[文書名] 麻生外務大臣演説:「自由と繁栄の弧」について(財団法人日本国際フォーラム(JFIR)設立20周年に寄せて)
お招きに感謝致します。
日本国際フォーラムは、ちょうど本日3月12日をもって、設立以来20周年とのこと。今井会長、伊藤理事長ほか皆様に、心よりお慶びを申し上げます。
初代会長は、今は亡き大来佐武郎さんと伺いました。
昭和55年、1980年の3月25日に、わたくし衆議院内閣委員会で質問をしております。
これは私にとりまして、初当選以来、2度目に当たる国会質問でありました。
その相手が、当時第2次大平内閣で今の私の立場、つまり外務大臣をしておられた大来佐武郎さんでありました。
感慨、うたたひとしおなるものがございます。
本日は、いま政府一体、挙げて取り組んでおります「自由と繁栄の弧」という外交の新機軸について、詳しくご説明しようと思います。
自由と繁栄の弧というのは、まず地図で見ますと、北欧5カ国とバルト3国に始まりまして、最近NATOやEUに入ったばかりの中・東欧諸国、それから、スターリンの故郷だというくらいですからかつてはロシアの強い影響下にあったグルジアであるとか、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバといった、いわゆるGUAM諸国と周辺の一帯。
ウラン鉱脈の存在などで今後重要性が増していきます中央アジア諸国に、下ってトルコや中東諸国のイスラム圏。
アフガニスタンを経て、インドを始めとする南アジアの諸国から、ASEANの先発メンバーに追い付こうと懸命な、カンボジア、ラオス、ベトナム、それにミャンマーを加えた、CLVとかCLMVといわれるインドシナ半島の国々。
上っては朝鮮半島とモンゴルまで、そしてやや外周に日本のパートナーであるオーストラリアやニュージーランドというように、大まかにはユーラシア大陸の外周に沿って、弧の形をした一帯を言うものです。
それでは「自由」とか「繁栄」という、そのコンセプトは何かということです。
「弧」に沿って散らばる国々は、みなそれぞれに違います。またGUAM諸国にしろCLV各国にせよ、民族としての歴史は古い国々です。
しかしグローバル化した新しい世界経済の中で、何とか伸びようとスタートラインに立ったか、立とうとしている一点に、最大公約数があります。
宗教や文化の違いこそあれ、これら国々はみな、豊かになれるチャンスを前に、何とか成長しようと思っております。これが、「繁栄」の2文字で見ようとしている姿です。
また、厳しい競争環境の中、国家の誇りにかけて、自分らしさを打ち立てたいとも思っているでしょう。
一人一人の個人も、自分や家族が誇りをもって伸びて行きたいと思っているはずです。この向上心が向かう先を、「自由」の2文字で言おうとしております。
移動する自由、モノを言う自由、それから自分の人生をつくっていく自由‐。
「弧」に沿って散在する旧社会主義国の人々は骨身に染みているでしょうが、こういう自由がある程度保証されないと、結局経済は壁にぶつかります。
「繁栄」の方も、手に入らぬということになる。
これが分かるのに、日本人は随分長いこと苦労を致しました。
そして政治や経済の体制として、どんなものが自由と繁栄を進めるのに望ましいか煎じ詰めていきますと、結局公明正大な手続きを備えたものということになる。そこで経済体制としては市場経済に、それから法の支配と基本的人権を重んじる民主主義に行き着きます。
日本は、平和な江戸の世を捨てて、帝国主義時代のど真ん中に身を投じ、あっちへ振れ、こっちに揺れて、結局のところ民主主義を選び取りました。
ここまで来るのにエラくかかったという意味では、わたしども、民主主義を大事に思う点で人後に落ちぬ者であります。
ですがこういう感慨は、秘すれば花。胸のうちに収めておきまして、グルジアに向かってもウクライナに対しても、あるいはラオス、ベトナムに対しても、まずは彼らが面(おもて)を上げて前を向いて進もうとするその向上心を、「自由と繁栄への道」と広くとらえたい。そのうえで、一緒に走りたい、時には水も分けましょうと言う‐。それが、「自由と繁栄の弧」をつくろうとするわたしどもの基本姿勢であります。
