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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 前原誠司外務大臣経済外交特別講演会

[場所] 
[年月日] 2011年2月16日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

経済外交重視:経済外交4本柱

 本日はこのような機会をいただき心から御礼申し上げます。今,四つの柱として経済外交を進めており,本日は,経済外交の現状と今後の見通し,またその方向性についてお話をさせていただきます。

 経済外交の柱の一つ目は,より自由な貿易体制を築くということ,二つ目の柱は,資源,エネルギー,食料の多角的な外交,三つ目がインフラの海外展開,そして四つ目が観光立国です。まずその四つの経済外交を行う前提条件としての私の日本の今についての危機意識を話させていただきます。

日本経済成長の3つの制約要因

 一つ目の制約要因は人口減少。日本の人口のピークは2004年で,今の合計特殊出生率は1.37ですから,今後,日本の人口減少はやむを得ません。もう遅きに失している感がありますけれども,まだ遅すぎないということで,この少子化対策をしっかり考えなくてはいけません。

 二つ目の制約要因は少子高齢化です。働く人が減って,社会保障の利用者の方々の比率がどんどん高くなっていくということです。先ほどの少子化と合わせて考えますならば,我々として複合的な施策を採っていかなくてはいけないのではないかと思います。

 一つは女性の社会進出と,その社会進出をされた女性が子供を産み,育てやすい環境をつくっていくことです。また定年延長で新たな仕事をリタイアした後にもしていただくということもあります。これは会社の仕事のみならず,我々が唱えております新しい公共というものを,例えばリタイアされた方々に担っていただく。

 その次に考えなくてはいけないのは外国人労働者です。EPA/FTAにおいて,フィリピン,インドネシアからの看護師,介護士の受入れをしておりますが,この数は微々たるもので,しかも日本語が難しく合格する人がほとんどいないという状況です。

 政治は,この少子高齢化の中,社会保障,医療,年金,介護のサービス受益者が増えることのインパクトをもっと深刻に考え,女性の社会進出,そして産み育てやすい環境を,行政,企業と協力,連携をしてその体制を取っていくことと,定年延長した場合のその方々の活用方法などを考えていかなくてはなりません。そして同時に,外国人労働者の受入れというもののルール,在り方というものも,待ったなしで議論しなくてはなりません。

 三つ目の制約要因は,莫大な財政赤字であります。極めて深刻な状況を通り越して危機的な状況になっているのが今の状況です。

外交の2大テーマ

 この三つの制約要因を考えたときに,外交は何に力を入れるべきなのか。私は大きく言えば二つだと思っています。一つは日本の経済を成長させるための経済外交を推進するということ。もう一つは,経済が成長するということは,その国が安定しているということですので,日本の安全保障というものを,まずは独自の努力,そしてもう一つは日米安保体制の強化において,しっかり担保するような施策を打っていく。この二つが外交において大変重要なことだと思っており,この二つを大きなテーマとして今,外交を進めているところです。

EPA/FTA

 今日はその前半の経済外交だけ話させていただきます。まず一つ目の柱のEPA,FTAですが,平成の開国ということを菅総理はおっしゃっています。日本は開かれていないのか,関税率は低いのではないかとの議論がありますが,私はまだまだ日本の開国率は低いと思っております。

 その大きなポイントは,日本の貿易量に占めるEPA/FTA,いわゆる自由な経済活動のカバー率です。日本のFTA比率は16.5%,韓国は36.2%,中国も22%,そしてアメリカは37.5%です。それと同時に,アメリカは豪州とのFTAにおいては,物品の関税の自由化率,つまりは0にしているものの割合は約96%です。しかし日本は,80%から90%で,例外品目が多いということであります。

 ちなみに韓国はEUともアメリカともFTAを結んでいる。しかし,日本はまだ両国,両地域と結べていない。韓国はEUにおいて乗用車は関税は0%,日本は10%かかる。薄型テレビにおいては,韓国は0%に対して,日本は14%かかるということです。韓国との競争条件において日本がハンディを持たされている。まず一つはFTA/EPAのカバー率。二つ目は法人税が高い。韓国は国・地方合わせて税率が24.5%ぐらい。日本は40%ぐらいです。そして3番目は為替の問題です。ウォン安円高ということです。

 EPAの締結は,他の国との見合いで考えなくてはいけない。豪州とのEPAは,包括的経済連携の基本方針にのっとった,一番初めの高いレベルでのFTA/EPAとなるよう年央を目指して結論を得るため努力をしております。

 マルチでは,ASEAN+3,ASEAN+6,FTAAP,日中韓FTAというものがございます。日中韓FTAにつきましては,2012年に研究を終了させて,具体的な議論に入るために,3カ国間で今,鋭意努力をしているところです。

 TPPですが,APEC加盟の21の国・地域で将来的に経済統合していこうということが横浜APEC首脳宣言で盛り込まれています。このFTAAPに向かってどういう道筋があるのかと言うときに,ASEAN+3とかASEAN+6というものと合わせてTPPというものが存在しているわけです。

 TPPについての国会の議論には二つの特徴がございます。一つはアメリカから言われて,強制されて無理矢理入らされるのだろうという議論ですが,私も5カ月間外交をやらせていただいて,そのような要請や,ましてや圧力じみたものを感じたことは一度もございません。逆にTPPというのは相当高いレベルの自由貿易の仕組みなので,日本が条件付けて入ることについての警戒感の方がむしろ強いというのが,現状に即した見方ではないかと思っております。

