[文書名] 「外務大臣と語る」岸田大臣の核軍縮・不拡散政策スピーチ
1. 冒頭
皆さん,こんにちは。外務大臣の岸田文雄です。今日は外務大臣と語るというこのイベント,今司会の方からご紹介させていただきましたように,毎年全国各地で年に一回,国民の皆様と外交についてまた外務省についてお話をさせていただき,またご意見を聞かせていただく,こうしたイベントですが,今年はこの長崎で行わせていただくことになりました。まずもって,片峰学長を始め,長崎大学の皆様のご協力に心から感謝を申し上げ,今日は地元長崎市から田上市長もお越しですし,また長崎県からも田中副知事がお越しでございます。地元の多くの皆様方のご協力に,心から感謝を申し上げます。
ここ長崎は,もう一つの被爆地である広島出身の私にとりまして特別な思いのある街です。特に,この長崎大学,被爆した世界で唯一の医科大学である長崎医科大学を継承しておられると聞いております。そのような歴史を背景として,長崎大学において,片峰学長のリーダーシップの下,2012年に「核兵器廃絶研究センター」が設立されたと伺っております。このセンターですが「核兵器廃絶」と銘打った日本で初めての研究センターとして,「核兵器のない世界」に向けて,様々なアカデミックな研究や提言をされておられると承知しています。この場をお借りしまして長崎大学のこのような取組に敬意を表しますと共に,本日,このような場で,核軍縮,そして核不拡散の問題についてお話しする機会をいただきましたこと,心から感謝を申し上げ,そして光栄に思っているところです。
そして今日の大臣と語るという会ですが,広く地元の皆様に声をかけさせていただいております。今日核軍縮と不拡散の問題についてお話をさせていただくのですが,今日ご出席の皆様の中にはですね,平素この問題にあまり触れることのない方々も大勢ご出席でございます。できるだけわかりやすく話をしたいと思いますし,この核軍縮不拡散の問題については,IAEAとかCTBTとか何か聞き慣れない言葉がずいぶんと飛び交います。できるだけわかりやすく話そうと思いますが,併せて,特に何度も出てきます専門用語につきましてはお手元に用語集,簡単なものを作らせていただきました。そういったものも見ながら聞いていただければと存じます。そうしたあまりこういった議論に平素触れられない方々もおられますので,一方でこの分野,専門に勉強されている方々もご出席でございますので,そういった方々には少しまどろっこしいところがあるのかもしれませんが,その点は,ご容赦いただきまして,できるだけ多くの方々にこの問題について考えていただく機会にしたいと思いますので,ご協力よろしくお願いを申し上げます。
昨年12月17日ですが,政府におきましては,初めて,「国家安全保障戦略」という外交・安全保障に関する戦略をまとめました。日本の国において初めて外交・安全保障に関する基本的な大方針をまとめたということです。この戦略に明記しておりますように,日本は,国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から,国際社会の平和と安定,そして繁栄にこれまで以上に積極的に貢献していく考えであります。そしてこの「戦略」の中にしっかりと書き込んだこととして,日本は,世界で唯一の戦争被爆国として,軍縮・不拡散にも積極的に取り組み,「核兵器のない世界」の実現に向け,国際社会の取組を主導していく方針であります。
「核兵器のない世界」の実現,これは被爆地出身の私にとりましていわばライフワークであると思っています。外務大臣就任以来,私はこの分野について特に強い思いを持って取り組んできました。最初の取組の機会は昨年4月,オランダ・ハーグで行われました軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)という国際会議の第6回外相会合でありました。このNPDIという枠組みですが,これは2010年9月の国連総会の機会に日本とそしてオーストラリアが主導して立ち上げた核兵器を持たない国による核軍縮・不拡散分野における地域横断的な有志国のグループです。今日本,オーストラリア以外に,ドイツですとかカナダですとか,全12カ国がこの枠組みに参加をしています。
また,昨年6月には,核兵器使用の惨禍を若い世代に継承していくための「ユース非核特使」制度を立ち上げました。皆様も御承知のとおり,今までも日本は,「非核特使」という制度を持ち,「非核特使」を通じて,被爆者の方々に核兵器使用の惨禍の実相を世界に発信していただく,こうした取組を積極的に行ってきましたが,この取組を若い世代にもしっかりと受け継いでいく必要があると常々考えておりました。ここ長崎でも,昨年8月に5名の高校生の皆さんを「ユース非核特使」に委嘱させていただきました。そのときの5名の高校生の皆さんの生き生きとした表情,今でも大変鮮明に覚えております。
