データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 町村外務大臣のニューヨークにおける政策スピーチ(戦後60年を迎えた日本の世界戦略と日米関係)

[場所] ニューヨーク
[年月日] 2005年4月29日
[出典] 外務省
[備考] 外務省仮訳
[全文]

(はじめに)

 御列席の皆様、こんにちは。ニューヨークに帰って来るのは、いつでもこの上ない喜びです。また、本日ここで皆様にスピーチをする機会を頂戴し、光栄に存じます。ニューヨークに帰るたびに、私的な、そして仕事上での思い出で一杯になります。25年以上も前、私はニューヨークに駐在しており、そこに(日本から)妻と2人の娘を呼び寄せました。子供たちにとっては、初めての渡米でしたが、初めてケネディ空港のロビーに降り立ち、「お父さん、見て!アメリカにもマクドナルドがあるよ! まるで日本みたい!」と叫んだ時には、彼女たちが抱いていたであろう不安や心配は全て払拭されたのでした。

 御列席中のメッツファンの皆様には申し訳ありませんが、こちらに駐在していたとき、私はヤンキースの大ファンでした。当時はスケジュールが許せば、161番通りとリバー通りの交差点にあるブロンクス(地区)の(ヤンキース)スタジアムに通っていたものです。その時は、まさか日本人選手がピンストライプのユニフォームに身を包み、クリーンナップ・バッターとして打席に立つ日が来るとは、夢にも思いませんでした。ちなみに、米国では別のゴジラも映画スクリーン上で暴れ回っていると聞き及んでおります。

 一方、日本では、大相撲の世界でも同様のことが見受けられます。約400年もの大相撲の歴史の中で、横綱まで登りつめる力士はこれまで68人しかおりません。しかし、この10年間で2人の米国出身の力士が、この憧れの地位を得ているのです。

 さらに、日米両国の若い世代では、「漫画(manga)」が共通の言葉となるほど大変な人気となっていますが、日本のポップ・カルチャーを紹介する「リトル・ボーイ」展が現在ジャパン・ソサイエティーで開催され、好評を博していることは喜ばしい限りです。

(平和主義の下での日本の戦後復興と繁栄)

 日米間は、(このように私たちが実際に目にしている)文化面の結びつきや共通の文化的な価値観に留まらず、それを遙かに超える強い絆で結ばれています。米国は、我が国にとって貴重でかけがえのないパートナーであり、最も緊密な同盟国です。こうしたことを背景に、私は(本日)、戦後60周年を迎えた中で、日本外交の今後の進むべき方向性について御説明したいと思います。

 御列席の皆様、

 東洋では、伝統的に「60年」は節目の意味を持っています。還暦として、60年は一つのサイクルを示し、次のサイクルの始まりでもあるという意味で節目の年というわけです。私自身1944年生まれで、偶然にも還暦を迎えています。

 第二次世界大戦後の60年間を振り返ってみると、世界中で起こってきたドラマチックな、そしてある意味では想像を絶する様々な変化に実に驚かされます。60年前の先の大戦の終結直後は、我が国は荒廃の中にありました。その時、救いの手を差しのべてくれたのが、他でもない米国でした。戦時中には不倶戴天の敵国として戦火を交えたにもかかわらず、それこそ米国らしい大らかな寛大さをもって我が国の復興を支援してくれました。日本国民はこのことを決して忘れません。日本は1956年に国連に加盟し、これをもって国際社会に復帰しました。そして、国際社会の支援と協力があって、今や、米国に次ぐ経済大国になることができたのです。このことを常に心に刻み、我が国は平和を愛する国家として外交を展開してまいりました。実際、戦後、我が国は武力に訴えることなく経済発展を遂げています。皆様も御承知かと思いますが、小泉総理大臣は、先週インドネシアにおいて、100か国以上のアジア、アフリカ諸国の代表団の前で、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを明確に表明するとともに、世界の平和と繁栄に引き続き貢献していくと

の揺るぎない決意を再確認されました。

 多くの人々が最近の日中関係や日韓関係の現状を心配していることは私もよく承知しています。私は、過去に対するこれら諸国の感情についてはよく理解しております。この関連で、中国や韓国は、小泉総理大臣の靖国神社参拝が今の状況をもたらしていると主張しています。私はここでその誤解を解いておきたいと思います。すなわち、小泉総理大臣が靖国神社を参拝するのは、日本は二度と戦争をしてはならないことを誓い、そして、戦争の時に心ならずも戦場に赴かなければならなかった方々に哀悼の誠を捧げるためなのです。そして、そういう方々の犠牲の上に今日の日本があることを再確認しているのです。

