データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国際人口・開発会議における河野副総理兼外務大臣演説

[場所] カイロ
[年月日] 1994年9月6日
[出典] 外交青書38号,184−187頁.
[備考] 
[全文]

議長、

大統領閣下、

事務総長閣下、

御列席の皆様、

 私は、本日ここに日本国を代表して、わが国のこの会議及び人口問題に関する所見を述べますことを光栄に思います。また、会議をホストされたエジプト政府及びこれまでこの準備に携ってこられた国連人口基金をはじめとする会議関係者の方々に心から敬意を表します。

(背景)

議長、

 冷戦後の国際社会は、地域紛争の危険の増大などに見られるように流動的で不安定な状況に置かれています。紛争の背景にはしばしば貧困と社会の不安定の問題があり、世界の安定と繁栄を確保するためにも、経済社会問題の解決により、紛争の根本原因を取り除くことが本質的に重要です。人口問題は、国際社会が発展する中で複雑化し、今や地球規模の問題として我々の前に立ちはだかっており、緊急の取組を必要としています。私は、この人口問題は、経済社会問題全体に関わっており、その取組には基礎的保健、教育、女性の地位向上を含んだ総合的アプローチが必要であると考えております。こうした考えに基づき、我が国は、人口問題に積極的に取り組むため、本年2月に「地球規模問題イニシアティヴ」を打ち出し、人口・エイズ対策において途上国援助を大幅に拡充することを決定しました。

 私は、今回の世界会議は、今世紀に開かれる最も重要な会議の一つであり、人類がこの問題にどの様に取り組んでいくのか、21世紀に向けての指針が定められるものと確信しています。

(環境との関係)

議長、

 一昨年のリオ・デ・ジャネイロでの国連環境開発会議でも、人口と持続可能な開発と地球環境問題の密接な関係が指摘されました。急激な人口増加、都市への過度の人口集中、不安定な国家間の人口移動、環境への負荷の大きい生産・消費パターンや技術の導入、多量の廃棄物の排出などにより、人類は人間活動の制約に直面しています。

 私は、ここで目指すべきものは、人口の急増が、環境破壊や資源の枯渇を生じさせたり、消費・生産活動に深刻な影響を及ぼしたりすることを認識し、それらの持続可能な均衡を図ることだと考えます。途上国、先進国双方が固有の責任を共に負っており、途上国は人口増加率を抑えることが、先進国は生産・消費パターンの見直しや低公害車の導入、太陽光発電等再生可能エネルギー利用といった環境に優しい技術の開発・促進を図ることが肝要と思います。また、国際社会は、持続可能な開発という目的を達成するために、環境保全・資源保護に配慮した協力を促進すべきであり、さらに、増大する人口に対応するためには、世界の食料の安定供給という面に着目し、持続可能な生産性の高い農業の発展に向けて政策の強化に努める必要があると考えます。

 我が国は、昨年、環境への負荷が少なく、持続的に発展することができる社会の構築を目指した環境基本法を制定し、現在、これを具体化する環境基本計画を策定中です。さらに我が国は、昨年アジェンダ21行動計画も発表致しましたが、これに沿ってこれからも、国連環境開発会議でも約束した環境分野のODAの強化・充実を図るとともに、環境に優しい社会作りを進めて行く予定です。

(リプロダクティヴ・ヘルス)

議長、

 私は、今回の会議における主要テーマの一つは、リプロダクティブ・ヘルスであると認識しています。我が国においては、女性の地位向上、意志決定過程への参画を促進する等の観点から、基本的人権を尊重した人口問題へのこの考え方は重要と考えます。

 我が国は、このリプロダクティヴ・ヘルスに関する活動に力を注いでおり、一貫して男女平等の教育を行ってきたほか、母子健康手帳の交付など一連の母子保健システムにおいて、女性及び次世代を担う子供の健康向上のために、思春期から妊娠、出産、子供の健康についての検診・相談・指導の機会を設け、これらを実施することにより、その健康保持および増進を図ってきております。このような施策により、女性の正確な情報に基づく選択・意思決定が可能となり、男性の行動の在り方の改善と併せ、乳児死亡率、出生率の低下等がもたらされていると考えております。

