データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] CLSAジャパンフォーラム2011 前原外務大臣による経済外交スピーチ

[場所] グランドハイアット東京
[年月日] 2011年2月28日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

本日、「CLSAジャパンフォーラム2011」にお招きいただき、世界各国の機関投資家の皆様に、私が掲げる経済外交についてお話をさせていただくことを、大変嬉しく思います。

(1)経済成長をいかに実現するか

 世界経済は、1990年代までの日米欧3極中心の時代から、新興国を含めた多極化の時代へと、劇的に変化を遂げています。特に日本が位置する東アジアにおいては、中国や韓国などが近年目覚ましい成長を遂げ、熾烈な競争が生じています。

 このような中、日本は内外の企業による国内投資を成長のエンジンと捉え、産業界、労働界も含め、それぞれの課題に総力を挙げて取り組んでいます。政府としては、新成長戦略の一環として、国際競争力強化や地域活性化のための制度・規制改革や、企業の競争力強化と外資系企業の立地促進のための国内投資の促進に取り組んでいます。

 取組の一つには、特区制度の創設があります。国際拠点、物流、環境、バイオ等の先駆的な取組を支援するため、規制の特例などの支援措置を、総合的かつ集中的に講じていきます。

 法人実効税率については、平成23年度税制改正大綱において、国税と地方税を合わせた税率5%引き下げ等が盛り込まれました。

 空の自由化も進めています。我が国は、昨年11月に米国とのオープンスカイ協定を締結したのに続き、韓国及びシンガポールとの間でもオープンスカイの実現に合意しました。

 皆様の中には、昨年国際化された羽田空港を既に利用された方もいるのではないでしょうか。東京の都心までの近さを実感されたと思います。成田空港についても、ビジネスジェット専用施設の整備に向けた検討が進められているところです。このように、東京の国際ビジネス都市としての魅力は減ずるどころかますます増大しています。

 この機会に、本日お集りの皆様には、日本が非常に魅力的な投資先になりつつあることを強くアピールしたいと思います。

 また、日本の特筆すべき強みであるイノベーションについても、新興国も含めた競争が激化していますが、こうした競争の中でも、日本にしかないオンリーワンの技術があります。例えば、昨年6月、幾多の困難を乗り越え、7年間で約60億キロにも及ぶ飛行の末に、無事に地球に帰還し、人類史上初めて小惑星のサンプルを持ち帰った小惑星探査機「はやぶさ」は、皆様のご記憶にも新しいと思います。宇宙開発は、総合的な技術力が求められる裾野の広い分野ですが、「はやぶさ」プロジェクトには多くの中小企業も参加しました。日本には世界に誇る高い技術がまだまだ沢山あるということを、是非皆様にも広くご承知いただければと思います。

(2)経済外交の考え方

 私は外務大臣就任以来、「経済外交」の4つの柱を掲げています。4つの柱とは、1)自由な貿易体制、2)資源・エネルギー・食料の長期的な安定供給の確保、3)インフラ海外展開、4)観光立国の推進、です。

 本日は、いつものご説明の順番とは違いますが、先ほどの対内直接投資とも関係が深い観光立国についてまずお話し、その後、他の柱について順にご説明したいと思います。

4)観光立国の推進

 日本の魅力を伝えるためには、実際日本を見てもらうのが一番効果的だと思います。皆様の中で既に日本各地を訪問された経験のある方は、日本が豊かな文化と多様性に満ちた自然の宝庫であることを既にご存じだと思います。私は、国土交通大臣時代に、新たに Japan, Endless Discovery というキャッチフレーズを掲げて海外から日本への観光客を増やす取り組みを強化しました。外務大臣としても、インバウンド観光の振興を経済外交の4本の柱の1本に掲げて積極的に取り組んでいます。

 昨年の外国人観光客数は過去最多となりましたが、まだ年間3千万の旅行客という目標には程遠い状態です。在外公館を通じた海外での我が国の魅力の発信など、観光庁と連携しながら、外国人観光客の誘致に向けた取り組みを今後一層強化していきます。皆様も是非、日本各地を訪問してその魅力を自ら発見していただき、ご家族やご友人に伝えて下さい。

