[文書名] 岸田外務大臣ODA政策スピーチ 進化するODA 〜世界と日本の未来のために〜
導入
(1)岸田外交1年3か月
御紹介にあずかりました外務大臣の岸田文雄です。今日は,日本記者クラブにおいて話をさせて頂くことを大変光栄に思っております。星さんからご紹介いただきましたが,これが最初で最後にならないことを願っております。私も外務大臣に就任いたしまして1年3か月ほど経ちました。今日まで現場主義ということで,34の国・地域を訪問させていただきました。移動距離でもう既に地球を約11周したということで,地球9周くらいでだいたい地球から月へ届くと言われていますので,もう月に行って戻ってきている最中ぐらいの距離を移動させて頂いてきました。先日も,今年に入って6回目となる外国訪問ですが,バングラデシュとミャンマーを訪問させて頂きました。今日は貴重なお時間を頂きました。是非この1年3か月の外交を振り返りつつ,今年は日本にとりましてODAを開始して60周年という節目の年になります。この節目の年にあたりまして,日本外交にとって最大のツールでありますODAの来し方を踏まえて,今後のODAの方向性につきまして,お話をさせて頂きたいと存じます。
まず1年3か月を振り返って申し上げますが,就任以来,私は外交の3本柱ということで,日米同盟の強化,そして近隣諸国との関係強化,そして経済外交の強化,この3つを3本柱として外交を進めてきました。
日米同盟につきましては,この1年3か月でその絆,強固にすることができたと感じております。昨年2月,日米首脳会談が行われました。以来,TPPの交渉参加ですとか,あるいは沖縄普天間飛行場の移設問題での前進等,具体的成果があがってきました。私自身も,昨年10月に東京で歴史上初めてフルメンバーでの2+2を開催させて頂きました。米国ケリー国務長官とは電話会談も含めますともう15回会談をさせて頂きました。4月下旬にはオバマ大統領の訪日も予定されております。是非,その際にアジアの平和と繁栄のために強固な日米同盟が果たしている役割を内外に示す機会にしたいと考えております。
そして2つ目の柱,近隣諸国との関係推進ということにつきましては,例えばASEAN諸国,昨年,友好40周年という節目の年でありました。安倍総理はASEAN10カ国全てを訪問いたしました。私も全加盟国の外務大臣と会談を行いました。そして,12月にはASEAN10か国,残念ながらタイだけは国内の混乱で首相の訪日は適いませんでしたが,他の加盟国全部のリーダーが東京に集結するという形で,日ASEAN特別首脳会議も開催することができました。先日も,今年のASEAN議長国であるミャンマーを私も訪問させていただいて,フォローアップをさせていただきましたが,ミャンマーとの関係,昨年の1年間でもかなりレベルアップできたのではないかと思っていますし,ロシア,インド,あるいはオーストラリア,こうした関係国との協力関係も推進することができました。
また3つ目の柱であります経済外交につきましても,私が本部長を務めます日本企業支援推進本部というのを外務省の中に昨年12月設置いたしました。日本企業の海外展開を一層進めていく,日本経済の成長につながる官民連携案件の形成を進めていく,こうした具体的なアクションプランをとりまとめて,全在外公館に指示を出したということもありました。今後,インフラシステムの海外展開の推進ですとか,日本の中小企業の海外展開の支援ですとか,農林水産物の輸出促進等,様々な取組支援を行っていきたいと考えております。
このように外交の3本柱を中心に国益の増進にこの1年3ヶ月努めてきましたが,外務大臣として感じるのは,それだけでは日本の外交は十分とはいえないということでした。こうした3本柱を中心に国益を守ると同時に,日本は国際社会にとって重要な課題,グローバルな課題に汗をかいてこそ,日本の存在感を示し,そして日本の理解も得ることができるのではないか,こんなことを感じてきました。
例えば,中東和平においても,「平和と繁栄の回廊」構想ですとか,アジアにおけるパレスチナ支援,CEAPADという取組,日本が主導してきました。また,イランの核問題につきましても,私自身イランを訪問させていただきまして,EU3+3,国際的なイランの核問題に対する協議が進む中にあって,独自の歴史的な関係に基づいてイランに対して働きかけを行う,こういったこともありました。シリアの化学兵器の問題についても日本は貢献を行いました。あるいは,核軍縮・不拡散におきましても,今年,4月11日からNPDI外相会合を広島で開催することになります。来年予定されております5年に1度のNPT運用検討会議の準備委員会が日本のNPDI外相会合の直後に最後の準備委員会が開かれる,こういった予定になっています。是非,軍縮・不拡散におきましてもしっかり貢献していきたいと考えています。
