データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 全国都道府県知事会議における高村正彦外務大臣挨拶

[場所] 東京
[年月日] 1998年10月16日
[出典] 外交青書42号,219−225頁.
[備考] 
[全文]

 全国都道府県知事会議の開催にあたり、わが国外交主要課題につき申し述べるとともに、各位のご理解とご協力をお願いしたいと存じます。

1.国際情勢認識と日本外交の基本姿勢

 21世紀を目前に控え、新たな世紀を平和で繁栄したものとするため、国際社会は新たな秩序づくりのための努力を続けています。わが国が位置するアジア太平洋地域でも、二国間の協力関係やAPEC、ASEAN地域フォーラム(ARF)をはじめとする地域協力の動きが着実に進展しています。しかしその一方で、先般の北朝鮮のミサイル発射やインド及びパキスタンの核実験に見られるように、わが国をとりまく安全保障環境には依然として不透明さが残り、予断を許さないものがあります。また今日、地球温暖化などの地球環境問題、国際犯罪、テロなどの地球規模問題がますます深刻化しており、国境を越えた国際協力が不可欠となっています。更に、昨年来のアジア各国の通貨・金融市場の混乱に始まり、今日国際社会が直面する世界規模での経済問題に見られるように、グローバリゼーションの流れの中、国際社会全体が一致して取り組まねばならない新たな課題も現れてきています。

 わが国外交の基本目標は、国の安全と繁栄を確保し、国民の安全で豊かな生活を実現していくことにありますが、国際社会がますます相互依存を深める今日、国際社会全体の安定と繁栄なしにはわが国の安全と繁栄はあり得ません。国際社会の抱える諸問題の平和的解決や世界経済の更なる発展に向け、能動的な役割を果たしていくことは、国際社会における主要な一員として大きな影響力を持つに至ったわが国の責務であると同時に、他ならぬわが国自身の安全と繁栄のためにも重要です。

2.アジア太平洋の安定と繁栄のための取組

(1)日米関係

 政治・安全保障、経済、地球規模問題など、幅広い分野において形成されている日米の協力関係は、引き続き日本外交の基軸であります。9月22日にニューヨークにて行われた日米首脳会談でも、日米関係の重要性が再確認され、幅広い事項につき緊密に協議、協調していくことで意見が一致いたしました。日米関係の根幹をなす日米安保体制は、わが国の安全保障政策の重要な柱であるとともに、依然として不確定な要素を抱えるアジア太平洋地域の平和と安定を支える役割も果たしています。政府としては、その一層円滑で効果的な運用のために、「日米防衛協力のための指針」関連法案等の早期の成立・承認に向け努力しており、皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。

 また、9月20日にニューヨークで開催された日米安全保障協議委員会(いわゆる2プラス2)では、米軍の駐留に関わる諸問題についても意見が交わされました。米軍と地元社会が「良き隣人」として良好な関係を維持することがまず何よりも重要であり、そのためには個別の案件について日米双方が誠意を持ちつつ、粘り強く努力していく必要があると考えています。また、沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終報告の着実な実施についても、米国と協力しつつ引き続き取り組んでいくこととしております。

 現下の国際的な経済問題に対処するためにも、日米両国の協力関係は極めて重要であります。先の首脳会談において小渕総理とクリントン大統領は、厳しい世界経済情勢に対処するためにも、引き続き両国間の政策協調のための努力を強化することで一致しました。世界第一位、第二位の経済力を有する両国の協力は、世界経済の安定と繁栄に極めて重要であり、今後とも更に強化していきたいと考えております。

(2)日露関係

 現在、日露関係は、クラスノヤルスクおよび川奈での首脳会談の成果を踏まえ、政治・経済、安全保障等、あらゆる分野で着実に進展をしてきています。この流れは、既に「歴史の流れ」とも言うべきものになりつつあります。今般、プリマコフ新首相が就任し、ロシア政府は新体制になりましたが、私自身、先にニューヨークでイワノフ外相と会談した際、このような両国関係の発展の方向性に変化がないことを確認することができました。私は、まさに今週末、ロシアを訪問することになっており、更に来月には小渕総理の訪問が予定されていますが、このような両国間の「間断なき対話」を通じて、政府としては今後も様々な分野での協力を進めつつ、東京宣言に基づき2000年までに平和条約を締結し、日露関係を完全に正常化するよう引き続き全力を尽くしていきます。また、わが国は、これまでロシア政府が民主化、市場経済化という改革努力を進めてきたことを評価しており、今後ともこうしたロシア政府の改革努力を支持していきます。

