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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第3回バリ民主主義フォーラム 前原外務大臣スピーチ「多様性の中の民主主義〜アジアの特徴を力にして〜」

[場所] バリ島
[年月日] 2010年12月9日
[出典] 外務省
[備考] 外務省仮訳
[全文]

スシロ・バンバン・ユドヨノ・インドネシア共和国大統領閣下、

李明博・大韓民国大統領閣下、

ハサナル・ボルキア・ブルネイ・ダルサラーム国国王陛下、

カイ・ララ・シャナナ・グスマン・東ティモール民主共和国首相閣下、

マルティ・ナタレガワ・インドネシア共和国外務大臣閣下、

ご列席の皆様、

1.冒頭

 アジアが誇る豊かな文化が宿るバリ島にて、第3回バリ民主主義フォーラムに参加できることを喜ばしく思います。

 バリ民主主義フォーラムは、開かれたフォーラムとして、アジア太平洋地域における民主主義の普及を目指す重要なアジア発の試みです。「多様性の中の統一」を提唱しているインドネシアは、このフォーラムに最もふさわしい開催国です。インドネシアは、数々の政治的、経済的な困難を乗り越えて、安定と繁栄、そして民主制度を確立してきました。インドネシアの民主主義は、自由で開かれた総選挙の実施、人々の政治参加の拡大、自由な言論空間の伸張を通じて、着実に確固たる歩みを続けています。多様な民族、言語、文化、宗教から成り立つインドネシアの輝かしい民主化の経験は、アジアの多くの国々に勇気を与えるものです。その自らの経験を踏まえて、このフォーラムを主催されているユドヨノ・インドネシア共和国大統領のリーダシップを高く評価し、我が国はこのフォーラムを今後も支援いたします。

 バリ民主主義フォーラムは今年で第3回目を迎えますが、昨年は我が国の鳩山由紀夫前総理が共同議長を務めました。このたび李明博・韓国大統領に共同議長をバトンタッチできたことを、大変光栄に思います。韓国もまた、困難を乗り越えて、自由で民主的な制度、基本的人権、法の支配を達成したアジアの民主化のフロントランナーです。李大統領が、ユドヨノ大統領とともに共同議長を務めることに対し、アジアの民主主義の着実な歩みを象徴するものとして、深甚なる敬意を表します。

 日本もまた昨年9月に歴史的な総選挙を経て政権交代を実現いたしました。日本国民は民主的な手続きを通じて、1955年以来はじめての本格的な政権交代を選択したのです。私たちは、政治が変わるという国民の期待を担って、力強い経済と、国民の自信と誇りを取り戻す政治に日々邁進しています。日本もさらなる民主主義の深化の過程にあります。立法や予算編成のプロセスを国民やメディアに対して透明化し、国民の政治に対するオーナーシップを高める努力をしております。そしてリーダーである政治家が未来への国家ビジョンを示し、国民を導いていくことは、国民の付託を受けた者の使命であると考えます。私はこの民主主義の深化を、アジアの地域諸国と力を合わせて推進していきたい。これが私がバリ民主主義フォーラムに抱く特別な思いです。

2.アジアの経済発展・地域協力・平和と安定の推進

 民主主義は平和・安定・繁栄を実現する重要な手段です。アジアは自由な経済活動の推進による経済成長と経済的相互依存関係に牽引された安定・繁栄を享受しながら、それぞれの事情に応じた独自の道で、民主主義体制への変化を遂げてきました。その歴史的な道のりには数々の困難がありましたが、今やアジアの多くの国で民主主義が育まれるようになりました。

 アジアにおける民主主義の基礎となるべきものは、この地域が平和で安定し、力強く発展を続けて繁栄を実現することです。そのためには、以下の三つが鍵となると考えています。

 第一はアジアが引き続き力強い経済発展を続けていくことです。経済成長により富を増やし、富の分配を実現することにより社会を安定させ、そして多様で優れた人材が生み出され、さらなる発展へと繋がります。アジアの経験とは、経済発展が安定と繁栄を生み出し、そして安定と繁栄が民主主義の基礎となったことです。

 私は外務大臣に就任直後に、国の土台である経済をさらに成長させていくことを外交の重点に据えることを宣言しました。戦後、我が国は、経済成長を通じて国力を増進し、外交力を向上させてきたと考えているからです。この間、ODAの供与を通じて我が国経済成長の果実をアジア諸国と分かち合ってきたことはご承知のとおりです。この考え方をさらに進め、現在、各国との間で「Win‐Winの関係」を築き、共に繁栄する基盤を整備するために、経済連携協定(EPA)・自由貿易協定(FTA)を推進しています。また、経済成長に必要な資源・エネルギー・食料の安定的な供給を確保するための外交を総合的な視点に立って進めることも重要です。さらに、アジアをはじめとする各国でインフラ需要が高まる中、安全で安心、環境面にも優れた日本の技術の活用は、各国のインフラの向上や環境に優しい社会の構築につながり、その国の更なる発展を導くものです。先般、我が国はベトナムの原子力発電所建設のパートナーに選定されましたが、これはその典型です。日本の高い技術を備えたインフラが海外の社会基盤の整備に役立ち、その国の更なる発展の基礎となれば幸いです。各国との貿易や投資を拡大し、お互いの経済を成長させて経済利益を共有することは、経済的な相互依存関係を深化させ、互恵的な二国間関係の強化につながります。

