データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 我が国のグローバルな課題への取り組み〜「フルキャスト・ディプロマシー」の展開と協力フロンティアの拡大〜

[場所] 政策研究大学院大学
[年月日] 2012年2月28日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

1.はじめに

 外務大臣の玄葉光一郎です。本日,ここ政策研究大学院大学でこうした機会に恵まれたことを,大変うれしく思います。ここにいらっしゃる皆様とこれからの外交について共に考えていきたいと考えます。

 私は外務大臣就任以来,結果重視で成果を出していくという意味での「実のある外交」を展開すると申し上げてまいりました。昨年12月に,日本記者クラブにて,アジア太平洋地域に重点を置いて行った政策スピーチも,このような考えのもとに,日本の豊かさを実現するための外交についてお話をしたものです。一言で言えば,日本の国益の最大化のために,アジア太平洋地域に民主主義といった価値に支えられた,豊かで安定した秩序を形成することが必要であり,そのために,この地域のリスクを最小化し,成長の機会を最大化すること,地域の公共財である日米同盟の深化・発展を基礎としつつ,この地域に開放的で多層的なネットワークを創り上げていくことが必要であること,同時に,中国をはじめとする地域各国との協力を深めながら,「ネットワーク外交」を強化していく必要がある,という考えをお伝えしました。

 我が国をとりまく安全保障環境は厳しさを増しています。我が国自身の主体的な防衛力整備の努力に加え,日米同盟を我が国の外交・安全保障の基軸として,地域の安定と繁栄のために取り組んでいくことが不可欠です。そして,その取組において不可欠な在日米軍が,この地域で安定的にその役割を果たしていくことを我が国として支えていくことが必要です。その観点からも,沖縄の負担軽減を着実に一つ一つ進めていくことが重要です。このような中,今般,皆様ご承知のとおり,在沖縄海兵隊のグアム移転及びその結果生ずる嘉手納以南の土地の返還を普天間飛行場の移設の進展から切り離すことについて,米国と正式に協議を始めたところです。昨日と本日,審議官級の協議が行われ,今丁度終わった頃ではないかと思います。協議に先立ち,私から担当者に対し,今回の米軍の再編が特に我が国の安全保障にどのように資するのか,アジア太平洋の抑止力との関係がどうなるのか主体的に議論するよう指示をしたところです。米国と精力的に協議を行い,地域における抑止力を確保しつつ,沖縄の負担軽減を早期に実現する結果を出していきたいと考えています。さらに安全保障環境が変わる中,地域及びグローバルな課題についてどのように日米で役割を分担していくのか,このことについて大局的観点から不断に検討していかなければならないと考えているところです。

 さて,本日は,我が国のグローバルな課題への取り組みというテーマでお話ししたいと思います。そして,日本の繁栄にとって不可欠な平和で繁栄した世界を構築するためには,日本としてその総力を結集する必要があること,そして,国際協力の舞台が,新たな空間に広がっていることをお伝えしたいと思います。

 まず,総力の結集の必要性についてです。国益を最大化していくためには,自国の利益だけを追求するのではなく,世界全体の利益を実現していかなければなりません。そのためには,それぞれの国が役割を果たしていく必要がありますが,中でも新興国は,近年の急速な経済成長を背景に存在感を増していて,世界の課題の解決のために共に取り組んでいくべきパートナーだと考えます。私自身,1月にトルコやサウジアラビア等を訪問しましたが,このような新たなパートナーとの協力も視野に入れつつ,日本として,資金力や構想力など,ハード,ソフト両面の力を総合的に最大限に活用し,国際的な課題の解決に貢献していく必要があります。そして,政府のみならず,地方自治体,大企業,中小企業やNGOの参加も得て,総力を挙げた外交を展開していくべきだと考えています。

 次に,“新しい空間”についてです。今日,科学技術の進歩によって人類の活動領域が拡大した結果として,海洋,宇宙,サイバーといった新しい空間での国際協力が求められています。これらの空間における取組は,外交上のいわば“新たな挑戦”であると言えます。

2.グローバルな協力の重点分野

 以上のような考えを踏まえ,国際協力の分野で我が国が重視する取組を4つ挙げたいと思います。

(1)人間一人ひとりが力を発揮できる国際社会に向けて(人間の安全保障)

