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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 川口外務大臣演説,日経新聞主催第8回国際交流会議「アジアの未来」−変わる中国、変わるアジア−「新時代におけるアジア地域協力」

[場所] 東京(ホテルニューオータニ)
[年月日] 2002年5月21日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

 ご列席の皆様

 既に8回目を迎える国際交流会議「アジアの未来」に招待頂き、大変光栄に思います。

 今回のシンポジウムでは、大きく変わりつつある中国、その中国を含め変化し続けるアジアに焦点を当てて議論が進められると聞きますが、このテーマに関する所見を申し述べる機会を頂き、感謝します。

 20世紀はアジアにとって大きな試練と挑戦の世紀であったと思います。多くの国々が植民地支配の軛から脱出して独立を達成し、その後には急速な経済成長を遂げ、今や世界の重要な地域として、その一翼を形成するに至っております。特に冷戦の終結後は、民主化と市場経済化という流れの中で、地域協力推進の勢いがこの地域でも加速化してきています。このような中で、改革・開放を通じて変化を続ける中国、結束を強めつつあるASEANなどは、我が国にとって東アジア地域協力の重要なパートナーとなっています。こうした諸国と手を携えながら、その変化を活かして地域協力を強化することによって、この地域はさらに大きく飛躍するものと考えます。

 今回のシンポジウムのキーワードは「変わる」ということですが、今、日本外交も大きく「変わる」ため、改革の途上にあるところです。この改革は、単に外務省がどのように変われるかという組織上の問題だけではなく、外務省とともに、日本外交がどのように「変わろうとしているか」ということでもあると思います。

 本日は、この変わろうとする日本外交において特に重要な課題である対アジア外交について、日本はこのアジアの変化をどう受け止め、そしてどのような役割を果たしていきたいと考えているのかという観点から、私なりの考えをお話ししたいと思います。

(新時代における東アジア地域協力)

 東アジア諸国は、長い歴史的伝統と固有の文化を持っており、この文化的土壌に基づいて発展してきました。今や東アジアは「世界の成長センター」として、国際社会の重要な一地域を構成しております。このような東アジアの大きな「変化」は、しばしば「東アジアの奇跡」とも呼ばれ、賞賛されてきました。

 97年に発生したアジア金融危機は、このような東アジアの成長神話に冷水を浴びせたという評価が一部にありますが、しかしその冷水はむしろ、この地域に確固とした協力の枠組みを築くことの重要性を改めて認識させたと言えましょう。

 この危機の背景には、急速に進んだグローバリゼーションの流れがありました。科学技術の発展によって、情報は瞬時に世界を駆けめぐり、経済活動は国境や物理的な距離、時差などをものともせずに展開されるようになったのです。しかし、グローバリゼーションの「負の側面」について国際社会に警鐘を鳴らしたこの金融危機によって、東アジア諸国はむしろ、この地域に強い協力の枠組みを築くことの必要性に目覚めたと言えます。

 その具体的な取組の一例として、現在、東アジアの国々が取り組んでいる「チェンマイ・イニシアティブ」を挙げることができると思います。これは、地域内で二国間のスワップ取極をいわばセーフティーネットとして張り巡らすことによって、金融危機の再来を回避する地域的メカニズムの構築を目指すものです。

 このような実践的な地域協力は、金融の分野に限られません。この地域が抱える問題や課題に地域全体として取り組んでいこうという動きは、様々な分野で見られます。

 小泉総理は、このように高まりつつある地域協力の気運を強化するとの観点から、1月のASEAN諸国訪問の締めくくりとして行ったシンガポールでの政策スピーチで、拡大しつつある東アジア地域協力を通じて「共に歩み共に進む」コミュニティの構築を目指すことを提唱しました。ここで日本が目指す東アジア地域協力は、まず機構ありき、ということではありません。市場経済化を促進する経済連携や「国境を越える問題」での協力といった機能的協力を一つ一つ積み重ねていくことによって、東アジアにおいて「共に歩み共に進む」との意識を共有するコミュニティの構築につなげていきたいと考えています。

