で33回目,訪問した国の数も45ヶ国にのぼりました。このように我が国の外交の幅は大きな広がりを見せております。こうした中で私は従来とも歴史的に極めて良好な友好関係にある中南米諸国との関係の一層の緊密化に努めて参りました。今回の訪問はその中で最も重要な貴国を訪問し,我が国の中南米外交の足場をしかと固める重要なものと位置づけております。

今から丁度90年前の1895年に修好通商航海条約が調印され,正式に交流が開始された日伯両国関係は,今世紀に入って間もなく,最初の日本人移住者がサントス港に到着して以来,めざましい発展を遂げました。多くの日本人移住者が広大な自然と成功の機会が満ちた新天地を求めて来伯し,現在では約13万人の日本人と約70万人と推定される日系ブラジル人が居住して,良きブラジル市民として農業をはじめ多くの分野で貢献を行い,ブラジルの官民の皆様からも高い評価を得ていると聞きます。「カキ」,「ポンカン」といった日本人移住者がもたらした日本語は巷でよく耳にすることができ,ブラジルにすっかり定着したものとなっています。この間,日系移住者が初期の困難を克服し,やがて暖かくブラジル社会に受け入れられていった模様は,移住者の子孫であるチズカ・ヤマザキ監督の映画「ガイジン」を通じて我が国にも広く知られております。

 このような日伯関係には,1960年代に入って更に新しい局面が開かれました。すなわち,ブラジル政府の政策と相まって貿易及び資本と技術面での協力が新たな関係の中心となったのです。今日では,ブラジルは,日本にとって中南米で最も重要な経済交流の相手国の一つであり,例えば,投資の分野では,米国,インドネシアに次ぎ第3位の投資先になっています。ウジミナス製鉄所,石川島・ブラジル造船所建設にはじまり,ツバロンにおける港湾拡張整備及び製鉄所の建設,アマゾン・アルミ精錬向上建設,カラジャス鉄鉱山開発計画,セラード農業開発計画に対する協力等数多くの大型協力案件があり,いずれも日伯協力のシンボルとして大きな成果を上げています。特に日伯セラード農業開発計画は,私が農林大臣当時からその実施に尽力してきたものであり,ブラジルの食糧増産に貢献するのみでなく,世界の食糧事情の改善にもつながる点,極めて有意義と考えます。

 このように日伯両国は,丁度地球の反対側に位置し,距離的には互いに最も遠い国同士であるにもかかわらず,相互補完的な関係にあり,幅広くかつ密接な関係を維持し続けてきました。

(21世紀に向けての日伯協力関係)

御列席の皆様

 しかしながら,我々は,これまでの関係を維持するだけで足れりとせず,創造的かつ発展的に両国の協力関係を向上・強化しなければなりません。このため,私は,特に次の3つの分野における協力関係の強化を提案したいと思います。

 第1は,国際政治,経済上の諸問題の解決に向けてのよりグローバルな広がりをもった協力の強化であります。

 先にも述べましたように,現在社会は,国際政治,経済上の諸問題,そして発展途上国の諸問題等数多くの困難な課題に直面しております。このような中で,中南米の安定勢力たるブラジルと同じくアジア・太平洋地域における安定勢力たる日本は,自国の安全と繁栄のみならず,中米紛争,自由貿易の拡大,累積債務問題等,世界の諸問題の解決のためにお互いに協力し合って積極的に貢献すべき使命と責任を有しております。このような観点から,日伯両国が,両国間関係を緊密化させるとともに,平和で繁栄する世界の建設という共通の目標に向けて共に努力を重ねていくことは極めて重要かつ有意義なことであると考えます。

 第2は,文化,人物交流の一層の促進であります。ペレに代表されるサッカーを通ずるスポーツ交流,日本におけるサンバやボサノバの音楽の普及,ブラジルにおける生け花,茶道など両国の文化交流は活発化していますが,両国の新密度からすれば今後とも一層の発展の余地を残していると言えましょう。このため,今般,日本国政府はブラジルの表玄関たる当地に文化・広報センターを開設し,日伯文化交流に一層の力を注ぐこととした次第であり,また明春には,日本の伝統舞台芸術である歌舞伎を貴国に派遣し,当地他で巡回講演を行なう予定です。