(3)日中関係

 本年は日中平和友好条約締結20周年に当たります。日本と中国は、アジア太平洋地域全体の平和と繁栄に責任を有する国同士として、活発な要人往来や安全保障を含む様々な対話を通じ、より一層安定的な関係の構築を目指さねばなりません。そのためには、両国間の信頼関係をより一層深化させていくと同時に、今後は日中間の対話を国際社会における協力の側面に幅広く拡大していくことが重要です。年内にも実現が期待される江沢民主席の訪日は、こうした今後の方向性を打ち出す良い機会となると考えています。

(4)日韓関係及び日朝関係

 民主主義、市場経済といった基本的価値を共有し、安全保障上の利害を共にする韓国との友好協力関係は、わが国の朝鮮半島政策の基本です。先般の金大中大統領の訪日の成果として、21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップにつき発表しましたが、今後はこれを基礎として、更に高い次元の友好協力関係を築いていきたいと考えています。

 北朝鮮については、諸懸案の解決に努めつつ、朝鮮半島の平和と安定に資する形で日朝間の不正常な関係を正すよう、韓国等とも連携しながら取り組んでいくという基本方針です。一方、先般の北朝鮮によるミサイルの発射は、我が国の安全保障や北東アジアの平和と安定という観点、さらには、大量破壊兵器の拡散防止という観点からも極めて遺憾な行為であり、わが国として見過ごすことはできません。政府としては、厳重抗議の意を表明するとともに、国交正常化交渉の開始に応じることを当面見合わせるなど、毅然とした厳しい対応を取っています。今後とも国際社会と一致協力して、北朝鮮にミサイルの更なる発射、開発、配備及び輸出を行わないよう種々の場で働きかけていきます。

(5)地域協力

 以上のような二国間協力と並行して、アジア太平洋地域を中心とした地域協力を一層推進していくことも、域内の信頼向上と繁栄の維持のために重要です。

 経済面では、アジア太平洋経済協力(APEC)が、「開かれた地域協力」を掲げ、貿易・投資の自由化・円滑化や経済・技術協力を通じて域内経済の発展に重要な役割を果たしています。

 また、安全保障面では、ASEAN地域フォーラム(ARF)が、今後信頼醸成、予防外交、紛争解決へのアプローチという段階を踏んでいくという前提の下、域内の協力を深めています。

 さらに、アジア欧州連合(ASEM)を通じて、アジアと欧州の関係の総合的強化を目指すなど、地域を越えた協力も進んでいます。

3.国際社会の抱える諸問題への取組

(1)国連

 冷戦の終焉により、今や国際社会全体の協力に基づく協調的秩序を構築できる可能性が生じてきています。しかし、一方で民族や宗教等の対立に起因する地域的紛争が頻発し、また、紛争の根底にある貧困の問題、更には、難民、環境破壊など様々な課題が山積しています。このため、国連は一層の役割を果たすことが期待されています。

 わが国は加盟以来一貫して国連重視を外交の基本方針の一つに据え、その活動全般に貢献してまいりました。わが国が加盟国の中で最も頻繁に安保理非常任理事国として選出されてきているのも、わが国がこれまで財政面での貢献のみならず、開発、軍縮・不拡散の問題、平和維持活動、環境、人権など、幅広い分野で行ってきた貢献について国際社会より高い評価を得ていることの表れであると思います。

 わが国は今後とも、そのような期待に応え、「平和」への取組、それと表裏一体の

「開発」への取組、そしてこれらに対処するために必要不可欠な国連の「改革」への取組に向け、積極的な役割を果たしていく考えです。

 また、憲法の禁ずる武力の行使は行わないとの基本的な考えの下、多くの国々の賛同を得て、安保理常任理事国として一層の責任を果たしていく用意があります。

(2)平和と安全の確保

 (イ)軍備管理軍縮と不拡散体制の強化

 先般、インドとパキスタンにより核実験が実施され、核不拡散体制は大きな挑戦に晒されました。核兵器のない世界を目指すためには、核の拡散を許さず、強固な核不拡散体制を維持しつつ、同時に、核兵器を保有する国による核軍縮を進めていくことが重要です。そのために、わが国は、核不拡散条約(NPT)及び包括的核実験禁止条約(CTBT)の未締結国に対し締結を強く求めるとともに、全ての核兵器国が核軍縮を一層推進させるよう要請していきます。

