データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 軍縮会議における川口外務大臣演説

[場所] ジュネーブ
[年月日] 2003年9月4日
[出典] 外務省
[備考] 仮訳
[全文]

議長、

 本日、この伝統ある軍縮会議に出席する機会を得ましたことは、私の大きな喜びとするところであり、猪口大使の軍縮会議議長就任を祝福したいと思います。私は、極めて重要なこの時期に、議長国を務める責務の重さを厳粛に受け止め、今日、私自ら軍縮会議に出席することと致しました。

議長、

 私は、この機会に、軍縮と平和に関する我が国の基本的な考え方を述べたいと思います。第二次大戦後、戦争の惨禍を二度と繰り返してはならないとの強い決意から、我が国は平和国家として国際社会の中に地位を築くことを選択しました。それ以来我が国は平和の哲学に深い確信を抱き、軍事力の強化ではなく、平和の裡に経済発展を遂げ、国民の福祉の向上を図ると共に、それらを実現する上で不可欠な国際社会の平和と安定を追求することを国家の基本理念としてきました。

 こうした観点から、我が国は、まず我が国自身が世界に対する脅威とならないことを世界に明らかにすることが重要と考え、自らの核武装を否定しました。1955年、我が国は、原子力基本法を制定し、原子力活動を平和目的に限定しました。さらに、1967年、我が国は、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を表明し、爾来、この原則を堅持しています。小泉内閣を含む歴代の内閣は、非核三原則を繰り返し表明しており、今後ともこれを堅持していく立場に変わりはありません。

議長、

 1976年の我が国による核兵器不拡散条約(NPT)加入は、我が国の安全保障上重大な選択でした。我が国は、非核兵器国として同条約に加入し、自ら核武装する選択肢を放棄することを国際的にも約束しました。そして、現在、NPTを礎とする国際的核軍縮・不拡散体制は、我が国の安全保障を支える重要な柱となっています。同時に我が国は、国際原子力機関(IAEA)の保障措置を受け入れ、自らの原子力活動の透明性を確保しています。1999年には、いち早く追加議定書も締結しました。このように、我が国は、NPT体制が、自国の平和と繁栄のために死活的重要性を有すると考えており、このような認識は、国際社会の圧倒的多数の国々が共有するところと確信します。

 我が国は、核兵器のない平和で安全な世界の一日も早い実現を目指した積極的な外交努力を展開してきました。94年以降、国連総会へ提出してきた核軍縮決議案は本年で10年目を迎えます。本年も引き続き「核兵器の全面的廃絶に向けた道程」決議案を国連総会に提出すべく準備を進めています。NPT体制を強化する具体的措置として、我が国は、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効を極めて重視しています。私は、昨日、ウィーンでのCTBT発効促進会議に出席し、CTBT早期発効の重要性を改めて強く訴えてきました。

 また、NPT体制が、国際の平和と安全の基礎となるためには、その普遍化が重要です。本年5月、誕生間もない東チモールが、189番目のNPT締約国となったことを歓迎します。他方、依然としてNPTの枠外に留まっている国々があります。こうした国々に対しては、私自ら、NPTに加入することの重要性を、機会ある毎に説得して参りました。

 NPT体制の下で、これまでにほぼ全ての国により、核兵器保有という選択肢を放棄する約束がなされたという事実を核兵器国は重く受け止めるべきです。また、1995年NPT無期限延長決定が、核軍縮の推進を含む「原則及び目標」とパッケージで合意されたことにつき、想起されなければなりません。NPT締約国の圧倒的多数を占める非核兵器国のかかる決断に対し、核兵器国が目に見える核軍縮の成果を示すことが求められています。

議長、

 現在、我が国は、軍縮(DISARMAMENT)と平和の問題を新たな観点からとらえる作業を行っています。冷戦後の国際社会は、多くの地域紛争や内戦に苦しめられてきており、これまでの経験を通じて、我々は、紛争の停止が、イコール持続的平和ではないことを学びました。今、我が国は、より能動的な形で平和の確立に関与していくことを重視しています。私は、この考え方を「平和の定着」と呼んでいます。平和を定着させ、復興を進める前提として、住民が安全に生活できる基本的条件が整わなければなりません。このためには、対人地雷や小型武器に関する取組が重要です。こうした観点から、我が国の政府開発援助(ODA)の基本方針を定めるODA大綱は、「平和の定着」の考え方を、重点課題として位置づけています。