 人物交流の中でも特に次代を担う青年の交流は重要であります。昨年5月に両国の青年指導者の交流計画が両国間で合意され,我が国は同年11月末,ブラジル各界を代表する青年50名を日本に招聘しました。さらに,我が国は明年度よりブラジルをはじめ中南米諸国から,青少年の指導に直接あたっている現場の教師を,我が国に招聘することとしました。

ブラジルでは,日系人の方々が今なお日本語の修得に務めておられますが,私は更にブラジル人一般の人々の間で日本語が広がり,また,日本研究が促進されることは日伯相互理解の一層の深化に寄与するものと考えます。このため,ブラジル大学等における日本語普及にあたって我が国政府としてもできるだけの支援をしてまいりたいと考えます。

第3に,科学技術分野の協力の強化であります。21世紀は科学技術の時代と言われます。日伯両国は,今後とも経済関係を一つの軸として協力の一層の緊密化を計るべきでありますが,来るべき新しい世紀を念頭におき,これまでのモノあるいはハードの交流に加えて科学技術を中心とするソフトの交流へと,より高い次元での協力関係を構築すべきであります。従来より我が国はコンピューター部門はじめ各種技術協力をすすめてきており,また,既に日伯両国の科学者の間で,1979年以来4回にわたり日伯科学技術シンポジウムが双方で開催されておりますが,昨年5月には両国政府間で科学技術協力協定が締結されました。そして一昨日,私の出席の下に,ブラジリアにおいて同協定に基づく第1回合同委員会が開かれるに至ったことは両国間の新たな協力のフロンティアが始まったものと誠に喜ばしく思います。

(おわりに)

御列席の皆様

 私は本日,国際社会の中で日々責任と重要性を増しつつある日伯両国がその修好100周年,更に21世紀に向けて,強固な相互信頼に裏打ちされた次の時代にふさわしい協力関係へと新たなステージを築き上げ,平和で繁栄する明日の世界の建設を目指し,共に創造的な努力を行っていくことをブラジルを代表する皆様に呼びかけました。

もちろん,かかる努力を行っていく上で,種々の困難に逢着することもあり得ましょう。しかしながら,世界のあらゆる地域から移住者を暖かく受け入れ,等しく平等な機会を与えているブラジル国民の広い包容力,自由と進取の気性に富んだ活力のあるブラジルの社会,激変する世界や中南米の歴史の中で着実にその変化を乗り切って来たブラジル国民の鷹揚で中庸を重んずる国民性,加えてブラジルの広大な可能性を思うとき,私は両国関係の将来に楽天的であり,また,両国の21世紀への挑戦は必ずや成功を収めていくものと確信するものであります。

私は,東洋の先哲が残した「天の時,地の利,人の和」という言葉を想起致します。今や日伯関係は「天の時」を得ております。即ち,両国は修好1世紀を目前にして蓄積された友好の絆を爆発的に発揮すべきときであります。また,アジア・ポート構想に見られる如く,アジアと中南米の距離を縮めるべきアイディアも日伯双方の努力で着々と具体化されつつあります。従来の地の「不利」は,やがて「利」に変えられて行くでありましょう。

 そして「人の和」,それは深く広い相互理解に基づいて強固な相互信頼の中で構築されて来ております。この「人の和」こそ日伯両国にとっても友好協力関係の原点であり,日伯関係を新世紀にふさわしいものへと建設する原動力であります。

 私は今回の貴国訪問がこの絶好の「天の時」にあたり,「地の利」をもたらし,両国間の「人の和」の一層の構築にいささかなりともお役に立つことを願って私の講演を終わりたいと思います。

 御静聴有難うございました。

 ムイント・オブリガード