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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本記者クラブにおける玄葉外務大臣講演 「日本の豊かさはアジア太平洋地域とともに」

[場所] 日本記者クラブ
[年月日] 2011年12月14日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

(冒頭)

 みなさん,こんにちは。御紹介いただきました,玄葉光一郎です。本日は,「日本の豊かさはアジア太平洋地域とともに」ということで,特にアジア太平洋の問題を中心に,お話をさせて頂きたいと考えております。本日はお聞きを頂きまして,ありがとうございます。

 私が外務大臣に就任をしてから,約100日です。就任会見で私は,「日本の外交の責任者として,我が国の国益を最大化するために全力を尽くしたい」と申し上げました。その国益を考えるときに,私は,これも就任会見で申し上げましたけれども,いつも孔子の言葉である「兵・食・信」という言葉を肝に銘じています。私流に申し上げれば,「兵」というのは「安全保障であり外交」であります。「食」というのは「繁栄」,そして「信」というのは「価値」ではないかと思っております。

 では,国益を最大化するために何が必要か。結論から先に申し上げれば,それは,アジア太平洋地域にあるリスクを最小化して,地域の成長の機会を最大化すること,そのために,アジア太平洋地域に民主主義的な価値に支えられた豊かで安定した秩序を作り上げるということだと思っております。

 就任以来,各国の首脳や閣僚と議論を深める中で,この課題についてある程度成果が表れてきていると感じております。

 本日は,外務大臣として初めてまとまった時間をいただいて,この間,どのようなことを考えて外交課題に取り組んできたのか,そして今後どのような外交を進める考えかについて,今申し上げた点を中心に,私なりの考えを申し上げたいと思います。

(世界・アジア太平洋地域と日本外交)

(1)国際環境の変化とアジア太平洋地域の重要性の高まり

 まずは,我々が住む世界の現状です。

 世界は,激動の中にあります。個々人の国境を越えた「つながり」,そしてそうした動きを受けた,国際的に活動する主体が多様化をしていることが大きな特徴ではないかと思っております。

 21世紀の最初の10年間で,情報通信技術は飛躍的な進歩を遂げました。インターネットの利用者が昨年は20億人を突破した。さらに携帯電話にいたれば,世界の約90%の人々がそれを利用しているのが現在の状況です。グローバル化の進展により,情報だけでなくて,モノ,人,そして資本が国境を越えて移動する毎日が当たり前となりました。国から国へ移住する人々は,世界で2億人と言われています。「アラブの春」が示したように,情報通信革命によって,世界各地で個人の連帯が広がっております。

 そうして,もはや国際社会の営みというのは国家専属のものではなくて,国民同士が理解を深めて,企業がグローバルにビジネスを展開し,大学やNGOを始めとする市民社会が連携するようになりました。あらゆる主体が国際社会の営みに参加するようになった今日,過去数世紀にわたり,主権国家の勢力均衡,バランス・オブ・パワー,によって秩序の維持というものを図ってきた我々人類は,その営みを安定させ豊かなものとするためには,この,勢力均衡を越えた秩序のあり方というものを模索する時期に差し掛かっているのではないかと考えているところであります。

 次に,アジア太平洋地域というのはどんなところかというのを改めて皆様と共有したいと思います。

 アジア太平洋地域は,豊富な人材と力強い成長に支えられて,今後も世界経済を牽引しつづけることが期待されています。世界の70億人の人口のうち,このアジア太平洋に40億人が住んでおります。現在のアジアの中間層は9.5億人,正確には9.4億人だったかと思いますけれども,2020年には約20億人になると言われています。個人消費も日本の約4.5倍になると見込まれています。

 また,近年では,我が国主導による投資というものを原動力に,アジア太平洋全域にまたがる緊密なサプライチェーンが成立していることを見逃すことはできないと思います。APECの域内を例にとっても,域内の貿易依存率はEU並みの7割近くになっています。経済面にとどまらず,国際社会の主要舞台としてますます存在感を増していくことは間違いありません。

 しかし,「成長の機会」とともに,安定を脅かす様々な「リスク」も増大をしています。北東アジアには100万人規模の軍隊を持つ国家が集中しています。東アジアとオセアニア諸国を合わせたアジア太平洋地域諸国の総兵力は約670万人に上り,これは米国を除くNATO加盟国の総兵力の約3倍に相当します。北朝鮮による拉致・核・ミサイル問題という,地域のみならず国際社会全体にとっての脅威に対する懸念というものが強まっています。地域の安全保障環境が厳しさを増している背景には,地域諸国による軍事力の近代化,そして海洋活動の活発化もあります。また,近隣諸国が領土を巡る問題を抱えています。そして,来たる2012年,中国,韓国,ロシア,つまり我々の近隣諸国で指導者交代の可能性があります。