同じ8月には,外務大臣として初めて長崎,広島,双方の平和祈念(記念)式典を出席させていただきました。そして,「核兵器のない世界」への決意を新たにしたところですし,そして,昨年9月,ニューヨークでの国連核軍縮ハイレベル会合では「核兵器のない世界」に向けた日本の取組を発信する,こうしたことも行いました。
本年も,日本の軍縮・不拡散政策にとって重要な機会が続きます。まず,本年4月12日には,広島市でNPDI外相会合を開催いたします。その直後,4月末には,NPT運用検討会議の第三回準備委員会がニューヨークで行われることになっています。こうした重要な外交行事を視野に入れながら,私のこの1年間の経験を踏まえ,本日は,日本の核軍縮・不拡散政策全体に関する私の考え方を述べさせていただきたいと思っています。
2. 総論(核兵器をめぐる世界の現状)
まず日本の政策について私の考えを述べる前に,核兵器をめぐる世界の現状についてその歴史を振り返りながら簡単に述べさせていただきたいと思っています。
69年前,広島市に続いて,長崎市でも,一発の原子爆弾が,多くの尊い命を奪いました。そしてその後,米ソを頂点とする冷戦時代に突入いたしました。激しい核軍備競争が始まりました。私が子供の頃,いつ核戦争が起きるかわからない,こうした恐怖を身にしみて感じた記憶がありますが,一時は,世界に70,000個以上の核兵器が存在したと言われています。
そのような時代に比べますと,冷戦後の現代において,核戦争が今にも起こることを心配する人が減ったのは事実だと思っています。国際社会における核兵器の役割も大きく減少しているとも言えます。核兵器国の中には,核兵器の役割を減らすことを核戦略に関する文書の重要な一項目として挙げている国もあります。
加えて,核兵器の数,70,000個以上の核兵器が存在していたという時期に比べますと相当数が減っているのもまた事実であります。最近では,アメリカのオバマ大統領が,2009年4月にチェコの首都,プラハにおきましてアメリカとして「核兵器のない世界」を目指すことを目標に掲げました。その後,ロシアとの間で,戦略核弾頭を大幅に削減する新戦略兵器削減条約,新STARTといわれていますが,こうした条約を結びました。昨年6月にもオバマ大統領は,今度はベルリンにおきましてロシアとの交渉に基づき配備済み戦略核を最大3分の1削減する用意がある,こうした旨表明いたしました。
このように,歴史を振り返れば,核軍縮の取組に一定程度の進展を見ることができる,このことが分かります。
そして,今日,何が問題になっているのか,ということですが,核兵器の問題を考える上で,「核軍縮」と「核不拡散」という2つの概念があります。簡単な言葉で言えば,「核軍縮」とは核兵器を減らし,究極的には廃絶することを意味します。「核不拡散」とは核兵器が広がらないようにするということを意味します。この概念を使えば,依然として核軍縮の歩み,不十分であるということのみならず,同時に,核兵器の拡散という問題,これはより深刻になっているというのが今日の状況だと思います。
まず,核軍縮については,冷戦が終結し,核兵器の数が大きく減ってきたとは言え,かつて世界に70,000個以上あったといわれていた核兵器が,いまだ17,000個以上存在すると言われています。その進展状況にはもどかしいものがあります。アメリカとロシアが二国間条約に基づいて核兵器を着実に削減してきましたが,核軍縮交渉は今も継続される必要がありますし,さらには,不透明な形で核戦力の増強を図っていると見られる核兵器国もあります。
続いて,核兵器の拡散という問題につきましては,北朝鮮による核開発,イランの核問題,拡散上機微な関連物資あるいは技術の拡散を含め,拡散上の懸念はより深刻になっています。二,三の例を挙げれば,北東アジア地域においては,北朝鮮が,2006年,2009年に続いて昨年2月に3度目の核実験を実施しました。核兵器の運搬手段たるミサイルの開発とあわせて,核・ミサイル開発を止めていません。さらに,核兵器開発に関連する物資や技術を拡散しようとする試みは日々狡猾になっています。また,テロリストが核兵器を奪い使用する可能性,これも指摘をされています。
さらに,地域紛争における核兵器の使用や威嚇の可能性についても目を向けなければなりません。事実過去に,南アジア地域においては,そのような可能性が心配されたということもありました。
