[文書名] 第44回ミュンヘン安全保障会議における高村正彦外務大臣スピーチ「アジア:国際的安定の構築」
テルチック議長、
パネリストの皆様、
ご列席の皆様、
日本の閣僚として初めてこの会議に出席させていただくことを喜ばしく思います。
今日の国際社会を論ずるにあたっては、伝統的安全保障や軍事的側面に焦点を当てた議論だけではなく、テロや大量破壊兵器の拡散など、国家の枠を越えた地域規模或いは地球規模の課題にも対処していく必要があります。
現在生じているサブプライム・ローンの問題に代表されるような世界経済が直面する問題ですらも、安全保障と密接不可分のものとして注視していく必要があるのです。
このような文脈でいえば、安全保障問題と呼ぶには躊躇もありますが、地球温暖化をはじめとする環境問題もまた、まさに全世界が共同で対処すべき脅威です。先月のダボス会議に参加した福田総理は、気候変動が我々の生活や経済活動に大きな影響を与える現実の問題であるとした上で、「クールアース推進構想」を提示し、今後の温室効果ガス排出削減について、国別総量目標を掲げて取り組む方針を初めて明らかにしました。また、100億ドル規模の途上国支援を表明するなど、日本の決意を具体的に示しました。日本が環境分野でイニシアティブを発揮することについては、半ば当然視されていると思いますが、本日は、アジアを概観した上で、安全保障分野において我が国が果たしていく役割についてお話ししたいと思います。
さて、アジアは世界で最もダイナミックに変化している地域です。中国、インドの台頭は言うに及ばず、政治的にも経済的にも自信をつけつつあるアセアン、極東・東シベリアの発展をアジアとの連携によって達成しようとするロシアもいます。私は、また、ここで「アジア」と言うとき、安全保障面を含め国際的な役割を増大させている豪州等のオセアニアも含めて考えています。このアジアには、世界のGDPの実に約25%が集中しています。
アジアの安定と繁栄は、世界の安定と繁栄のために重要です。我が国は、何百年もの間「法の支配」や「契約の遵守」といった考え方を培ってきた地域最古の民主国家として、また、世界第2位の、またアジアのGDPの約40パーセントを有する国として、この地域の安定の構築に貢献してきました。
しかし、この地域には依然として、冷戦時代の残滓が存在しています。この要因が地域の持つ大きな潜在的可能性に影を落とし、「不安定性」につながる危険すら秘めています。特に、1990年代初頭以降、北朝鮮問題は地域の安全保障環境を著しく困難なものとしてきました。現在、六者会合の枠組の中で対応が行われており、引き続き、国際社会が一致して、北朝鮮に対して核兵器を含む全ての核計画の「完全かつ正確な申告」、すべての既存の核施設の無能力化、更には完全な核放棄を求めていかなければなりません。拉致問題の解決を含む北朝鮮の人権状況の改善も不可欠です。また、台湾海峡も、一方的な現状変更の試みによって両岸に緊張が高まり、地域の安定性が損なわれるようなことがあってはなりません。欧州の理解と協力が引き続き重要と考えています。
このような事情を踏まえれば、地域において、政治・軍事分野における信頼醸成を通じて透明性を高め、不安定化に繋がるリスクを軽減することが必要です。このためには、第一に、アジアの安定と発展への米国の継続的関与が不可欠です。米軍のプレゼンスはこの地域の安定の要であり、また、アジア経済は米国市場に大きく依存していることも忘れてはなりません。また、第二に、アジア各国間の建設的かつ未来志向な関係の構築、そして第三に、重層的で、開かれた、利益共有型の地域協力のための枠組みの強化という三本の柱が重要であります。