(日・ASEAN間の協力促進の必要性)

 我が国は、東アジアの更なる安定と繁栄に向けて地域協力を推進していくに当たって、ASEAN諸国との協力を維持・強化していく必要性を痛感しています。1977年、福田総理はマニラでのスピーチにおいて、日本とASEANの「対等のパートナーシップ」、「心と心のふれあい」を強調されました。その後、この「福田スピーチ」の基本的考えに基づく日・ASEAN関係が次第に強化されてきました。このような日・ASEAN関係が一つのモデルとなって、ASEANとその域外国との対話が次第に拡大し、それが現在のASEAN+3やASEAN地域フォーラム(ARF)といった地域協力の枠組みの原点となっているのです。

 本年1月に小泉総理は、日本とASEANの関係が成熟と理解の新たな段階に至ったと位置づけ、日・ASEAN間の未来のための協力として、「5つの構想」を提案されました。現在、この構想の具体化に向けた取組が進んでいますが、それらを簡単に紹介します。

 「日・ASEAN包括的経済連携構想」に関しては、日・シンガポール経済連携協定を基礎又は参考として、自由貿易協定の要素も排除せず、日本とASEAN全体との間で連携可能な具体的分野などについて検討するとともに、用意のあるASEAN内の国との二国間でも検討を進めていく、との基本的考え方について、ASEANとの間で一致しました。その具体化として、タイとの間では、二国間の経済連携を検討するための作業部会を設置することで合意し、既に第一回の予備協議を終えました。

 「東アジア開発イニシアティブ」に関しては、これまでASEAN諸国と緊密な意見交換を行ってきた結果を踏まえて、現在、ASEAN+3各国の参加を得て、8月中に閣僚会合を開催する方向で準備を進めています。この閣僚会合では、東アジアの開発経験と知見を共有し、より効果的な支援のあり方について検討する予定ですが、そこで得られた成果をこの地域に留めず、世界に向けて発信し、アフリカなど他の地域の開発に貢献することも重要です。その観点から、8月末に開催される「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(WSSD)の機会を捉えて、「東アジア開発イニシアティブ」を含むアジアの協力の成果を示し、アジアの存在感を世界に向けて強力にアピールしたいと考えています。

 教育・人材育成分野での協力は、地域内の格差を是正する上で重要です。この地域のすべての諸国や人々が、グローバリゼーションの激流の中でこれを生かして成長することができるように力を貸すことこそ、「共に歩み共に進む」との精神の発揚であると言えましょう。地域の不安定要因となり得る様々な「格差」に対しては、目を背けることなく、その是正に正面から取り組むべきです。ここに言う「格差」とは、民主化の度合いなどの政治的な格差、所得や経済基盤などの経済的な格差など、様々な側面で見られる不均衡や不平等などを広く含みます。そして、こうした「格差」を是正するためには、教育・人材育成が重要であり、教育分野での協力を模索するための調査ミッションを、来月ASEAN主要国に派遣する準備を進めています。

 また、「国境を越える問題」を含む安全保障面での協力強化については、海賊対策や薬物対策で協力が具体化してきています。人々の活動が国境を越え、グローバル化する中で、テロや海賊、薬物、人の密輸といった「国境を越える問題」が深刻化しています。これらは一国のみでは解決することのできない問題であり、地域内の各国が協力して取り組まなければならない課題です。海賊対策については、例えば、1999年に起きたアロンドラ・レインボー号事件では、日本人の船長を含む乗組員全員が漂流中にタイで保護され、船体はインド海軍によって捕捉され、積荷の一部はマニラで発見されました。この事件は、海賊対策における地域的な連携と情報ネットワークの必要性を如実に示しました。このような必要性を踏まえて、我が国は、海賊対策地域協力協定を策定するための「第1回政府専門家作業部会」を本年7月に東京で開催する予定です。