 更に、その他の大量破壊兵器である生物・化学兵器や、ミサイル等の運搬手段の拡散防止に向けた取組も重要です。また、紛争の発生や激化を阻止するためには、対人地雷や自動小銃などの小火器の問題にも積極的な取組が必要となっています。対人地雷禁止条約については、先に国会の承認を得て締結することができましたが、わが国としては引き続きこれらの分野で積極的に貢献していきます。

 (ロ)地域紛争等への対処

 わが国は、国連平和維持活動や人道的な国際救援活動に従来から人的・物的な協力を行ってまいりました。本年6月には、国際平和協力法が改正され、新たに地域的機関が行う国際的な選挙監視活動が任務として加えられる等の改正が行われました。9月には、この改正法に基づき、地方自治体から参加された5名の地方公務員やその他民間の方々のご協力を得て、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ選挙に参加いたしましたが、わが国は、このような国際社会の平和と安全を求める努力に対し、引き続き必要な協力を行ってまいりたいと思います。

 また、難民の急増は、深刻な人道問題であると同時に、世界の大きな不安定要因となっています。わが国は地域紛争に伴う難民・避難民に対する人道援助を国際貢献の重要な柱の一つと位置づけ、9月30日に再任された緒方貞子氏を長とする国連難民高等弁務官(UNHCR)などの取組を支援していきます。

(3)世界経済の繁栄の確保と途上国の開発

 (イ)グローバリゼーションヘの対処

 モノ、カネ、情報、そしてヒトといった要素が国境を越えて自由に移動し、経済効率化を世界規模で図ろうとする動き、いわゆるグローバリゼーションが国際社会の一大潮流となっています。グローバリゼーションの進展は、基本的には、日本経済のみならず世界経済全体にとって多大な利益をもたらすものであり、わが国としてもこの流れに積極的に対応すべく、政策努力を続けていくことが必要です。

 まず第一に、国内市場の力を十分に活かすことのできる経済構造にするために、日本経済の構造改革を積極的に推し進めていく必要があります。

 第二に、グローバリゼーションの進展の中で世界経済が持続的に発展し、わが国の経済的利益を増進させるには、世界規模での貿易・投資の自由化の更なる進展と公正な競争を確保するためのルール作りが不可欠です。政府は、引き続きWTOにおける2000年からの包括的な自由化交渉の推進と多角的貿易体制の維持・強化に向けた取組に積極的に参画していきます。また、世界の各地域において、市場の動揺が続く中、IMF等のあり方を基本に立ち返って問い直し、新しい国際金融システムの構築へ向けて積極的に取り組んで行きます。

 第三に、グローバリゼーションの進展は、これまでにない新たな問題を国際社会に突きつけています。昨年来のアジア経済危機は、アジア地域を越えて世界経済に大きな影響を与えており、まさに資本移動のグローバル化を象徴する問題です。この問題の解決に向け、わが国は自らの経済の回復に全力で取り組むと同時に、アジア諸国が必要な改革を断行してこの困難を乗り越えることが出来るよう引き続き最大限の支援を行っていきます。

(ロ)途上国の開発

 途上国の開発は、途上国自身の安定と発展に貢献するだけにとどまらず、国際社会全体の平和と安全に寄与するものであり、ひいては日本の国益の増進にもつながるものであります。現在、わが国の財政は極めて厳しい状況にあり、ODAを巡る国内の環境も厳しいものとなっていますが、こうした厳しい時期においてこそ、ODA大綱の種子を十分に踏まえ、これまでのODAのあり方を見直し、予算の重点配分や国民参加のODAの推進など諸改革に大胆に取り組んで、限られた財源でより効率的かつ透明なODAの実施を通じて最大限の効果を発揮するよう努めていかねばなりません。

