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政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第9回日経・CSISシンポジウム「指導者交代と日・米・中トライアングルの行方」における玄葉外務大臣講演:「アジア太平洋時代の秩序形成とルールづくり」

[場所] 
[年月日] 2012年10月26日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

 ご紹介をいただきました玄葉光一郎です。まさに時宜を得たシンポジウムだと思います。時宜を得すぎているのではないかとも思います。ドタキャンしても良いよと言われたので,余程考えましたけれども,主催者の方々の顔を思い浮かべて,ドタキャンすることはやめにいたしました。シンポジウムの内容であるとか,出席者の方々を考えると,おそらくご出席の方々のみならず,取材をされる方々も事欠かないのではないかと思いながら,この場に立たせていただいております。いずれにしてもこのシンポジウムで,有益な処方箋が提示されることを,心から期待したいと思います。

 私が外務大臣になりまして,1年と2か月が経ちました。これまで「アジア太平洋地域に民主主義的な価値に支えられた豊かで安定した秩序を形成すべし」ということを述べまいりましたけれども,現下の状況は,アジア太平洋地域,ひいては国際社会全体が,平和と繁栄を享受していく上で,今後数十年にわたる国際秩序を規定する非常に重要な時期だと考えています。

 私は,「開かれた多層的なネットワークの構築と国際法に則ったルール創り」のために努力してきたつもりでおりますけれども,まさに今こそ,こうした努力を強化しなければならない時であると思います。

 本日のテーマとなっているのは日米中でありますけれども,アジア太平洋地域における秩序の形成及びルールづくりに最も大きな責任を有しているのが,この日米中の三か国でございます。三か国がそれぞれ自らの責任を自覚し,協力し合っていくことによってのみ,この地域の将来に明るい展望が開けます。三か国間の責任に基づく協調とこのための戦略的な対話がこれまでになく重要な時代にさしかかっております。今日は,我が国の取組について述べた上で,アジア太平洋時代における日本と米国,日本と中国,それに三者の間の望ましい関係について,若干でありますが敷衍して述べてみたいと思います。

 アジア太平洋は,今や言うまでもなく世界の重要な成長センターであります。豊富な人材に支えられています。特に中間層の伸びが急速であります。今後も世界経済を牽引すると期待されます。一方で,各国が急速な成長により国力を伸ばした結果,拡張主義的な対外政策を採る誘因が高まっています。また,各国間の利害対立も発生しがちになっています。しかし,力や威嚇を用いて自らの主義主張を実現しようとする試みは,国連憲章の基本的精神に合致いたしません。

 我が国は世界規模の秩序形成とルール作りに重要な役割を果たすべく,日米同盟を基軸としながら,中国,韓国,ASEAN,オーストラリア,インド,ロシア等の地域各国と,二国間あるいは多国間の対話と協力を進めてまいりました。日米は,これまでもG8等の場で,世界規模の秩序形成とルール作りに重要な役割を果たしてきましたけれども,中国は最大の新興国として,こうした役割をこれから担おうとしています。現在,実際に海洋を巡る問題等が,中国が国際法に従って国際社会で責任ある安定的なプレイヤーになれるか否かの試金石になっています。

 我が国は,そのようなルールづくりへの責任を果たし続けます。そのためにまず,自ら果たすべき役割を果たしたいと思います。第三次アーミテージ・ナイ報告の提言に感謝したいと思います。日本の真の友人からの提言であると真摯に受け止めています。日本は,必ず「第一級の国家」で有り続けます。先の通常国会では,「社会保障と税の一体改革」の実現に向けて,確固たる一歩を踏み出しました。そして「日本再生戦略」の実行が大事です。とりわけ,出生率と女性就業率の大幅な上昇のための取組を加速しなければならないと考えています。先般,東京で,IMFの総会が行われた際に,ラガルド専務理事が,女性が日本を救うのではないかと言ったということが報道されましたが,私は外務大臣になる前の国家戦略担当大臣の頃から,そのことをずっと言い続けておりまして,まさに日本の最大の再生のポイントではないかと思います。また,防衛計画の大綱に従い,適切な防衛力の整備に努めてまいりますし,昨年12月には,防衛装備品等の海外移転に関する基準を策定しました。また,防衛力との関連では,私は集団的自衛権について強い問題意識を持っています。まずは我が国自身がどのように主体的に防衛力を整備していくのかということが大事であります。

