[文書名] NPT再検討・延長会議における河野外務大臣演説
1(今次再検討・延長会議の意義)
議長
私は、日本国民を代表して閣下が本会議の議長に選出されたことに対し、心から祝意を表明致します。日本代表団は閣下の重要な責務の遂行に対しあらゆる協力を惜しまぬ所存であります。
今次会議において行われるNPTの延長期間についての決定は、将来の核不拡散体制の在り方を左右するものであり、今後の国際社会の平和と安定に計り知れぬ影響を与えるものであります。ここに参集されているNPT締約国代表は、NPTが核兵器の不拡散、核軍縮、さらに原子力の平和利用の分野に果たしてきた役割を単に自国との関わりばかりでなく、人類、さらに地球の将来をも見据えた視点から評価・検討すべきであると考えます。
2(NPTの三つの柱)
(1)(核不拡散)
議長
NPTは、国際的核不拡散体制の中核として大きな役割を果たしてきました。25年前にNPTが発効した際、我が国に於いては、NPTは不平等な条約であるとして、本条約批准に消極的な議論もありましたが、我が国は核兵器不拡散に対し本条約の果たそうとする役割の重要性を深く認識し、76年、本条約を批准致しました。現在の時点から振り返って私はこの時の決定は正しかったと確信しています。NPTが無ければ、核兵器国は現在よりも多数となり、国際社会は遥かに不安定になっていただろうと思われるからであります。
しかし、NPTの核不拡散の機能について問題が無い訳ではありません。NPTに加入しながらもIAEAの保障措置を受けない国、非核兵器国として加入しながら核兵器開発を企図する国が存在したこと、さらにはNPTの枠外にあり、核兵器開発の疑惑がもたれている国が存在することは深刻な問題であります。また、昨年、欧州で摘発された核物質の密輸事件も、核不拡散の観点から憂慮すべき出来事であります。
他方、過去5年の間に、NPTの普遍性は大きく拡大しました。中国とフランスが加入したことに加え、アルゼンティン、南アフリカ共和国、さらには相当数の核兵器が存在しているウクライナ等の旧ソ連諸国が非核兵器国として加入したことは、核不拡散に於けるNPTの役割をますます大きなものとしております。
(2)(核軍縮)
議長
NPTに期待されている役割は核不拡散のみではありません。第六条に規定されている通り、核兵器国が核軍縮に努めることもNPTの要請であります。しかし、過去25年間を見る限り、この面では満足のいく成果が得られませんでした。NPTの存在にもかかわらず、80年代後半まで核兵器国の核軍縮が全人類を何十回も抹殺することのできるところまで拡大されたことはまことに残念なことでありました。
しかし、冷戦終結後の最近の状況は希望を抱かせるものと言えます。米露による戦術核兵器の大幅な廃棄が行われていることに加え、米露間のSTARTIが昨年12月に発効したことは大きな成果であり、STARTIIが一刻も早く発効することを強く期待する次第であります。また、最近の全面核実験禁止条約交渉の進展は、核不拡散のみならず、核軍縮の面でも大きな意義を有するものであり、我が国は、検証分野における地震学の手法活用のために積極的に貢献するなど、同交渉が出来るだけ早期に妥結するよう努力をいたしております。また、開発途上国において地震学の専門家を育成する研修を実施するなど、全面核実験禁止条約の為の国際体制づくりに取組んでおり、今後ともこのような努力を一層強化していく所存であります。米、露、英、仏の各国が核実験の停止を継続していることは、核兵器国の核実験全面禁止に向けた真剣な姿勢を示すものであり、中国も是非とも核実験モラトリアムを実施するよう求めたいと思います。また、カットオフ条約の交渉開始のため、関係国による努力が継続され、先般同条約の交渉を行うための委員会の設立について合意が見られたことを歓迎致します。この条約は、核軍縮においても重要な一歩となるものであり、我が国としても実際の交渉の早期開始とその進展に向け可能な限り貢献をしたいと思います。
(3)(原子力の平和利用)
議長
NPTは、また、核不拡散と原子力の平和利用を両立させる基本的な枠組みとなっています。原子力の開発・利用は、エネルギーの安定的な供給に大きく貢献しており、また、原子力は、化石燃料と比べ、環境への負荷も大きくありません。核物質の輸送を伴う海外再処理を含め、我が国が核燃料リサイクルを推進しているのも、貴重なエネルギー資源であるウランの効率的利用を促進しようとするものであります。もちろん海外再処理にともなう核物質等の輸送は安全性の見地から細心の注意を払う必要があることは当然であり、我が国としては、国際原子力機関(IAEA)及び国際海事機関(IMO)等の基準を十分満たした輸送を行ってきております。
