データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 岸田外務大臣スピーチ「インド太平洋時代のための特別なパートナーシップ」

[場所] インド・ニューデリー
[年月日] 2015年1月18日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

バティアICWA事務局長,

シャシャンク元外務次官,

御列席の皆さま,

冒頭

バティア事務局長,シャシャンク元次官,御親切な紹介ありがとうございます。

本日は,ここ世界問題評議会においてスピーチする機会を賜り,大変光栄に存じます。

実は私は昨年末インドを訪問し,スワラージ外相と日印外相間戦略対話を行うことを計画していましたが,総選挙が行われることになり,私自身も自らの議席を守るため選挙を戦うこととなったため,残念ながら実現できませんでした。選挙というものの厳しさについては,アジア,いや世界最大の民主主義国であるインドの皆さんは,よくご存知だと思いますので,この事情御理解頂けるのではないかと思います。

選挙期間の2週間,私は自分の選挙区である広島にはほとんど入ることはできず,一人でも多くの同志を当選させるため日本全国を飛び回り,国民に支持を訴えてまいりました。選挙戦の結果,与党は国民から大きな信任を頂くことができ,第三次安倍内閣が発足しました。私自身も外務大臣として再任されました。

外務大臣再任後,真っ先に訪問しているのがこのインドです。昨年訪日したモディ首相に私自身お約束したインド訪問を今回こうして果たすことができ,大変嬉しく思います。

インド太平洋の時代

ご列席の皆さま。

今回の私のインド訪問には特別な理由があります。私が外務大臣再任後初の外国訪問先としてインドを訪問したのは,インド太平洋地域が世界の繁栄の中心となる時代が到来しつつある現在,日印のパートナーシップがこの新たな時代を牽引する特別なパートナーシップだと信じるからであります。太平洋とインド洋は,自由の海,繁栄の海として,ダイナミックに結合しつつあり,地域諸国はめざましい発展を遂げています。一方で,この地域が安全保障上の脆弱性を抱えることも事実です。インド太平洋地域の平和と繁栄が,日印両国のみならず世界にとっても重要なものとなっている。そのような中,日本とインドの特別なパートナーシップがインド太平洋地域においてどの様な役割を果たすべきなのかについて,私の考えをお話ししたいと思います。

来し方を振り返って(戦後70年の歩み)

ご列席の皆さま。

未来について述べる前に,日本とインドの来し方を振り返ってみたいと思います。

安倍総理が年頭記者会見で述べたとおり,日本は先の大戦の深い反省の上に立ち,戦後70年間一貫して民主的で人権を守り,法の支配を尊重する国家を造り,平和国家としての歩みをひたすら進め,アジアや世界の平和と発展のために貢献してきました。また,インドは,世界各国における国連PKO活動に長年に亘って世界トップクラスの規模で要員を派遣するなど,平和構築の分野で多大な貢献を行ってきた長い歴史を有しています。今日のインド太平洋地域の躍進の基礎を築いたのは,戦後70年間の平和と繁栄を希求する日印両国の取組と,地域・国際社会の努力があったからこそです。

こうした歴史を基礎に,日本は,今後とも国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の旗のもと,インド太平洋地域はもとより,世界の平和と安定のため,一層貢献していきます。たとえば,今年6月20日に東京で,「アジアの平和構築と国民和解,民主化に関するハイレベル・セミナー」を開催し,アジアにおける平和構築の経験と教訓を共有し,それを世界に発信する考えです。そして,更に,日印の特別なパートナーシップの下で,インド太平洋地域の新時代を築くために貢献していきたいと考えています。

未来に向けて

ご列席の皆さま。

では,このインド太平洋地域の平和と繁栄を確たるものにするために日印両国はどう取り組めばよいのか。私は,インド太平洋を繋ぐ3本の架け橋を強化していくことを提唱します。

1本目は,「価値と精神」という架け橋です。

民主主義,自由,開かれた経済,法の支配などの普遍的価値は,インド太平洋地域が安定し,繁栄し,世界の中心として輝いていくために欠くことのできないものです。そして,日本とインドは,アジアにおいて最も成功した民主主義国,自由主義国です。インド太平洋地域が民主主義的価値や開かれた経済,法の支配に支えられた秩序を構築するためには,日印両国のリーダーシップが不可欠であると強調したいと思います。

また,アジアの伝統的精神には,寛容性,包括性,非暴力,人類愛といった考え方が広く内在されています。このような精神文化があるからこそ,民主主義がアジアに根付いてきたのです。仏教を生んだインド,仏教をはじめとする様々な信仰を受容し日本古来の精神と調和させてきた日本は,アジアの精神性の二大旗手であると言えましょう。

「価値」と「精神」の両面において,日印は地域を代表する国であり,それ故地域を牽引していくことが可能なのです。それが,日印のパートナーシップが特別な所以の一つであります。

2本目は,「Vibrantな(活力ある)経済」という架け橋です。

各国の経済が地域内,地域間で有機的につながることで,相乗効果を生み,活力を高めることができます。近年,強化の進む日印経済関係も,インド太平洋地域全体に裨益するものへと昇華させていくべきです。