 リプロダクティヴ・ヘルスとの関連では、エイズも人口問題の重要な地位を占めていますが、この関連で先月我が国において「第10回国際エイズ会議」が開催されたことも付言させていただきます。

(NGOとのパートナーシップ)

議長、

 我が国は、近年、NGO活動の重要性を強く認識しております。NGOは、政府や国際機関が必ずしも十分に対応できないところで地域に根付いた活動を展開しており、今や政府や国際機関とは補完関係にあると言っても過言ではありません。また、我が国は、今後とも、プロジェクトを形成する段階からの対話も含め、人口分野での二国間協力においてNGOによる草の根レベルでのプロジェクトの支援を強化していきたいと考えており、NGOとのこうした関係の構築は国際的にも重要であると考えます。

(「行動計画」に対する考え)

議長、

 我が国は、これまで開催された各種準備会合を経て策定された新しい行動計画案を支持するものであります。私は、今次会議においてこの行動計画案が全会一致で採択され、全世界が21世紀に向け一体となって人口問題に取り組める環境が整うことが必要と考えます。行動計画案には、末だ合意に至っていない点が残っていますが、私は、それらの点について、参加各国が、世界の人口問題の現状を認識し、この会議に於いて現実的対応を行っていくことを強く訴えたいと思います。

(我が国の人口問題への取組)

議長、

 次に、我が国の人口問題に対する具体的な取組につき述べたいと思います。我が国は、第2次世界大戦直後に人口急増に直面し、これを自助努力により解決し、その後の経済成長を成し遂げた国として、また最近は、他の先進国と同様に、急速な高齢化に取り組まねばならない国内的事情から、従来より人口問題に深い関心を有しております。この戦後の人口問題の解決にあたっては、NGO、草の根的な地域レベルでの保健婦・助産婦等による家族計画の普及活動のみならず、戦前からの男女の教育水準の向上、母子保健に代表されるようなプライマリー・ヘルスケアの促進が重要な役割を果たしたことを申し上げたいと思います。人口問題の解決に向けては、生活水準の向上とともに、こうした地道な活動が非常に大切であると考えます。我が国は、平和国家として、このような経済・社会分野をはじめとする、我が国の得意な分野での取組を中心として、その国際貢献を積極的に進めて参りたいと考えます。

 また、本会議の成功に向け我が国は、本年初頭に、国連人口基金と共催で「人口問題に関する東京賢人会議」を開催し、東京宣言を発表して、行動計画案の作成に貢献を行ったほか、今次会議及び同時に開催されるNGOフォーラムへの支援等積極的に協力を行っています。

(我が国の「地球規模問題イニシアティヴ」の発表)

議長、

 我が国は、人類の重要課題である人口問題への取組は、我が国が力を発揮できるものであり、またその使命と考えています。その具体的な決意の現れとして、政府開発援助の最大供与国である我が国は、人口とエイズの分野における途上国援助に関する「地球規模問題イニシアティヴ」を本年2月に打ち出しました。これは、1994年度から2000年度までの7年間でこれら分野へのODAを総額30億ドルをめどに積極的な協力を進めていくものです。これらの問題で我が国のパートナーとして協議を行ってきた米国は90億ドルの協力を表明しています。我が国はこれにより、米国と共に人口・エイズという人類共通の課題に対する世界的な取組を促進して参りたいと考えております。私は、この我が国のアピールに対し、多くの国々、国際機関、NGOの方々が応えていただき、人口問題への取組が世界の大きな潮流になることを強く希望するものです。

 私は、この会議の成功を踏まえ、我が国がこのように今後も人口問題に対し積極的に取り組んでいくことを表明して演説を終了したいと思います。

 ご静聴有り難うございました。