[文書名] ウラジオストクにおける川口外務大臣による極東に関するスピーチ
フリステンコ副首相、ダリキン沿海地方知事、ロシュコフ外務次官、ウラジオストク及び極東のロシア国民の皆さん、
私は今、日本国の外務大臣として歴史上初めて極東の地に立ち、皆さんに直接お話できる機会を持てたことに、大きな喜びを感じています。極東の皆さんに、是非、日本と極東ロシアとの間の協力の可能性について理解を得たいと考え、私の考えを述べたいと存じます。
1.我が国と極東との歴史的関係{前15文字下線あり}
日本と極東ロシアは、同じ北東アジアに位置し、この地理的な近さから、極東ロシアと我が国との間には、深い交流の歴史があります。日本にとっては、ウラジオストク、極東ロシアは「日本に最も近いヨーロッパ」であり続けてきたのです。早くも1876年に、ウラジオストクに日本の貿易事務館が開設されています。それ以来、日本人居留民の数も増加し続け、20世紀初頭には約3000人を数えるまでになったのです。日露戦争終了後の1907年には領事館と日本人学校が開設されました。1921年には、ここウラジオストク在住の日本人の数は6000人になりました。
第二次大戦を経て、1952年、ウラジオストクは軍事的理由から閉鎖され、両国関係は冷戦の狭間に置かれました。1986年、当時のゴルバチョフ書記長が「対日関係について好転の兆しがある。この転換が生じるのは好ましいことである」と演説しました。その演説が行われたのがウラジオストクの地であったことは、ウラジオストクがロシアの太平洋に開かれた窓であることを考えれば、偶然ではありません。
2.今日の北東アジア地域が直面する諸問題に関する日露間の協力{前30文字下線あり}
日本と極東ロシアが位置する北東アジア地域は、発展の可能性と混乱の危険を同時に内包する地域です。この地域の繁栄と安定の鍵を握るのは、日米露中の4ヶ国です。この4ヶ国の相互の繋がりを比較すると、日露間の人的・経済的な繋がりが未だ最も弱いということを認めざるを得ません。日露関係の発展・強化は、北東アジア地域の安全保障環境の改善に繋がるものです。私は、極東ロシア地域における北朝鮮問題、非核化協力、防衛交流を始めとする日露の幅広い分野の協力は、北東アジア地域の主要な安定要因になると考えます。
(1)北朝鮮問題
この地域の焦眉の問題は、北朝鮮の核問題です。北朝鮮の核兵器開発、保有、移転は認められるものではありません。この問題を平和的に解決すべきことは、日露を含む国際社会全体が一致しています。本件の平和的解決のため、我が国は、米国、韓国のみならず、北朝鮮と伝統的な友好関係を持っている中国、ロシアとも引き続き緊密に協力していく必要があると考えています。ロシアは、北朝鮮との旧ソ連時代からの伝統的な友好関係、そして地理的な隣接性から、北朝鮮を巡る諸問題の解決により大きな役割を果たし得ると考えます。特に我が国は北朝鮮との間で拉致問題を抱えています。普通の日本国民が、ある日突然にさらわれ、故郷にも戻れない生活を強いられてきているのです。ロシアからも、北朝鮮とのチャンネルを活用し、是非この問題の解決に向けて引き続きご支援頂きたいと思います。
(2)非核化協力
現在ロシア極東地域には、解体を待っている原子力潜水艦は41隻あります。一部は自力では浮上できない状態にあると承知しいて{前3文字ママ}ます。これらの退役原潜の安全且つ迅速な解体は、核軍縮の促進のみならず、日本海の環境保護の観点からも重要な課題です。ウラジオストクから新潟市までの距離は800キロメートルであります。この問題の深刻さは日本にとって座視できるものではないことはおわかりいただけるでしょう。本年1月に訪露した小泉総理は、極東における退役原潜解体協力の実施を表明し、同事業を「希望の星」と命名しました。非核化協力の推進は、両首脳が採択した「日露行動計画」にも盛り込まれています。同時にこの事業は、昨年6月のカナナスキス・サミットにおいて発表された「G8グローバル・パートナーシップ」の一環としても位置づけられ、日露協力の対象であると同時に、国際社会の直面するグローバルな課題への取組でもあるのです。先月末のサンクトペテルブルクでの首脳会談の際、プーチン大統領は非核化の分野における「日本の協力は他国に比しても進んでいることを評価している」といって謝意を表明されました。私は、昨日、原潜解体プロジェクトの現場であるズベズダ造船所を視察し、覚書の署名の場に立ち会いました。