まさに、この考え方を踏まえて、福田政権は、日米同盟とアジア外交の「共鳴」(synergy)を提唱しています。いうまでもなく、米国がこの地域におけるプレゼンスを確保する上で、日米同盟は、不可欠な基礎をなすものです。日米同盟を強化することは、アジアの平和と繁栄の基盤を強化することです。また、安定的で開かれた、そして繁栄し発展するアジアを実現することは、日米共通の利益でもあります。特に、日本がアジアにおける活動の場を広げることによって、日米同盟の持つ価値もまた高まり、その更なる強化に繋がると考えます。第一の柱である米国の関与との関連では、日米関係がいかに緊密か、これ以上詳細に説明するまでもありませんから、ここでは、昨年12月の米国ハワイでの日米共同のBMD実験で、米国以外の国では初めて、我が国の海上自衛隊イージス艦「こんごう」が弾道ミサイルの迎撃に成功したことをご紹介するに止めます。そして本日は、第二の柱であるアジア各国の間の関係、中でも特に皆さんの関心が高いと思われる日中関係、及び第三の柱であるアジアにおける地域協力に焦点を当てたいと思います。
御列席の皆様、
中国は、今やアジアのみならず国際社会の枢要なプレーヤーです。中国の経済成長は国際社会に大きなチャンスを提供しています。六者会合でも、議長国である中国は積極的な役割を果たしており、我が国はこのような中国の東アジア地域での建設的役割を歓迎しています。
日中両国は、今やアジアと世界の安定に大きな責任を共有する存在になっており、「戦略的互恵関係」の構築に向け取り組んでいるところです。私は、昨年12月初めに、訪中し、第1回日中ハイレベル経済対話に参加し、楊潔●{たけかんむりに褫のつくり}(ヨウ・ケツチ)外交部長を含むカウンターパートと有益な対話を行いました。その中で、環境・省エネ、気候変動、アフリカ支援等、グローバルな課題に協力して取り組むことを提案致しました。
更に、年末には、福田総理が訪中され、「戦略的互恵関係」の具体化を進めていくことで中国側と一致しました。
同時に、日中は二国間の懸案である東シナ海資源開発問題の解決にも英知を注いでいきます。日中のこうした取組は、地域全体ひいては国際社会全体の安定と繁栄に貢献できるものです。本年春頃には胡錦濤国家主席が訪日する予定であり、ハイレベルの往来を機に日中の建設的な関係を強くしていきたいと思います。
一方、中国の軍事力近代化については、その透明性に依然として不十分な部分があると考えています。例えば国防費は19年連続で前年度比二桁台の伸びを示していますが、その内訳についてのより詳細な説明が今後なされることを期待しています。軍事面での透明性を確保することは相互信頼を醸成して地域の安定につながるものです。軍事面での透明性が不十分なままでの軍事力近代化及び軍事費の拡大は、地域の懸念を増大させることにもなりかねません。改めて中国側の努力に期待したいと思います。
なお、3月の台湾総統選挙に向けた動きについて、中国、台湾の双方が冷静に対応することを期待します。
また、我が国は中国以外の地域の主要国との間でも地域の安定に向けた協力を行ってきています。例えば、世界最大の民主国家であり、アジアの成長を先導しているインドとの間では2006年12月のシン首相訪日を契機に、年一度の首脳交流を開始するなど、強固なパートナーシップを築き、安全保障を含む地域、国際社会の幅広い課題について協力を深めています。また、ロシアとの未解決の領土問題の最終的な解決もはかり、日ロ関係を高い次元に引き上げる必要があります。
引き続き、豪州、韓国等も含む地域の各国と協力しつつ地域の平和と繁栄を実現していく考えです。
以上、アジアにある希望や懸念を申し上げましたが、欧州諸国の有するこの地域への影響力は多大であります。こうした実情を踏まえ地域の安定のため積極的な役割を果たしていただきたいと考えます。
御列席の皆様、
次に、第三の柱である地域協力のための枠組みの強化についてお話したいと思います。アジアは多種多様な民族、宗教、文化、政治体制、社会構造及び価値観の異なる国家が共存する地域であります。欧州も多様性のある地域ですが、更に多様性が大きいアジアには、EU、NATO、OSCEに匹敵するような「The Asian Institution」も存在していません。
しかし、今日のアジアには様々な課題に対してコミュニティーとして協力して取り組まなくてはならないとの共通認識が存在しており、ASEAN+3、ARF、APECなど幾つかの枠組みが重層的に存在しています。2005年からは東アジア首脳会議も開催されています。これらが相互に補完し合いながら、具体的な協力を進め、共通の価値観と共通の利益を育む、多数国のシステムを構築しています。
