データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 川口外務大臣演説「共通の挑戦:米国と日本、現在の日本の見方」

[場所] ワシントンD.C.(戦略国際問題研究所(CSIS))
[年月日] 2002年9月16日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

 ご列席の皆様、

 CSISにおいてこのような著名な方々を前にしてお話する機会をいただき大変光栄です。御招待いただいたことに感謝します。

 私は日本の外務大臣としてはユニークな経歴を有しています。私は、アメリカ人の両親とアメリカ生まれの息子を持つ外相は、いずれの国にもかつて無かったのではないかと思います。私は、16歳のとき、ペンシルヴァニア州のスワスモア高校で一年を過ごしました。私は私を真に家族の一員として受け入れてくれた米国人の家族と暮らしました。私が日本に帰国した後でさえも、「母さん」と「父さん」は亡くなるまで私の両親であり続けました。米国で大学院に通っている私の息子は、ワシントンD.C.のワシントン市長による署名がある出生証明書を持ってしています。ですから米国は私の第二の故郷なのです。

 私は70年代の初めにイェール大学で経済学を学ぶために米国に戻りました。70年代後期には、私は世銀での勤務のためワシントンD.C.に来ました。90年代の初めには、日本大使館の通商担当公使として再度ここに戻りました。本当に、これまで何度もこの地を訪れたものです。そして、9月11日の二日前、私は環境大臣として米国を訪問していました。

 それから一年が過ぎました。私は、米国の人々の勇気に感銘を受けています。そしてテロリズムとの闘いに向けて国際社会を一致団結させたのは、米国のリーダーシップでした。

 米国のアプローチについてあれこれ言われることがしばしばあります。リーダーがそのような代償を払わなければならないのは自然なことです。しかしながら、米国の長きに亘る友人そして観察者として、私は、米国が危機的状況下においてリーダーに求められるイニシアティブと責任を常に果たす国であると信じる者の一人です。これが私が貴国を本当に尊敬する理由です。

(共有されたビジョン、共通の挑戦)

 日米は未来に向けたビジョンを共有しています。我々は、自由、民主主義及び自由主義市場経済といった基本的な価値観を共有しています。我々は、文化及び伝統の多様性が真に重要であることを認識しています。我々は、テロリズムと大量破壊兵器の脅威のない世界を切望しています。我々は、貧困撲滅のために努力し、自然との調和を信じています。我々はこれらのあらゆる意味において同盟国です。

 我々の共有されたビジョンに基づき、日本と米国は共通の挑戦に取り組んでいます。それは、テロ対策、不拡散及び紛争予防、世界経済及びアジア・太平洋地域の平和と安定です。

 これらの大いなる挑戦にどのように対処できるのでしょう?日本の外交政策の三つの特徴を述べさせていただきます。第一に、我々は対話が根本的に重要であることを信じています。対話は説得とコンセンサス形成のための効果的手段であり得ます。第二に、我々は関与という方法に信をおいています。このアプローチをとることで建設的な動きを助長することが出来ます。第三に我々は、国際協調を重視します。そのような観点より国連の枠組みを含む多角的な枠組みや条約を非常に重視します。

 本日私は、現在の日本外交の概観を述べたいと思います。私としては、その中で、我々が日米のパートナーシップの前途をどのように観ているかをお伝えできればと考えています。

(テロ対策、不拡散、紛争予防)

 9・11以降のテロリズムとの闘いは、疑いもない成功でした。この闘いの中で米国はめざましいリーダーシップを発揮しました。そして、日本は最初からこの努力に参加してきました。日本は直ちに法律を制定し、我々の自衛隊艦船及び航空機を派遣することを可能にしました。

 次の挑戦は、このサクセス・ストーリーを「果てしないサクセス・ストーリー」にすることです。アフガニスタンが「失敗国家」又は「テロリストの巣窟」となることは二度と許されてはなりません。最近の暴力的事件はアフガニスタンの平和と治安がいかに脆弱であるかを想起させます。平和は定着しなくてはなりません。平和を達成することは出発点であり、終着点ではないのです。国際社会はアフガニスタンの人々及び彼らの正統な政府が自国を再建するための努力を継続して支援していきます。これが、私が5月にアフガニスタンを訪問した際、同国の指導者、そして人々に伝えたメッセージでした。我々は、1月のアフガニスタンの復興支援に関する東京会議での約束が迅速に実施されることを確保するために、米国などとともに努力しています。先週木曜日、日本、米国及びサウディ・アラビアは、カブールからカンダハールを経てヘラートに向かう道路を再建することに合意しました。日本はまた、難民や武装解除された兵士が再統合できるよう地域社会を再活性化するために多大な努力を傾注しています。