こうしたグローバルな課題に日本が取り組む,今申し上げた以外にも,環境ですとか,防災ですとか,こうしたグローバルな課題にしっかり取り組むことによりまして,やはり日本は他のアジアの国とは違う,アジアにおいて存在感を示すことができる,日本の発言力の重みを増すことができる,こういったことに繋がるのではないか,こんなことを感じてきました。要は,外交の3本柱を中心に日本の国益の増進を守ることと併せて,こうしたグローバルな課題に取り組んでこそ,日本は国際社会の中で存在感を示すことができる,こういった姿勢で取り組んできました。
(2)2015年の国際的な位置づけと日本の貢献
そういった中,来年2015年は,世界にとりまして大変大きな節目の年になるのではないかと感じています。戦後70年,国連創設70年,あるいは日韓国交正常化50年等々,様々な節目の年となります。その中で,開発の分野ということを考えましても,来年2015年は国際社会で取り組んできた,ミレニアム開発目標(MDGs)の達成期限であり,そしてポストMDGs,新たな開発目標が策定される年であり,また,気候変動に関する2020年以降の新しい国際枠組が決まる年でもあり,あるいは,仙台で国連防災世界会議が開催される,こういった年でもあります。
この開発の分野にとりましても,2015年,大変大きな年になると感じていますが,こうした国際的な諸課題,特にこの開発の分野において,日本がしっかり取り組んでいくための最大のツールがODAということになります。我が国のODA大綱,1992年に作られました。そして2003年に一度改定されてから10年以上が経っています。2015年,この大きな年を見据えて,また,2003年以降の日本及び国際社会の大きな変化を踏まえて,ODA60周年の本年,ODA大綱の見直しを行う,改正することをここで発表したいと考えております。
そもそもこのODA大綱は,冷戦が終結して,日本外交が新たなフェーズに入る1992年に,平和外交の柱として,私の郷土,広島の大先輩であり,宏池会会長でもありました宮澤喜一総理が,当時の宮澤喜一内閣において初めて作り上げたものでありました。世界で輝く日本を目指すこの安倍内閣で,新たな時代環境に応じたODA大綱の見直しを行うことは,日本のこれからの歩みを世界の皆さんに知っていただくということにもなります。
まずはODA60年を振り返り,そしてその上で,新たな時代のODAとはどうあるべきなのかを申し上げ,結論としてODA大綱を今年見直すということについて申し上げさせて頂きたいと存じます。
1.ODA60年を振り返って
ODA60年を振り返ってということでありますが,そもそもなぜ日本が開発協力を行うのか,このことについて私の考えを申し上げさせていただきたいと思います。
まず1つは,日本の国のあり方に関わります。世界には,貧困や疾病に苦しみ,明日への希望を持てない人がたくさんいます。こうした方々に支援の手を差し伸べる,これは人間の持つ崇高な理想,理念ではないかと思います。私は,日本の国のあり方の基本には,まずこれがなくてはならないと考えています。そして,その具体的な取り組みがODAであると考えています。
もう一つ大事なことは,日本の平和,安定,そして繁栄にとって好ましい環境を作り出すということです。ODAは日本の国の国民の税金を使うわけでありますから,ODAは日本の利益に資するものでなくてはなりません。しかし,これは短期的な国益の追求でなくして,国際社会全体のためになりながら日本の利益にも繋がる,こうした支援のあり方を探っていくことが重要であると考えています。
(1)日本の支援の歴史と特色
ア 自助努力支援
そして,今日までの日本のODAの特色を申し上げると,3つあると思います。自助努力の支援,そして持続可能な経済成長,そして人間の安全保障,この3つです。
まず自助努力支援ということですが,教育や人づくりを通じて途上国が自ら成長を切り開いていく力を育て,その国に合ったものを共に考え,共に進むという日本の支援の根底にある思想です。
例えば,シンガポールが,かつて日本の交番制度を取り入れたいと希望しました。日本は技術協力を行いました。この協力で,シンガポールは1983年に最初の交番を設置し,そして2004年までに全国に約100カ所の交番を設置しました。日本の制度にシンガポールならではの知恵が加わったシンガポール版交番は,市民の厚い信頼を勝ち得,そして犯罪発生率の低下に大きく貢献しました。これはまさに自助努力支援が華開いた事例であると考えています。
そして,その基礎をなしているのが,人づくりです。JICAはこれまで,約12万6千名の専門家を世界に派遣しました。約51万6千名の研修員を日本に受け入れました。東ティモールの大統領となり,ノーベル平和賞も受賞したラモス=ホルタ氏も,かつてJICA研修員として日本を訪問されました。日本で研修を受けた多くの人々が,それぞれの国の中枢で活躍しています。
イ 持続的経済成長
そして,今日までのODAの2つ目の特色として,持続的な経済成長,これをあげなければなりません。
