データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 水と衛生シンポジウム:「国際衛生年記念ー『アフリカとアジアへの行動に向けたプラットフォーム』」貴重な水の有効利用のために〜安全な水と衛生施設へのアクセス拡大に向けて〜

[場所] 東京
[年月日] 2008年2月22日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

 ご列席の皆様、

<はじめに>

 ご紹介、ありがとうございます。

 本日は、第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)とG8北海道洞爺湖サミットを開催する我が国が、水と衛生についてどのようなことを考えているかお話ししたいと思います。

1.水の問題の意義

<あらゆる生命の源である水>

 まず水の重要性と多面性について申し上げます。水は、あらゆる生命の源であり、人間の生命・健康の維持はもちろん、生態系の保全や経済活動に不可欠な資源です。21世紀の今日、都市化や途上国での急激な人口増加は、気候変動と相まって、水の重要性を更に高めています。

<稀少だが、循環する資源、偏在する資源である水>

 地球は、その表面の約7割を海洋と陸上の淡水に覆われている「水の惑星」です。しかしながら、地球上の水の97%は人類にとって利用し難い海水であり、淡水は3%しかない、しかもその淡水の8割が氷の形で存在し、残りの2割が地下水であると言われています。実は、我々人間が比較的容易に利用できる淡水である河川は、地球上の水資源全体の僅か0.0004%、地球全体でも富士山一杯分(1,400立方キロメートル)にすぎないのです。これは一人当たりに換算すれば、約200トン、平均的な日本人の使用量にすれば、家庭用生活用水に限っても3年分にすぎません。普段我々が何気なく使っている水は、実は非常に稀少な資源なのです。

 水は自然界で循環する資源であり、循環する過程で浄化されます。汚水も浄化すればまた使用可能な水となるように、持続的利用が可能な循環型資源です。しかし、水は、偏在する資源でもあります。大雨は水害を引き起こす一方で、十分な降雨がなければ、干ばつ、砂漠化を引き起こすこともあります。つまり水は、必要な時、必要な場所で容易に入手できない特性を持っています。と同時に、水は我々人間の基礎的生活に欠かせないトイレ等の衛生施設とも密接に関係しています。

<水は分野横断的な問題>

 水のもう一つの特徴は、水の問題が、環境・気候変動、保健、教育、農業・食料、経済成長、防災、平和など多くの分野に関連することです。すなわち、水の問題への適切な対処は、広範な分野にわたり好影響をもたらします。

2.国際社会によるこれまでの取組

<ミレニアム開発目標>

 我が国も一緒になって達成を目指している国連のミレニアム開発目標(MDGs)は、安全な飲料水と基本的な衛生施設へのアクセスができない人々の割合を2015年までに半減するという具体的な目標を掲げています。今年は、ミレニアム開発目標達成への中間年に当たります。日本では飲料水や衛生施設に不自由していませんが、途上国に暮らす5人に1人に当たる約11億人の人々が依然として安全な水を利用できず、また途上国に暮らす2人に1人に当たる約26億人の人々が、基本的な衛生施設を利用できないでいます。特に、適切な衛生施設へのアクセス人口の割合は、東アジアでは1990年から2004年の間に24%から45%へと改善されましたが、サハラ以南のアフリカでは、同じ14年間に32%から37%へと、たった5%しか改善されていません。この結果、適切な生活習慣が定着していないことと相まって、不衛生な水の使用のために、世界で年間約180万人の子供が幼い命を落としています。

 「水と衛生」の問題は、貧困、保健、教育、ジェンダーなど、持続可能な開発の達成における他の分野とも密接に関わります。給水やかんがい施設の整備が農業の安定化に繋がれば、貧困対策として大きな効果が期待できます。生活習慣の改善、衛生施設の整備は、母子の健康にも重要です。また、コミュニティに簡単な給水施設を整備すれば、多くの子供達は遠い水源から水を汲んで来るという重労働から解放され、学校に通う時間もでき、教育を受けられるようになります。このように、「水と衛生」の問題の解決は、他のミレニアム開発目標の達成にも大きく貢献するものです。

<国連「水と衛生に関する諮問委員会」>

 21世紀に入り、国際社会は水に関する議論を深めてきました。国連では、国連事務総長に対して提言を行う「水と衛生に関する諮問委員会」が2004年に設置されました。この委員会は、初代の橋本龍太郎議長の下、2006年には水と衛生の問題への国際社会の取組を提言した「橋本行動計画」をまとめました。現在は我が国皇太子殿下が名誉総裁を務め、オランダ国皇太子ウィレム・アレキサンダー殿下が議長を務めておられます。本年5月には、TICAD IVを控えて、日本で第10回目の諮問委員会が開催される予定です。