 大量破壊兵器に関し、我々にとっての現在最大の焦点はもちろんイラクです。イラクは全ての関連する国連安保理決議を履行しなければなりません。イラクによる国連査察の拒否は、まったく受け入れられません。小泉総理大臣とブッシュ大統領が先週木曜日に再確認したように、この挑戦に対処するためには国際協調が決定的に重要です。米国はこの挑戦に対処するために国連と共に努力し、必要な安保理決議の採択をめざすとの、先週行われたブッシュ大統領の国連演説を我々は歓迎します。我々はイラクに対し、即時かつ無条件に国連査察を受け入れ、全ての大量破壊兵器を廃棄するよう要求し続けなければなりません。私は、二日前にニュー・ヨークでイラクの外相と会談した際、この点を先方にはっきりと述べました。

 NPT(核兵器不拡散条約)を含む国際的枠組みを強化することは、大量破壊兵器が世界中に拡散することを防止するために不可欠です。この関連で、日本は引き続き、CTBT(包括的核実験禁止条約)が核不拡散を確保するための現実的かつ具体的な方途を国際社会に提供しうると信じます。

 中東全体としての安定も日米の共通の優先事項です。私は、この地域を6月に訪問した際、シャロン首相とアラファト議長に対して、和平プロセスに積極的に関与し続けるとの日本の決意を直接伝えました。我々はこれまで、パレスチナ人に対する米国に次ぐ世界第二位のドナー国であり、また、ジョルダンに対し17億ドルにものぼる開発支援を行ってきました。最近我々は、パレスチナ自治政府の改革に焦点を当て{前2文字ママ}おり、この点を長期的な「平和の定着」及び紛争予防のために不可欠と考えています。

 この地域の非常に重要な国であるイランにも触れたいと思います。我々の政策は、継続的対話と関与を通じ、イランが改革プロセスを前進させ、建設的な役割を果たすことを推進することです。私はイランを5月に訪問した際、同国の指導部に対してこの点を明確に述べました。私はまた、大量破壊兵器、テロリズム及び人権といった問題を巡る懸念も伝えました。

(世界経済、思いやりのあるパートナーシップ)

 経済問題に移りましょう。世界の二大経済大国として、日米両国の経済が強固である必要があります。小泉総理は民間部門の役割を拡大することをめざして構造改革を精力的に進めています。我々は幻想に陥ってはいません。即効薬はあり得ません。それは困難で、痛みと我慢を伴うプロセスなのです。

 それでもなお小泉政権は、具体的かつ実質的な進展を達成することが出来ました。我々は、来年4月には郵政事業を公社に移行し、将来の民営化への準備を進めていきます。我々はまた、急速に高齢化する社会構造の変化に、我々の制度を適応させる必要があります。医療費の自己負担率を二割から三割に引き上げることも含め、具体的な措置がとられています。

 まだまだ先は長いのです。我々は、経済活性化、不良債権処理をはじめとする金融システム改革、税制改革及び歳出改革を精力的に推進しなければなりません。それ以外の方法はないのです。これらは日本において民間需要主導の経済成長を達成するために絶対的に必要であり、このことは最終的には健全な世界経済に貢献することになるでしょう。

 同時に、日本と米国はドーハ新ラウンドの成功に向けて引き続き主導的役割を果たすべきです。この関連で私は、最近ここワシントンで貿易促進権限法が成立したことを歓迎します。

 私は、日米が世界中の苦しみや困難を緩和するために思いやりのあるパートナーシップをも形成すべきと信じます。貧困は依然継続しています。格差は拡大しています。アフリカでは、人口の半分近くが一日あたり1ドル以下で生活しています。環境悪化が進んでいます。専門家は、そう遠くない将来に深刻な水不足が訪れると予測しています。パウエル長官と私はヨハネスブルグで「きれいな水を人々へ」というイニシアティブを発表しました。