1980年代,水源もほとんどないタイ東部の漁村が日本のODAにより一大工業団地として発展を遂げました。そして,日本企業を含む多くの企業が進出し,製品が世界各地へ輸出されることになりました。
また,日本は,ASEAN域内の道路,橋,空港,港湾,電力網等をODAで整備し,ASEAN統合に不可欠な連結性の強化・物流の円滑化に貢献してきました。インフラ整備は,民間投資を促進し,そして雇用を生み出し,そして持続的な経済成長へとつながっていきます。インフラ整備をすることによって,その国に持続的な経済成長をもたらす,こうしたパターンは日本のODA・国際協力の特徴的なパターンです。これは日本のアジアにおける経験,対アジア支援の実績に裏付けられています。現在のASEANの飛躍的成長は,皆様もご存じのとおりです。
ウ 人間の安全保障
我が国の今日までのODAの3つ目の特色として,人間の安全保障,すなわち,人々が恐怖や欠乏から免れ,尊厳を持って生きていけるように協力する,先ほど申し上げた日本の国のあり方,人間の持つ崇高な理念に関わる支援のあり方です。日本は,この理念の下,人間一人ひとりに着目して,個々の人を保護し,能力強化を支援することを実践してきました。
日本は1997年,ザンビアの首都ルサカ市で,最もコレラ発生率の高い地域に,公共の水洗トイレ・シャワーを設置しました。これにより,かつてゴミ捨て場だった場所が,地元の人に「KOSHU(公衆)」という名前で現地の方々に親しまれる場所になりました。そして,この地区のコレラ感染は2004年にはわずか1件にまで激減しました。
(2)日本の開発協力の成果
ア 途上国の成長・貧困削減
こうした日本のODAは,大きな成果をもたらしてきました。過去30年で,1日1ドル以下で生活する人の割合は世界中で52%から20%まで減少しました。乳児死亡率も45%以上減少しました。これには,もちろんこの途上国自身の努力があるわけですが,日本のODAも大きく貢献してきたと自負をしています。そして,日本に対する各国の厚い信頼と好感につながっています。東日本大震災の際に,世界各国から多くの国々から支援が日本に寄せられましたが,途上国からは日本の支援に対する恩返しであるという声が多く添えられたということ,大変印象的でありました。
イ 日本や国際社会全体にとっての利益
そして,ODAの効果として日本にとっての利益も忘れてはなりません。日本が重点的に支援してきたアジアにおいては,1981年からこの20年間に年平均6.4%を超える成長を達成しました。今やこのASEANは,総GDPで2兆ドルを超える巨大市場に成長しました。2015年にはこの共同体構築を目指して,ASEANは歩みを進めています。この発展するASEANは,日本と世界の経済にとって欠かせない存在となっています。
そしてアフリカという地域を考えましても,かつて,90年代初頭は,今のアフリカとは随分様子が違っていました。今でこそアフリカは「躍動する大陸」として世界中から注目を集めていますが,90年代初頭のアフリカは混乱,あるいは貧困の中にあり,この大変厳しい環境の中に存在しました。90年代初頭のアフリカに世界は関心を示すことはありませんでしたが,その当時から日本はアフリカの可能性を信じ,他国に先んじてTICADプロセスをスタートさせました。21年前にこのTICADプロセスをスタートさせ,昨年TICADVを6月,横浜で開催しました。このTICADを開始してアフリカの成長を後押ししたのが日本でありました。それが今日のアフリカの飛躍に繋がっています。今日,日本企業もアフリカに関心を高めてきています。
ODAの成果は経済面に限りません。日本が輸入する原油の8割以上が通過するマラッカ・シンガポール海峡を含む東南アジアの海洋は,日本はもちろん,この国際社会全体の繁栄を支える重要な交通路です。日本の協力でこの地域が安定的に発展してきたこと,これは,安全保障の面においても大きな意義があると考えています。
2.新たな時代のODA
こうした日本のODA60年の歩みを振り返ってきましたが,改善や是正の必要な例もあります。ODAの適正な実施,とりわけ不正・腐敗の防止のための,更なる努力も当然必要です。しかしながら,ODAは途上国の開発あるいは国際社会の様々な課題の解決に貢献するとともに,日本の国益にもつながっている,これはまぎれもない事実です。
そして,我々を取り巻く環境はこの60年,いや,この10年だけでも大きく変化しています。その変化の中で,ODAは,さらなる進化を遂げる必要があります。このODAの今後について3つの進化ということで,私の考えを申し上げさせて頂きたいと存じます。
(1)第1の進化:国際社会の議論をリードするODA
1つ目は国際社会の議論をリードするODAということです。現在,新たな国際開発目標に向けた議論が活発化しています。日本は,新しい開発協力の羅針盤として,第一は包摂性,第二は持続可能性,そして第三に強靱性,こういったものを掲げていますが,今後ODAがリードすべき課題として,まずは格差の是正というものがあります。