 1つ目は『人間の安全保障』です。我々日本人は,古来より人間一人ひとりを大切にし,人間一人ひとりに光を当てる価値観を大切にしてきました。その意味において,国民皆保険や義務教育は日本の誇るべき業績ではないかと考えます。

 個人の生命と尊厳を守り,一人ひとりの能力を開花させることによってこそ,その国と社会を発展させることができるという「人間の安全保障」の概念は,我が国が外交の柱として国際社会に呼びかけてきたものです。2010年には人間の安全保障に関する国連総会決議が出されるなど,近年,国際社会における基本理念として広く認識が深まってきました。これこそまさに日本の構想力が活かされた良い例といえます。

 今日は,ミャンマーの大使もご出席と聞いていますが,こうした人間の安全保障の1つの実践例として,我が国が続けてきたミャンマーに対する支援が挙げられます。現在,防災や保健分野で50億円規模の支援を準備しています。今後も,NGOとも連携して保健,教育等の民生分野や,少数民族も恩恵を受けることができるような支援を推進します。

 昨年12月にミャンマーを訪問し,現在進行している民主化や国民和解に向けた動きが本物であるというのが私の実感です。その後も多くの政治犯が釈放され,少数民族との停戦合意が精力的に進められるなど,前向きな動きが急速に進展しています。4月1日の補欠選挙が自由かつ公正に実施されるよう強く期待しています。

 このようなミャンマーにおける前向きな動きを更に加速させるためには,本格的なインフラ整備が不可欠です。そのためには,借款の再開が必要であり,国際社会に対してミャンマーが有している延滞債務問題の解決に向けた全体的な道筋をつけなければなりません。日本は,ミャンマーの持続的発展と民主化,国民和解の進展のために,国際社会において主導的な役割を果たしていく考えです。

 我が国は,本年4月21日に,東京で日メコン首脳会議を予定しており,こうした問題についてテイン・セイン大統領と話し合う良い機会となるのではないかと思っています。円借款を含む本格的な支援の再開に向けて,こうしたタイミングも念頭に,ミャンマーに対する現行の援助方針の見直しの検討を指示したところです。

(2)世界の災害への抵抗力強化(強靱な社会づくり)

 さて,昨年3月11日の東日本大震災を経験し,我が国は防災の重要性を改めて深く認識させられることとなりました。我が国には自然災害と戦い,克服してきた長い歴史が存在します。一方で,世界では自然災害が近年ますます深刻化しています。被災者は一年間で2億人にも上り,被災死亡者の約9割が途上国に集中しているといいます。昨年のタイの洪水被害に見られるように,成長著しい新興国も自然災害から免れるわけではありません。日本だからこそできる支援の2つ目の分野として,世界の災害への抵抗力強化,すなわち「強靱な社会づくり」を挙げたいと思います。

 この分野での国際協力を強化するため,今年の夏,国際会議を被災地の東北で主催し,我が国の経験と知見を世界と共有します。その成果を踏まえ,2015年の第3回国連防災世界会議を日本に招致し,国際協力における防災の主流化を目指して議論をリードしていく考えです。

(3)紛争からの脱却への支援(平和構築のための人づくり・国づくり)

 3つ目は,平和構築のための人づくり・国づくりです。紛争後の途上国においては,停戦監視にとどまらず,法の支配や民主主義の定着など政府の統治能力向上,さらには人々を紛争に後戻りさせないための経済社会的インフラの構築が欠かせません。近年の国連平和維持活動(PKO)でも長期的な平和構築は重要な任務となっています。日本はこれまでODAを通じた人づくり・国づくりに力を入れてきましたけれども,今後は,国連PKOへの協力を通じた国づくりにも,より積極的な役割を果たしていかなければならないと考えています。そのため,東祥三議員が当時(内閣府)副大臣の時に座長として取りまとめた「PKOの在り方に関する懇談会」で整理された課題を基礎として,我が国の協力の在り方や法改正の要否について関係府省庁間で検討を進めているところです。

