データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第17回国際交流会議「アジアの未来」における松本外務大臣講演

[場所] 帝国ホテル
[年月日] 2011年5月26日 19時10分〜19時30分
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

1.冒頭

 皆様,こんばんは。

 本日は,リー・クアンユー閣下を始めとするアジアを代表する指導者・有識者の方々,そして中曽根元首相,安倍元首相を始めとする諸先輩方がおいでになる中で御挨拶する機会を頂き,大変光栄に思っております。今回,東日本大震災から間もないこの時期に,この伝統ある「アジアの未来」の開催実現に尽力された日本経済新聞社杉田会長を始めとする関係者の皆様,またこの機会に日本を訪問された皆様に心から感謝を申し上げます。

 今回の大震災では,世界中から連帯と励ましの言葉が寄せられ,多くの救援物資や義援金が届けられました。28カ国・地域から救助チームが被災地に入りまして,厳しい環境の中,救助・捜索・医療活動などの任務に当たって下さいました。日本人にとってどれほど励みになり,支えとなったか言葉では言い表せません。日本政府及び日本国民を代表して心から感謝を申し上げます。

 震災を契機に,私たちは日本が世界と共にあることを改めて実感いたしました。世界から差し伸べられた温かい連帯と支援に報いる上でも,日本は復興し,更に魅力的な国として再生いたします。本日は,「開かれた復興」への取組,日本外交のあり方について,私の考えをお話申しあげたいと思います。

2.震災対応の現況

 大震災による甚大な人的・物的損害は,日本経済に大きな影響を及ぼしました。原発事故による影響を除いても,被害総額は16兆から25兆円にのぼると見込まれております。目下の最大の課題は,電力の供給不足とサプライチェーンの寸断への対応であります。電力供給については,休眠火力発電所の再稼働など供給力拡大に努めるとともに,夏のピーク時に備えて予め節電計画を立てて,経済活動への影響を極力抑制しながら,需給ギャップを埋めてまいります。サプライチェーンは,半導体や自動車関連産業など,日本が世界に誇る製造業の生産拠点が被災し,分業の進んだアジアや北米の製造業にも大きな影響が出たところでありますが,各企業の懸命な努力により,約9割が夏までに復旧する見込みと言われております。「ものづくり」に対する日本のこだわり,責任感は今も健在であります。OECDにも,本年第2四半期の成長率は3.7%減となるものの,その後,復興需要に牽引されて経済活動は大幅に回復し,第3四半期には5.3%,来年は2.2%成長に回復すると予測していただいております。

 福島第一原発事故については内外に多くの不安を与えました。M9という最大級の地震の後,自動停止はいたしましたが,津波等により冷却装置が作動しなくなりました。当初は状況把握も困難であったため,情報を隠すという発想は微塵もなかったものの,情報提供が不十分であったことは否めません。多大なご心配をかけたことに率直にお詫申しあげたいと思います。政府としては東京電力とともに,今後約半年から9ヶ月かけて,原子炉を計画的に安定させていく方針であります。国際社会,とりわけ近隣国に対して,透明性を持って迅速かつ十分な情報提供を続けてまいります。

 この関連で,日本国内では著しく放射能汚染が広がっているとの誤解が生じて,多くの外国政府が日本産品に輸入規制を課したり,民間の取引で輸入の自粛がなされたりしています。しかし,政府は国際基準も踏まえた規制値を設けまして,それを上回る放射線が検出された産品は出荷を制限しており,外国に輸出されることはありません。各国の政府・民間業者には正確なデータと情報を提供して輸入規制・自粛の見直しを働きかけているところであり,本日ご来場の皆様にも,ぜひ帰国後,関係者に本日の話をお伝えいただけたら幸いに存じます。日本は安全です。日本の農水産品・食品をぜひ以前同様,安心して楽しんでください。

