データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ジュネーヴ軍縮会議における中山外務大臣演説

[場所] 
[年月日] 1991年6月6日
[出典] 外交青書35号,417ー424頁.
[備考] 
[全文]

議長,

 本日,この伝統ある軍縮会議に出席する機会を得ましたことは,私の大きな喜びとするところであります。

 私は,日本国政府を代表して,この機会に,先ず,議長閣下の卓越した職見と豊富な経験に基づく優れた指導の下,ここに御列席の皆様が,軍縮の実現という国際社会の重要かつ困難な課題に日々取り組んでおられることに,衷心より敬意を表したいと思います。

議長,

 私は,この軍縮会議に出席する時,7年前の同じ6月,私の尊敬する政治家であり外交の大先輩でもあった当時の安倍外務大臣が,この会議に日本の外務大臣として初めて出席し演説を行われたことを想起さぜるを得ません。

 私がこのように申し上げる第1の理由は,先般惜しむらくも逝去された安倍外務大臣と私とは,軍備管理・軍縮問題についての認識と信念において深く一致していたからであります。私は,1989年8月に現職に就任して以来,激変する世界情勢の渦中で日本国外交の舵取りをし,諸外国を歴訪し数多くの指導者との間で人類が歩むべき今後の道について話し合って参りました。その中で,私は,世界平和と軍備管理・軍縮への貢献を我が国外国の枢要な柱の一つとして推進するとともに,その重要性を益々深く実感しながら,是非とも一度この会議に出席する機会を持ち,皆様と意見を分かち合いたいと念願して来たのであります。

 その第2の理由は,1984年という過去と現在との2つの時点を対比する時,一方において,国際関係が今日までの7年間に,当時の誰もが想像もし得なかったほどの大きな変貌を遂げた事実が鮮明になるとともに,他方において,当時も今日も世界の諸国民にとり平和と軍縮の問題が焦眉の課題であるという共通の現実が確認できるからであります。そして,この両方の事実を踏まえれば,今後の軍備管理・軍縮の課題が明確になって来るからであります。

 国際関係について見ますと,当時は東西関係,米ソ関係の緊張を中心に厳しい状況にあり,これが軍備管理・軍縮面にも反映して挫折感と焦燥感,深刻な憂慮が歴然と存在しておりました。しかし,申し上げるまでもなく,その後80年代後半に入り,ゴルバチョフ大統領登場後のソ連の変化を一つの要因として生起し始めた東西関係の変化は,特に最近一,両年において劇的に加速化し,東欧の自由化・民主化,鉄のカーテンの象徴たるベルリンの壁の崩壊からドイツ統一,パリ憲章の採択へとつながり,正に歴史的な変革を遂げて来たのでありました。また,このような新たな国際情勢の中で発生した湾岸危機では,米ソ協調の下で国連を中心とする国際社会が侵略国に対して一致団結して対処し,その成功の事例が示され,国際政治における新たな時代の始まりを予感させることとなりました。

 勿論,歴史の変革期においては,従来の枠組みが崩れ,或いは新旧双方の力が複雑に作用し合い,不安定性,不確実性,不透明性が大きな要素を占めるという普遍的な真理は,残念ながら現在にも当てはまっております。軍備管理・軍縮分野においては,東西政治関係の変化の結実ともいうべき欧州通常戦力(CFE)条約が,署名後,今般の米ソ外相会談での打開までの半年間,幾つかの重要な問題をめぐって紛糾し批准が遅れてきたことは事実であり,また,米ソ戦略兵器削減交渉(START)も最終局面にさしかかりながら合意の見通しが定かでない状況であります。更に,湾岸危機は,従来ある程度の対応が行われながらもそれが不十分であった大量破壊兵器やミサイルの不拡散問題や,従来様々な角度から議論されながらも具体的対応が採られて来なかった通常兵器の国際移転問題への緊急かつ真剣な取組みの必要性を,世界の人々の前に明確に示す結果となりました。これに加えて,一地域での軍縮に関連して起こり得る他地域への兵器移転と,これが他地域の安全保障に与える影響の問題,或いは,化学兵器の廃棄から生ずる環境の問題等,軍備管理・軍縮の実施に付随して生じる様々な問題も,解決すべき重要な課題として浮かび上がって来ております。

