データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ガット閣僚会議における倉成外務大臣演説

[場所] プンタデルエステ
[年月日] 1986年9月15日
[出典] 外交青書31号,322ー324頁.
[備考] 
[全文]

議長

私は日本国政府及び国民を代表して,閣下が本ガット閣僚総会議長の職を務められることに対し,心からお祝いを申し上げます。私は,閣下の卓越した指導力の下に,今次会議が成功を収めることを確信するとともに,そのために全力を尽くして協力することを約束いたします。

また貴国政府及び国民が,一体となって行なわれた周到な準備と温かい歓迎に対し,心より謝意を表明いたします。

私はこの機会に,これまで準備委員会議長として,大きな貢献を果たされたダンケル・ガット事務局長,及びその他の全ての関係者に対し,深甚なる敬意を表するものであります。

議長

我が国の中曾根総理が,第2次オイルショック後の世界経済の停滞によって高まる保護主義圧力の中で,「自由貿易体制を強化し,世界経済に新たな自信を与えるため,新たな多角的貿易交渉の開始の準備を促進していくことが重要である」として,新ラウンドの開始を提唱したのは,1983年の11月にさかのぼります。

我が国は,その後,意志を同じくする諸国と協力し,新ラウンドの実現に向け,多くの努力を続けてまいりました。

その結果がようやく実を結びつつあり,新ラウンドがまさに開始されようとしていることは,我が国として非常な喜びであるとともに,開始を確保するための最後の努力の重要性を痛感する次第であります。我が国は,ここプンタデルエステで,新ラウンドを正式に開始するとの強い決意で臨んでおり,そのために全力を尽くす考えであります。ここに参加しておられる全ての閣僚も,私と同じ決意と使命感を持たれていることを,確信しております。

議長

世界経済は,インフレの鎮静化,金利の全般的低下等,明るい動きが見られるものの,多くの国における財政赤字,対外収支不均衡,深刻な雇用情勢,増大する保護主義的圧力,一部諸国における債務状況の悪化等引き続き多くの問題を抱えているほか,石油価格及び一次産品価格の動向など先行きの不透明さが存在しております。

これらの諸問題の解決のためには,マクロ経済政策と貿易政策の双方が重要であり,先の東京サミットでも示されているようにマクロ経済,通貨面での国際協調の機運が高まるという進展が見られており,今や貿易面での国際協調が強く求められるに至っております。この貿易面での国際協調の努力が,とりもなおさずこの新ラウンドの推進であると確信します。

議長

新ラウンドは,ガット原則の形骸化を防止し,開放された多角的な貿易体制の再構築を図らねばなりません。

新ラウンドは,貿易障害の一層の削減,撤廃を図るべきであります。

新ラウンドは,途上国の貿易環境の改善を図らなくてはなりません。その際には累積債務の問題への考慮も必要でありましょう。

新ラウンドは,サービス貿易の拡大等国際経済の実態に関する構造変化を踏まえ,ガットが効果的にこれら新分野に対応することを確保しなくてはなりません。

会議が万が一にも不十分な結果に終わった時,それによって生じる保護主義の蔓延と世界貿易の縮小が,今後の世界貿易,世界経済に与える影響はあまりにも大きく,深刻なものといわざるを得ません。

保護主義を防遏し,自由貿易体制を維持・強化し,21世紀の人類の平和と繁栄に向けての貿易体制を確立することがここに集まった我々政治家の歴史的任務であります。

議長

幸いなことに,我々は本会議を成功させるための基礎として,1月から続いた新ラウンド準備委員会の作業により,50カ国の多数の支持を得た宣言案を有しております。

我が国は再度ここで日本が同宣言案を支持するものであることを明確に述べたいとおもいます。同案は多数の国の協調と努力により,各国間の利害の微妙なバランスを図ったものであり,望みうる最良の宣言案であると確信します。

私は全ての参加国が同案を基礎に,コンセンサスに向けて,最後の努力を払うことを強く希望します。

我々に求められているのは真のステーツマンシップであり,ここで新ラウンド交渉開始への強い政治意志を,世界に宣言しようではありませんか。

議長

我が国が,「東京ラウンド」の開始を宣言した東京会議を開催したのは13年前になります。

東京ラウンドが,世界経済の困難を乗り切る一つの大きな軸であったことは,万人の評価するところでありましょう。

東京会議の議長は当時外務大臣であった故大平総理が務めましたが,同じ日本国の外務大臣として,1973年以降初めてのラウンドを開始するこの会議に出席できたことは,個人的にも極めて欣快とするところです。

先程,私は新ラウンドを「ウルグァイ・ラウンド」と呼ぶことを提唱いたしました。

我が国は多くの途上国が,来るべき「ウルグァイ・ラウンド」を最大限に利用して,貿易を拡大し,一層の経済発展を遂げられることを強く期待するとともに,大きく成長した今日の我が国が国際的に果たすべき役割と責任を強く自覚しております。

我が国はアクション・プログラムを含む一連の市場開放措置により市場開放を進めるとともに,国際協調のための経済構造調整推進の検討を進める等,前例のない自らの経済社会の変革に着手しつつあります。新ラウンドは我が国にとっても,一層の繁栄を達成していくために重要な契機を提供するものでもあります。

 我が国は自らのためにも,そして国際国家の責任を果たすためにも,新ラウンドにおいては,自ら為すべきことは果断にこれを実行するとともに,その成功のために建設的な役割を果たすとの強い決意を改めて表明するものであります。

議長

各国間に新分野や農業の取り扱いを含め,意見と利害の相違があることは当然であります。しかし,同時に私は,ここに集まった閣僚全てがより大きな共通の目標の達成を目指していることを確信しています。「ウルグァイ・ラウンド」の交渉が成功を収めるまでには,まだ多数の困難がありましょうが,我々はそのための第一歩を,自らの手でこの地において明確に印したいと思います。