 このように,「機会」と「リスク」に対処するために地域諸国の協力強化が一層重要となる中,私はこれまでアジア太平洋の要人と意見交換を重ねてまいりました。

 日米同盟は,日本の安全,外交・安全保障の基軸であると同時に,アジア太平洋地域のみならず,世界の平和と安定のための公共財であり,日本自身の復興と繁栄に向けて不可欠です。私は就任以来,日米外相会談等も通じ一貫してこの同盟の深化・発展に取り組んでまいりました。

 10月には,韓国を訪問し,重層的な関係を構築すべく様々な方と協議を行いました。また,中国では戦略的互恵関係の深化を図りました。ホノルルAPECでの日露外相会談では,アジア太平洋地域のパートナーとしてふさわしい関係を築いていきたいと伝えました。

 シンガポール,マレーシア及びインドネシア3か国の訪問では,インフラ整備への支援を始めとする協力関係を推し進め,EAS(東アジア首脳会議),日ASEAN首脳会議を視野に入れた連携の強化にも一定の成果を上げることができました。TPPについては,APEC首脳会議を前に,野田総理が,我が国として,TPP交渉参加に向けて関係国との協議に入るということを表明しました。

 また,就任直後に出張した国連総会では,原子力安全及び核セキュリティ,MDGs(ミレニアム開発目標),軍縮・不拡散などの会合で議長又は共同議長として議論をまとめました。また,野田政権として,南スーダンPKOへの人的貢献を行うなど,グローバルな課題についても取り組みを進めてきたところであります。

(2)ネットワーク外交

 〜開放的で多層的なネットワークと国際法に則ったルール創り〜

 国際環境やアジア太平洋地域の変化,さきほど申し上げたような状況に直面する中で,日本がアジア太平洋地域とともに豊かさを実現していくために取り組むべきことは,この地域の繁栄と安定を,日本が主体的に構築をする,そしてそのために積極的に貢献をすることであります。そのためには,「開放的で多層的なネットワーク」を創ることが必要だと考えています。

 日本には,これまでもこの地域の平和と繁栄に貢献するため,独自の構想力を発揮しながら努力を積み重ねてきた歴史があります。先月私はAPECの閣僚会議に出席しましたが,このAPEC創設の原点には,アジアと太平洋が結びつく地域協力を構築することで,この広大な地域全体の繁栄を目指した,先人達による日本独自の構想がありました。ASEAN諸国との対話にも,先人の知恵が活かされていると感じています。

 また,ご存じのとおり,先般我が国の戦略的なパートナーであるオーストラリアで,オバマ大統領は,米国の外交・安全保障上の優先順位を見直し,アジア太平洋地域にトップ・プライオリティを置く,そういう方針を表明いたしました。この米国の新しい表明は,これまでも,そしてこれからも一貫してアジア太平洋地域での日米協力を外交の柱の一つと位置づける日本にとって大変心強い方向性だと思います。今週末からの米国訪問でも,アジア太平洋地域における日米両国の連携について更に掘り下げた議論を行いたいと考えています。

 先ほど私は,アジア太平洋地域に民主主義的な価値に支えられた豊かで安定した秩序を形成すると申し上げましたけれども,アジアの一員として,アジア的価値観というものを有しつつ西洋的な価値観を柔軟に取り入れながら発展してきた日本だからこそ,果たせる役割があると思います。これは,対等な関係にある国と国が連携する中で作られていく秩序であり,アジア太平洋に存在する全ての国々が互いを尊重しながら,主体的に各々の意思でつながりを深めていくことで,作られていく秩序であります。そしてそれは,各国の置かれた固有の歴史的,政治・経済的発展の中で各国が主体的に考えていくべき性質のものであり,時間と忍耐を要するプロセスでもあります。そういったプロセスを追求する中でこそ,豊かな成長の果実がこの地域に生きる全ての人に行き渡るようになると考えております。年末に,私は,ミャンマー,タイ,カンボジアの三か国を訪問する予定ですが,特にミャンマーにおいては,日本は,更なる民主化・国民和解進展のため,ミャンマー政府の努力を支援していきます。