<G8>

 G8においても、2003年のフランスでのエビアン・サミットにおいて、水がなければ人間の安全保障が損なわれるとして、国際社会の水に関する行動計画が採択されました。行動計画は、水の良い統治の促進、全ての資金源の活用、地方公共団体とコミュニティの強化によるインフラ整備などを求めています。

<世界水フォーラムとアジア太平洋水サミット>

 更に、市民社会も「水と衛生」の問題に取り組んでいます。フランス・マルセイユに本部を置く世界水会議(WWC)が1997年より3年ごとに世界各地で開催している「世界水フォーラム」は、政府、国際機関の枠を越えて国際社会全体として水問題に取り組もうとする1つの良い例です。昨年12月には、アジア太平洋水フォーラム他主催で大分県・別府において、第1回アジア太平洋水サミットが開催され、福田総理を始め、アジア太平洋地域から多数の首脳、閣僚他関係者の参加を得て、この地域における「水と衛生」の問題につき活発な議論が行われたことは記憶に新しいところです。

3.今、何をすべきか

 ご列席の皆様、

 このように、国際社会はこれまでも「水と衛生」の重要性を認識し、取り組んできましたが、「水と衛生」を巡る課題は依然として山積しています。また先に見たように、改善の度合いもかんばしくありません。いったい何が足りないのでしょうか。日本の経験を振り返りながら考えてみたいと思います。

<日本自身の経験から>

 まず、日本社会の中での水の広がりを一緒に想像してみてください。外務大臣という職務柄、海外出張が少なくない私ですが、外国訪問を終え帰国し、日本の山紫水明な四季折々の自然の美しさに触れるにつけ、水の豊かさにおいて日本は格別であると実感します。こうした豊かな水と、日本という国を取り巻く地理的・気象条件を背景に、我が国は伝統的に「水と衛生」の分野では知見と技術を蓄積してきています。

 例えば、日本の古都、京都には、明治23年(1890年)に完成した琵琶湖疏水があります。この疏水により、西陣織を始めとする殖産興業や市民への安定した水供給が可能になりました。また、疏水の一部として後年に完成した鴨川運河を通り伏見に至る全長20キロメートルのルートや、日本初の路面電車へ動力を供給した水力発電所の完成は、京都の街の発展に大いに寄与しました。一方で、この疏水の水は、日本庭園に必ず存在する「水の流れ」といった日本人独特の水を愛でる文化にも貢献し、また、南禅寺境内にある水路閣は、古都の景観の一部として溶け込んでいます。このように、琵琶湖疏水は近代の技術と伝統とを調和させつつ水を有効利用した良い例といえましょう。

 そもそも、我が国においては生活用水の循環利用は既に江戸時代から行われていましたし、第2次世界大戦後の復興から高度成長期にかけては、都市部を中心に広域的な水資源確保や上下水道の整備を進め、給水の安定化や衛生状態の改善を図ってきました。また、都市化の進展に伴って深刻化した洪水、渇水、水質汚染を克服するために、水害の軽減、水利用調整や水質汚濁防止に関してソフト、ハード両面の対策を進めてきました。その結果、水供給の安定化や衛生状態の大幅な改善に成功した他、高度成長期に悪化した河川や湖沼の水環境が改善され、都市部の河川にも魚が戻ってきました。

 こうした知見と技術を背景に、途上国の「水と衛生」に関する状況の改善のために、我が国は、これまでも貢献してきました。我が国は、「水と衛生」の分野において、1990年代から継続的に世界のトップドナーであり、2001年から2005年までの5年間は、49億ドルに及ぶ援助を実施しました。2006年のメキシコでの第4回世界水フォーラムの機会には、「水と衛生に関する拡大パートナーシップ・イニシアティブ」(WASABI)を発表し、「水と衛生」分野における援助を加速化しました。

 このような努力にもかかわらず、「水と衛生」の問題は依然として深刻です。そうであるからこそ、国際衛生年に際し、私は改めて「水と衛生」が地球全体で対応すべき課題であることを明示して、国際社会とともに更なる努力を行っていくとの決意を表明することが重要であると考えます。

 ここで、「いったい何が足りないのか」という先ほどの問いかけに戻ります。「水と衛生」の問題に国際社会が効果的に取り組むにあたって、私が重要と考える事項を幾つか示したいと思います。

<循環型水資源管理>

 第一に、我々は水資源の持続的利用を徹底的に追求すべきです。具体的には、水の循環型資源管理の実現です。このためには、分野横断的で統合的、かつ地域的な広がりを持ち各地域の実情に応じた水の良い統治(グッド・ガバナンス)、すなわち、良い水資源管理の手法を国際的に広めて行くことが必要です。