ロシア側当事者の熱意に触れ、協力への日露の思いは一つであることを確認しました。同造船所内で一日も早く鎚音が響くことを願ってやみません。
(3)防衛交流
また、日露の防衛当局間で交流が進んでいることも、北東アジア地域の安全保障情勢に肯定的影響を与えています。本年前半には日露双方の国防担当大臣が相互に訪問した他、海上自衛隊創設50周年記念行事の一環で、昨年10月に国際観艦式が東京湾で、多国間捜索救難訓練が関東南方海域でそれぞれ実施されました。ロシア太平洋艦隊からはミサイル巡洋艦「バリャーグ」他2隻が参加しました。9月には防衛庁海上自衛隊護衛艦をここウラジオストクに派遣することで調整中と聞いています。訪問中には、「ロシアにおける日本文化フェスティバル2003」の一環として、音楽隊のコンサートなどを計画しています。いまや防衛交流は、日露間でも最も進んだ交流分野の一つとなっています。このような過程を通じて、信頼醸成が進むことは、北東アジア地域を巡る国際環境にも良い影響を与えるものと確信します。
3.我が国と極東の間の経済分野における協力の現状と展望{前27文字下線あり}
また、経済的側面を見ても、我が国と極東ロシアは相互補完関係にあり、その協力は大きな潜在力を有しています。極東・シベリアには豊富な天然資源があり、我が国には豊富な資金力、技術力が存在します。そして我が国と極東シベリアは距離的に近接しており、輸送コストの面で優位性は高いと考えられます。そうした条件下で、現在両国間で進められているプロジェクト、あるいは今後進めようとしているプロジェクトで協力していくことを通じて両国の経済関係が持つ潜在力が大きく開花するものと信じます。
(1)サハリン・プロジェクト
日露の経済関係の潜在力が具体的なかたちで実現している例として特記すべきはサハリン・プロジェクトです。サハリン1,2プロジェクトは事業総額220億ドル、そのうち日本企業からの投資額としては80億ドルが見込まれるロシアでも最大規模のエネルギー開発案件です。両プロジェクトにおいて本格的な生産が開始されれば、ピーク時の生産予定量として、日量41万バレルの原油と年間約1500万トンを上回る量のガスが生産される見通しです。これは、2000年のロシアの原油総輸出量の約14%、天然ガス総輸出量の約1割に相当する規模にも達するものです。特に、サハリン2プロジェクトについては、今回総額約100億ドルの投資が新たに決定されましたが、このうち45億ドルが日本企業からの投資です。今回の決定は、我が国のガス・電力企業の20年以上にわたるLNGの引取りのコミットメントにより可能となったものであり、本プロジェクトの進展は「日露行動計画」の実現の重要な一歩として歓迎しています。このプロジェクトの進展は、ロイヤリティ等の財政収入の増加、数千人といわれる雇用の創出、インフラ整備及び現地企業の受注拡大等を通じて極東地域に大きな裨益効果をもたらすものです。その効果はサハリン州のみに限られるものではなく、ナホトカ造船所ではオイル・タンカーが建造され、ボストーチヌィ港ではベアパイプのコーティングが行われています。
(2)太平洋パイプライン・プロジェクト
エネルギー分野におけるもう一つの重要な協力案件として、現在シベリアの原油を太平洋岸に輸送する太平洋パイプラインプロジェクトに関する協議が進んでいます。シベリア・極東地域には莫大な原油埋蔵量が確認されていますが、これまで東に向けて輸送するためのパイプラインがなかったために、ロシアの石油は主として西向きに輸出されてきました。今後はアジア太平洋向けと欧州向けの二本の足で立つことによりロシアのエネルギー産業は一層競争力を高めることが出来るでしょう。かつてソ連とヨーロッパを結ぶガスパイプラインがソ連とヨーロッパの信頼関係の醸成に大きな役割を果たしました。太平洋パイプラインが実現し、我が国とロシアがエネルギーの需要・供給関係によって一段と相互依存を深めることは、両国間のゆるぎない信頼関係の基盤の一つとなるでしょう。
このプロジェクトは、シベリア産原油の世界市場へのアクセスを可能とするばかりでなく、シベリア・極東地域の油田開発を促進するというロシアにとって戦略的な意義を持つものです。また、パイプラインの通過する極東各地方の雇用増大と経済成長に貢献し、極東地域のエネルギー事情も改善する等、極東地域の発展に大きな可能性を拓くものです。さらには、世界のエネルギー供給の安定及び北東アジア地域の安定にも貢献するものです。