以上、「自由と繁栄の弧」をつくるとは、地理的に言って、また概念として、何を意味するのかを申し上げました。
もうひとつ、この政策には「日本外交の地平を広げる」という重要な目的があります。
日本外交の基軸は、かつても今も日米同盟でありまして、揺らぎはありません。
だからといって、そこに安住して良いわけはない。日米同盟に対しては日常不断、せっせと投資をし続けていかねばならぬと思います。
外交の基軸であるなどと言いつつ、それがあまりに当然の、所与のものになりますと、不断の投資が必要だという切実さが分からなくなりかねません。
「自由と繁栄の弧をつくる」とは、第一に我が外交にとって、活動と視野の地平を拡げる試みであります。そのうえで、日米同盟の基盤に新たな投資をしようとするものでもある。そこをご理解いただくのが、きょうのお話で大きな目的の一つです。
このところ、西から東に向かい、外交資源をアフガニスタンなどへ投じにかかった欧州と、東から西へ、同様の試みを始めた日本とが、期せずして出会う局面にたびたび出くわしております。
アフガニスタンのほか、インド洋において、それから何よりも、イラクでです。
ここで申し上げたいのは、NATOとの協力がその典型でありますが、欧州と新たに出会い直しますと、その先、大西洋を超えて、米国や、カナダにつながる橋が見えてくるということです。
最もよい例は、米国以下のNATO諸国、それからパキスタンの艦船に対し、海上自衛隊がインド洋で続けている給油活動であります。
自衛隊の諸君は、艦船海上行動の中でも至難とされる、「パラレル・リフュエリング」をいとも易々こなし、各国ネイビーから賞賛を集めております。この姿からわたしども、ある示唆を受けました。
NATO諸国との協働作業を通じて、日米同盟をいま一段強める効果があるという自覚であります。
この正月、安倍総理が英国、フランス、ドイツ、ベルギー、EUとNATOの本部に、そして私がルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、スロバキアへと、2人とも欧州へ行きました。
まったく同時期、外務副大臣の浅野勝人氏には、日CLV外相会談をやってもらっております。
「自由と繁栄の弧」をつくる一助にと、いろんなところへ飛んでいたのですが、欧州に力を入れた背景には、先ほど米国とかカナダへの橋という比喩をつかって申し上げた意欲もあったことがお分かりいただけるでしょう。
それはともかく、我が国のサイズからして、日本外交がここに行き着くのは自然の流れでありました。
中国を含む東アジアと、大洋州諸国のGDPを一切合財合わせたところで、日本経済の67・3パーセントにしかなりません。
南アジアを上乗せしてもまだ89・4パーセントで、日本の規模に至りません。
つまりそれほど大きい我が国ですから、わたしども、自由とか、繁栄というものを後押ししていく責務があると考えるものです。しかもその事業を、欧州各国のように我が国と価値を共有する国々と、なるべく一緒にやっていければいい。
それをやることで、わたしども自身がもっと広い外交の活動余地と、バランスの取れた自画像を獲得し、同時に日米同盟の再強化も目指せるというなら、それこそ一石二鳥です。
そこに狙いをつけているのだとご理解ください。
民主化へ向けアクセルを踏みつつある中・東欧諸国との協力は、EUやOSCE(欧州安全保障・協力機構)、NATOの主要メンバー国と一緒に進める仕事になります。
アフガニスタンの安定も同様です。去年は私が、今年は安倍総理がNAC(北大西洋理事会)へ出向き、演説をして参りました。
アフガン支援において、NATOとのより密接な協力あり得べしと述べ、これは大方の評価をいただいております。
実際、OSCEなどでは日本は域外国として唯一、会議に毎週加わる立場を長らく占めておりますから、米国はもとより欧州主要国にとりまして、我が国の態度表明は待ち望んでいたものだったと言って言いすぎではありません。