 私が力を入れて取り組んでいる2つの国を挙げます。

 まず南スーダンです。防衛省とも協力し,国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)への自衛隊施設部隊の派遣を実現しました。派遣される自衛隊の活動とODA 事業との連携を推進しつつ,インフラなどを整備し,南スーダン及び周辺国の持続的な経済発展に寄与していきたいと考えています。

 次にアフガニスタンです。我が国は,アフガニスタンを再びテロの温床とさせないため,国際社会と協力しつつ,治安,再統合,開発の3つを柱として,アフガニスタン主導の国づくりに対して支援を実施しています。これまで,約6万人の元兵士の社会への再統合,のべ70万人以上の生徒の学習支援の他,国内の幹線道路のべ700kmの建設支援を行ってきました。

 私自身,この1月にカブールを訪問いたしました時に,カルザイ大統領と特に7月に東京で開催される予定のアフガニスタンに関する閣僚級会合について議論しました。7月の会合では,開発プログラムの優先順位付けをしっかりと行い,その上で国際社会による支援,アフガニスタンと周辺国間の地域経済協力をテーマに,議論を主導したいと考えています。

(4)世界全体のグリーン成長促進(グリーン経済・低炭素社会への移行のためのルールづくり)

 我が国が重視する取組の4つ目として,世界全体の「グリーン成長促進」を挙げたいと思います。特に今年は,6月に国連の「リオ+20」会議が開催され,気候変動のポスト京都議定書に向けた交渉が始まる年です。政府と企業との連携を強化し,国際社会におけるグリーン・イノベーションを日本が主導していきたいと考えます。具体的には,昨年末に南アフリカのダーバンで開催されたCOP17の機会に我が国が発表した「世界低炭素成長ビジョン」に基づき,低炭素社会への移行支援,新たな市場メカニズムの構築に向けて,経済規模の拡大を続ける新興国やこれから発展していく途上国との連携を更に進めます。

 この観点から,日本は,ポスト京都議定書の交渉を補完する形で地域協力も進めていきます。特に,東アジアでは,その具体化の取組の一環として,「東アジア低炭素成長パートナーシップ」の実現を目指し,4月には東京で国際会議を開催する予定です。この会議では,各国の低炭素成長に向けた具体的な協力のあり方,政府,企業あるいは研究機関の間の国境を越えた柔軟なネットワーク形成の方向性等について議論を行う予定です。

 また,二国間の取組としては,日本が省エネ技術を提供することによって削減された温室効果ガスを,自国の貢献分にカウントするといういわゆる「二国間オフセットクレジット制度」の導入を進めるべく,インドネシアなどの新興国をはじめ,関係各国と協議を推進します。この取組を通じ,技術提供先での環境改善,そして日本企業の環境ビジネスの海外展開という,いわばウィン・ウィン関係を強化することにも繋げたいと思います。

(5)TICADV

 今述べてきたような日本の取り組みを,世界と協力して包括的に実践する場となるのが,来年6月に横浜で開催される予定の第5回アフリカ開発会議(TICADV)です。日本は,主要ドナーが「援助疲れ」といわれる状況に陥っていた1993年にTICADのプロセスを立ち上げました。アフリカの開発でリーダーシップを発揮し,近年のアフリカ各国の経済的活況の素地を作ったのではないかと考えています。国会の了解が得られれば,私自身,5月にモロッコで開催されるTICADフォローアップ閣僚級会合に出席したいと考えます。

 アフリカはレアアースや石油といった天然資源に恵まれ,近年,その経済成長率は年平均5.5%と,アジアに次ぐ経済フロンティアとして,日本企業の関心も再び高まりを見せています。例えば,GNPでサブサハラ・アフリカ全体の約3割を占める南アフリカに対しては,日本からの工業製品の輸出額が2010年には前年の1.5倍になるなど,市場としての魅力が高まりつつあります。このように成長著しいアフリカ大陸における国際協力は,日本自身にとっても大きなチャンスであり,日本の持てる力を最大限活用して取り組まねばなりません。 

 その一方で,アフリカの成長の光が届かない多くの人々が残されている現実もあります。アフリカの一層の成長がより多くの人々に行き渡る形で実現するよう,次のTICADで,今日いらっしゃっている企業やNGOなどの方々と連携し,日本らしい知恵と熱意を得て取り組みたいと考えます。アフリカの成長に一層の弾みをつけることができれば,アフリカの我が国に対する信頼を更に強固なものとし,アフリカの成長を我が国の成長につなげていくことができるはずです。