 海外との観光交流の推進も力を入れるべき分野です。人の往来の活発化は、中・長期的には、様々なアイデアや文化を交叉させ、経済発展にも大きな効果をもたらします。人々の交流の活発化は、アジアに新たな市場と文化を生み出しつつあります。今、アジアの若者を中心に急速に音楽、映画、ドラマ、アニメなどのポップカルチャーが共有され、消費されるようになってきています。私たちはこのような新しい動きを支援するとともに、人々がより自由に往来し、様々なアイデアや文化が自由に交換されるような環境を創り出せるよう、取り組んでいかなければなりません。

 第二は、地域協力の推進です。アジアは成長していますが、その影ともいえる「格差」があります。アジアには依然として貧困に苦しむ人々が存在することを忘れてはなりません。バリ民主主義フォーラムが民主主義と開発の関係に注目していることは、極めて重要な点だと考えています。我が国は、ASEANの「連結性」強化を支援し、メコン地域の開発を促進するなど、域内の格差是正に向けた取組に積極的に協力します。また、甚大な損害をもたらす災害への対処も重要な課題です。自然災害はいつどこで発生するかわからない恐ろしさがありますが、各国間で危機管理メカニズムを整備して、いざというときに協力しあえば、被害も最小限度にとどめられるでしょう。我が国は、インドネシアとともに、2011年3月、インドネシアのマナドにおいて第2回ARF災害救援実働演習(DiREx2011)を共催します。各国の積極的な参加を期待します。

 またアジアの経験と人材が、世界の課題の解決に貢献するための協力も進めます。アジアはカンボジアや東ティモールなどにおいて、平和を構築する経験を蓄積してきました。実は私自身も、1998年、パリ和平協定をうけたカンボジアの制憲議会選挙のために同国を訪れ、カンボジアの人々が投票する姿を現場で見ました。それ以来のカンボジアの大いなる進展を見るにつけ、この時の民主主義の生みの苦しみと、それを支援した国際社会の汗と涙を思い起こします。このようなアジアの平和構築への経験は、世界の他の地域における平和にも必ず役立ちます。我が国は、平和構築人材育成事業やPKO訓練センターへの支援を通じて、アジアの人材が世界で働くことを支援します。

 第三に指摘したいのは、経済発展や人々の生活の安定の基礎となる「地域の安定の確保」です。アジア太平洋地域における安全保障環境が変動しつつあるなかで、この地域における米国のプレゼンスは依然として重要です。我が国は日米同盟を堅持し、更なる深化・発展に努めることによって、アジア太平洋地域の平和と安定の確保に努めてまいります。

 アジアにおける目覚ましい経済成長は、それに伴うエネルギー、環境への負荷の急激な増大などの内なる挑戦に直面せざるを得ない側面もあります。こうした観点も含め、地域の安定を維持していくためには、紛争の平和的解決を含む、地域における共通のルールを策定していくことが重要です。来年から米国・ロシアが参加する東アジア首脳会議等を活用して、将来の共通のルール作りにつなげていくことを期待します。既に中国とASEANの間では、紛争を未然に防止する共通のルールとなりうる「南シナ海における関係国行動宣言」に基づく協議が行われていることを歓迎し、問題の平和的解決に資することを期待します。

 アジアの安定を語る上で、現在の朝鮮半島情勢についても申し上げます。先般の北朝鮮による延坪島攻撃は、韓国の民間人をも攻撃するものであり、日本はこれを強く非難し、犠牲となった方々に心から哀悼の意を表します。また、日本はウラン濃縮計画についても重大な懸念を有しており、北朝鮮の安保理決議等に違反する行為を非難するとともに、北朝鮮に対し、朝鮮半島の非核化等に向けた自らの約束を誠実に果たしていく意思を具体的行動により示すよう強く求めます。6日の日米韓外相会合で、このような明確な立場を確認したところです。このような北朝鮮に対する日米韓の要求に、ここに集うアジア諸国も加わることを呼びかけたいと思います。

3.アジアの民主主義について

ご列席の皆様、

 アジアの成長の源泉は、突き詰めれば、この地域の多様で優れた人材が生み出すエネルギーです。この資源を最大限に生かすために、一人ひとりの”個人”に、より大きな力を付与することが肝要です。「個人の尊厳」を最大限に尊重することこそ民主主義の出発点であり、莫大な人口と多様な人材を擁するアジアにおいてこそ、個人の尊厳に基礎をおく「人間の安全保障」の推進を真っ先に実践するべきなのではないでしょうか。これがアジアの民主主義の一丁目1番地だと私は考えます。