このように,いわば世界の核リスクは多様化しています。地域レベルでは地域情勢を不安定化させる要素となっていますし,グローバルなレベルにおきましては国際的な核軍縮・不拡散体制を弱体化させる要因ともなっています。
このように核リスクが多様化する中,日本は,次の2つの認識を基礎として,核軍縮・不拡散に向けた国際的取組を主導していくべきだと考えています。1 つ目の認識は,核兵器が使用された際の非人道性(注1)についての正確な認識です。日本には「唯一の戦争被爆国」という日本国民全てが共有すべき歴史的体験があります。核兵器使用の悲惨さを伝え,「核兵器のない世界」の実現に向けて核軍縮分野における国際社会の取組を主導していくということ,これは日本の責務だと思っています。すなわちこの1つ目の認識は,核兵器の非人道性についての正確な認識です。
(注1) 岸田大臣は,スピーチの際,「人道的側面」と述べましたが,本スピーチ後に行われた聴衆との質疑応答を踏まえ,「非人道性」に修正しました。これ以下に出てくる同じ用語については同様の修正を加えています。
そして2つ目の認識は,先ほど述べたとおり,今日の国際社会がますます多様化する核リスクに直面していることへの冷静な認識です。核軍縮・不拡散に向けた国際社会の取組を主導する際には,北朝鮮による核・ミサイル開発の進展がもたらす脅威を含む厳しい安全保障環境への対応ですとか,アジア太平洋地域における将来の核戦力バランスの動向ですとか,あるいは軍事技術の急速な進展を踏まえた日米同盟下での拡大抑止の信頼性といったものと釣り合ったものである必要があります。つまり,現時点での厳しい安全保障環境の中で,国民の生命財産を守るためにはどうするべきかという冷静な認識,これが2つ目の認識であります。
こうした現状において,「核兵器のない世界」に向けて,今述べた2つの認識,すなわち、この核兵器の非人道性に対する正確な認識と,今の厳しい安全保障下においてどう対応すべきかという冷静な認識,この2つの認識を基礎としつつ,核軍縮・不拡散の双方を共に進めていく必要があります。核軍縮だけが進んでも,新たな核兵器保有国を生み出すようなことになっては意味がありません。同時に,新たな核兵器保有国の出現を抑えることができたとしても,核軍縮が進んでいなければ,「核兵器のない世界」に近づくことはできません。核軍縮と核不拡散はこれは正に「車の両輪」です。どちらか一方の車輪が欠けては前に進むことができないと考えています。
この考えを具体的に現しているのが,核兵器不拡散条約,NPTという条約です。NPTは,非核兵器国には核兵器を保有しないことを義務付け,5つの核兵器国には,非核兵器国に核兵器を渡さないことや,誠実に核軍縮交渉を行う義務を課しています。NPTは,「核不拡散」を進めつつ,同時に,「核軍縮」を進めることを求めているのです。
以上,核兵器をめぐる世界の現状を概観いたしました。続いて,日本が推進する取組について,「核不拡散」,そして「核軍縮」の順に説明したいと思います。そして,最後に,「核兵器のない世界」に向けて,日本の基本的な考え方を改めて述べさせていただきます。
3. 核不拡散(3つの阻止)
まず,核不拡散でありますが,「核兵器のない世界」を実現するためには,核兵器が拡がることを防止する,具体的には,新たな核保有国の出現,そしてそれにつながるような事態を阻んでいく営みである核の不拡散の取組,これは不可欠です。
本日は,この核不拡散分野についての日本の新たな政策理念として,1つは,「新たな核兵器国出現の阻止」,2つ目として,「核兵器に寄与し得る物資,技術の拡散の阻止」,そして「核テロの阻止」,この「3つの阻止」を紹介させていただきたいと思います。
(1)「新たな核兵器国出現の阻止」
まず1つ目の阻止,「新たな核兵器国出現の阻止」です。新たな核兵器国を出現させないことは,日本の不拡散政策の最も重要な柱の一つです。この文脈で,日本にとって重大かつ直接の脅威である北朝鮮の核・ミサイル開発について触れなければなりません。北朝鮮は,2005年9月に六者会合の共同声明において「すべての核兵器及び既存の核計画を放棄する」,また「核兵器不拡散条約等への早期の復帰」ということに自らコミットしました。にもかかわらず,核・ミサイル開発を継続しているばかりか,非核化に向けた具体的な行動をいまだとっていません。日本としては,アメリカ,韓国など関係国と連携しながら,北朝鮮が非核化に向けた具体的な行動をとるよう強く求めています。また,北朝鮮に核やミサイル開発を継続することが自らの利益にならないと自覚させると共に,北朝鮮の核開発を物理的に困難にする国際的な環境を整えていかなければなりません。この観点から,北朝鮮に対する制裁を,国際社会が着実に実施していくことが非常に重要になります。このため,日本としましては,対北朝鮮国連安保理制裁決議の厳格な履行を引き続き関係国に求めていきます。さらに,北朝鮮が挑発的な対応をとってきた場合の備えも忘れてはなりません。この点,日本の平和と安全のため,日米同盟の抑止力を維持,強化していく,こうした不断の努力も必要になります。
