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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 川口外務大臣プノンペン政策演説「未来への架け橋」ASEANの一体性強化のためのイニシアチブ

[場所] 
[年月日] 2003年6月17日
[出典] 外務省
[備考] 仮訳
[全文]

 ソーム・チョムリアップ・スーオ(カンボジア語で「こんにちは」の意)。

 ご列席の皆様、

 カンボジアと日本の外交関係樹立五〇周年及び貴国独立五〇周年の佳節にあたる本年に訪問することが出来、大変嬉しく思います。本日、私は、われわれの共通の未来に向けてのビジョンと希望を共有する機会を与えられた光栄に浴し、ここに貴国の若々しい息吹とエネルギーが充満していることを感じております。

 貴国と日本との交流の歴史は、古く17世紀初めにさかのぼると言われており、当時の首都の近くに位置するプニャー・ルーには、朱印船に乗ってはるばる海を渡ってきた多くの日本人が日本人街をつくっていたと言われています。また、私の姓である「川口」は、「モアッ・トンレ」(カンボジアで「川辺・川縁」の意)と訳されるので、メコン河の河辺に位置するこのチャクド・モック国際会議場は、私にとって特別な親近感を抱かせる場所です。日本国民は貴国の和平と復興のお手伝いをして参りましたが、これは両国間に培われたこのような歴史的かつ重層的な友好関係を土台としています。本年は「日本ASEAN交流年2003」に当たりますが、私は、われわれの心と心のきずなを強め、日本と貴国及びASEAN各国の相互理解を一層深めたいと願っています。

 さて、第二次世界大戦後のインドシナ半島における戦禍の負の遺産として、依然として、ASEAN内には経済・社会的な域内格差が存在していることは否めません。他方、この地域の各国は、国家の建設及び発展に邁進してきており、ASEANへの加盟を果たし、責任ある国際社会の一員となるべく懸命に努力してきました。貴国がまさに今、ASEAN議長国として、ここプノンペンの地にわれわれを迎え入れていることは、そういった取組みによる成果の一つと言えましょう。今や、全体で人口約5億人、GDP約5,800億ドルを擁し、多様性を活力の源としつつダイナミックに発展しているASEAN10が、地域の安定と繁栄の要として、バラバラではなく一体の共同体を形成することは、我が国と地域の安寧にとって極めて重要です。勿論、一体であるということは画一的であるということとは異なります。私は、むしろ各国の多様性と伝統的精神がASEANの強さの源泉であると思います。また、私は、1×10が単なる10よりも大きいという算式が正しいと信じています。そして、私は、貴国を初めとするASEAN各国の皆様、新たな「成功物語」に向けた機会の窓が、今まさに、われわれの目の前に開かれていると信じています。私は、われわれが共に、モノ、サービス、人々がより一層自由に交流し、より一層安全な生活を送ることが出来、民主的な価値観がより一層享受され、そして、国際社会の中でよりより一層尊敬される立場を占めることが出来るような共同体に生きることが出来ることを信じています。

 問題は、われわれが成功できるか否かではなく、どうすれば成功するか、成功のためにいかなる障碍を乗り越えるべきか、ということです。

 本日、私はこの機会をお借りして、『ASEANの一体性強化のためのイニシアチブ』を表明したいと思います。このイニシアチブの狙いは、『小泉イニシアチブ』で打ち出された「共に歩み、共に進む」「率直なパートナー」の精神の下、我が国とASEANとが地域及びグローバルな問題を、共に考え、計画し、相互のコミットを通じて取り組むことにあります。このために、特に、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムといったASEAN新規加盟国との対話及び協力を一層緊密かつ重層化して参ります。

 それでは、ASEANの一体性を弱めるような挑戦及び障碍に対し、われわれはどのような方法で取り組むべきでしょうか。『ASEANの一体性強化のためのイニシアチブ』は、具体的には3つの柱、すなわち「経済格差の是正と繁栄の享受」、「人間の尊厳の恢復」、そして「民主的・安定的な統治の実現」に向けた共同の取組みから成り立っています。