日本はアベノミクスの下,日本企業の海外展開をサポートし,インドはモディノミクスの下,投資呼び込みによる製造業の強化を進めています。昨年9月の首脳会談で合意された「日印投資促進パートナーシップ」はアベノミクスとモディノミクスのシナジーを追求するものであり,日本としてもこのシナジーにより,モディ首相が進める「メイク・イン・インディア」に貢献し,インドがインド太平洋地域,ひいては世界の経済成長の新たな拠点となることを後押ししていきたいと考えます。

さらに,南アジア域内の経済連結性を強化するとともに,南アジアと東南アジアの連結性を,海,陸の両面から強化し,これらの地域を一つの巨大な経済圏として結合していくことが重要です。それによって,インド太平洋という地域全体が活力ある経済成長を遂げることが可能となりましょう。この観点から,日本は,SAARC域内の連結性強化のために,同地域内のエネルギー網構築を支援する考えです。また,SAARCとASEANの連結性強化のために,その結節点となるインド北東部州の発展への支援などを通じて協力を強化していきます。

科学技術や最先端技術への投資は,経済成長の基礎であり起爆剤です。日本とインドは,海洋技術・海洋観測,宇宙などの分野で若手研究者間交流の拡大をはじめとした協力を強化することに首脳間で合意しています。科学や技術の分野における日印パートナーシップを強化することで,活力ある地域経済の種を撒き,育てていきたいと考えています。

そして,3本目は,「開かれ安定した海洋」という架け橋です。

インド洋から南シナ海を経て太平洋に至るこの地域は海によって繋がれた地域です。共に海洋国家であるインドと日本は,シーレーンの安全に死活的利益を託す国です。国際法に基づいた主張,主張を通すために「力」を用いない,紛争の平和的解決,という安倍総理が提唱した「海における法の支配の三原則」が徹底されることが,この地域の平和と安定の基盤となることは論をまちません。

日本とインドは,防衛当局間の共同海上訓練,海上保安当局間の対話や連携訓練の実施など,海上安全保障分野での協力を積み重ねてきています。今後,救難飛行艇US-2を含む防衛装備協力や印米マラバール海上訓練への日本の継続的参加など更なる協力強化を進めていくことが重要です。さらには,ASEAN地域フォーラム(ARF)や東アジアサミット(EAS)などのマルチの枠組みにおける日印協力もますます重要になってくるでしょう。日印の特別なパートナーシップの下,「開かれ安定した海洋」を守るという私たちに課せられた重責を,より積極的に担っていこうではありませんか。

グローバルな課題への取組

ご列席の皆さま。

日印のパートナーシップの意義は,インド太平洋地域だけには止まりません。グローバルな課題の解決においても,日印の特別なパートナーシップはますます重要になってきています。

まず,安保理改革です。今年,国連は発足70年を迎えます。国連は,この間,紆余曲折を経ながらも,世界の平和,開発,人権の分野で貢献してきました。日本はその最大の受益者の一つであり,国連を重視しています。しかし,21世紀の急増する新たな課題に適切に対応するため,安保理の常任・非常任理事国議席を双方拡大し,現在の国際社会を正統に反映させる必要があります。常任理事国としての責務を担う意思と能力がある日本とインドは,この改革を遂行する原動力となります。本年に具体的な成果を得るために,日・印・ドイツ・ブラジルがG4として結束し,国際社会の声を結集していきます。

今回の仏での卑劣な銃撃テロ事件は,テロとの闘いが引き続き国際社会が全力で取り組んでいくべき課題であることを,改めて強く決意させるものとなりました。先般の仏でのテロ事件を含め,日本は,あらゆる形態のテロを断固非難します。テロは,日本とインドにとっても現実的な危険です。ちょうど2年前にアルジェリアでテロ事件が起き,多くの日本人に犠牲が出ました。また,インドにおいても悲惨なテロが各地で頻発していると承知しています。日印間でしっかりテロに対峙していきましょう。

そして,本年は原子爆弾の投下から70年でもあり,核軍縮・不拡散の節目の年であります。この機会に,インド議会が毎年8月,日本の原爆犠牲者に対し追悼の意を表してくださることに対し,日本を代表し,とりわけ被爆地広島出身の外務大臣として,心から感謝の意を表します。唯一の戦争被爆国として,「核兵器のない世界」に向けて国際社会をリードしていくことは日本の重要な使命です。この「核兵器のない世界」という目標についてはインドとも共有しており,立場の違いはあるものの,この大きな目標に向かって,日印間の「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」の下,軍縮・不拡散分野での国際的な取組を強化するため,両国でどのような協力ができるのかを共に探求していきたいと思います。現在行っている民生用原子力協力に関する協定交渉についても,こうした「核兵器のない世界」を目指すという我が国の立場を踏まえつつ,両国が協力することによって進めていきたいと思います。

結び

ご列席の皆さま。

インド太平洋地域の平和と繁栄は,21世紀の世界の平和と繁栄に大きく貢献するものです。モディ首相が訪日時に述べられたように,日印関係は21世紀のアジアの方向性を決定付ける特別なパートナー関係なのです。世界で最も可能性を秘める二国間関係を有する日本とインドで,インド太平洋を繋ぐ3本の架け橋を更に強化し,この地域の潜在性を大いに開花させ,地域全体ひいては世界の平和と発展を共に牽引していこうではありませんか。

日印が共に努力すれば,必ずやこの世界に前向きな変化をもたらすことができるでしょう。

御清聴ありがとうございました。