 では,先ほど申し上げた開放的で多層的なネットワークとは何なのかということです。

 第一に,「多層的」とは,二国間,三カ国間,多国間といった地域の対話の枠組みを機能的に結んで,多種多様な活動が行われる多国間協調のことです。例えばASEANは,統合に向けた拡大と深化を追求しつつ,日メコン協力,ASEAN+3,EASなど,域外国との対話も強化してきました。ASEAN地域フォーラム(ARF)もあわせれば,メンバーと活動内容はさらなる広がりを持ちます。また,経済関係の強化に加え,安全保障分野での協力が進んでいる豪州や,戦略的グローバル・パートナーシップを強化しつつあるインドとの連携も重要です。既に政府間では,日中韓,日米韓,日米豪といった対話の枠組みがあります。さらに日米印の対話も始まります。太平洋に目を転じれば太平洋・島サミットがあり,来年には沖縄で第6回の会合が開催されます。また,太平洋を取り囲む国・地域が地域経済統合を進めるAPECがあります。

 「ASEAN域内の連結性強化」も,地域のネットワーク創りに不可欠な取組の一つです。日ASEAN首脳会議で野田総理は,「陸の回廊」と「海の回廊」の整備や「ソフトインフラ」の整備を柱とする日本の支援内容を発表しました。全体の事業規模として約2兆円と見積もられる様々なプロジェクトを実現すれば,ASEAN諸国を行き交うヒト・モノ・資本の流れが円滑化し,この地域の潜在力が十二分に発揮されることが期待されます。

 第二に,このようなネットワークの基盤となり,かつ新たな秩序を支えることになるルール創りは,国際法に則ったものでなければなりません。私は,ここでも日本がその取組の先頭に立つべきであると考えています。これは,様々な分野で,共通の理念やルールを国際法と整合的な形で共有をすることにより,政治・経済・社会的なつながりを拡げていくというものです。我が国の提案に端を発する知的財産権に関する新しい枠組,いわゆるACTAや,先月のEASで採択された海洋等についての国際法の尊重を明記したEAS首脳宣言は,この一例だと思います。

 第三に,「開放的」なネットワークとは何かということでありますが,これは,地域全体の国々に広く開かれているということです。国家以外にも,民間企業やNGO,有識者など幅広い市民が参加する交流もその一部です。同じくASEANの例で申し上げれば,先般開催されたASEANビジネス投資サミットがその一例と言えます。このように全ての人々に開かれ,それぞれの個性が十二分に発揮されることが,アジア太平洋地域のネットワークの特徴です。そのために参加者にとって魅力的なものでなければなりません。

 ここで誤解を招かないように敢えて強調したい点があります。それは,アジア太平洋地域における開放的で多層的なネットワークを創るということは,中国の全面的な参加が不可欠であるということです。私の申し上げるネットワークは,決して中国を包囲したり排除したりするものではありません。むしろ,日中が一緒になって地域の平和と繁栄に努力していくことが重要です。私たちがEASなどで提案してきているアジア太平洋の公共財である海洋における協力は正にそういうものであり,海洋について対話・協力を進めていくことについて議論が進んでいます。

 中国の発展はチャンスです。共通の利益のために様々な課題に取り組もうとするものであり,日中が共有する「戦略的互恵(ウィンウィンの)関係」とも通じる考え方と言えます。先般の中国訪問では,日中両国は地域及び世界の課題に共に建設的に取り組むために関係を強化していくことということが重要であるとの認識を共有してきたところです。また,冒頭でも申し上げましたが,日本がアジア太平洋地域でネットワーク創りを主導するためには,日米同盟の深化が重要です。今後も日米同盟が日本外交の基軸であることは言うまでもありません。同時に,アジアの一員である日本が,アジアの主要国であり,我が国と一衣帯水の関係にある中国と手を携えて,アジア太平洋諸国と豊かで安定した秩序を形成していくことが重要であると認識しています。それによって初めて,米中両国を含む地域諸国が自らの意思で参加するネットワークとルール創りを主導し,アジア・太平洋地域に新たな秩序をもたらすことが可能となると思います。その意味で,現在日米中3か国の戦略的な対話と協調がこれまでになく重要な時代に差しかかっていると思います。私は,そのためにも,日米中の対話を立ち上げるべきであると考えています。この地域の平和と繁栄は,この3つの主要国が手を結び,協力することなくしては達成し得ないことは明白です。これが,日本がアジア太平洋地域及び世界に対して果たすべき役割であるし,このために日本は汗をかくべきであると思います。

