データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 川口外務大臣演説「共通の機会:21世紀における日本とカナダ」

[場所] ヴァンクーヴァー(ヴァンクーヴァー・ボード・オブ・トレード)
[年月日] 2002年6月14日
[出典] 外務省
[備考] 外務省仮訳
[全文]

 ご列席の皆様、おはようございます。ジョン・パウルズ様、ご紹介のお言葉を賜り御礼申し上げます。

 私は故・トルード首相が語ったとされる次の言葉を気に入っています。つまり「カナダは心の冷たい者と臆病者には相応しい国ではない」という言葉です。

 私はこの見方は真実であることを知りました。私はこれまで2度家族とともにウィスラーでスキーを楽しんだことがあります。1度目は10年前、2度目は5年前です。私達がウィスラーを再び訪れようと思ったのは、スキー場のスロープの雄大さや景色の美しさだけによるのではありません。私たちはカナダの方々の温かさに惹かれて戻ってきたのです。私たちはウィスラー訪問の度に優雅なシャトー・ウィスラー・ホテルを通り過ぎてもっと安いコンドミニアムに泊まりました。「いつの日かあのシャトーに泊まるんだ」と思ったものです。

 だから、今回のG8外相会合がシャトー・ウィスラー・ホテルで行われることを知ったときとてもうれしく思いました。

 この講演を始めるにあたり、ウィスラーで行われたG8外相会合はグレアム外相の賢明で創造的な議長采配のお陰で大成功であったことを申し上げたいと思います。

 今日は、経済、国際問題及び二国間協力における私たちの共通の機会についてお話ししたいと思います。

 まず日本における経済の分野から始めたいと思います。最初に、目下の困難な状況下でも、日本経済は今なお米国に次ぐ世界第二位の規模を誇り、世界全体のGDPの14%を占めています。日本の一人あたりGDPは世界最高レベルであり、米国のそれに匹敵しています。日本の対外純資産と外貨準備高は断然世界一です。

 世界の持続可能な成長のために私たちが果たす責任が極めて大きいことはよく分かっています。このために小泉総理は「改革無くして成長無し」のスローガンの下、懸命に構造改革に取り組んできたわけです。私たちは断固とした決意をもって経済を再活性化させるつもりです。日本はダイナミックかつ変化の早い社会経済環境に適応しうる経済を模索していますが、周りに言われて実行しているのではなく、自分達にとって必要だと考えているから実行しているのです。

 一例として、118にのぼる特殊法人のうち、45が民営化され、17が廃止され、38が独立行政法人化されます。増加する公債負担の問題についても取り組んでおり、予算も緊要でない公共事業から優先度の高い環境、科学技術等へ振り替えられています。私たちは不良債権処理の迅速化に取り組んでいます。私たちの努力は成果を産み出しつつあり、経済回復の兆候が現れてきています。日本経済は本年第1四半期に前期比1.4%成長を遂げ、これは年率5.7%成長にあたります。消費者心理も回復しつつあります。今年の下半期には民間需要を中心に回復が見られるようになり、2003年には一層の成長が期待できる見通しです。

 私たちは、「政府主導の社会から、権力が中央から地方に分散した民間主導社会に自己変革していくより他に選択肢がない」ことを承知しています。私たちはこうした変革が大きな痛みを伴うものであることを知っています。皆さんも同じ様なことを聞かれたことがあるのではないでしょうか。

 小泉総理は現在、税制改革を含む新しい経済活性化策の策定に取り組んでおり、これは近々公表される見通しです。構造改革の更なる進捗を受けて、2004年以降は我が国の経済成長は実質ベースで1.5%となることが期待されています。中央政府と地方政府の財政赤字も縮小することになるでしょう。最終的には2010年代初めには財政黒字となる見通しです。

 私たちは痛みの伴う調整過程のまっただ中にいるのです。

 ご列席の皆様、私たちがこの課題を克服することが出来ると私は確信しています。

 ここで日本の隣国、中国について少しお話ししたいと思います。一部の人々は、中国の発展を日本の将来にとって脅威ととらえています。中国との経済関係の発展は日本の産業空洞化として見るべきではありません。むしろ、中国市場で活動する新しい産業を日本国内で育てる機会としてとらえるべきです。またこれはカナダ産業にも機会を提供することができます。

 中国には課題もあります。例えば、内陸部と沿岸部の所得格差、黄砂現象や酸性雨等の環境問題はますます深刻化しています。中国における幾つかの地方や産業は中国のWTO加盟によって困難に直面することが予想されます。中国がこうした課題を克服し、ルールに基づいた開かれた市場経済になれば、私たち全てにとって有益となるでしょう。私はカナダやこの地域のその他の諸国が日本と共に、中国がその課題を克服するための支援を提供することを希望します。

 次に、もう一つの機会に話を移しましょう。日本外交についてです。

 本年2月、小泉総理は私を環境大臣から外務大臣に任命しました。今の職に就くにあたって、私は日本外交には「強さ」「温かさ」「わかり易さ」が必要であることを強調しました。不法状態や無秩序状態に立ち向かうには「強さ」が必要です。私たちは「温かさ」をもってあらゆる人々を見なければなりません。そして私たちは何をやっているのか理解してもらうために「わかり易く」なるべきです。

 世界を見渡すと、私たちはテロリズム、地域紛争及び大量破壊兵器の拡散によって生み出された不安定による挑戦を受けています。9月11日の事件が我々に教えたことは、テロリストがもはや私たちと無関係のところで活動しているのではないということです。彼らはすぐそばにいるのです。日本は国際社会とともに多くの場面でテロと闘っています。日本はインド洋に自衛隊艦船を派遣し、パキスタンに輸送機を派遣することにより連帯を示しました。