 かくして,現在は,まさに国際関係の大局的変化という過渡期にあり,これに伴って促進された軍備管理・軍縮面での成果を不可逆なものとし,これを一層推進するとともに,過去に積み残されてきた種々の課題を新たな光の下で解決するために,不断,不屈の努力を必要とする時期であるといえましょう。

議長,

 このような時期であるが故にこそ,この軍縮会議が果たすべき役割が従前にも増して重大であり,ここに寄せられている世界の期待が極めて高いことを改めて指摘したいと思います。

 確かに,当地においては,60年代から70年代にかけて実り多い成果を上げながらも,近年において作成され成立した軍縮条約が存在しないという事実を想起する必要は有りましょう。しかし,この間に,厳密かつ複雑な検証制度を伴う化学兵器禁止条約の策定という画期的な事業が,粘り強く取り組まれており,今や最終段階にさしかかりつつあることも事実であります。東西冷戦の影響による交渉の停滞も最早過去のものとなりつつある今日,新たな成果に向けて前進することが可能かつ不可欠な時期が到来したといえるでしょう。そして途上国も参加する多国間軍縮の成果は,近年達成された2国間軍縮や地域的軍縮の成果に勝るとも劣らぬものとなり,軍縮の在り方や進展度をめぐる先進国と途上国との間の認識のギャップを埋めるよすがともなりましょう。このような意味において、現在、正にこの会議の真価が問われる時期が訪れているといえるのであります。

議長,

 そこで,私は,先ず,軍縮会議の役割に深く関わる大量破壊兵器の問題について述べたいと思います。

 この時と場所を考える時,第一に取り上げるべきは,勿論,只今触れました化学兵器の問題でありましょう。

 ジュネーヴ議定書により化学兵器の使用が禁止されて以来60年以上,また当地において化学兵器の問題が取り上げられて以来20年以上の年月を経て,この非人道的な兵器の廃絶に関する交渉は,漸く最終的な局面にさしかかりつつあると言えます。このような時期に発生した湾岸危機において,イラクが投げかけた化学兵器使用の脅威は,この条約の早期締結に対する国際社会の願望をかつてないほど高めました。湾岸危機が与えたモメンタムが失われないうちに,長きに亘っているこの交渉を一刻も早く妥結に導くことが必要であり,今後とも皆様がそのために全力を挙げて取り組まれるよう期待するものであります。その意味で,先般,ブッシュ大統領が,この交渉に関する米国の新たな積極的立場を表明されたことは,化学兵器の全地球的な廃絶へ向けての勇気ある決断として,我が国としても大いに歓迎するものであります。

 また,条約交渉に政治的な弾みを与えることを目的として,軍縮会議の閣僚レベル会合を開催すべしとする幾つかの国の提案は,残された重要問題の解決に突破口を作り交渉の進展を図る上で,基本的に有意義なものと考えます。但し,このような閣僚レベル会合が所期の成果を上げるためには,政治的な解決を必要とする問題点が事前に絞り込まれ,政治的決断により一定の結論を見い出すための素地が整うことが重要であります。私は,各国の軍縮問題の第一人者である皆様が周到な準備作業を進められ,閣僚による作業が一致して求められるのであれば,喜んで会合に参加し,真剣な努力を行う所存であります。

 これに関連して,私は,皆様の努力がある程度進展した段階において,その過程を更に一歩押し進め,閣僚レベル会合の見通しを立てるために,本国からの代表者による高級事務レベル会合を,年内にも当地で開催することを提案したいと思います。

 勿論,如何なるレベルの会合が開催されるにせよ,いずれの国にとっても100パーセント満足の出来る条約を作成することは困難であり,非現実的と言わざるを得ません。この提案に際し,私は,各国が条約の究極目的を十分に認識し,最大限の妥協の精神を示すことが,交渉の早期妥結のために不可欠であることを改めて指摘したいと思います。

 この交渉の局面打開に向けた以上の如き新たな動きと呼応して,今後,交渉に参加している各国政府は,検証・査察制度の効果的,合理的な実施をはじめ,条約の円滑な国内的実施を確保するため,国民に対し条約への理解と協力を求めるとともに,そのための実証的検討作業を推進して行くことが重要と考えます。このような見地から,我が国としては,本年度の然るべき時期に,条約の規制対象となる化学物質を取り扱う国内の使節に対し,改めて試験的な査察を実施することを検討しており,これらによって得られる経験と知見を活用し,信頼性のある検証・査察制度の構築に寄与して参りたいと考えます。