(3)日本外交の方向性〜構想力と「逆転現象」〜

 ここまで,日本がどのようなネットワーク創りを重視しているのかということを申し上げました。ここで,話題を未来へと転じたいと思います。日本外交は,未来への投資として何を活用していくのかということです。2つのキーワードを挙げたいと思います。構想力と「逆転現象」です。

 実は日本は,これまでも構想力を活かして,さまざまな分野で独創的なイニシアティブを発揮しています。

 まず,人間の安全保障です。人間の安全保障は,世界に誇れる日本の構想力の一つだと思います。外務大臣になって国際場裏に出れば出るほど,この人間の安全保障という概念が光り輝いていると実感します。これは,貧困,感染症,環境破壊など多様な脅威に晒さられている人間一人ひとりに着目し,そして人々が恐怖や欠乏を免れ,尊厳をもって生きることができる国づくりを進めようとする考え方です。日本は国際社会における人間の安全保障についての議論を精力的にリードしてきました。こうした努力が実を結んで,昨年,国連総会で初めて人間の安全保障に関する公式討論が開催をされ,国連総会決議が採択されました。人間の安全保障の概念は着実に広まりつつあります。2015年にはミレニアム開発目標(MDGs)の達成期限を迎えます。新たな開発枠組みの策定においても,この概念を開発課題に対処するための指導理念に位置付けることを含め,日本の構想力を発揮していきます。

 私は,国家戦略担当大臣の頃より,戦略の本質とは「逆転現象」の時にこそ顕在化するということを申し上げてきました。外務大臣として働く中で,その思いは一層強くなっています。誰も体験したことのないような困難を他の誰にも先駆けて解決し,「課題解決のトップランナー」として世界の信頼を勝ち得る。日本にはその力があると信じています。そうした姿を世界に示すことで,日本の国際社会でのプレゼンスは,飛躍的に高まります。「逆転現象」を起こすためには構想力が必要であることは,言うまでもありません。

 「逆転現象」を起こすべき課題として,まず,被災地福島県の再生があります。私たちは,いつまでも下を向いているわけにはいきません。福島県にまいりますと,多くの県民は健康不安を訴えます。私は知事にも申し上げておりますが,あえて,20年後あるいは30年後に,癌の発生率が47都道府県中一番低い県にするという目標を立てたらどうかと。それは,例えばタバコも含めて,食べるもののチェック体制を全面的に展開することで可能になると思います。また,日本全体は脱原子力依存,つまり「減原発」ですが,福島県は脱原発を宣言したので,宣言した以上,再生可能エネルギーのトップランナーになるということです。そして,私自身も関わりましたが,再生可能エネルギー関連の政府の研究機関を,は{前3文字ママ}福島県に一定程度移転して,そこに産業集積をはかって雇用を確保することを考えたらどうかと言っております。そのような震災の影響を逆手に取って活性化につなげることが,ある意味で戦略の本質ではないかと思っています。

 世界のグリーン経済移行への基盤づくりもそうです。私自身,我が国の持つ世界最高水準の環境・エネルギー技術を強化し,グリーン・イノベーションを加速させるということは,エネルギー・環境会議の議長を務めた時から一貫して追求してきたテーマです。3.11を経験した日本は,2007年に作り上げたエネルギー基本計画を白紙から見直すこととしました。このエネルギー基本計画について,私なりのポイントを申し上げれば,やはり省エネルギーということになると思います。つまり,2007年のエネルギー基本計画と2030年のエネルギー基本計画は,例えば原発依存率ばかりが指摘されるが,私なりに考えると,このエネルギー基本計画の一番注目すべき点とは,2007年と2030年の総発電量を全く同じ値にしているということです。つまり,原発依存率だけで見るのではなく,2007年と2030年の比較で,2030年の総発電量を経済成長がありながらどれだけ抑えることができるかは,省エネルギー技術にかかっていると思います。長期的には,専門的になりますが,電池・エネルギーロス・材料に関する研究開発等が重要であると思います。これはどういう意味かといえば,電池はエネルギーをためることができる,エネルギーロスとは,ご存じの方も多いと思いますが,送電ロスだけで原発6基分になるという問題,触媒はものを軽くする技術,この3つの革命が出来ればいいのですが,そのためには,政府が率先して,平成24年度予算から研究開発投資を行うべきであると思います。民間企業は既存技術の改良には投資をしますが,次の時代の研究開発投資にはなかなか投資しにくいということであれば,やはり政府が率先して,そのような問題についてしっかり重点化していくことが必要だと思います。同時に,日本はアジアそして世界全体に対しても,既にさまざまな構想を打ち出しています。特に,東アジア低炭素パートナーシップ構想,そして二国間のオフセット・クレジット制度は国際社会から高く評価されています。私自身,こうしたヴィジョンについて,例えばインドネシアのマルティ外相を始め,様々な閣僚に会った時に詳しく説明し理解を求めてきたという3ヶ月でした。このことについては,EASの議長声明にも盛り込まれました。