3.日本の総力を結集させた国際協力

 ここまで述べた国際協力を進めていくには,日本の総力を結集させなければなりません。そして,その手段として,財政的な裏付けと担い手の両面を強化したいという風に思います。

(1)資金

 まず財政的な裏付けについてですが,これはODAが中心的財源であります。私は外務大臣就任後,日本が「内向き傾向」を脱却する一つの象徴が,ODA予算の反転であると,実はずっと言ってまいりました。結果は,平成24年度の外務省ODA当初予算では無償資金協力予算の増額などにより,今まで(政府ODA予算は)14年で半減していたという中で,ODA予算の反転端緒を開くことができたのではないかという風に考えております。

 同時に,厳しい予算状況の中で様々な基金や投資といった民間資金の活用も図ってきました。ご存知の方も多いかもしれませんけれども,例えば,日本政府はパキスタンにおいて,円借款とゲイツ財団の資金を組み合わせ活用したポリオ撲滅事業という画期的な資金活用を始めたところです。これはいわば,パキスタンで成果が出た分だけ,返済はゲイツ財団が行うという,そういう仕組みを作り上げたということであります。

(2)担い手

 冒頭でも述べたとおり,今日のグローバルな課題を解決するためには,我が国のあらゆる分野,様々な担い手の力の結集が不可欠です。政府,地方自治体,NGO,中小企業,個人などが連帯して国際協力を行うことによって,日本の強みが一層発揮されるのだという風に考えます。日本の様々な主体がそれぞれの立場から国際協力に貢献をしていく,いわば,日本語で言うと「オールキャスト」なのかもしれませんが,「フルキャスト・ディプロマシー」ともいうべき全員参加型の外交が求められてきていると考えます。

 この点,私は楽観しています。日本人はもともと,いかなる国の人々にも負けないすばらしいハートと能力があるという風に思っています。

 トルコで発生した地震の支援に赴いたNGOの方で,活動中同僚と共に被災したにも拘わらず,治療後またトルコに戻り活動を続け,トルコ国民から「支援の天使」と呼ばれている日本人女性がいらっしゃいます。私がアフガニスタンを訪問した際には,日本のNGO出身の専門家の方が,極めて過酷な環境の下で,現地の公衆衛生の改善に汗を流しておられる姿を目の当たりにし,改めて感銘を受けました。

 東日本大震災に際しては,多くの国民がボランティアとして東北に向かいました。人々を支援に立ち上がらせたこの精神は,少しでも困っている方がいれば人の役に立ちたい,そういった人たちの役に立てれば嬉しい,こういう,いわば,「日本人の美徳」が背景にあると思っています。江戸時代に日本中に広く普及した寺子屋は,ご存知でしょうか,今の中学校の数より多くありました。現代の日本の中学校の数よりも多くあるという意味は,当時の江戸時代の人口がどれぐらいかということを想像すれば,どれだけたくさんの寺子屋があったかということに少し驚かれるのではないかと思います。これは税金で作られたものではありません。それぞれの地域の僧侶や名士の方などが近くの子弟を集めて,まさに教育をしたわけです。そういう,いわば市民が公共活動の積極的な担い手となった良い例ではないかということです。そういう長い伝統もあるのです。

 「滅私奉公」という言葉が古くから日本にはありますけれども,私はこれまでも,「私」を滅して「公」に奉ること,私は,それはそれで否定いたしませんけれども,これからの時代は「活私豊公」だと言っております。「活私豊公」というのは,活用する「私」,豊かにする「公」の「活私豊公」で,「私」の得意分野を活用して「公」を豊かにしていくという時代だということを,5,6年,私は訴えてきました。