 次に,この条約の普遍性の確保について一言付言したいと思います。その確保については,残念ながら万能薬的な措置はなく,各国が化学兵器を地上から廃絶するとの政治的なコミットメントに基づき,自発的に条約に加入する必要があります。その意味では,この条約への加入が自国の安全保障の増進に資するものであると,全ての国が納得できるような条約を作成することが重要であり,他方,それでも加入しない国については,外交的説得を続けるとともに,条約外に留まることのコストの大きさを認識させる他はないでありましょう。我々は,そのような条約の策定に向けて広く叡智を結集して行かねばなりません。

 以上述べて参りましたとおり,我が国は,この条約の早期締結を希求しており,既に国連総会第1委員会において条約の原署名国となる旨を表明しました。私は,未だこのような意図を表明していない交渉参加国が同様の宣言を行うことを期待すると同時に,条約交渉の基礎を堅固ならしめ,化学兵器廃絶への信頼を醸成するため,全ての化学兵器保有国が早急にその保有につき宣言することを期待したいと思います。

 なお,以上との関連で,我が国を含む各国の専門家からなる国連特別委員会が進めるイラクの化学・生物兵器の廃棄は,画期的な事業であり,化学兵器禁止条約の下で行われることとなる将来の化学兵器の廃棄にとって貴重な経験となると期待されます。これは,環境に与える悪影響の防止を含め,技術面,或いは資金面で克服すべき課題の多い困難な事業でありますが,我が国としてもその遂行のために応分の協力を惜しまない考えであります。

議長,

 次に私は,湾岸危機を通じその拡散の危険性が改めて強く認識された核兵器の問題についても触れないわけには参りません。これは,我が国が,唯一の被爆国として,核兵器の不拡散や究極的廃絶を極めて重視しているからでもあります。

 核兵器については,多数国間軍縮の最大の成果の一つである核不拡散条約(NPT)体制の強化,特に未締約国の締結促進と締約国による条約義務遵守の徹底が,益々緊要となって来ております。第1の点については,我が国も従来から,核兵器国,非核兵器国を問わず,未締約国に対し種々の機会をとらえ強く訴えて来たところであります。これに関連して,今週始め,フランスがNPTの署名を原則的に決定した旨発表したことを歓迎し高く評価するとともに,これが他の未締約国によるNPTの早期締結に繋がることを強く期待するものであります。第2の点については,我が国は,湾岸危機の教訓を踏まえ,その一つの方途として,国際原子力機関(IAEA)の保障措置制度の整備・強化が重要との観点から,その有効性を向上させるための具体案を,今後IAEA等の場において提案したいと考えております。また,NPT締約国でありながら,IAEA保障措置協定を未締結の国に対しては,その締結を強く働きかけております。更に,両方の点に関連して,我が国は,4月上旬,核兵器をはじめとする大量破壊兵器及びミサイルの不拡散努力を強化するとの立場から,政府開発援助の実施にあたっては,被援助国におけるこれら兵器の開発,製造等の動向に留意することを決定し,その旨を発表致しました。

 また,我が国は,既に140ヵ国を越える多数の国が参加し,世界の平和と安定に寄与してきたNPT体制の重要性に鑑み,その1995年以降の長期延長を強く支持するものであります。同時に,この条約について指摘される核兵器国と被核兵器国の間の「差別」の問題については,東西対立の緩和にもかかわらず,世界の平和と安定が以前として核を含む軍事力による抑止と均衡に依拠しているとの冷厳な現実に鑑み,核兵器国がなお一層真摯な核軍縮を推進することにより,徐々に解消されていく必要があると考えます。

 次に,核軍縮の一側面としての包括的核実験禁止問題については,その実現NPT延長とをリンクさせる主張が昨年の第4回NPT再検討会議等の場においてなされましたが,考慮されるべきは,包括的核実験禁止問題のみに限らず,核軍縮全体の進捗状況でありましょう。この関連で,私は,INF条約の完全履行を高く評価するとともに,STARTの早期妥結とその後の新たな米ソ核軍縮交渉への継続発展を強く希望するものであります。米ソ核実験制限交渉の次の段階への前進もこれに劣らず重要であり,また,米ソ以外の3核兵器国も核軍縮に真摯に取り組むことを期待したいと思います。また,包括的核実験禁止に向けての方途としては,1984年に安倍大臣がこの場で提案したステップ・バイ・ステップ方式が最も現実的な選択であり,これを核軍縮全体の進展の中で進めていくことが我が国の一貫した主張であります。