 アフガニスタン、ASEAN及びアフリカ諸国といった場所を訪問し、私は、非常に多くの国々の開発、そして非常に多くの人々の生活に対して、これまで日本の支援がどれ程重要であったか、そしてこれからも重要であり続けるかを認識しました。開発援助は平和を定着させ紛争を予防する上でもカギとなります。長年、開発途上国側の「オーナーシップ」と「ガバナンス」の重視は、日本のODA政策、特に東アジアにおけるODA政策の基調となってきました。我々は我々のアプローチが効果的であったこと、そしてアフリカを含むその他の地域でも効果を発揮しうることを確信しています。

 日本は、グローバルな問題に対処するためには多角的なアプローチが有効でありうると信じます。日本は京都議定書を締結しました。私は、全ての国々が参加する共通のルールの構築に向けて米国が努力することを希望します。また同様の観点から、ブッシュ大統領が国連での演説において米国のユネスコ復帰を発表したことを大変歓迎しています。

(東アジアの平和と安定)

 今度は東アジアについて述べたいと思います。

私は中国のWTO加盟を、開かれた市場経済に向けてこの国がふみ出した一歩として歓迎します。我々は、このと{前3文字ママ}が中国の発展だけでなく世界全体にとっても利益をもたらすことを真に切望します。一週間前、私は北京で江沢民国家主席他中国の指導者たちと議論をしました。滞在中、私は中国のダイナミックなエネルギーを強く感じました。しかし、中国が完全にルールに則った開かれた市場経済になるためには、国内の格差、環境悪化、その他の構造問題などさまざまな課題を克服しなければなりません。

 次は朝鮮半島です。7月末に、私自身、ブルネイで北朝鮮の外相と会談しました。まもなく小泉総理が平壌を訪れます。総理は金正日国防委員長と会談する予定です。日本の総理が訪朝するのは今回が初めてです。我々は、ブッシュ大統領とパウエル長官の力強い支持に対して深く感謝しています。我々は、北朝鮮に対して安全保障、不拡散、日本人の拉致を含む人道問題といった国際的な諸懸念に前向きに応えるよう呼びかけています。米国、韓国と日本の間の協力と連携がこの関連で決定的に重要であることに変わりはありません。

 ブルネイでのASEAN関連の諸会合に出席し、私は、アジアの一国として、わが国に地域の力強い成長とダイナミズムのためにより大きな役割を果たしてほしいとのASEAN諸国の強い期待を感じ取りました。小泉総理がシンガポールで1月に行った演説で述べたように、日本はこの地域の近隣諸国と共に歩み共に進みます。ミャンマーでは、私は政府の指導者達及びアウン・サン・スー・チー女史と会談しました。対話と適切な援助を通じた関与がミャンマーのような国の民主化の鍵となるでしょう。我々のアプローチには忍耐と粘り強さを要します。

(結び)

 本年2月にブッシュ大統領が日本の国会での演説の中で述べられたように、日本と米国は「自由な太平洋国家の共同体」という地域のビジョンを共有しています。我々の同盟はこの地域の安定の要です。私の見るところ、日米関係が今日ほど緊密で堅固であったことはありません。もちろん、慢心は禁物です。日米安全保障の枠組みの信頼性を高めるための絶え間ない努力が必要です。昨年両首脳がキャンプ・デービッドで合意したように、両国があらゆるレベルで戦略的な対話を行うことも必要です。

 来年はペリー提督が日本に来航してから150周年に当たります。2004年は日米和親条約署名150周年です。我々のパートナーシップと友情をより強固に、より広範にするために共に励もうではありませんか。草の根交流を活発化させましょう。知的対話を推進しましょう。私はCSIS及び日本協会がこれらの分野で最も重要なプレイヤーであり続けると確信しています。

 私はいつもアメリカに異なる肩書きを持って帰ってきています。最初は高校生として、次はイェール大学の学生として、世銀職員として、大使館の通商担当公使として、環境大臣として、そして今回は外務大臣として。これは両国の間に既に広範な交流があることを象徴するものでしょう。次はどのような肩書きをもって来ることになるのかはわかりませんが、必ず、私は第二の故郷に帰ることになるでしょう。

 ご静聴ありがとうございました。