(アジア太平洋を平和と豊饒の地に)

 御列席の皆様、

 この60年間、我が国は身をもって発展や平和、そして繁栄を可能にする上での国際協調の重要性を学んできました。我が国は、戦後こうした国際協調の恩恵を受けてきたこともあって、アジア太平洋を中心として世界に貢献してきております。我が国は、アジア太平洋諸国を平和と豊饒の地にすべく、インフラの整備やアジア通貨危機に際しての金融協力を含め、あらゆる分野で最大限の努力をしてきています。

 アジア太平洋地域は今や世界経済の成長センターとなるに至りました。そしてその際に我が国のODAや地域協力、特にASEAN諸国を重点に置いて行ってきた地域協力が果たした役割は大きく、我が国としても誇らしく思っています。今日、我が国を含むアジア諸国は、世界貿易機関(WTO)における多国間の枠組みでの努力を補完するものとして、経済連携や自由貿易協定の締結に向けた動きを活発に進めております。

 近年、中国の目覚ましい経済発展が注目を集めており、中国は、地域の、そしてグローバルな主要国になりつつあります。我が国としても、中国が今やODAの受け手から、出し手へとなりつつあることを歓迎しています。その際、我が国ODAが実質的にその役に立ってきたこと、また、中国が地域レベル及びグローバルなレベルで国際社会における責任を十分に果たし始めていることを喜ばしく思っております。

 日本政府は、日中関係が、経済面や人の交流の面で、ここ数年の間に著しく進展していることを歓迎しています。両国が対話を通じて二国間関係を一層強化し、相互理解と相互の信頼関係を深め、もって常に誠意ある行動をとっていくことを願って止みません。この観点から、我が国は積極的で未来志向の日中関係を目指して努力してきており、それ故に、私自身、二週間前に訪中して李肇星中国外交部長と会談したほか、先週には小泉総理大臣も、胡錦濤中国国家主席と首脳会談を行ったのです。そして、日中両国は、二国間関係を大切にし、更に強化していくべきであることを確認しました。

 韓国との関係も極めて重要です。何よりも、両国は自由と民主主義という共通の価値観を共有しています。本年は、「日韓友情年2005」でもあり、国民レベルでの相互理解と交流の促進を図っており、実際、相互理解や交流の進展に向けた動きが草の根レベルで拡大しています。日本では韓国のポップ音楽やテレビドラマ、映画等への関心が高まっており、我々が両国の益々緊密化しつつある絆を構築していく際に依って立つことのできる強固な基盤が生まれてきているのです。

 政府間レベルでも、韓国は我が国にとって非常に重要な国です。例えば、種々の北朝鮮に関する問題を解決する上でも、両国が引き続き緊密な連携を通じて一枚岩となっていることが不可欠です。それ故に、両国はいわゆる「シャトル首脳会談」を継続していくことについて強い意志を示しているのです。日韓が直面する懸案を解決するためには、両国がこれまで長きにわたって積み上げてきた未来志向の関係を更に強化させるための努力をしていくことが必要だと考えています。

 北朝鮮の核やミサイルの問題は、我が国のみならず、米国を含めアジア太平洋地域全体の安全保障にとって直接の脅威です。この問題の解決には日米韓の連携が不可欠です。我が国は、北朝鮮に対し、六者会合への早期・無条件の復帰を引き続き求めてまいります。我が国としては、「対話と圧力」の考えの下、北朝鮮に関する種々の懸案の早期解決を期待しています。

 また、北朝鮮による日本人の拉致の問題も未解決のままであり、依然として重大な人道上の懸案となっています。私としても、この場を借りて、これまで米国政府及び米国民から本件について強い支持と理解を頂いていることに謝意を表します。

 このように、重要なことは、日本、米国、中国そして韓国の安定した関係が地域協力の中核をなしていることであり、それこそが、アジア太平洋地域全体の平和と繁栄の実現には不可欠なのです。

 同時に、我が国はアジア太平洋地域において地域協力の推進に尽力してきております。アジアには、特に経済・社会分野で相互依存関係が進展しており、ASEANやASEAN+3が進展するにつれてその地域協力の幅も拡がってきました。チェンマイ・イニシアティブを例にとってみましょう。1999年11月、ASEAN+3の首脳は、1997年の通貨危機の教訓から地域における金融協力が重要であることを確認し、翌2000年5月、同イニシアティブに合意しました。これにより、多国間及び二国間のスワップ協定が確立されたのです。このほか、アジア地域には米国も参加しているARFの枠組みがあります。ARFは安全保障問題について議論するためのアジア太平洋地域で唯一の政府間対話の場です。当初は信頼醸成から始まったARFですが、進展をみせており、現在では、予防外交の段階に至っています。