<高い技術と知見の活用>

 第二には、技術と知見の蓄積とその活用です。我が国は、水分野においても、高い技術を有し、水を有効に活用しています。例えば、私の出身地、山口県周南市には、1940年に完成した向道(こうどう)ダムという日本で最初に運用が開始された多目的ダムがあります。このダムは、錦川の洪水調節と共に周南地域への工業用水道、電力の供給を主として行うもので、水を様々な用途に活用する良い例でしょう。これは一例に過ぎませんが、既に述べた我が国の有する伝統、負の面も含めた経験、高い技術、結集された知見、これらを今後さらに途上国も含めた世界の人々と共有していきたいと考えます。

<人間の安全保障>

 第三に、人間の安全保障の視点です。人間の安全保障は、環境破壊や災害を含めた人間の生存、生活、尊厳に対する脅威から各個人を守り、それぞれの持つ豊かな可能性を実現するために人間ひとりひとりの「保護」と「能力強化」を重視する考え方です。安全な飲料水や基礎的衛生施設は、個人が尊厳を持って健康に生活する上で欠かせません。洪水や干ばつは、個人の生活への重大な脅威です。

 我が国は、施設の提供や技術移転だけでなく、例えば水の管理について話し合う委員会を組織し、その運営を通じて、女性を含む地域住民の自立支援を行うなど、コミュニティの強化・発展を目指しています。水の管理を通じてコミュニティが強化され、強化されたコミュニティが手洗いのような生活習慣の改善、水の持続的管理を実現することは、人間の安全保障確保につながります。

また、現在でも進行中のダルフール紛争は、限られた資源である水が紛争の種になる可能性を有することを示唆しています。

<グローバルな対応>

 第四に、水は地球規模の課題です。我が国は概して水資源に恵まれていますが、我が国の生活を守るためには実は世界の水が必要です。例えば、我が国は必要な食料の多くを海外から輸入していますが、食料生産には多くの水が必要です。その意味で、多くの食料を輸入する我が国は、間接的に、或いは仮想的に多くの水資源を外国から輸入しているとも言えます。世界の水を巡る需給バランスの乱れは我が国の食料確保にも直接に関わるのです。地球規模での水資源の管理が、我が国にとっても他人事ではないことがわかります。水問題への対応は地球規模で行わざるを得ません。国際的な協力が不可欠なのです。私は、水問題に対する地球規模での取組を強化することを改めて国際社会に呼びかけます。

<全員参加型の協力:地方との連携、官民連携>

 最後に、「水と衛生」の問題は、我が国が強調する「全員参加型の協力」がまさに必要とされる分野です。中央政府の対応だけでは十分ではありません。上下水道事業、河川管理においては、住民に身近な地方公共団体の果たす役割が決定的に大きいものと認識しています。

 我が国では、治山治水に関するインフラ整備は概して中央政府が担ってきましたが、実際に上下水道サービスを地域住民に提供してきたのは地方公共団体です。地方公共団体が有する質の高いサービス及び水管理に関する技術や知見は、日本が世界に誇れるものです。例えば東京都水道局は地球を半周以上する総延長約26,000キロメートルに及ぶ配水網を管理していますが、その漏水率は2006年には約3.6%であり、これは、世界の主要都市の漏水率の平均が3割程度であることからすれば、驚異的な実績です。東京都をはじめとする日本の地方自治体からは、途上国に水の専門家が派遣され、技術支援を行っています。また、民間企業も優れた技術を有しています。海水淡水化や水処理に用いられる膜技術については、日本の企業は世界最高水準の技術を有しており、このような膜を利用すれば、豊富な海水を淡水化して飲料水やその他の使用に利用することも十分に可能となるのです。このように、我が国の官・民が有する水に関する知見や技術を結集し、そして市民社会とも協力しながら、国際社会に提供していきたいと考えます。

<おわりに>

 ご列席の皆様、

 福田総理は先般のダボス会議で、北海道洞爺湖サミットにおける重要課題の1つとして、「保健・水・教育」を挙げました。元気なアフリカを目指すTICAD IVでも、様々な角度から水と衛生の問題は言及されることでしょう。こうした絶好の機会を捉え、これまで申し上げてきた事項、すなわち、1)循環型水資源管理を通じて水資源の持続的利用を追求すること、2)我が国が有する水分野における高い技術と知見を世界の人々と共有していくこと、3)人間の安全保障の実現のために安全な飲料水や基礎的衛生施設の利用、また手洗いのような生活習慣を改善すること、4)水の問題への地球規模での取り組みを強化すること、5)そして中央と地方との連携や官民連携など国内的にも国際的にも全員参加型の協力を推進することについて、我が国より提起したいと考えます。そして、我々がとるべき具体的な行動を整理し、国際社会が協力して行うべき必要な措置につなげていくための強い政治的意思を示す必要性も訴えたいと思います。地球の将来を守り、明るい未来に向けた確実な一歩を記すために、TICAD IVとG8北海道洞爺湖サミットの議長国として、「水と衛生」の議論を主導していく決意であることを改めて申し上げて、私の演説を終わります。

 ご清聴、ありがとうございました。