(3)我が国の対露技術支援
極東地域が経済の自立を目指すのであれば、何よりも中小企業の育成が急務です。戦後の日本経済の発展も、中小企業によって支えられたものであることは広く知られています。日本はこれまで極東地域3ヶ所を含むロシア国内7ヶ所に日本センターを設置し、我が国の経営ノウハウの伝授を通じて、中小企業の育成に協力してきました。日本センターの受講者数はこれまでに約2万人に上っており、この内2300人以上の若手企業家が訪日研修に参加しています。日本センターは本日私とフリステンコ副首相との間で署名された覚書を基礎として、新たな体制の下で今後ともロシアの経済改革を支援する活動を続けていくことになります。本日私達は、極東大学内の日本センターを訪れ、受講生OBと懇談する機会を持ちましたが、極東地域において優秀な人材が育っていることに感銘を受けるとともに、彼らの日本との交流に対する熱い期待を感じ、これに応えていきたいという気持ちを新たにしました。
(4)貿易投資促進機構
こういう意味で、日本センターがその新たな活動の方向性として、日露経済交流の促進に取り組んでいくことが重要となっています。日本センターの受講生OBが地元の優良企業の幹部となっている例もあり、彼らは同窓会を組織して日本との経済交流のあり方を真剣に討議しています。日本センターのこうした人的ネットワークを活用して選ばれた企業と、我が国中小企業のミッションが会合を持ち、具体的な成約に結びつく例も出てきています。こうした努力を積み重ねていく中で、「日露行動計画」にも盛り込まれている「日露貿易投資促進機構」の設立に向けて両国間の調整を進めていきたいと考えます。日本企業の中には新たにロシア市場へ進出することに関心を持っていながら、情報不足や不慣れな商慣行のために、初めの一歩を踏み出せないところも多いのです。機構の設立によって日本センターを始めとする個々の団体、組織の取り組みをネットワーク化し、情報交換の拡大により相互の信頼感を高めることを通じて、小さくとも確かな成功例を積み上げていくことが経済交流活性化への近道と考えます。上向きつつある日露の経済関係の裾野を広げるためにも、本件機構の設立は意義深いと考えます。
4.日露関係の完全正常化の必要性{前16文字下線あり}
日露関係が飛躍的に発展する潜在性を有しているにもかかわらず、満足のいくレベルに達していない最大の原因は、両国間に平和条約が締結されていないということです。これまで述べてきたような大きな可能性を持ち、既にその一部が実現している日本とロシアの両国の間に、未だに平和条約が締結されておらず、国際的に承認された国境すら存在しないこと、即ちその関係が完全に正常化していないことは、極めて残念な現実です。そしてこのことが、これまで本来直ぐ近くに住む両国国民の足枷となり、真の関係発展のための障害となってきたのです。まさにこうした考え方から、両国首脳により採択された「日露行動計画」において日露関係を幅広い分野に亘り発展させていく中で、平和条約交渉についても進展させていくことが謳われているのです。
領土問題の解決は決して簡単ではありませんが、この問題は日露両国が正面から解決に取り組まなくてはならない重要な問題です。四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結することにより日露関係を質的に新たなレベルに引き上げ、日露新時代を切り開きたい、というのが私の強い希望です。
20世紀の初めに既に「アジアの国々との有機的な繋がりは、我々の将来の保証になる。」と述べ、極東ロシアの役割をそこに見いだしていたロシアの識者がいたと聞いています。日露関係はその「有機的な繋がり」の中でも最も強固な関係の一つであるべきであり、現下の国際情勢は日露関係がそうなることを既に求めています。経済、防衛、文化、芸術など、それぞれの分野で日本と関わりのある活動をしておられる方々にも、これから日本に巡り会われる方々にも、日露関係の持つこうした意義を正確に認識していただきたいと思います。ロシア国民の英知を、私は信じています。
ご静聴有り難うございました。
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