 日本はアフガニスタン再建のために主導的な役割を果たしています。私は5月にカブールを訪問し、現地情勢をこの目で見てきました。アフガニスタンには明らかに次の3つの喫緊のニーズがあります。まず国内の治安が必要です。和平プロセスも必要です。さらに復興・人道支援も必要です。日本はこうしたニーズに応えるために出来る限りのことを行っていくつもりです。

 インドとパキスタンに関しては、日本は両国の緊張を緩和し、対話の再開を強く求めていくための国際的な取り組みに参加しています。私はインド、パキスタン両国の外相と直接話し、外務副大臣を両国に派遣しました。日本は世界で唯一の核兵器の被爆国であり、だからこそこの地域の情勢を深く懸念してきたのです。私は、アーミテージ国務副長官及びラムズフェルド国防長官の訪問により、建設的な兆候がこの地域に見られることに勇気づけられます。日本は他のG8諸国とともに事態の沈静化と地域の将来の一層の安定化のための努力を倍加させていくつもりです。

 中東については、治安回復、人道・復興支援、及び和平プロセスの加速化というプロセスがそれぞれ緊密に連携しつつ進められる必要があります。私はシャロン首相とアラファト議長に対し、日本は和平プロセスに積極的な役割を果たす用意があると話しました。また、私は両者に対して和平プロセスの進展と日本の対パレスチナ支援を結びつけた平和のためのロードマップ、及びパレスチナ自治政府の再建と改革のための支援計画を提示しました。

 私たちは、人類に対するより間接的な脅威、つまり貧困、難民、環境破壊及び感染症等にも直面しています。近年、日本は国際社会が一人ひとりの生存、尊厳、および生活への脅威と闘う必要性を強調してきました。対人地雷、アフリカ開発や地球温暖化の防止といった問題は非常に重要です。日本は京都議定書を先週批准したところです。日本はカナダやその他の諸国とともにこの分野において共通のルールを構築するために引き続き努力していくつもりです。

 最後になりますが、最後でも一番重要性が低いわけではない機会、すなわち私たちの二国間関係の再活性化についてお話しします。

 日加両国は似通った国際的な見方を有しています。両国とも平和の促進に熱心であり、「ソフト・パワー」と呼ばれるものを信奉しています。カナダは国連平和維持活動に長年参加していますが、日本もそうした活動により多く参加するようになってきています。国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)において、日加両国はゴラン高原で協力しています。最近、日本は690名の自衛隊員を東ティモールの平和維持活動に派遣しています。日加両国はともに軍備管理・軍縮、不拡散を熱心に推進しています。両国は包括的核実験禁止条約(CTBT)を支持しています。対人地雷禁止条約は両国の二国間協力のホームランといえるでしょう。感染症では日本とカナダはアフリカのマラウィへHIV/AIDS及びその他の感染症対策と衛生教育普及を目的とする共同ミッションを派遣しました。こうした事例から、両国が国際政治問題及びグローバル・イシューに関しどれだけ緊密に協力しているのかお分かり頂けるでしょう。

 国際経済問題では、日加両国はWTO、OECD、APEC及びその他の多国間フォーラムで協力を深めてきました。

 私たちの二国間関係は、とりわけ草の根レベルの青年・文化交流での強い結びつきを見ると、極めて良好です。日加間では70もの姉妹都市関係が存在し、これには横浜とヴァンクーヴァーの姉妹都市関係も含まれます。これらの姉妹都市関係には大学、高校、ホームステイ、ロータリークラブやライオンズクラブの交流によって支えられています。日本政府はJETプログラムを通じて日本の学校や自治体で英語を教えるために多数の青年をカナダから招聘しています。1988年以来、JETプログラムにより約4800名に上るカナダ人青年が1年以上(通常は2〜3年)日本で過ごしてきました。ワーキングホリデー・プログラムは両国の若者を互いの国に引きつけるのにとりわけ役立ってきました。毎年約5000名の日本人青年がカナダを訪問し、逆に約1000名のカナダ人青年が日本を訪問しています。

 私たちは経済関係を再活性化する必要があります。1999年にクレティエン首相の率いたチーム・カナダ訪日のフォローアップとして日本はカナダにITミッションを2度派遣しました。丁度今日、25名からなる日本からのバイオテクノロジー・ミッションがブリティッシュ・コロンビア大学においてBC州のバイオテクノロジー新興企業とネットワーク作りを行っていると聞いています。両国政府はカナダの新しいハイテク産業がもっと日本で知られるように協力しあっています。私は民間分野のビジネスマンの皆様がこのメッセージに耳を傾け、お互いの市場で新しい機会を探られることを確信しています。

 ご列席の皆様、このスピーチを締めくくるにあたって、日本史上最も尊敬されている国際人のひとりである新渡戸稲造博士を紹介したいと思います。新渡戸博士は1920年代に創立直後の国際連盟の事務次長を務め、その肖像は5000円札に描かれています。博士はかつて「我、太平洋の架け橋とならん」と述べました。その後博士は文字通りこの目的のために人生を捧げたのです。バンフで開かれた国際会議に参加後、博士は力尽き、BC州のヴィクトリアで1933年に亡くなったのです。

 新渡戸博士とその足跡に従った人々の努力のお陰で、今日私たちは太平洋を挟んで幅広い人の往来を謳歌しています。私たちの相互理解がこれほどまでに深まったことはありません。私たちの経済的・政治的繋がりがこれほどまで強まったこともありません。私たちの共通の機会は史上かつてないほど現実のものになっています。ご列席の皆様、新渡戸博士が太平洋にかけた橋を私たちの手で強化していこうではありませんか。

御招待下さったことに御礼申し上げます。ご静聴あり難うございました。