 我が国は,アジア太平洋の繁栄と安定のための秩序形成とルールづくりを,地域の諸国とともに行ってまいりました。例えば,自由な経済活動を支えるルールづくりもその一例です。高いレベルの貿易・投資の自由化を目指して,TPPを始めとする地域の経済連携を推進していかなければなりません。民主主義の分野では,ミャンマーなどの長年の友人として,日本ならではのやり方で,その改革努力の後押しをしてまいりましたし,現在幅広い支援を行っています。海上安全保障などについても,EASであるとかARF等でそういった枠組みを発展させて,引き続き,海洋秩序の構築に貢献をしたいと思います。今月,我が国が提唱してきたAMF,ASEANマリタイム・フォーラムの拡大会合が開催をされました。そういったことで,協力が進展しているということは申し上げておきたいと思います。

 その上で,日米関係が出ますが,このような秩序を構築,そしてルールづくりをするために,まず何よりも米国のアジア地域へのエンゲージメントを確固たるものとするために,日米関係を一層強化していかなければならないと考えています。価値観を共有する大国である米国と日本の同盟関係は,この地域の平和・安全保障・安定の礎でございます。米国によるアジア太平洋地域へのリバランシングを歓迎いたします。米国がこの地域の繁栄と安定のために,引き続き大きな役割を果たしていくことを期待し,協力をしていきたいと考えています。

 今年の4月野田総理が訪米しました。「未来に向けた共通のビジョン」というものをその際発出をしたわけでありますけれども,これはいわばアジア太平洋及び世界の平和と繁栄のために安全保障,経済,人的・文化的交流を中心に幅広い分野で日本が役割と責任を果たすとのいわばコミットメントの表明でありました。現在はビジョンを具体化をしているところでございます。特に安全保障の面では,現下の厳しい安保環境におきまして,先ほども申し上げたような適切な防衛力の整備に努めることはもちろんでありますけれども,日米同盟の中で我が国は更なる役割と責任を果たしていかなければならないということだと思っています。米国との間で弾道ミサイル防衛,宇宙,サイバー,海洋など幅広い分野での安保協力の強化を行っていきたいと考えています。宇宙,サイバーに関しましては,外務省を含めて,政府の中から態勢強化を進めています。また,共同訓練,共同の警戒監視・偵察活動,そして施設の共同使用を含む日米の間の動的防衛協力の具体化を急ぐべきであります。在日米軍の再編につきましては抑止力を維持しながら,沖縄の負担軽減を早期に実現をしていかなければなりません。本年4月の「2+2」では,普天間飛行場の移設を他の要素から切り離すとともに,海兵隊のグアムへの移転そして嘉手納以南の土地の返還について,できるところから進めていくということで合意をしたわけでございます。また,昨年末には,日米地位協定の根幹をなす刑事分野におきまして2つの改善の措置に合意をしたところであります。一方,先週も,沖縄で悪質で卑劣な米軍人による事件が起きました。二度と繰り返されないように,日本側としても納得のいく,そういった結論が得られるように日米双方で再発防止のための実効的な措置について努力をしていきたいと考えております。

 同盟の真価がテストされるのは,北朝鮮の問題であるとか,海洋を巡る問題等,地域における具体的な事案です。最近の例では,アジア太平洋地域における海洋に関する国際法や共通のルールの遵守・強化に関する日米協力は今後の模範となるものだと思います。今後も,日米で地域情勢に関して緊密に戦略と政策のすりあわせをし,日米が一枚岩で当たると同時に地域の各国とともに秩序を形作っていく必要があると考えます。