 防災もある意味逆転現象かもしれません。タイなどでもあのような大きな洪水が起きたわけですけれども,やはり近年は,災害が激甚化する傾向にあるわけですので,我々がきちっと構想力を示していく。来年,被災地の東北で国際会議を開催したい。そして,国際協力での,防災を主流化させることを進めていきたいと考えております。この観点から,アジアでは,「ASEAN防災ネットワーク構築構想」を提唱しているということをご紹介したいと思います。

 TPPも,「逆転現象」を起こすべきテーマの一つだと思います。35年後,つまり2046年には,日本の人口は1億人を切ると言われています。残念ながら,人口統計だけは当たると言われているわけです。この1億人の内需というのはとても重要ですけれども,この内需だけで,果たして一定の成長,あるいは豊かさというものを,次の世代,更にはその次の世代に引き継ぐことが可能なのかどうかということを考えていかなければならないと思います。だとすれば,先程申し上げた,アジア太平洋には,70億人の内の40億人が集中している,この40億人の内需は日本の内需であると考えていかなければならないのではないか。日本はこれまで,近く発効予定のペルーを含めれば,13のFTAを締結しましたけれども,FTAを締結した国との貿易額が日本全体の貿易額に占める割合は,韓国の半分以下,カバー率が韓国の半分以下という状況にあります。今回,TPP交渉の参加に向けて関係国との協議に入るという方向性を日本が打ち出したことで,日中韓FTAも動き出す。そして,地域の経済連携にむけた機運はますます高まりつつあるということだろうと思います。日中韓の投資協定につきましては,年内に実質合意すべく現在努力しているところであります。TPPについては,私は外務大臣として,我が国の国益を最大限実現するために全力を尽くすことは当然であります。二国間FTAや研究段階の広域経済連携,WTOドーハラウンドといった取組も進めます。こうした交渉等においても,日本の国益,日本の主体性をしっかりと保ちながら外に打って出るということが,これまで以上に必要になると思います。

 一見外交とは関係ありませんが,少子高齢化,これも「逆転現象」を起こすべき課題だと思っています。日本は,少子高齢化とそれによる労働力人口の減少のただ中にあります。労働力減少は90年代半ばから始まったわけです。一方,アジアの多くの国々において少子高齢化が進行中です。労働力に寄与する人口の割合が中国及び韓国では2015年頃から減少する。中国は2013年という説もあります。韓国では日本を上回るスピードで減少するという見通しがあります。そのスピードが最も遅いインドとフィリピンでも2045年から2050年頃には減少に転じるという推計もあります。これらの問題といち早く向き合うこととなった日本が,構想力を発揮して少子高齢化を解決してみせる,解決できたトップランナーとなるということ自体が,世界に対する貢献だと確信しています。野田政権が進めている税と社会保障の一体改革構想は,世界にとっての課題解決のモデルとなり得る可能性を秘めていると思います。

(終わりに)

 最後になりますけれども,震災のときに,世界から賞賛されたのは,日本人の勤勉さであり,強靱さ,レジリアンスという表現を多くの外務大臣が使っていますけれども,そういったことだと思います。これに加えて,日本人は,上手に海外のものを取り入れる柔軟性があります。これまでも日本人は,先人から伝わる考え方,やり方,見方,といったものを大切にしながら,民主主義や法の支配といった普遍的な価値というものを吸収して,うまくアレンジして,さらに新しい技術や文化を創り出して,世界から高い評価を受けてきました。

 こうしたことに改めて「自信と誇り」を持って,多様な日本の魅力を海外に発信をしつつ,日本は最近の内向き傾向から脱却を図らなければならないと思います。本日お話ししてきましたように,アジア太平洋は多様性と可能性に富んだ地域です。それぞれの地域に根付いている文化,伝統,価値観というものを大事にしながら,「人づくり」などを通じて,普遍的な価値や最先端の技術を取り入れていくために息の長い親身な協力をすることは,日本ならではの国際貢献だと思います。日本はこうした取組を,各企業が率先して,そして政府としてはODAを通じて,地道に行ってまいりました。来年度の予算編成で,この14年間で約半減したODAを何とか反転できないかと考えています。もし反転できれば,内向き志向脱却の象徴になるのではないかと思い,実現するべく全力を尽くしたいと考えています。