 特に本年は、アジアのダイナミックな発展が始まる契機を与える年と言えます。秋には東アジア・サミットがマレーシアで開催される予定ですが、まさにこれは東アジア共同体における地域協力に向けた大きな一歩です。当然のことですが、共同体の構築を目指す上で、アジア地域は、歴史、宗教、文化に加え、政治体制や経済体制が実に多様であることを考えれば、欧州がEUを構築する際に直面してきたよりも、多くの課題に直面することになるでしょう。

 アジアにおける地域協力を促進させる上で、東アジアにとって差し迫って必要なことは、まず、開かれた地域主義の原則の下で、開放性、包含性、透明性を確保することです。また、民主主義や人権といった共通の価値観を維持するとともに、WTO等国際機関の国際ルールに準拠する意思を有することも重要です。そのため、我が国としては、このプロセスにおいて米国が関与することは不可欠であり、またインドや豪州、ニュージーランドも重要な役割を果たしうるものと考えています。

(国際社会の主要な責任国家としての一層積極的な国際貢献)

 御列席の皆様、

 この冷戦後の世界においてもなお、依然として紛争や貧困といった数多くの難題が残存しています。我々は、グローバル化により多くの恩恵を享受している反面、テロ、大量破壊兵器(WMD)の拡散、国際組織犯罪、地球環境問題といった問題に取り組んでいます。

 ここニューヨークにあって、2001年9月11日の同時多発テロに言及することなしにテロとの闘いの重要性について語ることはできません。日本国民も少なからず犠牲となっており、我々は決して忘れることはありません。私自身も、かつてニューヨーク在勤中は、世界貿易センターを訪れ、しばしば階上で食事をしたものです。そのような慣れ親しんだ建物が瞬時にして倒壊したのを目の当たりにした時の衝撃といったらありませんでした。テロは人類の最大の暴虐行為の一つです。皆様も御承知のとおり、日本はテロとの闘いにおける米国の最も堅固な同盟国です。例えば、我が国は、アフガニスタンが二度とテロの温床とならないよう民主化と復興を進める米国の努力を、インド洋上の自衛隊の諸活動を通じて支援しています。また、日本は、平和構築の取組として、DDR(元兵士の武装解除、動員解除及び社会復帰)を推進しました。現在、アフガニスタンは一連の選挙を経て民主化されつつあります。まさにこれは日米協力の成功物語と言えるのではないでしょうか。

 日米協力のもう一つの例は、イラクにおける人道復興支援です。日本のイラクにおける人道復興支援は、ODAによる協力と自衛隊による人的貢献を両輪として有機的に連携させた日本らしい国際貢献として高い評価を受けています。

 また、中東和平プロセスを前進させる歴史的好機であることを踏まえ、日本はこの問題の平和的解決に向けて積極的な役割を果たす決意です。日本の2004年度対パレスチナ支援は総額9,000万ドルに上ります。私は1月の訪問で、この地域の平和に対する日本の関与をアッバース・パレスチナ自治政府長官とシャロン・イスラエル首相に直接伝え、交渉の早期開始を促しました。我が国は両首脳の訪日を招請しており、早期の訪問を期待しています。

 大量破壊兵器(WMD)拡散の問題は、日本のみならず全世界にとって焦眉の懸案です。日本は、核兵器不拡散条約(NPT)体制の機能強化への決意を示してきています。核拡散の地下ネットワークが存在することも最近明らかとなっており、我が国としては、「拡散に対する安全保障構想」(PSI)や輸出管理の強化等の取組を通じて、大量破壊兵器の拡散の防止及び阻止のために、米国とも連携しつつ更に尽力してまいります。

 御列席の皆様、

 貧困の削減は引き続き国際社会の大きな難問の一つです。この問題を解決しなければ平和と持続可能な開発を確保することはできません。過去10年間で日本のODAは、世界全体のODA総額の5分の1に相当する額の貢献をしています。小泉総理大臣が先週のアジア・アフリカ首脳会議で述べたように、我が国としては、ミレニアム開発目標(MDGs)に寄与するため、我が国にふさわしい十分なODAの水準を確保してまいります。

