データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「アジアの平和構築と国民和解、民主化に関するハイレベル・セミナー」岸田外務大臣基調演説「アジアと共に歩む平和国家」

[場所] 
[年月日] 2015年6月22日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

 明石議長、

 御列席の皆様、

 本日は、本ハイレベル・セミナーに御参加いただきありがとうございます。アジア各国より、平和構築、国民和解、民主化の分野で様々な活動・貢献をなされている世界的に高名な方々をお招きして、このようなセミナーを、ここ国連大学で開催できることを大変光栄に存じます。

 この機会に私から、これまでのアジアと日本の戦後の歩みを振り返り、その上で、今後の日本の平和構築の取組についてお話ししたいと思います。

1.戦後のアジアと日本の歩み

 振り返りますと、70年前、先の大戦が終結した時、アジアにはわずかな数の独立国しか存在しませんでした。

 日本自身も、国際社会への復帰を果たしたのは、1952年に発効したサンフランシスコ平和条約によってです。

 それと前後して、多くのアジア諸国が独立を達成しました。

 私は、広島出身の政治家として、戦争と平和には特別な思いがあります。70年前、日本の国土は戦争により荒廃しました。また、日本は、自らの行為によりアジア諸国民に多大の苦しみを与えました。

 その中から、我々日本人は、反省と不戦と平和の誓いを心に深く刻み、ひたすらに国土の復興に取り組み、自由、基本的人権、民主主義の実現に努力し、平和国家として歩んで参りました。

 今日もその平和国家としての決意は些かも揺らぐところはありません。過去から決して目をそむけることなく、しかし、未来に向かって平和国家として努力していかなければなりません。

 さて、戦後長きにわたり、アジアの多くの地域で、紛争は絶えませんでした。それを自らの70年前の姿に重ね合わせ、日本は、アジアの友好国として、できる限りの支援の手を差し伸べてきました。

 日本だけが平和になればいいわけではない。地域の、そして世界の友邦と平和の恩恵を分かち合うことができてこそ、真の平和がもたらされる。

 日本はそのような決意を胸に秘め、カンボジア、ミャンマー、ミンダナオ、アチェ、ラモス・ホルタ前大統領の母国である東ティモール、スリランカ等のアジア各地で、平和のために積極的に汗をかいてきました。

 今日、日本政府は、「国際協調主義に基づく積極的平和主義」を安全保障の基本政策に掲げています。

 これは日本の平和国家としての決意から生まれてきたものです。「積極的平和主義」の核となる実践が、日本がアジア各地で行ってきた平和構築への貢献です。

 また、日本の平和への貢献をより効果的で切れ目のないものとするため、現在国会で平和安全法制の審議をお願いしているところです。

 今日アジアは、70年前には想像もつかなかったほど、大きな発展を遂げましたが、紛争やその火種は今も各地に残されています。日本は、これからも、アジアの友人たちと共に、平和構築、国民和解、民主化を達成・定着させるためにしっかりと貢献していきます。

2.日本の平和構築の3つの理念

 それでは、日本は今まで、どのような考えの下にアジアの平和構築に取り組んできたのでしょうか。振り返ってみますと、日本の平和構築には次のような3つの理念や特徴があったのではないかと考えます。

(「現場」と「人」の重視)

 第一は、「現場」と「人」の重視です。

 日本は、現地の政府と協力しながら、平和構築や民主化の現場に足を運び、現地の人たちと共に考え、共に歩むこと、そして、人を育て、日本の技術やノウハウをしっかりと現場に根付かせることを大切にしてきました。

 日本の国際貢献のまさに現場の第一線で活躍してきたのがJICAであり、草の根レベルで現地の人々と共に活動してきたのが青年海外協力隊です。

 また、本日の全体議長を務めていただいている明石康日本政府代表が国連事務総長特別代表を務められたカンボジア等の紛争終結地域において、国連PKOに対し、要員・部隊の派遣を行ってきました。

 この観点から、日本は、peacebuildersの養成に一層力を入れていきます。本年度は、これまでの取組を強化する形で、「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を新たに開始します。

 また、今後、アジア太平洋地域との人的交流事業であるJENESYS2015を通じ、アジアの若者300人程度を目標に広島・長崎を訪問してもらい、被爆の実相に触れていただくとともに、日本の若者との間で平和構築をテーマにディスカッションするなど交流の機会を設けます。

(経済開発の重視)