 もう一つは,何か経済のみならず,社会体制,政治体制の統合と混同した議論が行われているのが大きなポイントではないかと思います。つまりは,TPPに入ったら,高いレベルの貿易の自由化ではなくて,システムそのものも変えていかなくてはいけない。

 現在24の作業部会がつくられており,9カ国で議論しています。入っていない日本が,途中経過をつまびらかに外に出すわけにはできませんが,できる限り情報公開をし,どういう議論が行われているかについて,しっかりとお伝えをしなくてはいけないと思っています。

 FTAAPは,APEC全体では,2020年というものが一つの目標として議論に出されています。あと10年です。ASEANの経済統合が2015年ということを考えたときに,2020年に仮にFTAAP,APEC全体が経済統合する場合,日本はどういう道筋を選ぶのか。あるいは,どういう道筋に自分自身がイニシアチブを取れる形でコミットするのか。そういう大きな観点で物事を考えることも,私は大事ではないかと考えております。

 少子高齢化が進む中,どうしたら成長が担保され得るかについて,あらゆる可能性を模索するのは大事なことです。もちろんセーフティーネット,あるいは日本として譲れないところについては,農業対策も含めしっかり行うことが必要です。

 世界の人口は約70億人。2050年には90億人ぐらいになるのではないかといわれております。資源,エネルギー,食料の需給逼迫が起きてくるのは必至です。そういう意味における日本の農業の再生と,多角的な経済外交を行っていくことが大事だと思います。

資源・エネルギー・食料外交

 2番目の資源,エネルギー,食料外交ですが,いかに多角的なエネルギー,食料外交を行うかということが,我々の一つの今の大きな課題です。レアアースは,世界全体の中国の生産量は約96%ですが,実はアメリカとかブラジルとかオーストラリア,マレーシア,CIS,中央アジア,インド等には埋蔵量としてはたくさんあるわけです。先般,中国からのレアアースの輸出が滞った後,アメリカ,オーストラリア,インド,ベトナム,モンゴルとのレアアースの協力関係について合意をしたところで,レアアース一つを取っても多角的な外交を行っているということです。

インフラ海外展開

 三つ目の柱は,インフラ海外展開です。私は国交大臣のときから高速鉄道,高速道路,下水道などの海外展開というものを積極的に進めてまいりました。外務大臣にならせていただいて,日本の素晴らしいインフラを海外に展開していきたいと努力をしています。

 アジアだけでもこれから10年間で8兆ドルのインフラ需要があるといわれています。日本の人口は減少し,経済のパイは小さくなっていきますが,世界は70億人から90億人に増え,さらに成長のセンターはアジアだということを考えれば,技術的な基盤に裏付けされた日本のインフラは,むしろ商機と考えるべきではないか。

 今,官民連携を強めています。民間の皆様が主でありますが,国もさまざまな形でバックアップできるだろうと思っております。ODAも含めて,JBICの融資,JICAの投融資再開など仕組みを変えていきます。ODAに関しては,もちろん人道的なODAは続けますが,戦略的な経済外交に資するODAの使い方も考えなくてはいけないと思っております。

 投資環境の改善についても,政府間同士でしっかり話をする。ワン・ストップ・サービスでできるようにする。原子力協定,租税協定,あるいは二重課税の防止協定などを結ぶのは,まさに官の仕事だと思っています。また,高速鉄道などで経験しましたが,世界基準などは,ルールメークとして外交の大きなカードになるわけです。

 皆様へのお願いは,インフラプロジェクト専門官を主要な在外公館に設けております。守秘義務がかかっておりますので,相談したら競合他社にばれるのではないかとご懸念なしに,何なりとご相談いただければありがたいと思っております。

観光立国

 最後に観光です。去年の訪日外国人数は,過去最多で861万人,日本からの海外渡航者は1,664万人で,ほぼ倍です。今,ビジット・ジャパンの延長線で,「Japan. Endless Discovery」という形でインバウンドを増やすべく努力をしています。

 医療ビザや中国に対するビザの緩和など行いましたが,今後もビザ関係ではさまざまな規制の見直しや,羽田の国際化,それから千歳の国際枠の拡大や総合特区制度を利用した通訳案内士の規制緩和なども行い,さまざまな形のインバウンドを今後も増やしていきたい。目標は3,000万人です。

 訪日外国人旅行者による経済効果は,2,500万人になれば,旅行消費額も波及効果も3倍になり10兆円ぐらいになる。そして雇用も3倍ぐらいになる。つまり2,500万人になるだけで,雇用としては約56万人のプラスになるということです。これは特に地域に根差した雇用になりますので,そういう意味では地域の活性化にもつながってくるということです。

結び

 まさに世界は大競争時代になっています。新重商主義と言う方々もおられますが,大競争時代になって,それに我々は乗り遅れずにしっかり波に乗って,競争の中で成長を担保し,社会保障や少子高齢化対策をやっていく。経済外交を含めて成長がすべてに優先される。そして,それが雇用にもつながり,地域活性化にもつながっていく。こういう形でこれからも政治を行わせていただきたいと思っています。また日本貿易会の皆様方のさまざまなアドバイスもいただきながら,現場の意見に即した形での取組みをしっかりやっていきたいと思います。今後ともご指導,ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。