データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第67回国連総会 法の支配ハイレベル会合における玄葉外務大臣演説

[場所] 
[年月日] 2012年9月24日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

議長,

ご列席の皆様,

法の支配は,人類が,長い試行錯誤を経て到達した知恵です。法が常に権力の上に立ち,全ての権力を,人々の生存を確保し,幸福にするという目的に服せしめるのが,法の支配の本質です。

このような考え方は,世界中に普遍的に見られる考え方です。なぜなら,人は,愛し合い,話し合い,助け合うことによって生存を確保するからです。社会のあるところ,必ず法が生まれます。

日本のようなアジアの国にも,法の支配という考え方は古くからあります。日本に仏教が入ったのは6世紀ですが,大乗仏典は,法を護持して善をなす国王は護られ,法を無視して悪をなし,国民を虐げる国王は滅ぼされると教えています。日本は又,7世紀に哲人政治家である聖徳太子が,日本最初の憲法である「十七条憲法」を制定しました。

「法の支配」の思想は,普遍的なものです。西欧に限られたものではありません。それは当然でありましょう。文化や歴史に相違はあっても,人間社会それ自体は,洋の東西を問わず同じものであるはずだからです。

私は,欧州の人々が,法の支配という人類に普遍的な政治的真実を確立する上で,2つの大きな貢献をなしてきたと思います。

第一は,話合いを通じて法を作るための民主主義制度を生み出したことです。法は恣意的に上から押しつけられてはなりません。話合いの中から生まれなくてはなりません。今日,公正に選ばれた人々の代表が立法府において法を定めるという議会制民主主義が世界中に定着しています。

第二に,国際法を生み,国家間の関係にも法の支配の考え方を確立したことです。国際法もまた,国々の話し合いと合意によって生み出されます。争いを平和的に法に従って解決するという英知は,20世紀後半,国家間にも根を下ろしました。

このようにして発展してきた法の支配の考え方を,現代に生きる私たちはさらに進展させていく責務があると考えます。ところが,現在の国際社会は,未だ法の支配が貫徹されているとは言えません。国際テロリズムの発生,大量破壊兵器の拡散,領土をめぐる問題等,多くの緊張の種に事欠きません。特に,今,シリア政府による無辜の市民に対する暴力の行使は,法の支配の観点から看過できません。こうした問題を,法の支配の考え方に基づき,平和的に解決するため,我々は知恵を絞らねばなりません。

議長,

私が本日強調したいことの一つは,国際紛争を法に基づき,平和的に解決するための手段の一つとしての国際裁判の重要性です。この関連で,より一層国際裁判が活用されるよう,より多くの国が国際司法裁判所の強制管轄権を受諾するよう求めたいと思います。

また,より多くの国が国連海洋法条約や国際刑事裁判所規程に加わることを求めます。

もう一つ私が強調したいことは,各国内における法の支配をさらに発展させるための国際協力,特に開発途上国に対する支援の重要性です。この関連では制度整備と人材育成の強化が不可欠です。こうした分野で日本はこれまで自らの経験を踏まえた多様な支援を行ってきましたし,今後とも積極的に行っていく決意です。

議長,

20世紀を振り返ってみれば,結局,人間の社会を突き動かしてきたのは,産業革命以来,工業化にともなって生まれた巨大な経済力だけではなく,また,核兵器に代表される強大な近代的軍事力だけでもありませんでした。結局,歴史を動かす最大の力は,平和と自由と平等を求める人々の意思の力だったのだと思います。

人々の意思が規範に高められたとき,それを法と呼び,法が権力を縛ると言う真実に,ようやく私たちは気づきました。それは,21世紀の人類社会に責任を持つ私たちが,決して失ってはならない真実だと思うのです。

ご清聴,ありがとうございました。