そして,日本は,得意分野の母子保健を中心に,着実な支援をこれからも行っていかなければなりませんが,女性分野というのも我が国はこれからODAを通じて,目指す大変重要な分野であります。
また,国際保健の分野においても「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」推進を昨年我が国は国際社会に約束を致しましたが,国際保健の分野においてもしっかり貢献をしていかなければなりません。
また,気候変動の分野の支援も重要であります。また,先ほども申し上げましたが,来年第3回国連防災世界会議が仙台で開催されます。この防災というのも大変重要な課題です。こうした課題を通じて,国際社会をリードするODA,これを我が国はこれから目指さなければいけません。
(2)第2の進化:開発の土台としての平和,安定,安全
そして,第2の進化としまして,平和と安定,そして安全のためのODAを目指さなければなりません。経済社会活動に注力する,あるいは個人の可能性を開花させる,そのためには平和で安定した社会が不可欠な土台となります。その観点から,これからのODAは,広い意味での安全保障の分野でもしっかりと役割を果たすべきです。
これまでも日本は,平和構築の分野で貢献をしてきました。フィリピンのミンダナオ島では,和平の後押し,あるいはウガンダ北部における,停戦直後からの支援,こうした取り組みを行ってきました。今後,継ぎ目のない平和構築支援のために,更なる努力が必要になります。軍の民主化や治安機関の改革のための協力,さらには,PKOや自衛隊の活躍,様々な協力との連携も強め,NGOや国際機関とも協力体制,こんなものも作っていかなければなりません。
また,国際社会の安全確保の面でも,ODAの取組を強化していかなければなりません。こうした経済や個人の活躍の土台となる平和で安定した社会作りのためのODA,平和と安定と安全のためのODA,これも今後のODAが目指す一つの方向性だと思います。
(3)第3の進化:様々な主体との連携の強化
そして第3の進化として,我が国は,ODAを考える際に様々な主体との連携が重要だと考えています。
今や先進国から途上国に流入する民間資金,これはODAそのものの約2.5倍に達しています。民間の投資で雇用が生まれ,消費が促され,成長に繋がる,それがまた投資を呼ぶという循環が生まれれば,貧困からの脱却も軌道に乗ります。民間投資を呼び込むためのODA,こうした役割が求められます。こうした民間との連携が大変重要でありますし,今や地方自治体,中小企業の国際協力において重要な役割を果たしています。沖縄県の宮古島市は,水に関する島特有の技術を活用して,島国のサモアに協力を行っている,あるいは宮城県東松島市は同じ津波の被災地であるインドネシア・バンダアチェ市に東日本大震災の教訓を伝えていく。こうした協力の背景には,地元の中小企業の技術や製品の活用もあります。こうした地方自治体,中小企業の連携も重要です。さらにはこれからのODAを考える場合に,NGOとの連携も重要になってきます。さらには,国際機関との連携も重要です。様々な国際機関との連携も重要ですが,ASEANですとか,アフリカのAUですとか,地域機関との連携も重要になってきます。
ODAが中核となって様々な主体と繋がって,相乗効果を生む。これが,日本と世界の活性化につながっていきます。これからのODAはそんなものを目指さなければなりません。
結論
以上申し上げさせていただきましたように,新しい時代を迎え,60年の歴史を積み重ねてきたODAも進化しなければなりません。そういったことから,私は今年,ODA大綱が作成されてから22年,前回の改正が行われてから11年経つわけですが,今年ODA大綱を見直すこと,改定することを決定させていただきました。私の下に,薬師寺泰蔵慶應大学名誉教授を座長とする有識者懇談会を設置して,議論を行います。これを踏まえまして,年内を目処に新大綱を策定することを目指しております。
財政が厳しい中,オールジャパンの取組が求められるこれからのODA政策は,国民の皆様の理解を得ながら国民の皆様と共に作っていかなければなりません。新しい大綱の策定にあたっては,NGOや市民団体,経済界,様々な方々の意見を聞く機会を設けていきたいと存じます。
国際社会の平和と繁栄を誠実に希求する平和国家として,あるいは,国際社会の責任あるプレーヤーとして,国際社会を力強くリードしていけるよう,日本の国際協力はさらなる進化をとげる時を迎えていると考えております。今回のODA大綱の見直しは,そのための重要な土台を作ることに繋がると確信をしている次第です。
以上ODA60周年の今年にあたりまして,ODA大綱の見直しということについて申し上げさせていただきました。ご静聴誠にありがとうございました。