 この地域の人々の交流活動を活発化させることを念頭において、小泉総理は、明年2003年を「日・ASEAN交流年」とすることを提案されました。そこでは、文化のみならず経済分野、政治・安全保障分野などでも幅広い交流を実施することを通じて、日・ASEAN協力を深化させたいと考えています。具体的な交流事業としては、演劇やコンサート等の芸術活動や展示会のほか、貿易・投資ミッションの派遣、観光促進セミナー、有識者による安全保障対話などが考えられています。このような交流事業を通じて日・ASEAN協力を更に強化し、それを土台として東アジア地域協力をも一層深化させ、2003年が今世紀を「アジアの世紀」とする最初の年となるようにしたいと考えています。

(東アジアの一員としての中国の役割)

 東アジアを考えるに当たって、中国の存在を忘れるわけにはいきません。中国はその領土、人口をはじめとする様々な点で他国を圧倒しており、その変化は地域全体に大きな影響を与えます。今回のシンポジウムで「変わる中国、変わるアジア」という形で中国を特に取り上げることとなっているのも、こうした中国の存在感からすれば必然と言えるでしょう。

 我が国にとって、中国は東アジアの重要なパートナーです。中国は、これまで改革・開放政策を進め、WTO加盟も実現しました。中国経済の成長は、この地域の更なる発展と協力の機会を提供しつつあると言えます。中国のこの地域における存在感の高まりについて、これを警戒する見方も一部にありますが、このような中国の役割を考えれば、正しくない論評です。我が国としては、先般のボアオ・アジア・フォーラムにおいて小泉総理が述べられたように、中国の経済発展は脅威ではなく、むしろ競争を刺激し、大きな経済機会を与える「挑戦」であり、日本の産業の高度化を図る「好機」でもあると捉えています。引き続き中国が改革・開放政策を進め、開放的な市場経済としてこの地域の発展に貢献していくことを期待しています。そのためにも、日中両国が経済改革を進め、共に経済を前進させていくべきだと考えています。

 さらに中国は、東アジアの一員として、東アジア地域協力においても、より建設的な役割を果たそうとしてきています。ASEAN+3や日中韓といった東アジアの枠組みに積極的に参加し、様々なイニシアティブを打ち出しています。我が国としては、このような中国の地域協力への積極姿勢を歓迎しています。今後とも、中国がこの地域において建設的な役割を果たすことを促し、中国と手を取り合って地域の安定と繁栄を築いていきたいと考えています。

 一方、中国は、このような積極的な変化の陰で、国内に所得格差、国有企業問題、少数民族問題、環境問題等の様々な問題を抱えており、こうした問題を解決するために自らの改革を進めています。こうした中国の改革努力を地域として支援し、積極的に協力していくことが地域の安定と繁栄にとって不可欠です。

 現在、瀋陽総領事館事件など一部の問題をめぐって我が国と中国との間で意見の相違等がみられますが、こうした問題が日中関係の良好な大局に影響を与えることは避けなければならないと考えます。また、現在最も優先的に考慮すべきであるのは、人道上の観点から、関係者5名の身柄の問題の早期解決に努めることです。中国側と協議しつつ、本問題の早期解決に向けて全力を尽くします。

 なお、中国は最近、ASEANとの関係強化に強い関心を示しています。中国とASEANとの間では、自由貿易地域の創設について話し合われており、また、メコン地域開発や薬物対策などの分野において具体的な協力が進んでいます。このような機能的協力が、我が国とASEANとの間の機能的協力とも相俟って、調和のとれた東アジア地域協力の進展に貢献することを期待しています。

(アジアの未来)

 これまでに申し上げたとおり、我が国としては、東アジア地域における地域協力を積極的に推進していく考えですが、このような地域協力を通じて、如何なる「アジアの未来」が展望できるのでしょうか。それは、一言で言えば、長い歴史的伝統と類似の文化的土壌に基づき、アジアの国々が様々な分野において協力の密度を高め、「共に歩み共に進む」という共通の精神の下に団結し、共通の課題に協力して取り組んでいく姿であると考えます。