加えて,イランの核問題も,日本にとって懸案事項です。私は,昨年11月,日本の外務大臣としては4年半ぶりに,イランの首都,テヘランを訪問し,イラン側に対しまして,イランの核活動が平和的なものであることを国際社会に示すため,強化された査察を認める国際原子力機関(IAEA)追加議定書に批准すべきであるということ,またIAEAと完全な協力をするべきだということ,こういったことを強く求めてきました。また,地下核実験を含むいかなる場所においても核実験を行うことを禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期批准といった具体的な提案も行ってきました。その後,イランは,関係国との間で20%ウラン濃縮活動の停止を含む具体的な措置に合意をしました。日本としましては,この合意を問題の包括的解決に向けた第一歩として歓迎すると共に,この合意の迅速な履行を重視する,との立場にあります。日本は,こうした核の問題が国際的な問題になる以前から,イランとの間に歴史的な友好関係を持っています。こうした欧米諸国とは違う,日本の独自の立場から,引き続きイランが国際社会からもたれている懸念を払しょくし,この問題が包括的,最終的に解決されるべく,国際社会と連携しつつ,主体的に取り組んでいきたいと考えています。
そして北朝鮮,イラン,こうした個別の問題とともに,国際社会全体に関わる国際的な不拡散体制を強化していく,これも大切な課題です。その不可欠な要素が,平和的な原子力活動の軍事利用への転用ですとか,秘密裏の核活動を探知するための実際的な措置であるIAEA保障措置です。こうした,軍事利用への転用ですとか秘密裏の核活動を探知する,しっかりと把握するための実際的な措置として,IAEA保障措置,大変重要な要素だと考えています。日本としましてはこのIAEA保障措置を更に強化していくために様々な取組を推進していきます。日本はIAEA保障措置の最大の受入れ国であり,いわばこの分野のパイオニアと自負を持っています。日本は,このように透明性に努めているわけですが,ここで培われた長年の知見・経験を生かして,追加議定書を全ての関係国が締結し,このIAEA保障措置を確かなものにしていく,こういったことを国際社会に求めていきます。また,具体的な貢献として,保障措置を実施する環境が整っていない国々に対する支援ですとか,世代交代を迎えつつある査察官の育成ですとか,専門知識の継承ですとか,保障措置関連技術開発といった分野でも,パイオニアたる日本として具体的な貢献を行っています。これらの取組を通じて,国際社会における新たな核保有国の出現を阻止していく,こうした決意を表明しています。
(2)「核開発に寄与し得る物資,技術の拡散の阻止」
そして2つ目の阻止ですが,「核開発に寄与し得る物資,技術の拡散の阻止」です。「新たな核兵器国出現の阻止」を実現するためには,先ほど申し上げた点に加えまして,核兵器保有を追求する主体が関連「物資」を調達できないようにするための輸出管理が重要です。
近年,アジア諸国においては,その経済発展に伴って,核開発やその運搬手段たるミサイルの開発に転用可能な物資・技術の生産能力を獲得してきています。一方,これらの物資や技術が核開発に転用されることに気付かずに懸念国に輸出されてしまう危険性が高まっています。こうした国々が,北朝鮮やイランによる核関連物資の調達活動の「抜け穴」として利用されるリスクもあります。さらに,こうした違法な調達活動は,偽装会社を使ってアジアにおける中継貿易地を利用して行われるなど,一層巧妙になってきています。このように,アジア諸国が意図せずして拡散に関わってしまう危険性がこれまで以上に高まってきていること,これは大きな懸念となっています。輸出管理が不十分である国は,北朝鮮やイランによる核関連物資の調達活動の「抜け穴」として使用されるリスクが大きく,アジア諸国における輸出管理制度強化の重要性がこれまで以上に高まっています。