 こうした発想もありまして,偶然もありますが,私は内閣府特命担当大臣としてNPO法人制度改革を担当いたしました。今日NGOの方がたくさんいらっしゃると思いますので,すべてご存じのとおり,認定基準の大改革を行いました。1人三千円の寄付を百人から集めれば認定NPOとなれることとし,認定NPOとなれるとはどういうことかと言えば,いわゆる税の優遇措置を受けることができるということです。これは非常に大きな改革だと私は思っておりまして,優遇税制を適用できることにしたことに加えて,所得控除のみならず,税額控除を認めるという大改革を行いました。これは日本の寄付文化を根本的に変えることになるのではないかという風に思っています。こうした改革が今後,国際協力の分野でのオールジャパンの取り組みに大いに役立っていくことを望んでいます。

(イ)NGOとの連携強化

 このような国内制度改革に加え,近年外務省も,世界各地で活躍する国際協力NGOを,日本の顔が見える援助を行う上で不可欠なパートナーとして特に重視し,NGOの方々と定期的な協議を重ね連携を大幅に強化してきたところです。その中で,NGOの更なる活躍のため,残る課題として二つあるのではないかと思います。一つ目は,NGOの専門性と組織力の向上に対する支援の強化,二つ目は,NGOの自律的成長のため自ら寄付金を募る能力向上です。

 この課題への取り組みとして,3つの施策をとりたいと考えています。

 まず,NGO自身の組織・体制への支援強化を目的とした予算を新たに5億円確保しました。これは,NGOの管理運営費への支出を大幅に拡大するものです。平成21年度に29億円であったNGO関連の予算は,平成24年度には55億円となります。

 次に,NGOや国際機関をはじめとする開発分野で,国際的に活躍する人材の育成を目的として,ここ政策研究大学院大学と外務省が協力し,この1月から博士課程の強化プログラムを開始しました。

 こうした人材育成に向けた取り組みには, 経団連からもご賛同をいただき,企業からの寄付金約7億円を原資として,奨学金制度が創設される予定と承知しております。

 さらに,国際協力に関わるNGOの財政基盤を強化するために外務省が積極的にお手伝いをしたいという風に考えています。JICA及びNGOと連携して「国際協力NGOへの募金支援キャンペーン」を展開しようと考えております。国際協力に限りませんが,米国で1年間に集まる寄付金の総額は約24兆円,片や日本では約1兆円です。先ほど申し上げた制度改革は必ず効果を発揮すると思いますけれども,さらに日本の寄付文化を変えるために,国際協力NGOとも相談しながら,外務省のリソースを総動員したいと考えています。

(ロ)中小企業との連携強化

 NGOと並んで重視しているのは企業です。日本の高い技術力は企業の知恵と工夫とたゆまぬ努力の結晶であることは言うまでもありませんが,個々の中小企業は優れた技術を持ちながら,多くの場合,知名度の低さや,海外進出のための資金と人的資源の制約から,グローバル市場への進出が難しいということが多々ございます。

 このため,外務省として,ODAを活用して特に中小企業の技術と途上国市場のニーズとのマッチングを進めることと致しました。途上国の様々な産業の裾野を広げていくことは,投資の受け入れ環境を向上させ,より確かな経済発展につながります。これについても,まさにウィン・ウィン関係を構築したいという風に思っています。

 また,この実施のために,中小企業支援のためのタスクフォースを省内に立ち上げるよう指示したところです。

(ハ)地方自治体との連携

 国際協力の担い手として,地方自治体の役割も見逃せません。近年では,多くの地方自治体が国際協力に積極的に携わり,国際社会から高い評価を得ています。今や地方は,従来の友好親善交流に加えて,地域の産業や技術を海外と共有し,観光資源・物産等の多様な魅力を世界に広めるための交流を積極的に展開しています。このように,地方自治体は外交活動の中で重要な役割を担っています。

 一例を挙げれば,毎年多くの地方自治体が,JICAの草の根技術協力事業や研修事業を活用して,公衆衛生,環境保全,医療・保健,教育,防災等の分野で,途上国・新興国からの技術研修員を受け入れ,その地方の強みを活かして世界の人材育成に力を貸して下さっています。

4.国際協力における「新たな空間」

 さて,世界は新しい課題に直面しております。課題解決先進国として我々は常に将来を見据えておかなければなりません。

 この点から,私が特に重視しているのが,今まさに国際社会の新たな挑戦となりつつある,海洋,宇宙空間,サイバー空間といった新たな空間における取組であります。私は,こうした新たな空間においてこそ,日本が一歩先を見据えて課題解決の先頭に立つべきだと考えます。