 次に日中の関係でありますけれども,中国の国家指導者が間もなく交代する見込みです。今や世界で第2,第3の経済大国となった日中でありますけれども,アジア太平洋地域及び世界の平和,安定,そして発展に対して大きな影響力を有し,厳粛な責任を負っているとの客観的な現実には何ら変わりはありません。

 尖閣諸島をめぐる事態が日中関係の大局,ひいてはアジア太平洋地域の安定に影響を及ぼすことは全く望んでおりません。日中双方にとって,日中関係は極めて重要です。基本的な立場を維持しつつ,不測の事態を避けること,事態を平和的に沈静化させること,経済・文化・人的交流が安定的に行われるようにして,戦略的な互恵関係を一層深化させていくことが必要であって,そのためにどうすれば良いのかということを,日中双方が冷静に考えていくべきであります。また,日本企業に対する暴力が発生しておりますけれども,容認できません。このような暴力は中国におけるビジネスリスクを世界に知らしめる結果となって,中国にとってもマイナスです。

 日本としては,地域の責任あるプレイヤーとして,あくまで冷静に対応いたします。中国とは状況の鎮静化のために意思疎通を維持しており,引き続き意思疎通を図ってまいります。中国側に対しては,冷静に対応し,自制するよう求めていきたいと思います。新しい中国の指導者との間では,日中関係の重要性を共有し,日中関係をさらに発展させることを心から期待をしています。

 また,この地域における米国の関与は引き続き重要です。強固な日米関係は,日中関係の安定・発展にとっても不可欠であります。

 中国は今や大国です。国際秩序の形成・発展に建設的に参加・貢献できる存在となりました。日米中の関係を深化させて,より安定的なものにすることが,地域,さらには世界全体にとっての利益であります。私が提案をしていた日米中の対話もこの文脈で検討されるべきであります。

 三か国が共に直面をし,取り組むべき課題は多岐にわたります。三か国の対話によって,様々な分野で協力を推進できると考えています。

 このような日米中の協力は,三か国を利するだけではありません。地域各国の間での合意形成にも重要な示唆を与え,地域の秩序形成に大きく貢献することになるはずです。そして,日米中の対話は,地域各国との連携と相まって,アジア太平洋全体の協力関係の深化に大いに貢献すると思います。

 指導者の交代の時期というのは,得てして内向きになりがちでありますし,また,ポピュリズム,人気取り政策を選ぶ傾向がございます。大事なことはナショナリズムに安易に流されないことだと思います。そして中長期的観点からの舵取りというものが非常に重要な時期です。いずれにしても,安定的な国際秩序は,各国の内政の安定にも資するはずですし,国際秩序に反する対外政策は頓挫し,却って国内の安定が損なわれるということになるのではないでしょうか。

 アメリカは財政的な困難,日本は先ほど申し上げましたように少子高齢化,中国も実はやがては少子高齢化を迎えます。どの国も,座したままで明るい未来が待っているというわけではないと思います。地域諸国もそれぞれ問題を抱えています。今,日米中が協力関係を育んで,地域に安定的な秩序を築いておくこと,そのことが,今後とも出現するであろう困難な課題に取り組んでいく上で必要不可欠な準備だと思います。

 重ねて日米中が,世界の経済成長センターたるアジア太平洋地域の将来について大きなそして厳粛な責任を負っているということを改めて強調をさせていただいて,今日一日,この日米中の関係のあり方,あるいは,日中,米中の関係のあり方,あるいは日米の関係のあり方について有意義な議論が展開されて,冒頭申し上げたように私どもに有益な示唆を与えてくださることを強く願いつつ,私の話を終えたいと思います。どうも皆様ありがとうございました。