[文書名] 真の友好協力パートナーシップを求めて(河野外務大臣訪中スピーチ)
1.前言
本日、中国共産党幹部の最高研修機関として著名な当中央党校において、日本と中国の関係について私の所感の一端をお話する機会を与えられたことは、大変名誉なことであります。このような機会を設けて下さった胡錦濤校長、鄭必堅常務副校長を始め、関係者の方々に厚く御礼申し上げます。
私は、当中央党校が中国国内でも最も率直かつ自由に議論が行われる場の一つであると伺っています。そこで、私は耳障りの良い話だけをするのではなく、日本の政治家としての意見を率直に申し上げたいと考えています。そして、これは日本と中国との関係を大切にしたいとの私の気持ちから出ていることを、是非ご理解頂きたいと思います。
2.日中両国の現状と課題
日中両国は、1972年、当時の両国指導者の英断により、国交正常化を果たしました。私も当時、30歳代の若手議員として、正常化推進の立場から、日本国内の激しい議論の応酬の渦中にいたことを思い出します。
以来28年、日中両国は、体制の違いと過去の歴史が残した様々な問題を克服しながら、安定した友好協力関係を構築するために、たゆまぬ努力をしてまいりました。私はかねがね、地域の大国である中国の発展は地域の平和と安定の基礎であり、中国の発展に協力することは日本の国益にもかなうものであると考えてまいりました。現在、日中両国の関係は、貿易、投資、人の往来等、いずれの指標をとっても、全体の傾向としては年を経るごとに拡大しており、お互いの相互依存性はますます増してきております。
そして、98年に江沢民主席が訪日された際に合意された「平和と発展のための友好協力パートナーシップ」と33項目の協力プロジェクトは、昨年7月の小渕前総理の訪中を経て加速され、その後の日中共同作業を通じ着実に進展しつつあります。このように日中関係は、大きな流れとして、正しい方向に向かって発展していると言っていいでしょう。
しかし、率直に申し上げて、日中間の信頼感を更に高めるためには、まだまだ私たちが多くのことを成し遂げなければならないことも、また事実です。
日中関係において、時折頭をもたげる諸問題の背景には、私たちが国民レベルにおいて、お互いに相手のことをまだまだ良く知らないという現実があると思います。
例えば、本年度の我が国の「防衛白書」における中国関連の記述振りを巡って、中国の多くの報道が、日本の「軍拡」や、ひいては「軍国主義復活」への懸念を表明されたと聞いています。また、我が国が新たなミサイルの脅威に対処するため米国と協力して進めている弾道ミサイル防衛(BMD)に関する共同技術研究に関しても、将来、開発・配備するか否かについては如何なる決定もなされていないのですが、既に中国においては、地域の安定に悪影響をもたらすものとして批判があることも承知しています。更に、過去の歴史の問題を巡る日本国内の極く一部の人々の言動により、中国の人々の間にしばしば対日不信の感情が呼び起こされています。
しかし、よく「百聞は一見に如かず」と言われるように、実際に日本に来られた方、住んだことがある方にはお分かりだと思いますが、日本人自身も軍国主義による被害を受けた当の本人であり、日本において軍国主義の復活を許そうなどという人は、まず、おりません。私は、このことを自信を持って断言できます。専守防衛を防衛政策の基本とする日本が中国と軍拡競争をするなどといったことは、友好関係にもある日中間では、あり得ないことと思います。
私は、歴史認識については、戦後50周年に閣議決定を経て発出された村山総理談話で我が国の考え方ははっきりしていると考えています。私も閣僚の一人として、この談話の作成に携わりましたが、これはその後の歴代内閣にも引き継がれ、今や多くの日本人の常識であり、共通の認識であると言えます。
一方で、昨年、中国建国50周年の記念式典パレードによって国内外に示された中国が保有するミサイルの現状及び年々増加する軍事費にも、日本国民は強い疑問を持っています。いわゆる「中国脅威論」といった見方を取る人は、こうした点に着目しているのです。また、毎年総額300億元を超える我が国からの対中経済援助が中国の国民に良く知られておらず、正当な評価もされていないとの報道があり、日本国民の間に当惑が広まっております。
このように、日本国内においては、中国の人たちにもっと日本の国の実状について分かってもらいたいという強い気持ちがありますが、他方において、皆さん中国の側においても、「日本人には、中国についてこんなことも分かってもらえないのか。もっと中国を理解してほしい。」との気持ちがあろうかと思います。
