[文書名] 高村外務大臣演説「国際保健協力と日本外交 —沖縄から洞爺湖へ—」
(はじめに)
ご列席の皆様、
来年、我が国は第四回アフリカ開発会議(TICADIV)、北海道洞爺湖サミットという二つの大きな国際会議を主催いたします。この重要な外交的節目において、我が国は、未来に向けた人類の歩みにおいて避けては通れない問題、すなわち国際保健分野の課題を取り上げ、国際社会の取組を強化するよう呼びかけたいと思います。国際保健分野における日本外交の役割と、国際社会が目指すべき目標について、私の考えを申し上げたいと思います。
(沖縄から洞爺湖へ)
2000年の九州・沖縄サミットにおいて、我が国は「沖縄感染症対策イニシアティブ」を提唱し、世界に協力を呼びかけました。このことは、エイズ、結核、マラリアという三大感染症対策を目的とする世界基金の設立につながりました。また、国連では、2000年の国連ミレニアム・サミットを契機に、2015年までに達成すべきものとして、保健分野を含むミレニアム開発目標(MDGs)を打ち立てました。西太平洋地域で、歴史的なポリオ撲滅が宣言されたのも同じ年です。
それから7年が経ちました。この間、感染症対策への国際的な関心は高まりました。世界基金は、今や1日3,000人以上、これまでに150万人の命を救っています。しかし、依然として世界で毎年600万人が三大感染症により命を落としています。同時に、母子保健も依然として深刻な問題です。特にサハラ以南のアフリカでは、5歳の誕生日を迎えずに死んでしまう子供が1,000人中166人、先進国の約20倍に上ります。また、女性が妊娠・出産に伴うリスクで命を落とす確率は、先進国の約200倍です。このままでは、ミレニアム開発目標の達成は困難と言わざるを得ません。
来年は、ミレニアム開発目標の達成期限である2015年に向けた折り返しの年です。我が国は、TICADIVではアフリカの保健問題について、G8サミットではより広く地球全体の保健課題について取り上げます。目指すところは、国際社会が共有する行動指針を作るところです。本日、私が提示する課題に対応する行動指針を策定していく上で、各国、国際機関、経済界、学界、市民社会など全ての関係者の参加と協力を呼びかけたいと思います。
(二つの方向性のバランス-個別疾病に着目した取組と保健システム強化をはじめとする包括的取組-)
では、国際社会は具体的にはどこに向かえば良いのでしょうか。私は、我が国が提唱した21世紀型の国際協力の理念である、「人間の安全保障」の考え方をここで強調したいと思います。すなわち、一人ひとりの健康に着目して、その保護に努めることはもとより、個人や地域社会の能力強化(エンパワーメント)を目指して保健システムを強化することが重要であると考えます。
保健分野の国際協力においては、喫緊の課題である個別の感染症への対処がこれまでは大きく注目を浴びてまいりました。今後は、様々な人材の育成と確保を柱とする保健システム強化や研究・開発促進などの根本原因の解決を目指した包括的取組が不可欠です。世界人口の11%を占めるサハラ以南のアフリカが、疾病負担では世界の25%を占め、それでいて保健医療に従事する人の数は世界の3%にしか満たないという現実があります。これを見れば、相当規模の人材の育成と確保がどれだけ大切であるかは明らかです。
この個別疾病別の取組と包括的取組は相互補完的なものであり、両者をバランス良く進めていくことが、洞爺湖で我々が目指す国際的行動指針の核となるのです。
(我が国自身の経験からの提言)
この行動指針の核となる考え方の効果は、我が国自身の経験により実証されています。我が国は、戦後、母子保健の増進と結核をはじめとする感染症対策を中心に取り組みました。母子健康手帳が、健康一般についての母親の知識を高め、保健システム強化と相まって普及したことにより、妊産婦死亡率、乳幼児死亡率が大幅に改善いたしました。感染症対策は、病院、医師、看護師による治療にとどまりませんでした。保健所や学校における予防接種、定期健康診断の普及、栄養指導や給食などを徹底する包括的な施策が成果を上げました。これらの着実な実施が、国民全体の健康の増進につながったのです。
こうした自らの発展の経験を開発途上国と分かち合っている例として、インドネシアにおける母子健康手帳を普及するための支援が挙げられます。このきっかけは、国際協力機構(JICA)の研修で日本を訪れたインドネシア人医師が、母子健康手帳を見かけたことでした。母親の生きる力、育てる力を強める道具としての母子健康手帳は、海を渡り、アジアをはじめとする他のいくつかの国々に広がりつつあります。今や、パレスチナでも導入されています。
(他の分野との連携と国際的連携)
私たちが目指す行動指針は、保健の専門家のみで描けるものではありません。様々な分野の専門家の関与が必要です。
例えば、保健問題の根幹に関わる要素に「水」があります。日本のような先進国では99%の人が安全な飲み水を手に入れることができます。サハラ以南のアフリカではその比率は56%にしかなりません。また、トイレなどの衛生施設がどれだけ普及しているかというと、先進国では99%、サハラ以南のアフリカでは37%です。保健システムの担い手となる人材の育成と確保は重要ですが、それを支える基礎教育の充実やジェンダー平等に対する配慮も重要な課題です。さらに、道路交通網の整備も大きく関係いたします。患者を急いで運ばなければならないとか、医師や看護師が緊急に駆けつけ、医療物資を届けなければならないというとき、道路や橋が整備されていなければ、人々は医療サービスを受けられません。同様に、必要な時にすぐに使える通信手段も必要です。これらに加え、近年の温暖化の進行により、マラリア感染地域が拡大するなど、気候変動が健康に与え得る様々な影響も指摘されています。
また、この行動指針は、我が国政府だけで推進できるものではありません。国際社会における多様な主体による一層の連携が不可欠です。
まず、アフリカをはじめとする途上国は、健康問題を自らの国造りの課題として、一層の自助努力(オーナーシップ)を発揮して取り組む必要があります。来るTICADIVで第一回授賞式が行われる野口英世アフリカ賞は、こうした保健分野の様々な事業を応援するものです。
G8をはじめとする主要先進各国や国際機関は、途上国の努力をパートナーとして支援するという政治的意志を明確にする必要があります。その意味で、本年発表された英国、ノルウェー、ドイツ、カナダなどによるイニシアティブを歓迎いたします。また、援助の担い手となり得る新たな国々の、南南協力等を通じた参画も歓迎いたします。現場で住民の視点に立った活動を行うNGOの活力を動員することも重要です。このほか、民間企業、民間財団、有識者など様々な知見と資源を有する方々にもこれまで以上に関与して頂きたいと思います。
来年のTICADIV、G8サミットは、様々な関係者の連携を強化し、21世紀にふさわしい全員参加型の協力の枠組を構築する絶好の機会です。我が国は、議長国としてその実現を目指したいと思います。
(おわりに)
本日のシンポジウムのテーマである「『人』中心の医療」のアプローチは、今私がお話しした「人間の安全保障」の考え方に通ずるものです。医療、開発だけではなく、今日の国際協力のあらゆる分野において私たちが着目すべきは「人」であり、また、実際の活動を支えるのも「人」であることに思いを新たにした次第です。
ご清聴ありがとうございました。