 第一に、『ASEANの一体性強化のためのイニシアチブ』の第一の柱は、「経済格差の是正と繁栄の享受」です。

 開発協力はその場しのぎで終わってはなりません。持続的経済成長に基づく生活水準の向上をはかるために、この地域における人材育成、制度構築及びインフラ整備の立ち後れを取り除かなければなりません。我が国は、戦後、経済協力を通じて、国際社会の平和と安定に貢献して参りました。特に、ASEANに対しては、ODA供与額全体の3割以上を継続的に配分して来ました。

 我が国は、野心的な取組みであるメコン地域開発の中の二つの旗艦プロジェクトを支えていきます。その一つが、ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーをつなぐ東西回廊であり、もう一つは貴国を近隣諸国とつなぐ「第二東西回廊」です。一昨年建設された貴国のメコン架橋には、日本語で「きずな橋」という名前が付けられました。この「きずな」という言葉は、強い心のつながりを意味します。名前は象徴であるならず、実体を伴うものです。本日、私はここに、第二東西回廊の要所であるネアック・ルーンにおける新たなメコン架橋の開発調査を開始する決定したことを表明したいと思います。メコン地域にモノ、サービス及び人々が活発に往来する日はそれほど遠い未来のことではありません。また、我が国は、ASEAN加盟国同士が域内の経済格差是正を念頭に「ASEAN統合イニシアチブ(IAI)」の枠組みで推進している相互協力を心強く思い、それに対する協力を惜しまないつもりです。

 経済分野におけるもう一つのアプローチは、「日ASEAN包括的経済連携構想」の取組みに表される、貿易、投資、人の移動など様々な分野における障壁を取り除く試みです。我が国は、シンガポールとの自由貿易協定(FTA)に引き続き、現在、フィリピン、マレーシア、タイとの間でFTAを含む高いレベルの経済自由化を追求しており、こうした経済連携が地域に網の目のように拡充されることを図っています。新規加盟国の中では、先般、基本合意に至ったベトナムとの投資協定に、新規加盟国も含めたASEAN全体との経済連携を加速化する「触媒」のような効果が期待されています。このように、我が国は「包括的経済連携構想」の実現に向け、ASEANのいずれの国に対しても常に機会の門戸を開いているということを心に留めておいて下さい。われわれの取組みにおいて、いかなる国も取り残されるべきではありません。ASEAN新規加盟国が、自由で市場に立脚した経済に基づき、将来的には原加盟国の水準に追いつき、繁栄を享受できるよう我が国として引き続き支援していくつもりです。そのために、我が国は、カンボジア、ラオス、ミャンマーと協力して、経済改革のための政策提言を作っているところです。

 次に、『ASEANの一体性強化のためのイニシアチブ』の第二の柱は、人類普遍のテーマである人間の尊厳の恢復です。ASEAN各国は、過去の国家間・イデオロギー間対立の過程で、戦争、大量虐殺、不発弾、テロ等により、無辜の市民が多大の犠牲を被りましたが、これらはASEANの共同体を引き裂いて来た挑戦です。

 われわれの人間の尊厳は、地雷、小型火器、不発弾、安住の地を失い難民となることへの恐怖、人の密輸、更には、HIV/AIDS、結核、マラリア、SARS等の感染症、黄金の三角地帯が主要産地の一つである薬物等の「国境を越える問題」に常に脅かされています。これらの登場しつつある挑戦の背景は、戦争、貧困、必要な設備や専門的知識が整っていないことなど様々であり、またそれらが絡み合っており、解決に向けて、われわれには、力強くかつ我慢強い努力が求められます。全ての人々が安全で生き甲斐のある社会に生活することができるよう、今一度われわれの一体感と結束を一層強化し、人間の安全保障を脅かすこれら共通の挑戦を共に克服して行こうではありませんか。