3.「開かれた復興」へ

 日本は国際社会と手を携え,未来志向の開かれた復興を求めてまいります。そのことは日本の国益に資すると考えるからであります。

 今回の震災で,助け合い懸命に立ち上がろうとする日本人の姿は,世界でも大きく注目されました。これは,日本人の根底に脈々と流れる共生の精神が発揮されたものだと思っております。人は競争により進化し,共生によって持続可能になります。共生はこれからの時代を生きる世代に最も必要とされる考え方ではないでしょうか。

 その一つは「人と人との共生」です。我が国が国際社会で主唱する人間の安全保障の考え方は,日本人が育んできたこの精神を映し出したものであります。

 また一つは「国と国との共生」であります。政治・安全保障及び経済のそれぞれの面で国際社会との連携を推進し,「国と国との共生」を創り出していくことは,国際協調の中で今日の平和と繁栄を実現した日本外交に課せられた使命だと考えております。

 そして今回のような震災を克服するには,「人と自然との共生」が欠かせません。今回の震災・原発事故を教訓として,日本は大規模な自然災害への対応はもとより,原子力安全の向上や環境政策についても国際社会の議論の先頭に立ってまいります。

 このような共生の時代を切り拓いていくのが,「開かれたアジア」であると考えます。20世紀初頭,ともすれば西洋に遅れていると思われがちな時代に「アジアは一つである」と訴えた日本人がおりました。勿論,アジアは多様であります西洋と対立する概念でもありません。日本の共生の精神はアジア全体で共有されており,アジアは手を携えて一つになることができる,それは申しあげられると思います。そして,アジアから共生の理念を世界に広く伝えていくこともできると考えております。アジアは太平洋にもインド洋にも大きく開かれています。この「開かれたアジア」の力強い成長を世界と分かち合い,世界の繁栄を牽引していく役割がアジアに求められております。日本もその中にあって,共生の理念に基づき,「開かれた復興」をめざすことが必要だと考えます。「開かれた復興」とはどういうものか,そしてそのための外交はどうあるべきかについて,話を進めてまいります。

4.政治・安全保障を含む幅広い連携

 現在,世界の重心は,アジア太平洋地域に大きくシフトしております。これまで日本は,アジアの多様性が対立へと転化することなく,地域全体がダイナミックな発展を遂げるように各国と共に力を尽くしてまいりました。震災直後にユドヨノ大統領の計らいにより開催された日ASEAN特別外相会議では,ASEAN諸国の支援は,これまで日本がASEAN各国の発展と安定に大きく寄与してきたことに対する恩返しである,とのありがたい言葉を頂きました。22日に行われた日中韓サミットでも,最も近い隣国の首脳より連帯の姿勢が示されました。こうしたアジア諸国からの評価と信頼に応える上でも,日本は,今後ともアジア太平洋地域の平和と安定に一層積極的な役割を果たしてまいります。そのために,この地域の平和と繁栄を支える公共財としての日米同盟をさらに深化させていくことも必要です。私は,日本国の外務大臣として,そのための外交を推し進めてまいります。

 日本は,アジアの連帯強化を重視しております。

 日中韓サミットの機会に,三カ国首脳は福島の避難所をともに訪問いたしました。被災者にとって大きな励ましとなりました。サミットでは原子力安全,再生可能エネルギー・エネルギー効率,防災などの分野で具体的協力に合意し,貿易,投資,観光,人的交流等,日本の復興に資する多くの分野で重要な成果を挙げました。日本はこの枠組みにコミットし,引き続き主導的役割を果たしてまいります。

 日本は,ASEAN共同体の構築・連結性強化にも支援を惜しまない決意であります。そのために昨年4月にASEAN常駐大使を任命いたしましたが,本日,ASEAN代表部をジャカルタに開設いたしました。

 現在,この地域には,ASEAN,ASEAN+3,EAS,ARFといった枠組みを中心に,重層的かつ機能的な地域ネットワークが構築されつつあります。特に,今年から米露が正式な参加を予定しているEASの役割には注目しております。EASがこれまでの取組を発展させながら,政治・安全保障分野でも地域の協力強化に一層大きな役割を果たすことを期待します。また,日本としても,そのための後押しを惜しまない決意であります。