欧米の皆さんの目から見れば、アジアの地域協力にはなかなか進展が見られず、様々なフォーラムにおける意思決定のスピードにフラストレーションを感じられるかもしれません。しかし、アジアの地域協力のやり方は、個別分野での機能的な協力を着実に進めることにより、忍耐強く地道にしっかりとした根を張らせ、地盤を固めていくというものであり、これこそがアジアのコミュニティー構築であると考えています。
ASEAN議長国シンガポールの優れたリーダーシップの下で昨年11月に「ASEAN憲章」が採択されましたが、ASEAN統合に向けた意思の現れとして、これを我が国としても大いに歓迎しています。
自由や民主主義、人権、法の支配といったASEAN憲章にも盛り込まれている普遍的な価値は、経済的繁栄の達成によって、多くの中産階級を創出し、その彼らが自由と民主制度実現を担うことでこそ成し遂げられるものです。だからこそ、我が国は民主主義や市場経済の長い歴史を通じて得た経験や知見を最大限活用しながら、他のアジア諸国の発展を引き続き支援していく考えです。
欧州諸国も、この地域のコミュニティーが一層普遍的価値に基づくものとなるよう協力や支援を提供していただければ有意義であると考えます。
御列席の皆様、
アジアについて述べましたが、冒頭にも述べましたとおり、安全保障は、もはや一国はおろか、一地域だけで成り立つものではありません。国際社会の平和と安定に自らの繁栄を負ってきた我が国は、そのことをしっかり認識しています。だからこそ、日本は「平和協力国家」として国際社会において平和を「創る(building)」ための積極的な責任と役割を果たしていく決意です。
このような考えから、日本は「テロとの闘い」から決して脱落しないとの強い信念の下、先月11日に新法を可決し、今まさに我が国の海上自衛隊はインド洋における補給活動を再開しようとしております。また、イラクにおいても我が国は航空自衛隊による空輸支援を継続し、同国の復興努力を支えています。
我が国は、これまで、世界の平和と繁栄の実現を目指して、ODAを通じて協力を実施するとともに、カンボジアや東ティモールなどで、PKOをはじめとする国際的な平和協力活動にも参加してまいりました。PKOへの派遣については、日本の国力に比してまだ努力の余地があると考えており、現行制度下で参加できる国連ミッションへの参加を積極的に進めていきたいと思います。また、過去の経験も活かしつつ、今後日本のもつマンパワーをより柔軟に国際的な平和協力活動に生かしていくために必要な法制度の検討を進めていきたいと考えています。
また、近年G8サミットでも強調されているとおり、平和構築が国際社会における重要な課題となっています。このような観点から、我が国は、平和構築分野の人材育成のため、今年度よりアジアから研修生を迎え、パイロット事業を開始しました。いま、第一期生は、コソボやスーダン、東ティモールやスリランカを始め、各国の平和構築の現場で厳しい生活環境と戦いながら、実務の研鑽を積んでいます。また最近、アフリカのPKO訓練センターに対する支援を決定しました。これまで、軍が関係するものには、たとえPKOを担う組織が対象でも、余り支援をしておりませんでしたが、ニーズの高まりを受け、この度、日本の支援が回るように致しました。今後はこのような支援をアジアにも広げていきたいと思っています。
御列席の皆様、
我が国は1993年以来、国連等と共催でアフリカ各国の国家元首を招いてアフリカ開発会議を開催しており、本年5月には、第4回会合を横浜で開催します。また、7月にはG8議長国として北海道洞爺湖でのサミットを主催します。更に、国連の場では、我が国は平和構築委員会の議長を務めています。
こうした場を通じて、平和構築や開発、地球環境等の国際社会の重要課題に取り組み、世界に力強いメッセージを発信していきたいと思っています。
ご清聴有難うございました。