 この関連で,我が国を含む関係国の努力が効を奏し,この会議において7年振りに設置されたアド・ホック委員会で,昨年7月から核実験禁止に関する実質審議が再開されたことを高く評価したいと思います。昨年,我が国の堂ノ脇大使がこの委員会の議長を務めたのに引き続き,本年もインドのチャダ大使を議長として掘り下げた活発な討議が続けられているとのことでありますが,核兵器国と被核兵器国とのこのような対話を通じて共通の認識が深められ,包括的核実験禁止という最終目標に近づくために何が実行可能であるかにつき具体的に審議されることを期待したいと思います。

 なお,核実験禁止の地震学的検証制度の確立のためにこの会議の下に設置された地震専門家会合には,我が国も地震観測,及び地震関連技術を誇る有数の国の一つとして,長年積極的に参画し応分の貢献を行ってきております。私は,その作業を高く評価し,核実験の国際的探知網の設置に向けて,本年重要な段階を迎える世界地震データ交換システムの第2次大規模実験の成功に期待するとともに,この会合が取り組むべき今後の新たな課題についても十分な考慮が払われるべき旨指摘したいと思います。

議長,

 先週,我が国の古都京都において,「冷戦及び湾岸戦争後の国際システムと多国間軍縮への挑戦」との主題の下に国連軍縮会議が開催され,閣僚やここに御列席の一部の大使をはじめ,内外の多数の方々を集めて活発な討議が行われました。海部総理が,このような会議の日本開催を提唱し自ら出席して演説したのは,湾岸危機を通じて只今述べたような大量破壊兵器の不拡散問題,更には通常兵器の国際移転問題の重要性が改めて認識されたからであります。言い換えれば,東西対立が緩和され,かつてのように地域紛争が直ちに東西対立に結びつかなくなるに従い,地域紛争の多発化の危険性が逆に高まってきているともいえる状況の下で,兵器の拡散,移転問題への対処が紛争予防上極めて重要であると再確認されたからでありました。私は,京都会議が,この軍縮会議或いは国連等の場において,軍備管理・軍縮を審議する上での大きな刺激剤となったものと確信しております。

議長,

 そこで,私は,京都会議でも重要なテーマとなった通常兵器の国際移転問題に触れたいと思います。

 我が国は,今年3月「中東の諸問題に関する当面の施策」を発表し,その中で,通常兵器の移転問題に関し,第1に透明性・公開性の増大に向けて,国連への報告制度の確立等,国連を中心とする基準・ルール作りに貢献すること,第2に通常兵器の輸出国が自国の自主規制の枠組みの整備・強化を検討するよう呼び掛けることを明らかに致しました。前者は,通常兵器の移転の状況についての透明性・公開性を高めることにより,自衛に必要な範囲を越えて危険な兵器集中が行われつつある場合に,国際社会に早期に警鐘を鳴らすような仕組みが必要であるとの認識に基づくものであり,地域紛争防止のための情報面での措置であり,信頼醸成措置或いは広義の軍備管理の問題であるといえましょう。また,後者は,ある地域における軍事バランスを壊し紛争を誘発する一因となるような通常兵器の過渡の集中を,主として通常兵器供給サイドの自制により防止することが必要であるとの認識に基づくものであり,地域紛争防止のための実態面での措置として,軍備管理の問題であるといえましょう。

 通常兵器移転の透明性の増大に関しては,御承知のとおり1988年コロンビア等が提案して国連総会で採択された決議に従い,専門家グループが設置され検討が進められております。我が国の専門家もこれに参画しており,検討作業の結果が今秋の国連総会に提出される予定であります。我が国としては,先に言及しました「当面の施策」の中で示し,また,京都会議において海部総理が明言したとおり,透明性の増大については,この専門家グループの検討結果をも踏まえつつ,通常兵器の移転に関する国連への報告制度の確立等,国連でのルール作りに貢献すべく,今秋の総会への関連決議案の提出を行う考えであります。この関連で,先般ニューヨークで開かれた国連軍縮委員会でもこの問題が議論され,英国が国連における兵器移転のデータの登録制度の確立について有益な提案を行ったと承知しており,同じ考えを持つ国々が集まってこのような決議を共同提案することが有意義でありましょう。また,将来,兵器移転データの処理等のために国連軍縮局のデータベース・システムの整備・強化が必要となる場合には,応分の協力を検討する用意が有ります。

