データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 中東訪問の際の高村外務大臣の政策演説,21世紀に向けた日本と中東との新しい架け橋

[場所] パレスチナ自治区
[年月日] 1999年1月10日
[出典] 外交青書42号,256−259頁.
[備考] 
[全文]

アブ・アラ議長閣下、

パレスチナ評議会議員の皆様、

御列席の皆様、

 本日は、パレスチナ民衆の代表である皆様の前で、日本の外務大臣として初めてお話できますことを光栄に存じます。本日、私にこのような機会を与えて下さったアブ・アラ議長をはじめ関係者の方々に厚く御礼申し上げます。

 3年前にこのパレスチナ評議会の選挙が行われた際、現総理の小渕団長の下、77名から成る日本の選挙監視団が参加し、パレスチナ人による初の選挙を見届けました。私も議会人の一人として、今後パレスチナ民主政治の殿堂であるパレスチナ評議会を中心に、このパレスチナの地に自由で民主的な社会が実現することを心から期待します。

 今回は私にとって初めてのパレスチナ自治区訪問ですが、そこかしこにパレスチナ社会、経済建設の槌音が聞こえ、パレスチナ人のバイタリティを感じます。

 多年に亘り苦難を強いられてきたパレスチナの人々こそ幸福になり、尊厳を持ちつつ平和に生きる権利があります。日本を含む国際社会は決してパレスチナ人を見放すことはありません。また日本政府及び国民は、民衆の側に立って、人々の希望と権利を実現するために今後ともパレスチナ人に対する精神的、経済的支援を惜しまない考えです。

 過去5年間で、わが国の対パレスチナ支援実績は、4億ドル以上にのぼります。中でも、西岸・ガザの14の病院に対するわが国の支援により、約220万人のパレスチナ人が裨益しております。また52の小中学校に対する支援により、約2万4千人の生徒の教育環境を改善しております。

 今後わが国は、先般のワシントンでの支援国会合でも表明した通り、2年間で2億ドルを目途としたパレスチナ支援を行っていく方針です。その一環として、パレスチナ人の空の出口を確保するため、ガザ国際空港のインフラ整備や人材育成等を、UNDPを通じた援助で行うことを今般決定しました。

 また、効果的な援助のための援助国間調整や、援助を通じた当事者間の信頼醸成などに、これまで以上の役割を果たしていきたいと考えています。関係国の賛同を得られるならば、本年中にパレスチナ支援調整会合を東京にて開催する用意があります。また、わが国は、中東和平多国間協議にて、環境作業部会の議長を務めておりますが、国境を越えた取り組みが必要とされる環境分野において、パレスチナ人や周辺国との地域協力を推進していく考えです。

御列席の皆様、

 20世紀は残念ながら、戦争と紛争の世紀でした。21世紀は「平和と繁栄の世紀」として新しい世代に受け継がれるべきと考えます。

 「平和と繁栄の世紀」への道を切り拓き、時代を「対立」から「共生」へと転換していく鍵は、「対話」の精神です。「対話」の精神は常に真の勇気を要求します。和平実現のために、将来を見つめオスロ合意を実現した人々は、このような勇気を持ち合わせていました。この意味で、アラファト議長を始め自治政府や評議会のメンバーが、イスラエルとの対立と憎悪の歴史を乗り越えて、イスラエルとの共存の道を選択し、武力闘争を放棄し、交渉を通じて、中央地域全域の平和と繁栄に向けて努力されていることに心から賛同し、敬意を表したいと思います。

 弾圧や暴力は更なる弾圧や暴力を生み、不信と憎悪の悪循環を強めるのみであります。相互の立場や考え方の違いを十分認識し、誤解や不信感を増幅するような一方的な行為を避けて、徹底して「対話」することこそ、一見回り道のようですが、相互に理解し合える関係を造り、真の平和への道につながると信じます。

 私は明日、イスラエル側要人と会う予定ですが、イスラエル側にも対話が生みだした成果である諸合意の実施と対話の努力の継続を改めて真剣に訴えかけるつもりです。日本政府を始め国際社会はかかる努力をどこまでも支持する用意があります。