それで思い出すのは昨年の11月、「自由と繁栄の弧」をスピーチで申し上げる少し前のことでした。デンマークから、首相のアナス・フォー・ラスムセンさんが来日された。
我が方の外交新機軸とはどんなものか、この方が聞きたがっているというので、私急遽、表敬訪問を致しました。
説明が終わるや否や、「全面的に支持する」と断言されたのには意を強くしたものです。
続けてラスムセン首相は、NATOと日本の関係強化という持論を語られました。
これは振り返りますと最初の前触れで、いちいちは紹介いたしませんが、東欧訪問の最中、また帰ってからも、「自由と繁栄の弧」は米国はもとより欧州各国要路から、熱烈な支持を勝ち得ております。そのことを伝える電報を積み重ねますと、かなりの厚みになりました。
一方中央アジアでは、欧州各国だけでなく、ロシアや中国と一緒に働く可能性があるでしょう。
ロシアと中国は、日米欧に加え、世界秩序を形づくる力をもつ大国です。それから俗に世界最大の民主主義国と言われるインドとは、価値を共有する大国同士として、我が国にとって協力の余地が大ありです。
「自由と繁栄の弧」をつくるという目的の下、これら有力国と一緒にできることは、ためらわずに進めるべきであろうと思います。
残りの時間を頂き、具体的に何をするのが「自由と繁栄の弧」をつくることなのか、方法論を述べなくてはなりません。
とは言いましたが、由来外交とは気の長いもので、即効薬はありません。
メニューはある意味、変わり映えのしないものでありまして、即ち重要なのは「対話」であります。
必要な国に対してはODAであり、とくに我が国が得意とし、大切にしている「人造り」です。
実績を積んできたところでは、ASEANとのいろんな会合があります。
オーストラリア、ニュージーランド、それにインドという民主主義各国と一緒になってアジアの夢を紡いでまいるのは、東アジアサミットの枠組みです。
欧州へ行きますと、例えばV4+1。チェコ、ハンガリー、ポーランド、それにスロバキアを加えた中欧4カ国がつくった「V4(ドナウ川の地名ヴィシェグラードのV)」と称するグループと、対話を始めております。
GUAM諸国とも、対話を軌道に乗せて参りたい。
GUAMのGは、グルジアのGです。そのグルジアから、昨日まで5日間、ミヘイル・サーカシヴィリ大統領が夫人とともに来日しておられました。
グルジアは「自由と繁栄の弧」において、モデルとなりうる大切な国でして、先方は既にこの2月1日、東京に大使館をオープンしております。
しかるに我が方は、グルジアの首都トビリシに大使館をまだ持っておりません。この際外交力強化の取り組みに、ご支援をお願いいたします、というのは、余談でありました。
このグルジアとウクライナ、それにリトアニア、ルーマニアが組んで、CDCという集まりが一昨年来できております。
The Community of Democratic Choice、民主的選択共同体という名のグループで、バルト海、黒海、カスピ海が囲む一帯で、民主主義の国造りをしていこうとするものですが、このCDC諸国との対話も強化していければいいと思います。
ところで「弧」には、北欧諸国も入れて考えておりまして、それには理由があります。
ノルウェーの場合、一人当たりODA供与額は世界第一位です。
またスウェーデン国軍の国際センターとか文民要員の育成センターは、平和関連活動のエキスパート養成機関として、カナダのピアソン・センターと並んで世界にその名をとどろかせております。
わたしども、平和構築の専門家を育てる寺子屋ふうの組織をつくろうとしております。その際模範と仰ぐのが、たとえばこのようなセンターであります。
日本としては、基本的価値を共有するというだけでなく、ODAへの姿勢にせよ大いに学ぶべきものを持つ北欧各国のような国々と、もっと協力して参りたい。
一緒になって、「自由と繁栄の弧」の上で今から一所懸命伸びようとしている国々を支えることができるでしょうから、北欧+1という対話の枠組もあり得るでしょう。