しかしながら,アジア諸国の中には,「輸出管理は貿易・投資を阻害する,不拡散の取組の強化は経済成長の邪魔になるのではないか」,こういう認識が引き続き存在することも事実です。そこで,日本としては,豪州あるいは米国を始めとする志を同じくする国々と外交的連携を強化すると共に,輸出管理の強化は,貿易・投資を阻害するものではなくして,その国が信頼できる貿易・投資相手国であるという認識の醸成につながる,ひいては,更なる経済成長につながる環境整備であるという「輸出管理の戦略的効用」をアジア諸国に対して粘り強く説いていき,国際的な不拡散網の強化に乗り出していく決意です。この分野におけるアジア諸国の能力構築に引き続き取組んで,アジア諸国との協調,協働を更に進めていきたいと考えています。
(3)「核テロの阻止」
そして3つ目の阻止が「核テロの阻止」です。ここまでは,国家による核兵器やその関連物資,あるいは技術の獲得を阻止することを述べてきましたが,昨今はそれに加えて,テロ組織などの非国家主体による核物質を用いたテロ行為,いわゆる「核テロ」の阻止,これが重要な課題となっています。
近年,様々な国の経済発展に伴い国際社会のエネルギー需要が高まっています。原子力エネルギーを活用する国々が増えています。また,医療とか食糧,工業の分野で,様々な形での放射線利用の機会も増えています。原子力の平和的利用の世界的な拡大によって,結果的に核テロの具体的な危険性が高まっており,日本としてこの問題にきちんと対応していく必要があります。仮に,原発や核物質,あるいはより身近な放射性物質がテロリストに狙われ,テロの道具としてこれらの物質が使用される事態となれば,国民の皆様の生命・生活・財産が脅かされるのみならず,極めて広い地域に,長期的で非常に大きな政治的・経済的・社会的影響を及ぼす可能性があることは,皆様の想像に難くないと思います。
このように,核テロ対策の強化,言い換えれば核セキュリティの強化は,(1)日本の安全保障,そして(2)国内治安対策,さらには(3)原子力の平和利用の推進,こういった観点から重要です。国内のみならず,国際的にも核セキュリティを強化していくことが肝要であること,お分かりいただけると思います。また,多くの国が核テロ対抗能力を構築,強化していけば,安全保障上の信頼が各国間で醸成されることにもなるとも思います。
では,具体的に何をすべきでしょうか。日本及び世界各国において核テロを阻止していくため,核セキュリティシステム強化が必要になります。そのためには,核セキュリティ強化が重要という共通の意識・文化を関係者間で醸成し,必要な規範を根付かせることが基盤となります。その取組の一環として,関連の国際条約の締結あるいはIAEAによる核セキュリティについてのガイドラインを各国が実行していくことが重要です。同時に,核テロ対策について各国の優れた取組を共有し,相互に学ぶことも重要です。日本としてこのような取組を続けていきます。この観点から,日本は,核セキュリティに関する知見を集約する核不拡散・核セキュリティ総合支援センターを,2010年に日本原子力研究開発機構の中に立ち上げましたが,今後もこれを積極的に活用していきます。具体的には,このセンターを活用して,核テロ対策を進めていく能力を必ずしも備えていない国々に対して知見を提供し,こういったことを考えています。
この関連で,忘れてはならないのは,本年3月に予定されていますオランダ・ハーグでの核セキュリティ・サミットです。核テロ対策について首脳レベルが議論するこのサミットを始めとする様々な場を通じて,原子力大国である日本として,世界の核テロ対策,あるいは核セキュリティ強化に積極的に貢献していきます。先ほども述べましたが,日本は原子力利用の経験が長く高い水準の技術や人材を持っており,この分野でリーダーシップを発揮すべきだと考えます。また,日本は原子力発電所の重大な事故を経験いたしました。その経験を各国が共有し,世界の核セキュリティ強化の取組に役立てていくこと,これは事故を経験した日本の責務であるとも思います。国内においては,2016年に開催されますG8サミット,さらには2020年の東京オリンピック等も視野に,中長期的に核セキュリティ強化を図っていきます。こうした取組は,先般閣議決定された「世界一安全な日本」創造戦略とも軌を一にするものであり,アジア地域,さらには世界の核セキュリティ強化,核テロの阻止につながっていくと考えます。
4. 核軍縮 (3つの低減)
ここまでは核兵器の拡散の防止ということで「3つの阻止」について述べましたが,同時に,我々の最終目標は,核兵器を減らし,いずれ廃絶するという「核軍縮」です。日本は「核兵器のない世界」の実現に向けて,現実的に実践的なステップとして「3つの低減」,(1)核兵器の数の低減,(2)核兵器の役割の低減,そして(3)核兵器を保有する動機の低減,この「3つの低減」を提唱しています。
(1)「核兵器の数の低減」