 これまで,アジア太平洋地域の外交について申し上げてきました。また別の機会を設けて,グローバルな規模の問題にどう取り組むべきか,その中でODAや民間の様々なアクターを如何に動員していくかといった点について,企業やNGOとの一層の連携を含め,私の考えをお伝えしたいと思います。

 私はこれからもよりよい世界をつくるために前進し,現代の政治家,そして日本に課せられた使命として,豊かさを次世代に引き継ぐ,そのために頑張ってまいりたいと思います。皆様の御理解と御協力をぜひ賜りたくお願い申し上げたいと思います。

 本日は誠にありがとうございました。

(質疑応答)

【司会】

 日米中3国の戦略的対話を具体的にどういう具合にされるのか。

 それから,半減したODAを何とか反転攻勢,増やしたいということなのですけれども,民主党,政権の中にそう思ってくれる人がいないとだめですね。その点は一体,どういう具合に展望をお持ちなのか。

【大臣】

 日米中の対話については,トラック2,いわゆる有識者による日米中の対話というのは既にあります。また同時に,これもやや専門用語ですが,トラック1.5,つまりは民間有識者と政府関係者が入るような形での日米中の対話の枠組みが徐々にできつつあるというのが現状だと思います。

 現時点ですぐ立ち上がるという見通しが立っているわけではありません。私(大臣)はそうあるべきだと申し上げているということですが,やはり先ほど申し上げたような現状認識に立ったときに,あるいは将来展望に立ったときに,日米中の戦略的な安定性というものが非常に重要な時期に差しかかっているのではないかというのが私(大臣)の認識です。つまりは,日米同盟を一層深化させながら,日中がウィン・ウィン,互恵の関係を持ちながら,日中双方とも,互いに地域の課題,世界の課題で建設的な役割を果たしていく,日米中の戦略的な安定性というものを確保していく,そのために日本は役割を果たすべきであると考えておりまして,今度訪米するときも,クリントン国務長官にもこうした考えを伝えたいと考えているところです。

 そして,ODAの話でありますが,おっしゃるように,14年で約半減になりました。何とか,もう底を打って,来年度予算から少しでも増額をしたいというのが私(大臣)の強い意志でありまして,おっしゃるとおり,そのためには民主党の中で仲間づくりをしなければなりませんので,抜かりなくやっております。

【東京新聞】

 リスクを最小化して機会を増やすのは全く同感なのですけれども,恐らく最も大きいリスクをはらんでいる日中関係について,それをどのように具体的に努力されていくのか,2点お伺いしたいと思います。

 一つは,大臣自身が先月23日に訪中されたとき,大変建設的な対話をされたのですけれども,中国の艦艇6隻が我が国近海を通航する事件がありました。松本外務大臣のころから,何か日中関係で前向きな動きがあると必ずこういう海上実力部隊による挑発行動が繰り返されております。このことは今後も大変大きなリスクをはらんでいるので,中国側にどのように問いただして,どういう回答を得ているのか,教えていただきたい。

 二点目は野田総理の訪中日程ですが,当初,12月12日・13日の両日に予定されていたと聞いておりますが,13日は南京大虐殺の日として中国では大変記念行事が盛り上がり,反日機運が充満する日です。案の定,延期になりましたが,この日をあえて選んで訪中することについて外務省としてはどのようなねらいを込めていたのか。あるいは官邸にそのリスクについてどういう説明をされていたのか。

【大臣】

 私が訪中した際に,沖縄と宮古島の間を軍艦が通ったという話でありますが,これは一つは08年のころからの話です。それと,お互いにどれだけ連携が取れているのか。つまりは外交部といわゆる国防関係者,人民解放軍と,いうことだと思います。

 だからこそ先般も楊潔チ外相にも提起をしましたけれども,いわゆる海洋機関,これはさまざまな海洋機関があるわけですね。あらゆるレベルで,そういった海洋機関間の信頼醸成のための対話のプラットフォームを日本と中国の間で立ち上げようではないかということを私(大臣)の方から提起をしまして,そういった方向になっていけばよいと考えているところです。

 野田総理の訪中について,具体的なやり取りの詳細は申し上げられませんが,いずれにしても,中国側の要請に基づいて再調整ということになったわけです。これは再調整をした結果,野田総理の訪中結果によい影響を与えることはあっても,悪い影響を与えることはないと思います。

【司会】

 直接答えになっていませんね。なぜあえて,そういう時期を選んだのか。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」という話だったのか。余り質問者のことを忖度していない。