 また、我が国は、人間の尊厳と正義を恢復し、地域全体の安定を確立するために、クメール・ルージュ(KR)裁判の実現に向けた貴国政府の強い決意をしっかりと支えます。この点については、国連と貴国政府との協力関係に関する合意案が、6日にここプノンペンにおいて署名を見ました。今後は、貴国国会が本合意を早期に批准し、年内に事務局が設置され、裁判のプロセスが開始されることを期待します。我が国は、引き続き中心的役割を果たすつもりであり、判事及び事務局員を含む人的貢献及び裁判運営経費の拠出の面で支援を行って参ります。

 最後に、『ASEANの一体性強化のためのイニシアチブ』の第三の柱は、「民主的・安定的な統治の実現」です。我が国は、ASEAN各国の持つ多様性に最大限の考慮を払いつつ、我が国自身が依拠する原理である「自由」「民主主義」及び「法の支配」等の基本的価値を根幹とする国家社会を建設する各国及び国民のたゆまぬ努力を確固として支持します。この関連で、我が国はミャンマーに対し、事態の速やかな解決、更には国民和解及び民主化に向けた真の努力が行われ、ミャンマーが国際社会における責任あるメンバーとして発展していくことを求めます。

 もっとも「民主的・安定的な統治」の実現は、言うは易く、行うは非常に難しいものでしょう。振り返れば、カンボジア紛争が混迷を極める中、我が国は九〇年に「カンボジアに関する東京会議」を開催し、翌年にはパリ協定による和平が達成されました。また、我が国自衛隊及び文民警察が、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)による平和維持活動を貴い犠牲を払って支えました。更に、我が国は、カンボジアに幅広い市民参加を通じた意思決定による統治がしっかりと根を張る過程を見守っており、この観点から、七月末の総選挙が、脅迫や暴力のない、自由で公正な方法で行われるよう、選挙監視団を派遣する用意があります。貴国の「民主的・安定的な統治の実現」にむけた取組みが、現在、我が国が東ティモール、スリランカ及びアフガニスタン等において展開している「平和の定着」構想の先例となっていることを非常に誇りに思います。ASEANの一体性強化のためには、ASEAN各国が、先程述べたような基本的価値を指導原理として共有することが重要な意味を持つのです。

 さて、私が本日初めて目にしたメコン河の流れは、人類の過去の営みを河床に堆積し、現在のわれわれの姿を水面に映しながら静かに流れていたように思います。メコン河は、国境を越えて、生活の水及び肥沃な土壌、そして発展の可能性を住民に運び、遂には輝ける海に流れ込みます。人間は、河岸に佇む時、対岸までの川幅が如何に大きな障碍に感ぜられようとも、それを渡って新しい地平に到達したいと心に誓い、河に橋を架けてきました。

 過去と現在、そして未来をつなぐ橋を架けて行こうではありませんか。われわれ一人一人の間に橋を架けましょう。日本とASEAN各国が、相互の尊敬と理解に基づき友好・協力関係を促進するよう、橋を架けましょう。われわれが、主体的な取組みと連携に基づき域内格差を縮小するよう、統合された共同体が創出する恵みを分かち合えるよう橋を架けましょう。日本とASEANが、域外の国際社会に対しても利益をもたらす開かれた共同体として発展するよう橋を架けましょう。

 今、ASEANは域内の格差是正への取組みを跳躍台として、全体として一層の飛躍の岐路に立っていると思います。私は、将来の世代がわれわれの時代を振る{前2文字ママ}時、われわれが協力して橋を架ける鎚音が、「成功物語」の夜明けを告げていたと評価することを確信しています。

 ご列席の皆様、本日、このプノンペンの地で、貴国民をはじめとする皆さんと未来へのビジョン、希望と決意を共有出来たのであれば幸甚です。

 ご静聴有り難うございました。

 ソーム・オークン(カンボジア語で「ありがとう」の意)。