 ASEANのメンバーは既に10カ国となりましたが、これは、ASEAN原加盟国と周辺のインドシナ諸国との間に橋をかけるという「福田スピーチ」の一つの柱の実現でもあり、東南アジアの安定と繁栄の基盤が固まったことを祝福したいと考えます。

 戦後半世紀を経て、北東アジアにおいても地域協力が前進しつつあり、日中韓の三国間協力が深まりを見せています。特に環境分野での協力の進展は著しく、1999年に創設された日中韓環境大臣会合は、その後毎年開催されてきています。私自身、昨年4月に当時の環境大臣としてこの環境大臣会合を主催し、三国間の環境協力の意義を身にしみて感じました。

 ASEANと北東アジアを包摂するASEAN+3の枠組みは、未来への協力に向けて、確実な歩みを進めつつあります。我が国は、こうしたASEAN+3の枠組みを最大限活用し、東アジア地域協力を推進していく考えです。特に、現在、ASEAN+3各国の政府レベル会合である「東アジア・スタディ・グループ」において、今後のASEAN+3協力のあり方や東アジアの将来について検討が進められています。我が国はこの検討作業を重視しており、今後とも積極的に議論をリードしていく考えです。

 世界の他の諸地域においては、欧州におけるEU統合やアメリカ大陸における自由貿易協定の実現に向けた動きなど、地域の協力や統合が速いスピードで動いています。そのような中で、東アジアにおいても、この地域の活力を最大限に引き出し、地域の持続的な繁栄を実現するため、地域協力を速やかに進め、深化させる必要があります。

 地域の繁栄とともに重要なことは、地域の安定であります。朝鮮半島情勢、ミャンマーの民主化、東チモールの国造りなど、地域の安定のための課題にも積極的に取り組んでいくことが重要です。

 朝鮮半島をめぐっては、引き続き状況を慎重に見極めつつ、対話に向けた前向きな動きを進めていく必要があると考えます。我が国としても、米国、韓国と緊密に連携しながら、対話を通じて、安全保障上の問題や拉致問題を含む人道上の問題の解決を図っていきたいと考えています。

 ミャンマーでは、アウン・サン・スーチー女史に対する行動制限措置が解除され、民主化に向けて大きな一歩が踏み出されたことを大いに歓迎します。我が国としては、ミャンマーの民主化と国造りに向けた努力を引き続き支援していきます。

 東チモールについては、昨日、平和的に独立を達成したことをアジアの一員として心から歓迎します。我が国は、今後とも、様々な形で東チモールの自立に向けた国造りを支援していく所存です。先般の第6回支援国会合においては、我が国として、農業、インフラ整備、人材育成の三分野に重点を置いた支援を3年間で6,000万ドルを上限に行っていく考えを表明したところです。また、地域の安定のためには、東チモールと周辺国との間で良好な関係を築くことが重要であり、そのために我が国はもちろん各国が協力していくことが必要です。

(結語)

 アジアの将来は、誰かが準備してくれるものではなく、そこに住む私たちの意志と能力で築いていく以外にありません。我が国のアジア諸国との外交は、この地域の連携を積極的に進める方向に向かって動き出しました。今、私は、新世紀への入口に立ち、新時代におけるアジアの未来を明るいものとするために、東アジア地域協力への決意を新たにしております。

 我が国は、この地域の先進国として、他の国にも増して汗をかき、時には痛みを伴う改革も率先して行い、地域協力推進のために積極的にリーダーシップを発揮して行くべきであると、私は考えます。そして、中国やASEAN諸国などのパートナーと共にこの地域の課題に取り組み、平和で、豊かで、「共に考え、共に歩み、共に進む」アジアの実現を目指して努力していきたいと考えます。

 このような取り組みが、我が国をはじめとするアジア諸国の努力により、大きな果実を実らせたとき、我が国の外交も真の意味で「変わった」と言えるのではないでしょうか。

 ご静聴ありがとうございました。