アジアに目を移しますと、南アジア地域協力連合、略してSAARC(South Asian Association for Regional Cooperation)というものがあります。
インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、ブータン、モルディブの7カ国がメンバーで、アフガニスタンも近く正式に加盟します。
このSAARCは2005年の11月、決定を下し、我が国をオブザーバーとして迎え入れることとしました。
来月には、インドがSAARC第14回の首脳会議を開く運びとなっており、ここには我が国に加え、同様にオブザーバーになった米国、中国、韓国、EUが一緒に参加します。
「自由と繁栄の弧」とは、ですから、オープンかつフレキシブルな概念と見ていただいて構いません。
目的意識さえ揺るがなければ、有力国といろいろ手を組んで追求できるわけであります。
このほか「中央アジア+日本」の対話には実績がありますし、中東の「日・GCC外相会議」とか、日CLV首脳会談、日CLV外相会談を定例化させたいものです。
「自由と繁栄の弧」がカバーする国々は、繰り返すまでもないことですが、それぞれに国情が違います。ワンサイズ・フィッツ・オールの処方箋はありません。
だからこそ「対話」が大事なのであって、「対話」を通じ、我が国として何ができるかを考えていくのであります。
民主主義の基盤はある、足りないのはインフラだという国があるでしょう。自由や繁栄を言う前に、まず政治の安定と平和を確保しなくてはならぬ国には、平和構築を助けるやり方もあります。もっともどの国でも大事なのは、教育を通じた人造りに違いあるまいと思います。
ポーランドや、チェコ、ハンガリーには自動車会社をはじめ、既に多くの日本企業が投資をしております。工場現場における活発なOJTと、ひいては人造りが、これから進むだろうと容易に想像がつきます。
福井市に、日本エー・エム・シーという配管用の継ぎ手‐ジョイントと言います‐専業メーカーがあります。
社長さんに聞くと、製品の精度というのは、測定器で測れます。が、削りだすNC旋盤の刃物がどのくらい磨耗しているかといった判断は、できた製品の外観を見て、つまり「美しさ」を見て勘を働かすのだそうで、そこに熟練が必要です。
日本企業が出て行くと、こういう熟練というか、熟練を支える献身的な仕事ぶりというものが、必ず移転しますから、労働を徳、バーチューとみなす日本一流の労働倫理が伝承されていく。それが長い目で見て、「自由と繁栄」のインフラになります。
すべからく今後の外交は、民間との合わせ技、いわゆるオールジャパンの取り組みで行きたいものです。
カンボジアに良い実例がありますが、この際我が方の協力で民法や民事訴訟法といった法制度の整備が進んで行くと、日系企業の仕事がしやすくなると同時に、手続きの公正さを保証する社会制度が根づいていくことになります。
すなわち「自由」と「繁栄」が、いい循環を生むようになるわけです。
皆さん、本日たくさんの国の名前を申し上げましたが、大方これらの国々には、シニア・ボランティアを含めたJICAの人たちや、青年海外協力隊の諸君、JC、日本青年会議所の若き企業家といった皆さんが、わたしども外務省の人間が行くよりもっと奥深くまで現地に入り込み、善意の種をまいてくれております。
GUAMの一国、モルドバに日本語を教えに行って、最初の授業へ出かけたところ教室に50か60、席があり、まさかこれが埋まりはしないと思いきや時間になると皆埋まって、しかもバックグラウンド・ミュージックに華原朋美の「I'm proud」が流れてびっくりした、と。
こういう経験を、日本人の若者がしているという現実があります。
ここに、「自由と繁栄の弧」を推し進めようとする我が外交の、心のインフラは既に相当築かれているのであると申し上げ、お終いにしたいと思います。
最後になりましたが、日本国際フォーラムの、今後一層のご発展をお祈り申し上げます。
ご清聴、有難うございました。