議長、

 ここで、軍縮と軍縮会議をめぐる過去10年ほどの歴史を振り返ってみたいと思います。冷戦終了後、軍縮会議は、新たな軍縮規範の構築に大きな貢献を行ってきました。前回、ちょうど湾岸戦争終了後の91年に軍縮会議に出席した中山太郎外務大臣は、当時軍縮会議が抱える未解決の課題を指摘し、その早期解決を求めました。その後、軍縮会議は、これらの課題にきちんと答えを出しています。それは1992年の化学兵器禁止条約であり、1996年の包括的核実験禁止条約です。両条約の歴史的意義は、どんなに評価してもしすぎることはできません。

 軍縮会議は、その後、これらに続く具体的成果を達成できませんでしたが、このような停滞した期間にあっても、国際社会の軍縮・不拡散問題に取り組む熱意は衰えておりません。様々な進展が、軍縮会議の枠外において見られました。

 まず核兵器に関しては、いくつかの核兵器国において重要な軍縮措置が実施されました。米露間においては、2001年12月に第1次戦略兵器削減条約(START[[undef12]])に基づく義務の履行が完了したことが両国政府により宣言され、さらに、本年6月、米露の戦略核弾頭を各々約三分の一に削減することを定めたモスクワ条約が発効しました。また、2000年NPT運用検討会議最終文書において、核兵器の全面廃絶に対する核兵器国の「明確な約束」を含む核軍縮のための13の実際的措置が打ち出されたことも大きな成果です。

 弾道ミサイルに関しては、昨年11月、弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範(HCOC)が立ち上げられました。これは、弾道ミサイルの不拡散及び開発・実験・配備の可能な限りの自制を掲げる初めての国際的な規範として重要な意味を持っています。

 通常兵器の分野においても、97年の対人地雷禁止条約の採択、2001年の国連小型武器会議における「行動計画」の採択等大きな進展がありました。本年7月には我が国の議長国の下、「行動計画」の実施状況を検討する中間会合が成功裡に開催されました。

議長、

 軍縮・不拡散分野においては只今申し上げた様々な進展があるものの、その一方で我々の直面する厳しい現状をも認識する必要があります。

 第一に、NPTを始めとする多国間軍縮・不拡散条約に対する不遵守の問題が顕在化しつつあることです。軍縮・不拡散条約の信頼性・規範性を維持するためには、不遵守が発生して、軍縮・不拡散体制が挑戦された際、それが是正されることが重要です。この観点から、過去1年、NPT体制に対する不遵守、或いはその疑惑の問題が浮上していることを強く懸念します。

 中でも、我が国は北朝鮮がNPT脱退宣言を行ったことを深く懸念しています。我が国は、北朝鮮が核兵器を開発、取得或いは保有、実験、移転することを決して認めることはできません。我が国は、北朝鮮に対してNPT上のすべての義務、そしてその帰結としてIAEAとの保障措置協定上の義務を遵守し、核関連施設を再凍結し、核兵器開発計画を検証可能かつ不可逆的な形で撤廃するために速やかに行動をとることを強く要請しています。今般、六者協議の第一回会合が開催され、この問題が話合いによって解決される端緒が生まれたことを、歓迎します。

 また、締約国自らが条約の遵守状況につき国際社会の理解を得るよう積極的に努めることが重要です。高い透明性は、締約国間の信頼醸成にも寄与します。これは、特に高度な原子力活動を行っている、あるいは行おうとしている国々に当てはまります。この観点から、我が国は、イランに対し、IAEAに完全に協力し、また、追加議定書を迅速かつ無条件に締結・履行することを呼びかけています。

 第二に、テロと大量破壊兵器の問題です。2001年9月11日のテロ事件は、テロリストという非国家主体も国家の安全を脅かす敵となり得ることを白日の下にさらし、人々の「脅威認識」を一変させました。特に、大量破壊兵器が、テロリストの手に渡ればその脅威は計り知れません。この「新たな脅威」に対応するための新たな国際的取組が開始されており、我が国も積極的に参加しています。また、我が国はテロ対策特措法を成立させ、アフガニスタンにおけるテロとの闘いに従事しています。他方で、こうした新たな取組が真に有効であるためには、その前提となる多数国間軍縮・不拡散体制が有効に機能していることが必要です。この意味からも今ほどNPTを始めとする軍縮・不拡散条約の維持・強化が必要とされていることはないと言えます。