 地方公共団体は、市民生活と密接に関わる分野で豊富な経験・ノウハウを蓄積しておられます。地方公共団体が実施する国際協力活動は、地域住民など草の根レベルの需要に機動性を持ってきめ細かく対応し、効果的・効率的な援助を実施していく上で極めて有効であることが認められています。こうした協力は、政府間で実施されるODAと並び、日本の国際協力の推進と海外との相互理解の増進に大きな意義を有しています。このため、政府はODAとこうした地方公共団体他の活動との連携を重視しており、地方公共団体が行う途上国からの研修員受入事業、専門家派遣事業、留学生(日本人師弟)受入事業に対し、「地方公共団体補助金」による財政支援を行っているほか、地方公共団体が途上国に中古消防車、救急車等を贈与するに当たり、その輸送費等を「草の根無償資金協力」により支援しています。

(4)より良い地球社会の実現に向けた取組

 (イ)テロ

 テロは、人々の生命と安全を脅かす国際社会共通の敵であり、断固として立ち向かって行かねばなりません。爆弾テロのような多数の市民を巻き添えにする深刻な事件が続発する中、わが国としても、テロを地球規模の問題と位置づけ、この分野におけるテロ情報の収集・分析体制の強化に努めているほか、昨年12月、従来の渡航情報を見直し導入された「海外危険情報」の発出等を通じて、世界の危険地域に関する国民の皆様への情報提供を強化しています。

 (ロ)地球環境問題

 人類全体の生存に影響を与える地球環境問題は、経済や社会の発展と表裏一体であり、その解決のためには、各国・各地域ごとの努力に加え、グローバルかつ長期的な観点からの取組が不可欠です。わが国には、かつての深刻な公害問題及びそれへの対処・克服の経験・技術があり、これらを国際的に生かせるという点で、地球環境問題を外交の主要課題と位置づけており、今後とも積極的な役割を果たしていきます。地球温暖化問題の分野では、昨年12月、わが国は議長国として、2000年以降の地球温暖化防止に向けた取組に関する法的枠組みを定める「京都議定書」の採択に貢献しました。今後、京都議定書の実現に向け、残された課題につき今後の国際的協議を通じて解決を図るため、一層取組を強化していきます。地球環境問題への対応は、国民生活のあり方に密接な関係を有しています。未来の我々の子孫に美しい国土と住みよい環境を受け継いでいくため、全国都道府県の方々の一層のご理解とご協力をお願いいたします。

4.国際交流

 国際社会の安定的発展を確保する上で、各国がお互いの民族、文化、社会の多様性を認め合い、相互理解を深めていくことか{前1文字ママ}ますます重要になってきています。政府としては、そのような認識の下で、国際交流の推進に積極的に取り組んでいます。従来、わが国の文化交流・協力は二国間交流を中心に進めてきましたが、今後はこれに加えて、多様な文化の共生を目指した多国間の対話と交流を拡大し、各国別・地域別のきめ細かな文化交流の実施を進めていく必要があります。

 また、日本と諸外国との関係強化のためには、政府レベルの交流とともに、地方レベル、民間レベルの交流の役割がますます重要になってきています。現在、全国の地方自治体では、姉妹・友好都市交流などを通じて、様々な国際交流の努力を重ねておられます。このような地域レベルの国際交流が活発化・緊密化し、日本と諸外国の国民一人一人の相互理解と信頼が増進していくことは、地方の国際化に繋がるのみならず、ひいては国と国との関係を円滑にする重要な基盤になるものと考えます。

 こうした観点から、外務省では従来より地方自治体等に対し、外務省ホームページ(http://www.mofa.go.jp)を通じ国際情勢や主要外交問題等に関する基本的資料を提供しているほか、外務省内に相談窓口を設け、地方自治体の国際化、国際交流、姉妹・友好都市交流等に関する情報提供や助言を行っています。

 また、上記の「地方自治体補助金」や「草の根無償資金協力」をはじめとする国際協力事業に対する資金協力や、地方自治体の国際化を支援するためのセミナーや講演会を実施するとともに、地方自治体が実施する「JETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)」において、外国語指導助手および国際交流員の募集・選考を行い、地方自治体の国際化に協力しています。

 さらに、この7月には、約90名の地方自治体等の国際交流実務担当者の方々の出席を得て「国際交流実務者会議」を開催するなど、地方自治体との対話・意見交換を充実させてきています。

5.むすび

 以上、幾つかの主要な外交課題について述べてまいりました。私は、今後ともわが国の責務を全うすべく、積極的な外交活動の展開に向け全力を注ぐとともに、地方公共団体及び民間の皆様とも一層の連携と協力関係を築いていきたいと考えております。今後とも宜しくご支援の程お願い申しあげます。