5.経済の連携

 共生の精神は,経済・社会の発展につながる考え方でもあります。共生と競争の共存を図る試みが,経済の連携と言えるでしょう。

 経済連携を強化するためには,自由な貿易・投資体制の推進が必要不可欠です。今回の震災は,改めて世界市場との緊密な連携があってこその日本経済であることを痛感させました。「開かれた復興」でなければならない所以です。昨年11月の閣議決定でEPA・FTA推進を掲げましたが,震災によりその意義は何ら損なわれることはなく,むしろ以前にも増して重要となっていると考えます。日中韓FTAの共同研究は本年中に終了することが確認されました。EUとのEPA交渉については,28日の日EU定期首脳協議でも議論し,是非前進させたいと考えております。日豪や日韓とのEPA交渉もなるべく早期に再開する考えです。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉への参加については,震災を受けて「総合的に検討する」こととなりましたが,私はTPP交渉の進捗状況に応じ,日本の意向を交渉に活かせる早いタイミングを選ばないと意味がないと考えております。

 復興に資するものとして我が国への投資を歓迎いたします。被災地域を含め国内投資が促進されれば,その資本やノウハウを経済活性化と雇用創出につなげることが可能になります。こうした投資を後押しするよう,被災地に「特区」を設け,内外無差別の下,資本や労働力の集約に資する税制上の措置や経済的誘因措置,規制緩和といった思い切った優遇措置を導入することも検討に値すると思います。

 日本復興に必要とされているのは資本に限られません。今回の震災では,日本とアジアのつながりも改めて認識されました。我が国は,アジアを中心とする諸外国から多くの観光客や留学生,労働力を受け入れています。しかし,震災の影響により,例えば地震発生前に,東北地方を中心に2万人から3万人いた外国人技能実習生のうち,6千人から1万人程度が帰国したとされています。日本を訪問する外国人の数も落ち込み,4月は前年同月比で60%以上の減少となりました。被災地の復旧・復興には,地域の観光業や地場産業の再建が不可欠であります。必要に呼応して外国人労働力にも一日も早く戻っていただきたいと考えております。復旧・復興の進捗状況に留意しつつ,東北地方を中心に観光客の数が回復するよう,これまで以上に日本の魅力を発信してまいります。

6.Japan is Open 交流促進

 震災後,初めての日本訪問となった方々は,これまでと変わりない活気ある東京の日常に驚かれたのではないでしょうか。日本の多くの地域は大震災の影響はなく,日本は「open for business and travel」であり続けております。すでに世界中から多大な支援を頂いておりますが,更なる御支援を頂けるとすれば,これまで通り,いや,これまで以上に,我が国とのビジネス・観光・留学を推し進めていただくことこそが,我々にとり最もありがたい支援になると申し上げたいと思います。

7.日本の強みを活かす 日本の技術

 震災は,私たちから多くのものを奪い去りましたが,日本経済・社会の強靱性にも改めて気付かされました。日本の技術が有する様々な強みは,日本の復興のみならず,アジアを始めとする世界の繁栄の役にも立てるものと思います。

(1)インフラ

 地震が発生した時に運行されていた27本の東北新幹線の列車は,揺れを感知して減速し,脱線することなく,一人の負傷者も出さずに安全に停車いたしました。鉄道会社が改良を重ねてきた早期地震検知システムが有効に機能したことを示しております。新幹線に代表されるように,災害に強い安全な日本のインフラを海外に展開することは,日本の復興に資するとともに,日本の安全な技術を世界と共有する意義を一層高めることになると考えます。

(2)ジャパンブランド

 「安全・安心」な日本,優れた「科学技術」の日本,「人づくり,技術,文化」といった魅力を持つ「ジャパンブランド」は今なお健在であります。東北新幹線は,必要な点検修理を1ヶ月半で終了して4月末に完全に復旧しました。東北地方の高速道路回復は更に早く,震災の13日後には主要路線での一般車両の通行が可能となりました。迅速な復旧作業も,日本の技術が支えております。