 海洋の重要性については言うまでもありません。日本は海洋国家です。我々の繁栄は海洋の存在なくしてはありえません。同時に,海洋はアジア太平洋地域の公共財であり,この地域の成長にも密接に関連しています。私は,就任以来,海洋分野での外交努力を重視してきました。昨年11月の東アジアサミット(EAS)では,我が国から,海洋に関する基本的なルールの確認,海洋における協力を推進するための議論の促進を提案し,関係国の理解を得ました。現在,本年のASEAN海洋フォーラム(AMF)の機会に,広くEAS参加国を招いた形での会合が開催され有意義な議論ができるよう,関係国と調整を進めているところです。

 このような我が国の安全保障上も重要な課題の推進に当たって,ODAなどを一層戦略的に活用していく方針です。具体的には,シーレーンの安全確保,テロ・海賊対策のための巡視艇の供与を含む沿岸途上国の海上保安能力向上などがこれにあたります。先頃行われた防衛装備品等の海外移転に関する新たな基準の策定も,こうした取り組みに資するものと考えます。

 新たな空間の2つ目は宇宙空間です。最近の宇宙は大変混雑をしていて,スペースデブリや衛星破壊などというニュースも皆様よく耳にするようになったかと思いますが,この宇宙空間が持つ外交・安全保障上の意味は近年ますます大きくなっています。今後の宇宙外交の柱は3つあります。1つ目の柱は,国際的規範づくりの促進です。具体的には,先般私が表明したとおり国際的な行動規範の議論に米国,EU,豪と連携しつつ積極的に参加します。また,私もかつて宇宙開発担当大臣を務めておりましたが,国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)においては,堀川JAXA技術参与が本年6月から議長に就任する予定でございまして,宇宙活動の長期的持続性のためのガイドライン作りに向けた議論に積極的に参画していきます。2つ目の柱は,宇宙をめぐる国際協力です。この分野では,特に新興国に対して,防災,気候変動といったグローバルな課題への貢献を,開発の視点からODAを用いて積極的に行っていきたいと思います。また,日米間でも民生・商用における協力を促進すべく,宇宙枠組み協定締結に向けた交渉を開始したところです。これは昨年9月の米国のクリントン国務長官との会談で交渉開始をすることで一致をしたものであります。3つ目の柱は,安全保障政策の一環としての宇宙政策の推進です。日米間では,宇宙状況監視,測位衛星システム,宇宙を利用した海洋監視,デュアルユースセンサーの活用等,安全保障分野について米国との協議を一層進めていきます。今般,政府内の宇宙政策推進体制の見直しが行われる予定ですが,外務省としても積極的な役割を果たします。そのために,近く省内に「宇宙外交推進室」を設置します。

 もうひとつの「新たな空間」であるサイバー空間については,特にサイバー・セキュリティの強化のため,スピード感をもって政策を進めていくことが求められています。国際的なルールづくり,サイバー犯罪の取締り,経済・社会的発展に資するサイバー空間の実現のためには,国境を越えた協力が重要です。日本は国連の政府専門家会合(GGE)のメンバーとなっており,外務省内に最近設置した大使級のサイバー政策タスクフォースを用いて,各国との協力・連携を積極的に進めていきます。

5.終わりに

 本日は,日本の目指すグローバルな国際協力について,私の考えを一定程度まとめてお話しさせていただきました。私は各国のリーダー達と会談する中で,やはり,日本は世界の国々から信頼されているということを率直に感じます。この信頼は,日本人の一人ひとりが地道に培ってきたものではないかという風に思います。統計によれば,日本人は実に7割近くの人がとにかく社会のために役立ちたいと思っているそうです。こうした,裏表のない誠実な姿勢が,外国で評価されているのだと思います。こうした日本人の後押しを続けていきたいという風に思います。

 最後に,NGOや地方自治体,中小企業を含む企業の経営者の方々,メディアや学会,有識者の方々など,あらゆる方々に対して,まさに皆様こそこれからのグローバル人材であり,皆様のお力をもっともっと頂きたいということを改めて申し上げたいと思います。様々な主体が協力,連携して相乗効果を産み出していくこと,これを「フルキャスト・ディプロマシー」という風に呼んでおりますけれども,そういう「フルキャスト・ディプロマシー」とは,国民の皆様のご理解とご支持のもとに進める外交の1つの形でもあろうかと思います。本日申し上げたような努力を,今後とも積み重ねていきたいと考えております。