【大臣】

 これは外交の問題で,相手国のこともありますから,私は質問者の意図は忖度しておりますが,やはりこういう場で具体的なやり取りの詳細というのを申し上げるのは,差し控えた方が適当であると考えています。トータルで少なくとも最初の調整はそういうふうに行われたと。結果として,逆に言えば,しっかりとした意思疎通ができるようになっていると。再調整をすることも含めて,そう考えていただいた方がよいのではないかと思います。この間の経緯も見てもですね。

【日本経済新聞】

 「豊かさはアジア太平洋とともに」というお話は,言わば自明のことであって,さしたる新しさはないのですが,なぜ本日この時点でそういうメッセージを発せようと思ったのかということが一つです。

 もう一つは,先ほどのODAに関する質問のフォローアップのようなものですけれども,概算要求段階でテクニカルなことはよくわからないですけれども,復興枠とか何とか予防枠とかいうのを除くと,外務省はたしか8.2%減らしましたね。そうすると他方で,先ほどのご説明でもあったように,未来への構想で人間の安全保障が大事だと。これは根拠になるのがODAになるのだと思いますけれども,いささか言行不一致に響くと。反面から反転へというのも決意表明としては伺えるのですけれども,それは説得力があるのかどうか。もう一回ご説明ください。

【大臣】

 なぜこの時期にこういうスピーチをするのかということですが,ざっくばらんに申し上げると,この間,数々の講演依頼などをいただいたのですが,全部お断りをしてまいりました。

 こういう記者クラブのような広く開かれている,多くの者が関係する場で,これまでの取組みについて整理をする形で申し上げる。また,同時に今後についてもできるだけ整理をして申し上げるというのは,国会が終わったこの時期には,私(大臣)は適切な時期ではないかと考えたということです。

 それとODAは是非結果を見ていただけばと思っております。決意表明だけではないかというお話をいただきましたけれども,私(大臣)は言ったらやるという性格でありますので,何とか実現したいと思っています。

【司会】

 概算要求は大臣になられる前,前の大臣だったから。そういうことですか。

【大臣】

 現実,概算要求はそのとおりなのですけれども,ただ,前の大臣云々と言っても仕方ないので,ただ,テクニカルには私(大臣)も昨年,政調会長兼国家戦略担当大臣で予算編成そのものずばりを担当いたしましたが,やり方はありますので,要望枠とかいろいろな復活枠とかいろいろありますから,しっかりやっております。

【ムスリム・ワールド】

 9.11の後から,国際社会の反テロキャンペーンにパキスタンがどのぐらい犠牲を受けているか。最近米国の飛行機が入ってきて,24人の兵士が殺されてしまって,今,関係がすごく冷却化している。両国が今,問題になっている(ママ)から,お互いに直接話するのはちょっと難しいと思います。それで日本の努力とか役割はいかがでしょうか。

【大臣】

 ありがとうございます。パキスタンではそういう事故があったわけです。おっしゃるように対米関係,もっと言うと感情も含めて大変悪化しているというのが今の状況だと思います。特にパキスタンの場合は軍の力が現実に非常に強いという状況にあるということだと思います。

 これについて私(大臣)としても一定の手は打とうと実は思っておりまして,ただ,今の段階で発表というか,申し上げるわけにはいかないのですが,米国との関係ということもやや含めながら,年内に考えたいと思っていることがあります。どこまで仲介の労をとれるかどうかということはありますが,いずれにしてもアフガンの問題がありますので,このアフガニスタン支援をしっかり進めていく上でも,パキスタンとの関係というのは大事であると思います。アフガンの話は特にご存じのように3万3,000人の米軍が撤退をするということがあるものですから。ボン会議もありました。来年は東京でたしか7月だったと思いますが,アフガンの会議を日本がある意味主導して開くということがありますので,米軍撤退後の状況も踏まえながら,あるいは想定しながら,どういう形で支援していけるのかということについて議論をリードしたいと考えております。

【日本農業新聞】

 TPPの関連ですが,これは経産,農水もありますけれども,やはりこれはどう見ても米国主導の対中包囲網と映るのも当然というように思っております。それで,先ほど玄葉大臣はいろいろバランスをとるのだというお話でインドまで入ったASEANプラス6,私はこれの方がよほど現実的で成長が取り込めると思うのですけれども,その辺のバランスをお尋ねしたいのが一つ。TPPとASEANプラス6です。