 また,通常兵器の輸出問題については,私自身,機会を捉え主要な輸出国の外相等に対し自主規制の問題を提起して参りました。大量破壊兵器に比べて国際社会における見解の乖離が大きい通常兵器の移転問題については,輸出国側による自主規制の強化の検討から始めることが最も現実的であると考えるからであります。

 この関連で,先週ブッシュ大統領が,中東地域への武器移転の規制につき,5主要武器供給国間の共通ガイドラインと協議システムの確立に向けて,新たなイニシアティヴを発表されたことは,この困難な問題への勇敢な挑戦として,極めて高く評価したいと思います。5ヵ国によるその早急な具体化を期待するとともに,今後これが,その他の主要な武器輸出国の参加を得て,対象地域もグローバル化する方向で強化されることが重要と考えます。武器輸出3原則に基づき極めて厳格に対応してきた我が国としても,今後ともこのような目標に向けての国際的努力に対し貢献を惜しまない所存であります。

 通常兵器の移転問題について,最後に指摘しておきたいことは,地域における政治的対立,紛争の解決の重要性であります。改めて指摘するまでもなく,戦後はじめての通常戦力軍縮といえる欧州通常戦力(CFE)条約の成立を可能としたのは,東西間の政治的対立構造の抜本的変化でありました。諸国家は政治的対立の反映として軍事力を保持し対抗し合っているわけであり,CFE条約は,より根底にある政治的対立が解消される度合いに応じて軍事的対立のレベルの低下が可能であることを実証的に示したのであります。即ち,通常兵器の移転問題を含め,地域における軍備管理・軍縮を本質的に促進するためには,なによりも政治的対立の解消が不可欠ということであります。その解消により,通常兵器輸入国におけるその輸入促進要因が大幅に低下するのであります。確かに,現在の国際社会においては,通常兵器の移転問題は,各国の自衛と密接に関連していること,或いは通常兵器自体が既に相当に拡散しており,また,その生産能力の拡散傾向も見られること等の関連で,極めて難しい問題であり,これへの対応において一定の限界があることは認めざるを得ません。それ故にこそ,私は,医学の徒としての経験にも照らし,このような状況に対しては,対症療法と根治療法の双方を併用すること,即ち,通常兵器移転の透明性の増大や輸出の自主規制といった対症療法と,政治的対立の解消のための外交努力といった,所謂「体質改善」のための根治療法の双方を推進していくことが必須であると考える次第です。我が国は,各国と共に,今後ともこのような両面の努力を継続していく所存であります。

議長,

 以上,私は,最近の世界情勢の変化を踏まえ,軍備管理・軍縮分野において緊急の対応を要する諸問題につき,我が国の立場を述べて参りました。現在,世界は東西冷戦後の新しい国際秩序の模索という重要な時期にさしかかっております。人類の悠久の願望であった自由かつ創造的で繁栄に満ちた社会を保障する,平和で安定した国際秩序を如何にして構築していくかは,2度の世界大戦を経験した20世紀の我々全てが直面する重大な課題であり試験であると言えましょう。現在,我々は,未だ光と影の交差する変革期にあるわけですが,ある意味で,このような国際秩序に向けての着実な鼓動を開き始めていると言えるのではないでしょうか。眼前の21世紀が人類にとり新たな千年期,或いは二千年期の第1章であることに思いを致す時,私は,後世の多数の子孫の前に負っている責任の重大さに戦慄を覚えざるを得ないのであります。我々は,今日この場において改めてこのような歴史的視野と責任感を確認しつつ,来世紀までの残る10年間という再び訪れることのない貴重な時期に,我々に課された軍備管理・軍縮の崇高な課題の達成に向けて,不断,不屈の努力を続ける必要があるのではないでしょうか。私は,今後とも皆様と共同してこのような努力を続けて参る所存であります。

 御静聴,ありがとうございました。