 特に、我が国は、和平に向けた進展が見られるアフリカに目を向けてきています。日本は、紛争直後の人道支援のみならず、選挙支援、紛争後のコミュニティー再建、その他の開発援助等、多額の支援を実施しています。さらに、我々は「アフリカ開発会議」(TICAD)プロセスをも通じて、アフリカの開発問題に関する国際的な議論を主導してきています。小泉総理大臣は先週、2008年のTICAD[[undef12]]開催を表明するとともに、今後3年間でアフリカ向けODAを倍増し、引き続きその中心を贈与とする考えであることを明らかにしました。

(未来に向けた国際システムの構築)

 御列席の皆様、

 今日の急速に変貌する世界の要請に最も適切に応えるにあたって、国際システムを如何に再構築していくかという問題は、今後益々関心が高まっていくと思われます。従って、こうした国際社会が抱える問題には国際社会が一丸となって取り組むことが重要です。

 国連に代替し得る権威と普遍性を兼ね備えた国際システムは存在しない以上、国連の機能強化を図ることは、国際社会にとって焦眉の課題です。特に平和と安全の確保に責任を持つ安保理をより実効的で、かつ代表性を高めたものとするための改革は不可欠となっております。

 我が国としては、これまで国連改革の重要性を主張するとともに、常任理事国として国際社会において一層建設的な役割を果たす用意がある旨述べてまいりました。こうした我が国の立場に対する米国の理解と支持に感謝したいと思います。

 幸運にも、国連改革の機運は、過去10年間の行き詰まりを打破するまでにそのモメンタムを高めてきています。コフィ・アナン国連事務総長が本年9月までに安保理改革についての決定を行うよう訴えたことにもあるように、国際社会の政治的英断が今求められているのです。

 我が国は、国際社会、とりわけ米国にとって、改革された国連は有益なものであり、米国との協力関係を更に強化するものであると信じています。そしてこうした姿勢が、米国はユニラテラリズムに走っているという言われのない米国への批判を払拭することにもつながっていくものと期待しております。

(日米関係の重要性と更なる強化発展)

 御列席の皆様、

 今後とも日米関係の重要性が損なわれることは決してありません。特に経済力に関しては、日米両国で何と世界全体の経済の4割を占め、世界のODA総額の約40%を提供しています。しかしながら、日米間には経済力以外にも共通点があります。すなわち、日米は、自由、民主主義、市場経済といった基本的な価値を共有するとともに、安全保障及び国防における、揺るぎない、そして信頼する同盟国でもあります。日本は、米国との関係の更なる発展を外交の最優先課題と考えています。

 我々は、これまでも、日米安保体制の強化に向け、弾道ミサイル防衛の導入や有事における国内法制の整備などを推進してまいりました。米軍はトランスフォーメーションを進めていますが、日本側においても、新たな安全保障環境を踏まえ、一般的なあり方を新たに構築するなど、日本版のトランスフォーメーションを進めています。そのような中で、米国との間では、在日米軍の兵力構成見直しを進めています。我が国としては、沖縄を始めとする地元の負担の軽減を図りつつ、在日米軍の抑止力の維持・強化を図っていく考えです。

 日米同盟が如何に迅速に発展してきたかを実感する時、その同盟の力にはまさに驚かされるものがあります。150年前、日米は他人でした。その後、まさに100年前の日露戦争の講和の仲介に乗り出したのは、ほかでもないセオドア・ルーズベルト大統領でした。第二次世界大戦後は友人となり、今や、かつてマンスフィールド大使が述べたように、文字通り世界で文句なしに最も重要な二国間関係を誇っています。

(結び)

 御列席の皆様、

 日本と米国は、実は文化面においてもグローバル・パワーとして互いに協力してきています。日本と米国の文化の融合は、新たにグローバルな文化を創ってきました。最近特に、その様な現象が見受けられます。「千と千尋の神隠し」を始め、宮崎アニメは日本的感性とウォルト・ディズニーのアニメ制作の伝統とが融合して作られた新しい創作物だと思います。また、日本映画の「Shall We Dance?」がハリウッドにおいてリチャード・ギア主演でリメイクされました。将来、皆様の子供たちが「日本にもスシ・バーがある!」と叫ぶ日も近いのではないでしょうか。

 本日、私は特に政府が何をすべきかに絞ってお話をしてまいりました。しかし、日米両国の間のしっかりした絆は、まさに我々両国民に支えられているのだと思います。(本日ここにおられる)皆様がそのような意味で(日米関係の強化に)貢献をされているのを私自身の目で確認できる素晴らしい機会を頂きましたことに謝意を表したいと思います。

 御静聴ありがとうございました。