データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国際協力60周年記念シンポジウム 岸田外務大臣基調講演 「新たな時代の開発協力〜平和国家・日本の目指すもの〜」

[場所] 東京
[年月日] 2014年11月17日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

外務大臣の岸田文雄です。

本日は,国際協力60周年記念シンポジウムに御参加いただき,ありがとうございます。特に,クラークUNDP総裁,デル・ロサリオ・フィリピン外務大臣,カマウ・ケニア運輸インフラ長官には,本シンポジウム出席のため訪日いただきました。心から歓迎するとともに,感謝申し上げます。

さて,今年,我が国が政府開発援助(ODA)を開始して60年の節目を迎えました。私は,今年の3月,日本記者クラブで11年ぶりにODA大綱を見直すことを発表しました。

その背景にあるのは,ODAをめぐって国内外で大きな変化が生じており,ODAに求められる役割も変わっているということです。1954年に我が国がODAを開始してから今日まで,190か国・地域に対するODAを通じて,開発途上国の安定と繁栄に貢献してきました。このことは,開発途上国との関係の強化,日本の存在感の向上につながりました。

しかしながら,アジアやアフリカ,中南米の経済発展に伴い,この10年で,開発途上国に流入する資金でODAの占める割合は4割から2割弱にまで低下し,代わりにODAの3倍近い民間資金が開発途上国の開発に大きな役割を果たすようになっています。日本のODA予算も,厳しい財政事情の下,年々減少し,当初予算では一時期の半分以下にまで落ち込んでいます。

このような中,今後の日本のODAの在り方をもう一度見つめ直そう,そう思って今回のODA大綱見直しの議論をスタートしました。

本日は,この問いかけに対する私自身の考えをお話ししたいと思います。

1.平和国家日本の目指す開発協力

この60年間,我が国のODAが最も重視してきたことは,開発途上国に一方的な「援助」を行うのではなく,同じ目線に立ち,ともに汗をかきながら,開発途上国とその国民の自助努力と自立的発展を促す「協力」を展開することです。

私自身,外務大臣に就任以降この1年10か月,世界を駆け巡る中で,日本のODAの現場を目の当たりにしてきました。昨年11月にインドを訪れた際は,東京メトロを超えようとする規模のデリー・メトロに試乗しました。2002年に運行を開始したこの地下鉄は,総事業費の半分以上が日本の円借款によって賄われました。

しかし,日本の援助は,単なる資金提供にとどまるものではありません。日本企業やコンサルタントが地下鉄の車両導入,線路や駅の建設,施工管理などに参加し,安全運行や車両の維持管理などの技術協力も行いました。

インドの関係者によれば,日本人スタッフから安全性を重視し,質を維持し,納期を守るといった考え方の重要性を現場で学んだことで,意識改革やワークスタイルの変化がもたらされたそうです。「ノーキ」という言葉が,同僚の間で愛用されるまでになったとのお話も伺いました。障害者や女性にも使いやすいこの地下鉄は,今では毎日200万人以上もの人々に利用される市民の足として定着し,生活の質を変えました。

「人づくりは国づくりの根幹」-これは我が国が開発協力を始めた頃,我が宏池会の大先輩である池田勇人総理が掲げた考えです。我が国は,この考えの下,戦争の灰塵から人材をほぼ唯一の資源として,アジア初の先進国になった経験を踏まえ,このデリー・メトロの例が示すように,開発途上国と同じ目線に立ち,人から人へ伝える協力を行ってきました。

去る8月にベトナムを訪れた際も,日本への期待と信頼が本当に大きくなっていることを実感しました。今年,ベトナム人に最も信頼できる国を聞いたところ,何と46%が日本をあげ,ダントツの1位です。他のASEAN各国でも,ほぼ全ての国において,日本が最も信頼できる国と評価されています。こうした信頼の背景に,我が国が人と人とのつながりを大事にして地道な協力を行うことを通じて築いてきた友好関係があることは,疑いの余地がありません。

我が国は,国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の考えの下に,これまで以上に世界の平和と安定及び繁栄に貢献していく決意を表明してきました。ODAを通じた非軍事的な協力により国際社会の平和と繁栄に貢献してきた平和国家としての信頼と実績にもとづき,「積極的平和主義」を実践していく考えです。この際,ODAの軍事的用途や国際紛争助長への使用を回避する,この原則は今後も堅持していきます。

そして,もう一点,人間の安全保障という視点から,一人ひとりを恐怖と欠乏から解き放ち,個人の豊かな可能性の実現を図ることが大切です。この考え方は,我が国が開発協力を展開する上での根底にある理念となっています。

私は,平和国家として長年の歴史の中で培ったこれらの考え方と経験こそ,これからの我が国の開発協力を支えていくものと考えます。

2.これからの日本の開発協力の具体的方向性

それでは,これからの時代の日本のODAには,どのような意義があり,どのような役割があるのでしょうか。

先ほど申し上げたとおり,先進国から開発途上国に流入する民間資金は既にODAを大きく上回り,開発途上国の成長にとって重要な力となっています。

では,ODAはもはや不要なのでしょうか。私は,むしろ,そのような時代にこそ,単なる資金の提供ではない「日本らしい」ODAが果たすべき役割があると考えます。

第一に,触媒としてのODAの役割です。

開発途上国が,貧困を撲滅し,自立的発展を遂げるためには,民間主導の力強い成長が必要です。早くも1960年代から,アジアを中心に,インフラ整備や人材育成を始め,経済発展を促すODAを実施してきた我が国,そしてアジアの成長の経験に照らせば,成長なくして,持続的な貧困撲滅はあり得ません。ODAは,成長を民間が主導する形で軌道に乗せる「触媒」の役割を果たします。