 「人間の安全保障」が確保されている社会では、個人が社会の一員としてその安定と発展のための責任を分担し、社会のあり方の決定に関与することができます。とりわけ、個人が安心して活動できる予見性を担保する法の支配の確立と、透明なルールの中で対等な立場での競争を実現する市場経済の整備が必要不可欠です。我が国は、民主的な司法制度の整備のための支援など、アジアの国がこれらの環境を整えていくための協力を、積極的に進めて参ります。

ご列席の皆様、

 強調させていただきたいのは、地域において着実に民主主義を根付かせていくためには、アジアの多様性を尊重し、それを踏まえる必要があるという理解を、バリ民主主義フォーラムとして共有する必要があるということです。

 世界で3番目に大きい民主主義国家として発展を続けるインドネシアは、冒頭申し上げました通り、今や民主化の模範となる国です。まだ若い独立国である東ティモールでも、民主的な国づくりが進んでいます。一方、今回、本フォーラムに初参加しているフィジーには、自ら約束している2014年までの総選挙実施に向けて確実に準備を進めることが期待されます。ミャンマーで先日行われた総選挙は、自由、公正さにおいてさらなる改善が必要なものでした。一方で、20年ぶりに選挙を実施したこと、そしてスー・チー女史に対する自宅軟禁措置を解除したことなどは、ミャンマーなりの民主化に向けた一歩であると評価しており、今回の総選挙が、より開かれたミャンマーへの出発点となることを要望します。このフォーラムに参加している他のパートナーの間でも、民主主義や人権といった分野において前進が図られていくことを期待いたします。

 多様な社会であるアジアの特徴は、全員が納得して参加していくように、着実な進展を、一歩ずつ、辛抱強く積み重ねていく姿勢にあります。これまでのアジアの発展は、このような姿勢が成果を上げていくことを証明しています。この成果を更に進めていくために、アジア諸国は、お互いの経験に学びつつ、民主主義のさらなる深化に向けて協力していくことが大切です。このような努力は、正しい目標に向けたものであるだけに、全員が参加し、透明性をもって進めるべきです。バリ民主主義フォーラムは、まさにその実践を図っているものとして高く評価いたします。

 また、この観点からも、「ASEAN憲章」が、民主主義や人権等の価値の重要性を規定したことを高く評価し、ASEANが引き続き民主主義・人権の地域的な取り組みを強化することを支援します。

4.バリ民主主義フォーラムに対する日本の支援

 発言を終える前に、選挙の経験から学ぶために日本が提案したい具体的な貢献策を述べさせていただきたいと思います。先ほど述べたとおり、カンボジアにおける選挙監視は、民主主義の促進において大変有用な手段でした。昨年我が国が提案した「選挙訪問プログラム」のフォローアップとして、我が国は、本年7月の我が国参議院議員選挙の際に、アジア各国の選挙に携わる方々を我が国に招待し、民主主義や我が国の選挙制度について研修を行いました。来年4月の東京都知事選の際には実務者のためのセミナーを実施し、多くの国に参加を呼びかけたいと考えています。

 公正な選挙の実施なくして、民主主義は成立しません。そこで我が国は、「選挙訪問プログラム」の参加者が年に一度ここバリ島に集まり、選挙の制度や方法といった実務面について研修する「選挙訓練プログラム」の実施を提案します。本日のフォーラムにお集まりの各国の協力が得られることを期待します。

 このバリ民主主義フォーラムをアジアの民主主義を盛り立て、アジアの平和・安定・繁栄を促進する場として位置づけていくことで、アジアの民主主義の松明をさらに明るく照らしていくべきです。今回の共同議長である韓国も、今後、バリ民主主義フォーラムの発展のためにリーダシップを発揮されるであろうことを確信しています。

5.結語

 世界の成長センターであるアジアは、世界経済を牽引していくことが期待される、21世紀の希望です。一昨年のリーマン・ショック後、アジア経済は、いち早く回復する強靱性を示しました。先般、横浜で開催されたAPEC首脳会議では「横浜ビジョン」が採択され、アジア太平洋の更なる発展に向けた道のりを参加エコノミーで共有したばかりです。

 ユドヨノ大統領は、第1回バリ民主主義フォーラムで、アジアの莫大な人口、大きな市場、ミドルクラスの台頭、社会ダイナミズム、巨大な資源、そしてアジア人たちが新しく身につけた自信―これらに見られる21世紀のグローバル・シフトは、アジアの台頭の証左である、と述べられています。同時に、大統領は、この21世紀のアジアの台頭の成否―それが更なる平和と繁栄をもたらすか、紛争と対立をもたらすかは、民主主義への挑戦をいかに私たちが乗り越えていくか、であると警鐘を鳴らされました。今、まさに私たちはこのバリ民主主義フォーラムの原点に思いを致し、この挑戦に皆が力を合わせて打ち勝つ決意を示す時です。ここバリから平和、安定そして繁栄の基盤となる「民主主義」という価値を共有し、共に取り組んでいくことを皆様に改めて呼びかけて、私のスピーチを締めくくらせていただきます。

 御清聴ありがとうございました。