私たちがお互いに理解し合い、共に協力する必要があるわけですが、そのためにも、特定の立場や考えにとらわれない国民各界各層の間の交流を一層活発にしていくことが大切だと思います。活発な交流なくして相互理解は進みようもなく、相互理解がないところに相互信頼は成り立ちません。今年5月、江沢民主席が日中関係に関する重要講話の中で言われた通り、日中友好は最終的には両国国民の友好であり、両国国民の利益であります。この意味で、私は、最近、中国の方々に日本への団体観光旅行の道が開かれたことは前進であり、日中の相互理解の促進にとっては重要な一歩であると考えます。今後、この事業が順調に拡大できるよう努力を続けたいと思います。
一昨年、江沢民主席が訪日された際、両国間で未来を担う若い世代の相互交流につき合意しましたが、こうした考え方に沿って、本年5月、日本から5000人に上る文化・観光交流使節団が訪中し、江沢民主席を始め中国の方々に温かく迎えられました。また、同じ5月に、中国の高校生約100名が訪日され、私自身、その代表の方々と直接お会いする機会がありました。中国の若い世代の方々の日本への関心には目を見張るものがありました。インターネットの発達もあり、こうした若い世代の間での知識の伝播のスピードは決して軽視できません。双方の若者達を含む多くの人が更に交流を深め、お互いに相手の国をしっかりと見つめていくことが大事であると思います。
1972年、日中国交正常化の偉業を成し遂げた周恩来総理は「中国と日本の民族はいずれも偉大な民族であり、中日両国人民は、子々孫々友好的にしていかなければならない」と述べられました。それに応えて田中角栄総理は、「我々は、偉大な中国とその国民との間に良き隣人としての関係を樹立し、両国がアジアひいては世界の平和と繁栄に寄与することを念願する」と語りました。私たちの先輩が決断した日中国交正常化は、しっかりとした大局観及び相手国とその国民に対する尊敬を基礎に実現したものです。日中共同声明は、その原点です。
台湾問題についても、これまで日本政府は日中共同声明に基づいて、台湾との間では非政府間の実務的な関係を維持してきており、きちんとした対応を行っていると断言できます。台湾を巡る問題は、中国の皆さんもおっしゃる通り、当事者同士が話し合いを通じて平和的に解決を目指して頂くべき問題であります。台湾海峡の平和と安定は、我が国の国益にとっても死活的に重要であり、日本政府も国民も、一貫して、台湾問題の平和的解決を強く願っています。そのためにも、現在中断されている両岸の間の対話が一刻も早く再開されることを強く希望しております。
江沢民主席は5月の重要講話の中で、「両国国民の間の善隣友好は主流である」と述べられました。今こそ、我々も、この精神に立ち戻るべきであり、大きな流れを決して見失ってはなりません。日中友好の大きな幹さえしっかりしていれば、枝葉の問題で木全体が揺らぐことはないと、私は確信しています。
3.21世紀に向けた真の友好協力パートナーシップの構築
日中両国は、毎年、首脳の訪問を行うことを約束しております。この首脳の相互訪問は、日中関係の重要性を再確認しながら、日中関係を着実に前進させるための、大切な機会を提供しております。江沢民主席の訪日と小渕前総理の訪中を経て、21世紀の日中協力の大きな方向は定まりました。そして、本年10月には、いよいよ朱鎔基総理の訪日が予定されております。私は、来るべき朱鎔基総理の訪日を、21世紀に向けて日中関係を大きく飛躍させる重要な契機にしたいと考えております。
私は、朱鎔基総理の訪日をも念頭において、日中関係をより深く幅広いものとするために、次の提案をしたいと思います。
第一に、先に述べた、日中間において今なお度々顔を出す問題に正面から向き合う必要があります。そのためには、お互いの国情の基礎的な部分に対する理解を深めた上で、その違いを認め、尊重し合うことが大切です。この心構えこそ、周恩来総理がよく言われた「小異を残して大同につく」ということにほかなりません。更なる信頼関係の構築へ向け大きく踏み出すために、既に述べた活発な交流ということに加え、以下の努力をしたいと考えます。
(1)まず、日中間の信頼関係の障害となる個々の具体的な問題を、小さな芽の間に摘み取っていくシステムを早急に確立する必要があります。この関連で、日本では、最近、中国の海洋調査船や海軍艦艇が我が国近海での活動を一方的に活発化させていることが多くのマスコミによって報道され、広範な国民の懸念を呼び起こし、強い反発を引き起こしています。中国海軍の艦艇が、我が国の領海近くを航行し、我が国を一周したり、更には本州と北海道の間にある津軽海峡を通過し情報収集するという状況は、日本国内の注目を集めました。この問題は、日中関係全体に悪影響を及ぼしかねないものとして懸念し、今回、私と唐家璇外交部長との間で、海洋調査船の相互通報の枠組みを作ることで一致しました。このことは、意味のある一歩を踏み出したものではないかと考えています。また、既に準備が始まっている日中首脳の間のホットライン開設のための作業も、このような考え方に沿ったものと言えましょう。