また、我が国は、原子力の開発・利用を厳に平和目的に限るとの強い決意の下、IAEAの包括的保障措置を受け入れています。昨年我が国が各国に先駆けてプルトニウムの保有状況を公表したのも、このような我が国の政策に対する透明性を高め、国内外の理解を得て、原子力の開発・利用を進めていこうとするためにほかなりません。
原子力の平和利用の分野においては、NPTに基づき締約国間の国際協力が一層拡充されるべきであります。我が国としては、特にIAEAを通じた多数国間の協力を重視し、技術協力基金やアジア太平洋地域の協力協定に基づき、人的・財政的貢献を積極的に行ってまいりました。今後とも、原子力の平和利用に携わる人材の育成と技術の向上のためにできる限りの支援をしていく方針であります。
原子力の平和利用と核不拡散の接点において、IAEAの保障措置は極めて大きな役割を果たしてきました。NPT上、核兵器国はIAEAの保障措置を受け入れる義務を負ってはいませんが、核兵器国においてもすべての平和利用施設へのIAEA保障措置の自発的適用が更に追求されるべきであると考えます。
3(NPTの無期限延長の重要性)
議長
国際社会は依然として核の拡散の危険にさらされています。むしろ冷戦終結後の地域紛争の危険の高まり等を背景として、核拡散に対する懸念は強まっていると言えるでしょう。このような中、核不拡散の基本的枠組みを確固たるものとすることは極めて重要であります。
このため、我が国は、NPTを無期限延長すべしとの結論に達しました。現実に存在する核兵器拡散の脅威に対応するには、この条約により核不拡散の体制をまず永続的なものとして確立することが最善であると考えます。期限を付した形でNPT延長を行うことは、NPTが消滅する可能性を残すものであり、核不拡散体制の重要性に鑑みれば余りに危険が大きいと考えます。
先般、非核兵器国の安全の保障に関し、全ての核兵器国が改めてその立場を表明し、さらには国連安保理決議の形で採択されたことは、NPT無期限延長へ向けての努力の表れであり、これが無期限延長に向けて良い影響を与えることを期待致します。
議長
核兵器国は核軍縮を一層進展させなければなりません。NPTの無期限延長は、核軍縮の進展を容易にする枠組みを確立するものであります。核兵器国は、世界の平和と安定に寄与するため、核の選択を放棄した大多数の非核兵器国の信頼に応え、条約第6条で約束した核軍縮努力の義務を再度想起しなければなりません。
我が国は核兵器の究極的廃絶を目指し、現実的かつ着実な核軍縮を進めることの重要性を訴えてきました。昨年の国連総会に我が国が提出した「核兵器の究極的廃絶に向けた核軍縮に関する決議」が圧倒的多数の賛成により採択されたことは、このような基本的考え方に広く国際社会の理解が得られたものであると考えます。
我が国は、改めてここで呼びかけたいと思います。NPT未締約国はNPTに早期加入すべきであります。すべての核兵器国は、究極的核廃絶を目標として一層の核軍縮努力を行うべきであります。そしてすべての国は、核軍縮進展のため大量破壊兵器の軍縮と不拡散の分野における約束を完全に履行すべきであります。
4(結語)
議長
本年は第二次大戦終了後50周年の節目となる年であります。我が国は、戦後、過去の教訓に学び、平和憲法の下、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄するとともに、平和国家として再生の道を一貫して歩み続けてまいりました。その中で、世界の平和と繁栄のために取り組んでいくことを外交の基本とし、軍縮、特に核軍縮のため粘り強い努力を重ねてきたのであります。我が国は、多くの国の人々に苦しみと犠牲をもたらした戦争の中で核兵器の惨禍を経験しました。核兵器は、その巨大な破壊力により、多数の人命や人々の生活基盤を一瞬にして奪うものであるのみならず、被爆者の放射線障害等による苦痛には筆舌に尽くしがたいものがあります。我が国は核兵器は二度と使われてはならないとの決意から一切の核武装の可能性を放棄し、核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずという非核三原則を堅持しております。我が国は、このように、広島、長崎の悲惨な被爆体験に基づいて、究極的な核廃絶を求め、我が国による核兵器の保持等を明確に否定する立場に基礎を置いてNPT無期限延長を支持するものであります。
NPTの無期限延長はここに参集した締約国の総意によって、それが不可能でも出来る限り多くの締約国の支持の下に決定されるべきであります。本条約体制は全ての加盟国の積極的な協力、そしてその維持・強化への意志により初めて実効性を有するものであり、その意味で私は重ねて我が国の基本的考え方が出来るだけ多くの締約国に共有され、NPTの無期限延長が決定されることを心より期待する次第であります。
ありがとうございました。