 私は統治{前2文字ママ}を訪問する前にレバノン、シリアを訪問し、大統領、外相と会談しました。和平の進展を求めているのは両国も全く同じです。私は、中東の包括的和平を実現し、地域全体の平和と繁栄を実現するためにも、「対話」による和平の前進を心から願い、これを支援するものであります。

 私は関連国連安保理諸決議に従ってシリア・トラック、レバノン・トラックの前進を強く希望しております。ここで私は、南レバノン問題が次の4項目の原則に基づき解決されるべきことを提案します。第一に、南レバノンからのイスラエル軍の撤退は安保理決議425の規定通り実施されるべきであること。第二に、この撤退は、中東和平問題の包括的解決に資するべきであること。第三に、この撤退の動きは阻害されてはならず、関係当事者はその具体的方法につき、前提条件なく話し合うべきこと。そして、第四に、わが国を含む国際社会は、イスラエル軍が撤退した暁には、南レバノンの安定化のための支援を行うべきであることです。わが国としては、まずは「対話」の第一歩として当事者間の意志の疎通を図るべく努力していきます。

御列席の皆様、

 アジア東端の日本と西端の中東は「シルクロード」で結ばれた歴史があります。民族、文化の違いを越えた交流や協力が、これまで様々な文明を育んできました。また、中東は豊富な天然資源を有する地域であり、現代に入って対立と紛争が多発してきた地域です。中東の安定は、世界の平和と安定及び世界経済にとって極めて重要です。

 また、長きにわたって続いてきた中東紛争を解決し、中東の平和と安定が実現することは、わが国を始めとする東アジア全体の繁栄にとっても死活的な重要性を持っており、わが国は自らの問題としてこの地域の問題に取り組んでいく決意です。

 更に新世紀には、中東とわが国の一層の繁栄を実現するためにアジアの東西両端に位置する両者の間の交流と協力を一層深化していくことが重要です。

御列席の皆様、

 こうした考えに基づき、私は、「21世紀に向けた日本と中東との間の新しい架け橋」建設への具体的なイニシアチブにつき説明したいと思います。このイニシアチブは、二国間関係や地域間協力などを同時に進め、重層的なパートナーシップを構築しようというものです。

 次の3つのアプローチを柱としていきたいと思います。

 第一に、政治的対話を活性化することです。今回の中東訪問を契機に私は、これまで以上に和平当事者に対する直接、間接の働きかけを行い、政治的役割を果たしていく決意です。

 第二に、多角的な信頼関係の構築に努力し、日本・アラブ・イスラエル3者間の相互理解や信頼醸成の促進を図っていきます。これまでも日本への青年招聘プログラムを実施してきましたが、今後更に、青少年サッカー・チームの交流試合などの青少年交流や「日本と中東セミナー」の開催などを通じて相互理解を深めること、更に環境関連法の制定・施行や砂漠化防止のための三者共同研究などを進めたいと考えております。

 第三に持続的な経済開発への協力を積極的に行って参りたいと思います。エジプトやジョルダンなどの和平達成者には、「平和の配当」を引き続き実施していきます。また、パレスチナ支援最大のドナーとして、日本人専門家の派遣など、パレスチナの人造り・国造りへの支援を継続して行っていきたいと思います。また、西岸・ガザへの支援に加えてレバノン、シリア、ジョルダン等の周辺国に居住するパレスチナ難民への支援も継続して行って参ります。

 さらに、民間投資や技術移転等市場経済化への促進事業も、進めていきたいと存じます。

御列席の皆様、

 21世紀を迎えるにあたり、私は、誰もが平和と繁栄を実感し、未来はより明るいと確信できる社会を築いていく必要があると考えます。マシュレク地域は長い歴史と伝統を有し、多様な宗教、文化、民族が共存してきた地域であり、それら多様な背景を持つ人々が自由に行き来して繁栄を築いてきた地域です。地域の繁栄には、ヒトやモノの自由な往来を可能にする、国境を越えた「平和の回廊」が必要です。そして現実の回廊を実現するものは、「対話」の精神によって築かれた、人々の心と心をつなぐ「精神の回廊」であります。

 最後に、私始め日本政府、国民は、パレスチナの人々がどこまでも希望を持って、平和と繁栄を手に入れることを心から祈り、支援していくことを改めてお約束致したいと思います。ご静聴ありがとうございました。