まず,「核兵器の数の低減」ですが,「核兵器のない世界」に向けて,何よりもまず核兵器の数を減らす必要があります。このためには,核兵器国が,核軍縮交渉を義務付けたNPTにおける義務を誠実に履行することが重要になります。
この観点からは,日本は,先ほど述べたオバマ大統領のベルリン演説を歓迎いたします。この演説を契機として,アメリカとロシアとの間の対話と協調を通じて,戦略核あるいは非戦略核,配備済みの核兵器,未配備の核兵器を含め,核兵器の包括的な削減に関する交渉が進展することを期待いたします。また,ミサイル防衛に関する信頼醸成,核物質の管理体制の強化に向けた協力も進展することを期待しています。また,欧州のみならず,グローバルな非戦略核の削減を呼びかけています。
「核兵器のない世界」の実現のためには,アメリカとロシアの核軍縮交渉が,NPT上の核軍縮義務に基づいて,イギリス,フランス,中国を含むその他の核兵器を保有する国をも取り込んだ多国間交渉に進展していかなければなりません。多国間交渉が開始・妥結するまでの間,少なくとも現状より核戦力を増強させることがないようしっかりと求めていきます。
そして核兵器の数を削減するためには核戦力の「透明性」向上は欠くことができません。透明性が低ければ本当に核軍縮を実施しているかどうか検証もできませんし,核軍縮措置が後戻りのきかない状況にあるのか,確認もできません。全ての核兵器保有国が保有核弾頭数や運搬手段を含む核戦力に関する更なる情報開示に努める必要があります。
この関連で言いますと,2010年NPT運用検討会議の「行動計画」において,核兵器国は核軍縮措置を報告するための標準報告フォームに合意することが求められています。そしてこれを受けて,NPDI,先ほどご紹介しました核兵器を持たない国の国際的な枠組みですが,このNPDIにおいては2012年にNPDIとして,この標準報告フォーム案を提示いたしました。核兵器国が本年4月に開催される第3回準備委員会において,標準報告フォームに合意して,核兵器国が核軍縮措置について中身のある報告を行うこと,これを期待したいと思います。
国際的な核軍縮・不拡散体制を強化するためには,NPT体制の強化と共に,それに続く法的枠組みを早期に整備する必要があります。CTBT,包括的核実験禁止条約については,発効するために批准が要件とされている国,全部て44の国が批准することによって発効するという仕掛けになっていますが,まだ現在36の国しか批准をしていません。残りの国によるCTBTの早期の署名・批准,そしてCTBTの次の国際的な核軍縮条約と言われています,核兵器の原料となるプルトニウムや高濃縮ウランの生産を全面的に禁止する兵器用核分裂性物質生産禁止条約,FMCTと言われていますが,この条約の早期交渉開始,早期妥結が重要になってきます。
昨年11月,包括的核実験禁止条約機関,CTBTOという機関のゼルボ事務局長を日本に招待し,私もお会いさせていただきました。この長崎大学におきましてもゼルボ事務局長が講演をされて,学生の方々と大変活発な議論が行われたと聞いております。今般,ゼルボ事務局長が進めるCTBT発効促進のための賢人グループの活動支援と核実験探知のためのシステムに対しまして,我が国としまして45万5千ドルを供与することを決定しました。この場で発表させていただきたいと思います。本年,日本はCTBTO準備委員会の議長国を務めています。議長国としての立場からも,CTBTの発効促進,検証体制の整備に向け,積極的に貢献を行ってまいります。
NPT体制の強化の観点からは,NPTに加入していない国についても,非核兵器国としてNPTに加入することを呼びかけたいと思います。NPT加入に至る過程においても,それぞれの核削減努力,核不拡散措置の強化を通じて,国際的な核軍縮・不拡散体制の強化に資する取組を行うよう求めます。
(2)「核兵器役割の低減」
そして次に,2つ目の低減,「核兵器の役割の低減」についてです。「核兵器のない世界」に向かっていくためには,核兵器の数と共に核兵器の役割を減らしていく必要があります。歴史的な観点からは,冷戦後の21世紀において,核兵器の役割は大きく減ってきていることは確かですが,しかし同時に,核リスクが多様化する世界においては,核兵器の役割が増大している地域もあること,これも事実です。現代を生きる我々の安全と安心を確保するためには,核兵器の更なる数の削減と共に,核兵器を保有する国が,自国の安全保障政策・軍事ドクトリンにおける核兵器の役割をより絞り込んでいく,このことが重要になってきます。核兵器の役割を低減させることにより,信頼醸成や核兵器の数の削減にも繋がる,こういった相乗効果も期待できます。