(海外からの人材受け入れ/海外での多様な人材活用)

 観光客だけではなく、海外からの人材の受入も様々な形で進めていくことが、日本の経済力の向上につながると考えます。アジア地域を中心にして頭脳労働者や高度技能労働者等いわゆる高度人材や留学生の受け入れをより積極的に進めていく必要があります。

 日本政府は、技術立国日本の象徴の一つとして、日本の工学教育の海外普及にも積極的に取り組んでいます。例えばマレーシアの要望を受け、将来のASEAN諸国の学生の受け入れも念頭に、日本の工学教育を英語で実施するマレーシア日本国際工科院を設立する準備を日本の大学の協力の下で進めています。

 一方で、近年、日本人の海外留学が減少しています。今後、関係省庁や民間企業とも連携しながら、グローバルに活躍できる人材の育成に努めていきます。

1)自由貿易体制の確立(WTO/FTA/EPA/TPP)〜貿易立国

 次にご紹介する経済外交の柱は、多角的な自由貿易体制の確立です。そのためには、まずWTOドーハラウンドの早期妥結が重要となります。

 このドーハラウンド交渉と並行して、アジア太平洋地域を俯瞰した戦略的なアプローチの下、FTA/EPAをより多くの国・地域と締結していく努力も重要となります。昨年11月、政府は、高いレベルの経済連携を進めると同時に、必要となる競争力強化等の抜本的国内改革を先行的に推進するとの内容の「包括的経済連携に関する基本方針」を閣議決定しました。この基本方針は、二国間EPAや広域経済連携の積極的な推進を謳うとともに、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定については、国内の環境整備を早急に進めるともに、関係国との協議を開始する、としています。TPPについては協議の状況を見極めつつ、今年6月をメドに交渉参加につき政府として判断していきたいと考えます。また、日中韓FTA共同研究を推進し、東アジア自由貿易圏構想(EAFTA)、東アジア包括的経済連携構想(CEPEA)などの議論に積極的に参加します。日本は、これらのバイやマルチの枠組みを駆使しながら、よりよい自由貿易体制の確立に向けてリーダーシップを発揮していきたいと考えます。

 高いレベルのFTA/EPA推進と国内農業・農村の振興は、相反するものではなく、両立します。EUや韓国は、域内市場統合や市場開放による農業への影響を想定した、抜本的な農業改革を進めています。EUは農家への直接支払い制度を導入する等大胆な改革を進めており、その結果、高い関税の低減を通じた消費者への利益の還元と農業生産者の競争力強化を同時に実現しました。民主党の掲げる戸別所得補償制度は、まさにこのEUの制度と基本的な考えを同じくするものです。

2)インフラ海外展開

 今日3つめにご紹介する柱は、日本の優れたインフラ技術の海外展開です。新興国及び途上国の経済発展と人口増加に伴って、これらの国々におけるインフラ需要は急速に増大しています。特にアジアには、向こう2010年から2020年の10年間で、総額8兆ドルのインフラ需要があるとの試算があります。インフラ海外展開は、日本の成長に貢献するのみならず、新興国や途上国の成長に欠かせないインフラを整備するものであり、日本の優れた環境・省エネ技術を積極的に展開することを通じて、安全・安心な国際社会の創出に貢献するとともに、各国の発展を支え、共に成長するという「ウィン・ウィン」の関係を構築していきたいと考えます。

3)食料、エネルギー等の資源安全保障

 本日ご紹介する4つ目の柱は、食料、エネルギーなどの資源安全保障の確保です。先月、チュニジアで、一人の若者による抗議の焼身自殺をきっかけとして、フェイス・ブックやツイッターといった新しい通信手段、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて、人々の体制への不満が一挙に広がり、大規模デモから政権崩壊につながりました。エジプトでも同様にムバラク大統領が辞任する事態となりました。このような中東の政治・社会不安は、他国にも瞬く間に経済的な影響を及ぼしている上、世界的なエネルギー価格にとっても不安定要素となります。また、食料価格についても高騰の傾向が見られますが、世界的な人口増加による需給を試算すると、中・長期的には食料需給ひっ迫の時代が到来するとの予測もあります。