 なお,パブリック・ディプロマシーの重要性については,次の機会にお話ししたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。

質疑応答1

(質問:カンボジア大使館員)

 大変興味深いスピーチをありがとうございました。大臣は冒頭で普天間基地の問題に触れられました。野田総理は沖縄を訪問されたが,満足いく結果が得られたようには見られません。読売新聞によれば,野田総理は桜が咲いているころに訪米したい由だが,総理の訪米における期待される成果とテーマ,普天間基地移設問題の見通しなどについてお聞かせいただきたい。

(回答:玄葉外務大臣)

 先ほど在沖縄海兵隊のグアム移転,嘉手納基地以南の返還,普天間飛行場の移設の問題を切り離して,できるところからやっていくという話をしました。現状は,こう着状態にあったわけです。日本は沖縄で困難な事情があり,米国は対議会の関係で困難な状況にあり,それでは互いに知恵を出そうではないかということで今回の協議のきっかけになったと考えています。

 今,沖縄の皆様に日本国は安全保障に関してかなりの負担を強いています。ですから,沖縄の負担軽減を先行させていく,嘉手納基地以南の土地の返還を進めることは,沖縄の皆様にとっても大切だと思います。これまでも日米地位協定の改定も二度にわたって行ってきた。このように,一つ一つ,実績を積み重ねて必要があると考えています。

 代替の土地のあてもなく,県外への移転を進めるという話になると,安全保障上,隙を与えるし,周辺諸国に誤ったメッセージを与えることになるので,できるところから進めることが重要だと考えています。もちろん,普天間基地の固定化はあってはならず,一つ一つ努力を積み重ねていくということに尽きると思います。

 現在行われている協議では,我が国の安全保障,アジア・太平洋全体の安全保障にどう資するのか,という点について,主体的に日米間で議論を行っている状況です。

 総理の訪米については,日程も固まっておらず,具体的なことは申し上げられませんが,日米同盟は公共財であるといってきています。ハード面のみでなくソフト面を含め,日米の役割,責任の分担,日米同盟を考えていく必要があると考えています。

質疑応答2

(質問:国際協力NGOセンター(JANIC)理事長 大橋正明氏)

 先ほど大臣は4つの日本の国際協力のポイントとして,人間の安全保障,災害,平和構築,グリーン成長とおっしゃったが,NGOの多くは貧困,格差の拡大という問題に対して比較的敏感に動いているところ,もちろん人間の安全保障の一環とも言えるかもしれませんが,やはり,これを明示的に日本の国際協力の柱として示していただいたほうが,私ども(NGO側)としては,この分野で協力をさせていただくということがよりはっきりみえると思うがご再考いただけないか。

(回答:玄葉外務大臣)

 結論から申し上げれば,私(玄葉大臣)は,貧困や格差という話はまさに人間の安全保障の本質の一つであり,ある意味人間の安全保障そのものだという風に思います。先ほどミャンマーの話をしましたけれども,先般アウンサンスーチー氏ともお会いして,じっくりと話し合いをしましたけれども,彼女(スーチー氏)が特に強調していたのは,少数民族あるいは貧困層に属する方々への裨益ということでした。私(玄葉大臣)からは,そのことこそが,日本がまさに外交の柱として打ち出してきた,一人ひとりの尊厳を大切にするという価値観から生まれた人間の安全保障そのものであると伝えました。したがって先ほど申し上げましたように,ミャンマーにつきましては,第二弾である円借款の再開に踏み込みますけれども,まずはそういった少数民族あるいは貧困層に属する方々にしっかりと支援が行き渡るような形で,こういった問題について取り組んでいきたいという風に思っております。そういう意味では,今日のスピーチのなどの中にもより意識をして,今おっしゃっていただいたようなことを入れたほうが良かったのかとは思いますけれども,今いただいたお話を参考にさせていただいて,人間の安全保障の中にしっかりと改めて明示的に位置づけをしたいという風に思います。