 それともう一つ,18日から大臣は訪米なさいますけれども,巷間言われている牛肉,郵政,自動車,BSE問題,この辺をどの程度までそれでやるのか。その辺もちょっと外交機密があるのでしょうけれども,お尋ねしたい。

【フジテレビ】

 日米中の対話を呼びかけられたわけなのですが,先ほどのお話はちょっとわからなかったのですが,具体的にこれは事務方でどの程度積み上がっているかということは別にして,大臣のお考えとして,いつからどのようなレベルでお始めになりたいのかということと,定例的な会合の場というようなことを想定されているのかどうか。そして,総理がこれは25,26で決まりなのでしょうか,これもお伺いしたいのですけれども,その25,26の訪中で中国側に要請をされるというような場面があるのでしょうか。

【大臣】

 TPPと日中韓あるいはASEANプラス3あるいはプラス6とのバランスという話ですが,一言で申し上げると,先ほども若干触れましたが,TPPに対して,参加するための協議に入ると言ったこともあり,日中韓FTAというものが本格的に動き始めようとしているという状況ではないか。

 ただ,ちなみにASEANプラス6というのは,まだ研究段階だと理解をしていただければと。日中韓FTAの方は,例えばまず投資協定を年内に結ぶというのは実は大きくて,ブラックボックスの開示要求みたいなものが,例えば,あるわけです。そういったものに対して,そういうことをしないというような約束をしてくれる,そういうことが仮にあればやはり大きな進展なのです。

 TPPに若干戻って申し上げると,さまざまな意義があるだろうと思います。先ほど,総論的なことを申し上げましたが,経済的な面のみならず,やはり外交安全保障上の意義もあるだろうと。それはすなわちやや繰り返しになりますが,米国がこのアジア太平洋にコミットするという問題と,ASEANとか,インド,オーストラリアなどと重層的な関係を築くという問題。そしてもう一つは,中国と若干時間がかかっても,高いレベルの経済連携に関与と言うか,慫慂するというか,そういうことにつながるだろうと私(大臣)は考えておりましたが,そのとおりになってきていると思いますし,それは米国にとっても,中国にとっても,当然もとより日本にとっても,よいことであると考えておりますので,農業などについて,私(大臣)自身も被災地の出身でありますし,農村地域を選挙区にずっと抱えて18年間国会議員をしてきた者でありますので,十二分にさまざまなことを考えております。

 ただ,基本的にこれは交渉参加するまでに,まずは同意を得ていかなければいけないプロセスがあるということを,さまざまな意味で理解していただきたいと思うのです。よく勝ち取るべきは勝ち取り,守るべきは守る,と。そのとおりだと思います。それは,交渉で勝ち取るべきものは勝ち取り,守るべきは守るというのが本来です。でもその前の,事前の二国間協議でそういうこともあるかもしれない。それが,後の質問の牛肉であり,あるいは郵政であり,自動車であるということだろうと思います。

 それについては,事前の協議の対象になるかどうかはまだわかりません。でもなる可能性はあります。ただ,牛肉の特にBSEの問題については,あくまで10年経ったので,科学的な知見で動かし始めたということです。

 そして,自動車,郵政,可能性はあります。可能性はありますがも,{前3文字ママ}基本的に事前の協議で解決されるべきものが一つ。TPP交渉に持ち越されるものが二つ目。TPP交渉をしながら,別途二国間協議が行われるもの,つまりは,TPP交渉に行かずに,あくまで二国間協議で継続して行うべきもの。恐らくそういう三つぐらいのジャンルに分かれてくるのだろうと私(大臣)自身は見通しを立てているということだけ申し上げたいと思います。

 日米中,もっと具体的なレベルはどこを考えているのかという話でありますけれども,率直に申し上げると,まずはやはり高級事務レベルというか,そこから始まるのがいいと思います。そして,できるのであれば外相レベルに持っていきたいというのが,私(大臣)の今の考え方です。

【フジテレビ】

 それはいつぐらいの話になりますか。

【大臣】

 それはまだ先ですね。それは,そういうふうになったらいいと思います。ただ,先ほど申し上げましたけれども,やはり言ったらやるという立場で言うと,単なる決意表明でもだめなので,まずはやはり高級事務レベルで,そういった対話の枠組みをつくっていく。その次には,やはり外相レベルということではないかと思っています。

【司会】

 私が先ほど概算要求について前だと言いましたが,どうも違うようですね。野田政権,その大臣の下ですから。ただ,それはちょっと時間がありませんから,誠に申し訳ありませんが,後の時間があるようですので,ここで打ち切らせていただきます。