このような早期処理の成否は、前線で仕事をする両国外交当局の努力に負う部分が大きいことは事実です。しかし、それに加え、政府全体、更には国全体が、重層的かつ多様なチャネルを生かし努力をしていく必要があります。こうした官民挙げての取り組みを推進していくためにも、日中両国のシンクタンクの間で、政府関係者の参加も得て、効果的な早期処理システムの構築に向け、早急に検討を開始することを提案します。
(2)二国間の問題として、もう一つ指摘しておかなければならないのは、経済協力の問題です。我が国はこれまで20年にわたり、中国の改革開放政策を政府開発援助(ODA)等を通じて支援してまいりました。今後とも、このような我が国の基本的姿勢に変わりはありません。我々は、中国の発展は、アジア太平洋地域、ひいては世界の平和と繁栄にとって不可欠と考えています。しかし、先にも述べました通り、日本の中国に対する経済協力のあり方につき、特に日本国内で様々な議論が行われています。今後の対中経済協力の実施に当たっては、これまで以上に日中両国民の十分な理解と支持を得ることが必要となっているのです。そうした観点から、我が国では、本年7月に各界有識者による懇談会を設置し、今後の対中経済協力のあり方につき、本年末を目途に提言を取りまとめてもらう予定です。そして、その提言等を踏まえ、中国に対する援助計画を年度末までに策定する予定であり、その過程においては、貴国の関係者の方々とも意見交換を行いたいと考えています。
第二の提案は、アジア太平洋、ひいては世界的視野の中で日中関係をとらえることについてであります。21世紀を目前にして、これからは多国間関係の領域でも、日中協力を一層重視していくべきです。私はこの機会に、この面で以下の三つのことを提唱したいと思います。
(1)まず、北東アジアの平和と安定のために、北東アジアにおける関係国の間の対話の枠組み作りを提唱します。朝鮮半島を中心に、この地域に平和と発展を求める機運が高まっている今日、これまで必ずしも十分進展してきたとは言えない北東アジア地域における対話の枠組みを強化できる可能性が出てまいりました。対話の枠組み作りに当たっては、柔軟かつ現実的なアプローチが適切であると考えます。例えば、我が国がかねてより主張してきた日米中露に韓国、北朝鮮を加えた6者会合も一つのアイデアと思います。日米中、日中韓といった対話の強化も、この流れの中で位置付けることができます。これらの対話は、アセアン地域フォーラム(ARF)の活動の強化を図りつつ、北東アジアの信頼醸成に役立つよう、関係国の意向も十分踏まえながら進めていく必要があります。対話の中身も、柔軟にこれをとらえ、環境や経済、そして人材交流といった比較的取り組みやすい分野から始め、将来的には政治分野も含む包括的な対話に発展させていくことも視野に置けば良いと考えます。
(2)次に、日中両国が協力してアジアにおける持続的な経済発展に向けて積極的に貢献することを提唱します。この点に関しては、アジア地域の環境改善のための協力が殊の外重要です。日中両国間では、現在、大連、重慶、貴陽の三都市において「日中環境開発モデル都市構想」を推進し酸性雨対策等の大気汚染防止に努めているほか、中国国内の100の都市を結ぶ「環境情報ネットワーク」の具体化に向け準備を着実に進めているところです。こうした環境面での協力は、日中両国間のみの協力に止まらず、韓国の参加も得て、日中韓三ヶ国の環境大臣による会合が既に2回開かれ、三ヶ国の協力のあり方につき有意義な意見交換が行われています。
更に地域的な広がりを持つものとして、ユーラシア・ランド・ブリッジ構想と言われるものがあります。東アジアから中央アジアに至る交通・物流の整備を目指すこの壮大な構想に対し、日中両国が将来に向けて協力し、東アジアから中央アジア全域の開発に貢献することも大いに意義のあることです。エネルギー、インフラ、情報通信、観光等、両国が協力できる分野は数多いと思われます。
これに加え、メコン河流域開発も既に緒についており、日中両国がアジア開発銀行を中心とする多国間の枠組みの中で協力し、経済発展を促進していくことができるでしょう。
二つの国が関係を深めるためには、一つの目標に向かって一緒に協力していくことが大変効果的であると考えます。これは、人と人との関係と同じです。かつて村山内閣当時、我が国と韓国の関係が若干ぎくしゃくした時期がありましたが、その時私は副総理兼外相として、韓国の外相に対し、「とにかく何か一緒にやろう。両国が招致に名乗りを上げているサッカーのワールドカップを共同開催したらどうか」と提案しました。
昨今、金大中大統領ら日韓首脳を始めとする関係者の努力により、日韓関係は劇的とも言える改善を見ています。ワールドカップの共同開催が決まったことも一つの契機に、国民レベルでの友好関係が一層強化され、このことが現在の両国関係全体の発展につながっているとも言えるのではないでしょうか。
(3)最後に、地域を超えてグローバルな課題に対する日中協力を提唱します。