しかし,経済成長だけでは,格差が拡大したり,社会的に弱い立場にある人々が取り残されることがあります。

そこで「質の高い成長」が重要です。

「質の高い成長」とは,成長の果実が社会全体に行きわたり,誰ひとり取り残されないという意味で「包摂的」であること。地球環境の悪化を認識し,限りある資源を踏まえ,経済・社会・環境の三つの面で「持続可能」な開発を実現すること。そして,経済危機や自然災害,紛争等,各国が直面する様々な脅威に対し「強靭」な社会を構築すること。この三つの要素を兼ね備えた成長です。

これからのODAには,まず,民間投資を呼び込むための「触媒」,そして更に民間投資を「質の高い成長」に結びつけるための「触媒」としての役割が重要だと考えます。

ASEAN地域には,共同体構築に向けた連結性の強化を含む膨大なインフラ開発の需要があります。日本は,ASEAN各国との対話を行いながら,官民パートナーシップ(PPP)による事業の展開も含め,より効果的に民間資金が動員されるようODAを活用していく考えです。

本日はケニアのカマウ運輸インフラ長官もお越しですが,昨年6月のTICADVで,日本は,「質の高い成長」の実現を5年間の開発目標に掲げました。ケニアとウガンダを結ぶ北部回廊を含む成長回廊の整備もその目的に資するものです。

また,環境・社会にも配慮した最先端の技術とアイデアによるインフラの質の追求等により,「質の高い成長」を実現していきます。その際,ODAだけではなく,他の公的資金,さらには,民間企業やNGO,地方自治体,大学等とも連携した,オール・ジャパンの協力が重要だと考えています。

こうした皆さんとともに開発協力に取り組んでいくことは,草の根レベルの人と人との交流,ひいては世界との友好関係の強化にもつながっていくはずです。

第二に,平和で安定した社会のためのODAです。

「質の高い成長」を遂げるためには,その前提として,一人ひとりが安心して経済社会活動に注力できる環境が不可欠です。

我が国は,平和構築を始め,平和で安定した社会の実現のための支援を行ってきました。特に,約10年にわたり積極的に取り組んできたフィリピンのミンダナオ和平支援はその好例です。デル・ロサリオ大臣と協力してフィリピン政府の進めるミンダナオ和平合意の実現を支援しています。

また,安定した社会を実現するためには,自由や民主主義,基本的人権の尊重,法の支配といった普遍的価値が確保されることが重要です。そのような観点から,我が国は,法制度整備支援やガバナンス支援等に今後もより一層積極的に取り組んで行く考えです。日本の支援の良さは,資金だけでなく,人が動き,技術が動き,倫理や習慣が動き,中長期的に,地域の,そして国全体の在り方を被援助国とともに形づくる,そのようなことを実現してきたことにあると思います。

最後に,しかし決して忘れてはならない人間の安全保障のためのODAです。

グローバル化の進展に伴い,環境・気候変動,自然災害,感染症等,もはや一国のみでは解決できない問題が山積し,特に開発途上国の貧困層に深刻な影響をもたらしています。人類共通の脅威の克服のために努力し合うことは,どの国にとっても望ましい共通の利益であり,我が国として真摯に取り組むべき課題です。

グローバル化に伴う課題は,ポスト2015年開発アジェンダを巡る議論でも重要なテーマです。御同席のクラーク総裁のUNDPを始めとする国際機関とも連携しながら,保健分野ではユニバーサル・ヘルス・カバレッジの推進,女性の地位の向上,そして,来年3月の仙台での第3回国連防災世界会議での成果も踏まえ,防災の主流化の促進等に向けて積極的に貢献していく考えです。そこでもODAは重要な役割を果たすことは間違いないでしょう。

3.結語

以上のような考えに基づき,私は,11年ぶりにODA大綱を見直し,新たに「開発協力大綱」を策定することにしました。

かつて,クラーク総裁は,ニュージーランド首相に在任中,「世界の国々は未来に向けた競争の途上にいる。その競争で競い合うには,深い戦略性を持ち,正しい政策を推進し,投資をすることが重要である」と度々述べられていたと伺っています。

世界が大きく変動している今の時代にこそ,「未来への投資」であるODAには果たすべき新たな役割があります。そのためには,60年の歴史を有する日本のODAの良き伝統を踏まえつつ,質・量ともに充実を図りながら,日本と世界の平和と繁栄のため,時代の求める役割を果たせるODAにしていかなければなりません。

開発協力大綱は,国際社会の責任ある国家として,日本の開発協力の進むべき道を記した羅針盤となるものです。

本日のシンポジウムを機に,こういった日本のODAが国際社会で果たす役割や目指す方向性について,皆様に活発に意見を交わしていただくとともに,私の申し述べた基本的な考えについて御理解と御支持を賜れれば幸いです。

ありがとうございました。