具体的には,核兵器国は,NPT上の不拡散義務を遵守している非核兵器国に対して,核兵器を使用したり,核兵器によって威嚇しないことを約束することを求めるということがあります。また,核兵器を保有する国の中には,核兵器使用の可能性を広くとっている国もあります。もちろん,人類に多大な惨禍をもたらし得る核兵器は将来二度と使用されるようなことがあってはならないと考えますが,核兵器を保有する国は,個別的・集団的自衛権に基づく極限の状況下に限定する,と宣言することにより核兵器の役割を低減することから始め,最終的には「核兵器のない世界」につなげていくべきと考えます(注2)。さらに,核兵器国は,本年4月のNPT第3回準備委員会において,核兵器の役割低減についても,NPDIが提言している標準報告フォーム案を活用しつつ,報告すること,これを期待いたします。
(注2) 岸田大臣は,スピーチの際「また,核兵器を保有する国の中には,核兵器使用の可能性を広くとっている国もありますが,万が一の場合にも,少なくとも,核兵器の使用を個別的・集団的自衛権に基づく極限の状況に限定する,こういった宣言を行うべきだと考えます。」と述べましたが,本スピーチ後に行われた聴衆との質疑応答を踏まえ,大臣の意が必ずしも十分伝わっていないと判断される点につき,一部加筆・補足を行いました。
同時に,核兵器の役割に関する宣言政策は,それだけでは必ずしも信頼を得られるものではありません。核兵器を保有する国は,宣言政策と合致するよう核兵器の配備態勢を今一度見直すこと,これも必要になってきます。
また,生物兵器禁止条約,あるいは化学兵器禁止条約,こうした条約も更に普遍化させ,これらの大量破壊兵器の脅威を無くしていくこと,これも核兵器の役割を低減することにつながると考えています。
(3)「核兵器を保有する動機の低減」
最後に,「核兵器を保有する動機の低減」,3つ目の低減ということで申し上げますが,「核兵器のない世界」を安定的に実現するためには,現在各国が保有する核兵器の数,役割を削減すると共に,そもそも核兵器を開発し保有する動機,誘因をなくしていく,このことが必要になっています。核兵器を必要とする要因がなくなれば,核兵器は自ずと減っていくこと,これは明らかでしょう。例えば,安全保障面に加えて政治的な側面での核兵器の役割が減少すれば,新たな国が核兵器を保有しようとする動機も低減することになります。この逆もしかりです。国際的な規範に反して核兵器を保有しようとしても,その国の地位や評価にマイナスとはなっても,プラスにはならない,こうした認識を国際社会として広げていく,このことも重要です。具体的には,国際的な規範に反して核開発を行った国が,国際社会から孤立し,制裁を受け,経済的にも取り残されている現状を国際社会において広く共有していきます。また,NPTの違反・脱退があったならば,それらへどう対応していくのか,これも議論を深めていかなければなりません。
核兵器を開発する動機を低減するためには,地域の安定化,あるいは地域紛争の解決を通じて信頼を醸成していくこと,これが重要です。アメリカ,ロシアの核軍縮交渉,あるいはCTBTのようなグローバルな核軍縮条約交渉に加えまして,これらの核問題を考えるに当たっては,地域の問題に取り組むこと,これも大切になってきます。
我が国は,国連平和維持活動(PKO)ですとか,政府開発援助(ODA)を通じまして,平和構築における協力,国連の平和構築委員会における平和構築戦略の策定と実施への貢献など,様々な外交努力を行ってきました。こうした実績を活かして地域の和平や緊張緩和に貢献していくこと,これも重要だと思っています。
具体的に説明いたしますと,核兵器の分野でよく話題となります中東地域におきましても,日本は様々な独自の役割を果たしています。政治的な働きかけ,あるいは対パレスチナ支援,信頼醸成,こうした取組を行っています。また中東地域におきましては中東非大量破壊兵器地帯構想という構想がありますが,この実現も重要になってきます。この構想は,2010年のNPT運用検討会議で,2012年までにこの会議を開催することで合意されていますが,いまだ実現されていません。こうした会議の開催も呼びかけていきますし,またイランの核問題についても後押しをしていかなければなりませんし,また日本としては,この地域の大量破壊兵器の軍縮を推進するため,シリアの化学兵器の廃棄に向けた国際社会の努力を後押しすべく,15億円を国連及び化学兵器禁止条約機関(OPCW)に拠出を行う,こういったことを決定しています。同構想の現実的なステップとして,域内の国によるCTBT早期批准を呼びかけたいと存じます。