現在、経済のグローバル化が世界経済を一体化させ、その結果、市場メカニズムに基づく世界経済の枠組みを維持し発展させることが、全ての国の利益となりました。この関連で、中国は近いうちにWTOに加盟されることになりましょうが、我が国が中国のWTO加盟を強く支持してきたのも、中国のWTO加盟が、そうした世界経済のグローバル化を進展させていく上で、必要不可欠であると考えたからです。日本政府は、中国のWTO加盟につき、世界の主要国に先駆けて二国間交渉を妥結し、現在、中国の国内法制度の整備等につき具体的な技術支援を行うことを検討しています。
また、気候変動を含む地球環境の問題について、急速な近代化を遂げつつある中国は重要な役割を担っています。立場の差はありますが、これを乗り越え、日中両国が共に積極的な貢献をしていきたいと考えます。
このほか、中国との間では、とりわけ最先端技術分野での協力、例えば情報通信技術(IT)分野での知的交流等を通じて、世界に向けアジアの活力を発信したいものです。今回、唐家璇外交部長からも、この分野における日中間協力が、日中両国のみならず、世界経済の発展にとっても有益である旨の御指摘がありましたが、私も全く同感です。
更に、軍備管理・軍縮・不拡散は世界の平和にとり、決してゆるがせにできない問題であり、この分野における日中間の対話と協力を強化したいと考えます。今春の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議で、全面的核廃絶に向けた明確な約束を含む現実的な核軍縮措置につき全会一致で合意されたことは極めて重要です。これを現実のものとしていくために、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効が必要です。そのためには、CTBTに一早く署名された中国が同条約を早期批准されることによって、世界全体の流れを引っ張っていくことが求められていると考えます。更には米露が戦略兵器削減交渉(START)の中で、更なる核兵器の削減を行うと共に、中国を含む他の核兵器国が、一方的あるいは交渉を通じて核兵器削減の努力を行うことが是非必要です。国家ミサイル防衛(NMD)を巡っては、「核・ミサイル開発を新たに進めている国がある」との声がある一方で、「NMD配備を見過ごせば、核戦略で決定的に不利になる」といった意見もあり対立が見られますが、お互いが勝手に戦力強化を進めるのではなく、良く話し合って解決の道を探ることが何よりも重要である点を、強調しておきたいと思います。
更に、グローバルな課題の受け皿として重要なものは、国連であります。「国連を敗者にしてはならない」という思いは、日中両国に共通していると思います。国連改革、とりわけ安全保障理事会の改革は、この文脈において喫緊の課題です。また、改革実現のために途上国の意見を反映させることが、日中双方の主張にも沿っており重要と考えています。国連には「正統性」と「実効性」が備わっていなくてはなりません。我が国の常任理事国入りは、それ自体が目的ということではなく、あくまでも国連安保理の強化という観点から議論されるべきものと思っております。そこに誤解がないことを期待致します。
また、世界を見渡せば、民族紛争や地域紛争が今だに頻発しており、この面での対立が如何に根深いものであるかを、まざまざと見せつけております。21世紀においては、文化的、言語的、社会的、宗教的背景の異なる各国、各文明間の対話を繊細さと寛容の精神で進めていかねばなりません。我が国は、紛争を未然に防ぐことの重要性を認識し、特に「予防の文化」を育んでいく必要性を提唱しています。こうした面でも日中両国間の協力に向けた潜在力は大きなものがあると言えるでしょう。
4.結語
私は、1967年に政治家になりました。私も、政治の道を志して以来、日本にとって重要な隣国である中国と、安定的で良好な関係を作り上げることが自分の政治家としての使命と心得、努力してまいりました。
20世紀も最後の数ヶ月となり、時代が変わり、社会が変わり、人も替わり、両国を取り巻く環境も大きく変わる中で、私たちは、今一度原点に立ち戻って、日中関係を真剣に考える転換点に立っていると思います。
「時には喧嘩をすることで真の友となる」。これからの時代は、率直にお互いの本音をぶつけ合い、時には激しいやりとりを行ってでも、必死になって相手を理解し、説得する気構えを持たなければならないと感じております。私の叔父、河野謙三は、時には中国の指導者と激しいやりとりをすることもありましたが、そのことでかえって多くの友人を作り、沢山の方々と固い友情を築きました。
本日の私の講演が、これまでの両国指導者の講演のトーンと若干異なるものがあったとすれば、それは、私の以上のような日中関係についての思いつめた認識と日中友好に対する強い信念に基づくものであることを、ご理解頂きたいと思います。
ご清聴有難うございました。