議長、

 次に、軍縮会議の現状について触れたいと思います。1996年のCTBT作成以降、この軍縮会議が実質的な交渉に入れない状況は、早急に克服されなければなりません。我が国は一刻も早く軍縮会議が作業計画に合意し、実質的な議論を再び開始することを強く期待すると共に、軍縮会議の停滞の早期打開に向けた建設的な動きを支持しています。

 我が国は、中でも核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始を重視しています。2000年NPT運用検討会議最終文書にも拘わらず、軍縮会議においてFMCTの交渉が開始されていないことは、誠に遺憾であり、これ以上の遅滞なくFMCTの交渉を開始すべきであります。我が国はFMCT交渉の早期開始のために、本年3月、ジュネーブにおいてワークショップを開催した他、先日、FMCTに関する作業文書を軍縮会議に提出しました。この作業文書により、FMCTに関する実質的議論が深まり、交渉開始への歩みが促進されることを期待します。また、我が国は、同条約発効までの間、核兵器国を含むすべての関係国が、兵器用核分裂性物質の生産モラトリアムを宣言することが重要と考えます。

議長、

 最後に、私は、今後の我が国の軍縮・不拡散分野における優先的な取組について述べたいと思います。

 まず、我が国は現実的かつ漸進的なアプローチに基づき、核軍縮に向けた具体的な措置を積み重ねることにより、核兵器のない平和で安全な世界の実現を図ることを目指しています。こうした我が国の立場が反映された核軍縮決議案は、毎年、圧倒的多数の支持を得て国連総会で採択されてきています。

 第二に、我が国は唯一の被爆国として、広島・長崎の悲劇を人類の記憶に留めることが、我が国の使命と考えます。

 このため、我が国は、過去20年に亘って、450名以上に及ぶ国連軍縮フェローシップの参加者を広島・長崎に招待してきました。この軍縮会議の議場にいる皆様の中にも本フェローシップに参加した方がいらっしゃることは、心強い限りです。我が国は、今後ともこのような努力を継続していきます。

 第三に、軍縮・不拡散問題の解決のためには次世代を担う若者や市民社会の理解と支持を得ることが必要です。こうした観点から、我が国は軍縮・不拡散教育を重視しており、海外の軍縮教育者の招聘を含む、積極的な取組を行っています。

 地域軍縮会議は、地域レベルで軍縮の重要性についての認識を高める有効な手段です。1989年から毎年我が国の各都市において国連軍縮会議が開催されてきたことを嬉しく思います。本年8月にも、大阪における国連軍縮会議にて有意義な議論が行われたことを高く評価します。

議長、

 我々は、今、軍縮のために行動することが求められています。法規範の設定を中心とする従来型の取組に加え、地雷や小型武器を廃棄・回収し、また、大量破壊兵器を処分するといった、具体的な行動が求められているのです。

 こうした観点から、G8グローバル・パートナーシップの一環として、対露非核化協力に積極的に取り組んでいます。本年6月、私自身がウラジオストクを訪問し、日露間の協力で解体される退役原子力潜水艦を実際に視察しました。このプロジェクトは、小泉総理により「希望の星」と名付けられています。

 また、我が国は、地雷除去や小型武器回収に対する協力にも積極的に取り組んでいます。我が国は、早くから、アフガニスタンにおける国連を通じた地雷除去支援を実施してきました。昨年私がアフガニスタンを訪問した際には、地雷問題の深刻さを痛感すると共に、この問題に取り組む現地関係者の熱意に感銘を受けました。

 小型武器は、紛争終了後も、国連などによる人道援助活動や復興開発を阻害し、紛争の再発、犯罪の増加等を助長する原因となっています。我が国は、武器回収の対価に開発を提供する小型武器回収プロジェクトをカンボジア等で実施しています。

 我が国は今後とも以上のような具体的行動を伴う軍縮を推進していきます。

議長、

 軍縮・不拡散の問題が、現在ほど、人類の平和と安全のために重要である時期はありません。軍縮会議に対する国際社会の期待は、それだけ大きく、我々は、この期待に応える使命を有しています。

 最後に、軍縮会議が、人類の英知を集めて我々の子孫の平和と繁栄のために貢献し続けることを希望すると共に、我が国が軍縮・不拡散のために可能な限りの努力を傾注し続けることを約束いたします。

 御静聴ありがとうございました。