5.人道的観点から見た核兵器を巡る議論
こうした,核不拡散に関する「3つの阻止」,そして核軍縮に関する「3つの低減」について話してきましたが,近年,国際的に議論が活発化している人道的観点から見た核兵器を巡る議論,すなわち,核兵器の非人道性についてお話しをしたいと思います。核兵器の非人道性,これは日本が,核軍縮・不拡散を進めるに当たって基礎としている2つの認識,この一番上に掲げてあります2つの認識のうちの1つであり,厳しい安全保障環境への冷静な認識と併せて,この議論が活発化する以前から重視してきた議論です。
唯一の戦争被爆国であります日本にとり,広島と長崎の惨禍を,世代と国境を越えて継承すること,これは日本の使命です。このテーマを巡って,国際社会の認識を一致させること,これが被爆者の方々の思いに応えることでもあります。この問題について,普遍的かつ開かれた議論を行うこと,これが何よりも重要だと考えています。そういったことから次の3つの考え方を重要な考え方として国際社会に訴えていきたいと考えています。
まず第1は,核兵器の非人道性を考慮することは,「核兵器のない世界」に向かう大きな目標に向かって国際社会を「結束させる」触媒であるべきです。核兵器の非人道性は,いかなる核軍縮アプローチをとる際にも考慮されなくてはなりません。核兵器の非人道性を認識するからこそ,我々は「核兵器のない世界」を目指すのであり,そのために多様な核リスクに対処しつつ,様々な取組を同時並行的に進める必要があります。こうした思いを各国と共有するために,こうした非人道性を大事にしていかなければなりません。
第2に,「核兵器のない世界」に向け,核軍縮への機運を高めていくためには,非人道性についての認識,これを世代と国境を越えて「広げていく」,こういった必要があります。具体的には,日本がこれまで国際社会で主導してきた軍縮不拡散教育というものをさらに進めていく必要があります。先ほど紹介いたしました「ユース非核特使」,これも一つの例でありますし,高齢化する被爆者による証言を可能な限り多くの言語に翻訳していくこと,これも大きな課題です。被爆者の証言,今現在,英語,フランス語,中国語,ロシア語,スペイン語,ヒンディ語,ウルドゥ語,インドネシア語,ウクライナ語,ルーマニア語,こういった言語に翻訳して紹介しています。これらは外務省のホームページに掲載しております。
第3に,核兵器の非人道性についての認識を広めると共に,科学的側面についての知見を「深めていく」こと,これも重要になってきます。昨年3月にオスロで開催されました核兵器の人道的影響に関する国際会議,あるいは来月メキシコで開催されます国際会議は,科学的側面を深めるための良い場だと考えています。メキシコの会議には,オスロ会議に引き続き,唯一の戦争被爆国としてこれまで蓄積されてきた医学的知見を紹介するなど,日本政府として積極的に参加し貢献していく考えです。
日本は,核兵器の惨禍をどの国よりもよく知る国だからこそ,「核兵器のない世界」に向けて,国際社会の取組を主導してきました。昨年10月の国連総会第一委員会では,ニュージーランドとオーストラリアそれぞれが主導したこの問題に関する共同ステートメント,この両方に参加をいたしました。これからも,例えば,本年4月の広島NPDI外相会合において,参加する各国外相に被爆の実相に直接触れていただくと共に,核兵器の非人道性の問題,しっかりと議論をし,2015年NPT運用検討会議に向けて有益な提言が行えるよう目指したいと考えております。
6. 結語
そして最後になりましたが,核軍縮・不拡散の取組については,こうした核兵器の非人道性に対する正確な認識,これを出発点としつつ,厳しい安全保障環境を踏まえ,目の前に存在する核リスクに対する冷静な認識を持った上で,現実的かつ実践的な取組を着実に積み重ねていくことが不可欠だと考えています。このことが,「核兵器のない世界」への回り道に見えるかもしれませんが,実際には最短の道であると確信をしています。
ここ長崎に原爆が投下されてから,来年2015年には70年になります。残念ながら,核兵器はいまだ多数存在しており,我々は様々な核のリスクに脅かされています。今日お話をさせていただきました「核兵器のない世界」に着実に進むための「3つの阻止」,そして「3つの低減」に向けた措置が,この2015年に開催されますNPT運用検討会議の成功,更には,「核兵器のない世界」に向けた大きな第一歩に繋がることを,被爆地出身の外務大臣として切に願って,私の話を終わらせていただきます。御静聴誠にありがとうございました。
(了)
{文中の(1)はマル1、(2)はマル2、(3)はマル3}