(食料資源の安定供給確保)

 食料の安定供給確保のためには、国内では強い農業を育成するとともに、海外では世界全体における食料増産とリスク分散が重要です。官民が協力して海外での農業投資を促進し、安心・安全、高品質の食料生産技術を普及させ、生産の拡大を図ると同時に、生産された農産物の一部が日本に輸出されることによって、当該国と真の「ウィン・ウィン」の関係構築が可能になります。また、水資源に乏しい中東地域やアフリカ諸国に対しては、かんがい技術の普及とともに、乾燥に耐えうる種子や少量の水で栽培可能な穀物の開発・普及への支援をODA等を活用しながら行い、また、例えば太陽熱で稼動する野菜工場を輸出することができれば、水資源不足・食料不足・環境問題の解決に貢献することが可能になるでしょう。

(エネルギー・鉱物資源の安定供給確保)

 我が国の産業の成長、国際競争力の維持や低炭素化社会の実現に不可欠なのが、エネルギーや鉱物資源の安定供給確保です。近年、新興国を中心にエネルギー・鉱物資源の需要が増大していることやレアアースを含む鉱物資源の多くは世界的に生産の偏在性が高いことを踏まえ、供給国との関係をさらに強化し、また同時に供給源を多角化していくことが日本にとって喫緊の課題です。

 菅総理や私のみならず、閣僚、政務レベルが積極的に前面に立ち、カザフスタン、モンゴル、ベトナム、インド、米国、豪州等の国々と鉱物資源分野での協力強化に合意してきました。

 今後も、オールジャパンで戦略的に資源国との連携強化に取り組んでいく方針です。

(3)経済外交を通じて構築する重層的なネットワーク

 経済外交を展開する際、二国間のFTA/EPAや、WTO・APECなどの多国間枠組み等、様々なネットワークを効果的に活用するとともに、新たなネットワークの構築の可能性について常にアンテナをはっておくことが大事ではないでしょうか。アジア太平洋そして世界にボトムアップの民主主義が広がっていく中、重層的なネットワークを構築して、パートナーシップを強化していくことが大事だと考えます。

 アジア太平洋地域で、APECや東アジア首脳会議(EAS)、ASEAN+3、ASEAN地域フォーラムなどの地域協力の枠組みを活用し、協力関係を強化していく必要があります。米国との間では、同盟の発展は力強い経済に支えられているとの考えの下、先ほど述べたTPPに関する協議を進めるほか、クリーン・エネルギー、高速鉄道や超伝導リニア、レアアース等戦略資源の分野などで、経済協力関係を強化します。中国との間では、今後も様々な面で相互依存関係がより強まっていくと考えています。世界第2位及び第3位の経済大国として、経済を含む幅広い分野で具体的協力を推進し、「戦略的互恵関係」の内容を深めていきます。また、アジア太平洋の他の重要なパートナーである韓国、豪州との間でもEPAを締結し、強固な経済関係を構築することを目指す時期でしょう。協定を締結した相手国と規格や検査といった制度面での調和を図り、双方にとって「ウィン・ウィン」となる自由貿易体制を確立することで、相手国との関係を戦略的に強化する効果も期待出来るのです。

(4)結語

 国際情勢はダイナミックな変革の時代に突入しています。他方、国内では、人口が減少し、少子高齢化が進み、莫大な財政赤字は一層深刻になっています。10年後、20年後の日本を見据えた際、我が国のトップ・プライオリティーは経済成長に資する外交を策定し、それに取り組むことにあります。また、そのような経済外交を展開していくことにより、二国間関係、地域のマルチの関係を強化していくことが出来ると考えます。私は、この戦略の具体的な策定作業を産官学が協力し、オールジャパンで行い、魅力ある日本の再生を目指して、今私たちが直面するチャレンジをチャンスに変えていく決意です。

 ご清聴有難うございました。