(3)防災・災害対策

 日本は防災・災害対策を国際協力の大きな柱にしてまいりましたが,今後は,これまで培ってきた災害への備えと相互扶助の伝統を制度化し,災害発生の際の相互支援ネットワークをアジア,ひいては国際社会に広げていく努力をしたいと思います。

 アジアにおける相互支援ネットワーク構築の土台となるASEAN地域フォーラムの災害救援実動演習(ARF−DiREx)を定期化し,災害に対する緊急対応能力を地域全体で向上させるとともに,ASEAN防災人道支援調整センター(AHAセンター)への支援にも取り組んでまいります。

 防災分野では,災害に負けない「強靱な社会」の構築に向けた取組を進めます。その手始めとして,我が国は大規模災害に関する国際会議を来年開催することを検討しており,この会議を防災分野の新たなグローバルな枠組みの策定に向けた議論の出発点に位置づけたいと考えます。また,2015年に予定される第3回国連防災世界会議を我が国に誘致いたしたいと思っております。

(4)原子力安全

 原発事故を経験した私たちに課せられた最大の責務は,今回の事故を徹底的に検証し,そこから得られる情報と教訓を最大限の透明性をもって国際社会と共有していくことだと認識しております。現在,訪日している国際原子力機関(IAEA)の調査団が十分な調査・評価ができるよう最大限協力することはもちろんのこと,6月下旬には原子力安全に関するIAEA閣僚会合で,我が国からも福島原発事故に関する詳細な報告を行う予定であります。これらの会議を通じて,原子力安全分野における加盟国の能力を強化するためのIAEAの取組や,事故情報の共有・支援における国際協力体制づくりなど,国際的な原子力安全に関する今後の作業に主導的に貢献していく所存です。

(5)環境・エネルギー政策・気候変動対応

 震災は日本にとってのエネルギーの大切さも再認識させました。日本としては,当面の復興に必要なエネルギー確保を図るとともに,資源外交を推進し,資源・エネルギー源の多様化をこれまで以上に追求してまいります。

 日本は,化石燃料のクリーン利用を進め,引き続き重要なエネルギー源である原子力を安全を確保して利用しつつ,更なる技術革新により,太陽光,風力,バイオマスといった再生可能エネルギーを基幹エネルギーの一つとして位置づけられるように進め,また省エネ型社会システムの変革を推進していきます。

 また,気候変動交渉問題においても,引き続き,公平かつ実効性ある枠組みを構築すべく建設的に取り組んでいくとの考えに変わりはありません。

(6)農林水産業再生

 東北地方の基幹産業である農林水産業は今回大きな打撃を受けました。原発事故を受けた風評被害がその困難に拍車をかけておりますが,震災前からの課題でありました日本の農林漁業再生が待ったなしである状況には変わりはありません。急いで日本の農林漁業再生プロセスに向けて取り組む必要があります。そして,これは被災地域の第一次産業の復旧はもとより,世界に開かれた日本の再生と共存しうる力強い農林水産業として再生できるよう,経営の大規模化や参入機会の拡大が可能となるような制度設計を行うべきだと考えております。

8.結び

 皆様,本日,私は,日本がアジアを始めとする国際社会と連携する中で復興し,国際協力に一層積極的に取り組む強い決意を申し上げました。復興財源捻出のため,ODA削減などの判断もしなければならなかったところでありますが,日本の国際社会へのコミットメントを誠実に実現していく決意にいささかの変化もありません。共生の理念の下,「開かれた復興」を世界に示し,アジア太平洋地域と世界の平和と繁栄のため,これまで以上に積極的に日本の役割を果たしてまいります。このような決意で今後の日本外交の舵取りを担っていくことを申し上げて,私の挨拶の結びとさせていただきます。

 ご清聴ありがとうございました。