 第二に、平和・和解の基礎として、経済開発による生活水準の向上を重視してきました。

 なぜならば、日本は、経済発展を成し遂げることで、その平和国家としての歩みを揺るぎないものとしたからです。

 紛争当事者が様々な対立や相違を乗り越えて和平を達成したとしても、それが経済開発の裏付けを持たなければ、和平は脆いものとなります。人々が「平和の配当」を共有し実感してこそ、和平は定着するのです。

 このような考えから、2003年の「スリランカ復興開発に関する東京会議」では、国際社会からの支援と和平プロセスの進展とをリンクさせるポジティブ・リンケージ政策が採用されました。

 今日、アジアでは、過去に紛争を抱えていた多くの国々で、高い経済成長が実現しています。

 カンボジア、スリランカ、ミャンマーといった国々が年率7%というアジアでも最も高い経済成長を実現していることを喜ばしく思います。

 日本はこれからも、平和構築において、人々の生活水準を高めていく経済開発を重視するアプローチを採る考えです。

(多様性に対する寛容)

 第三に、多様性に対する寛容です。日本は、自由、民主主義、人権等の普遍的価値を重視する一方で、アジアにおける宗教や民族の多様性を踏まえ、性急に結果を求めすぎることのないよう心がけてきました。

 たとえば、多民族・多宗教国家であるインドネシア。国是である「パンチャシラ」(注:建国五原則)の下で、多様性への寛容を大切にし、国土の統一を保ちつつ民主化を達成しました。これは、このようなアプローチの効果を示す好例と言えるでしょう。

 こうした観点から、過激主義を生まない社会の形成も重視しています。

 アジアにおいてISILのような過激主義が伸長することを防がなくてはなりません。インドネシア、マレーシアを始めとする各国が推進する穏健主義を支持します。

 また、日本がASEANに設立し、スリン前ASEAN事務総長と協力して発展させた日ASEAN統合基金(JAIF)を活用し、今後暴力的過激主義対策のプロジェクトを実施していきます。

3.今後の日本の取組:5つの取組

 日本は、これらの理念を大切にしながら、今後も、アジアにおける平和構築・国民和解・民主化の支援に一層積極的に取り組んで参ります。具体的には、次の5つの課題に取り組んで参ります。

 第1はミャンマーにおける少数民族との和平の支援です。笹川政府代表の協力を得ながら少数民族との和平合意達成に向けたミャンマー政府の努力を後押しします。

 そのため、5年間で最大100億円の支援を着実に実施します。

 第2がミンダナオ和平の支援です。今月初めのアキノ大統領と安倍総理との首脳会談を踏まえ、ムラドMILF議長の協力も得ながら、J-BIRD IIを通じて経済開発プロジェクトの着実な実施を支援します。

 第3に、スリランカの国民和解支援です。シリセーナ新政権が国民和解に真剣に取り組もうとされていることを歓迎します。

 明石代表のお力も得ながら、サマラウィーラ外相と緊密に協力し、スリランカ支援を一層強化します。

 その一環として、1,800名を超える地方行政官の人材育成研修を実施します。

 4つ目に、ネパールの復旧・復興支援です。25日にカトマンズで開催されるネパール支援国会合では、共同議長を務め、緊急人道支援から復旧・復興プロセスに至るまで、切れ目なく最大限貢献します。今般の震災で民主化プロセスが滞らず、ネパールが活力のある民主国家として復興することが重要です。

 最後に、しかし重要な課題であるのが、女性と子どもの保護です。

 紛争下で最も被害を受けやすいのは女性と子どもです。日本は、人間の安全保障の観点から、ODAを活用した女子教育支援や人身取引被害者保護を推進していきます。

 また、紛争下の性的暴力担当事務総長特別代表(SRSG)事務所との連携も深めており、昨年はトップドナーとなりました。

 昨今問題となっているインド洋における女性や子供を含む非正規移民の問題についても、日本として国際移住機関(IOM)及び国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を通じた350万ドルの支援を決定しました。

4.結び

 21世紀はアジアの世紀だと言われています。しかし、アジアの経済成長を持続させるためには、平和が保たれることが不可欠です。

 我々は、まだまだそのための努力を続ける必要があります。

 広島出身の外務大臣として、私は改めてこの場で誓いたいと思います。

 日本は、アジアの平和構築、国民和解、民主化への貢献を、私の主導する外交政策、「岸田外交」の新たな柱に据えます。

 そして、アジアの、更には世界の人々と共に、平和と繁栄の未来に向けて共に精一杯努力しようと決意します。

 本日の会議が実り多きものとなることを心から祈念して、私の基調講演とさせていただきます。

 ありがとうございました。