データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「JIIAフォーラム」における岸田外務大臣スピーチ」2016年の日本外交

[場所] 
[年月日] 2016年1月19日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

御列席の皆様,外務大臣の岸田文雄でございます。本日は,御多忙中にもかかわらず本当に大勢の皆様方に足を運んでいただきました。心から御礼申し上げます。また,本日の講演をアレンジ頂いた日本国際問題研究所の御尽力に感謝申し上げます。

安倍政権の下で外務大臣に就任し,昨年末でちょうど3年が経ちました。外交においては「戦略」と「原則」が大事です。2012年暮れの政権発足以来,私は国際協調主義に基づく「積極的平和主義」を掲げて日本外交を推進し,41か国を訪問する機会を得ました。その間,104か国の外務大臣と,250回を超える外相会談を行いました。それ以外に,大統領や首相,王族といった方々との会談を合わせると590回を超える要人との会談を行うことができました。各国首脳・外相との会談の中で,私は,自由や民主主義といった基本的価値観,法の支配,紛争の対話による平和的解決といったものを一貫して重視する姿勢を訴えてまいりました。こうした取組により,国際環境が厳しさを増す中で,国際社会における日本の存在感を高めることができたと実感しています。

今年は,日本外交を力強く進める上で,絶好の機会に恵まれています。その一つは,G7サミットの議長国という立場です。8年ぶりに日本でサミットを開催いたします。また,日本は今年から世界最多の11度目の国連安保理非常任理事国を務めることになりました。政治は結果だとよく言いますが,外交も結果だと思います。私は,これらの機会を最大限活用し,日本として,国際社会の平和と繁栄をリードして参りたいと思っています。

本日はこうした点を踏まえつつ,本年,私が特に重視する日本外交の主要な課題を絞ってお話しさせて頂きたいと思います。

1 「アジアの平和と繁栄」の確保

「木の長きを求むる者は必ず根本(こんぽん)を固くす」という言葉があります。日本外交をグローバルに力強く展開するためには,まずは近隣諸国との関係,要は足下を盤石にしなければなりません。もちろん,ロシア,インド,豪州,ASEAN等といった国々は大変重要な国でありますが,ここでは,特に,韓国と中国との関係改善について申し上げたいと思います。

【韓国】

日韓関係は昨年暮れに大きな進展がありました。私自身,ソウルを訪問し尹炳世(ユン・ビョンセ)外交部長官と日韓外相会談を行い,長年の両国の懸案であった慰安婦問題について「最終的かつ不可逆的な解決」を確認するという歴史的合意を共同記者会見の形で発表することができました。この合意は,慰安婦問題の解決に留まらず,北朝鮮問題を始め北東アジアの平和と安定をも視野に入れた戦略的重要性を持つことを強調したいと思います。

そこに至る道のりは,平坦なものではありませんでした。私自身,昨年だけで,尹(ユン)長官との間で6回もの外相会談を行いました。厳しい内容の会談もありました。しかし,お互い主張すべきことは主張し,協力できる部分は協力を拡大していく,こうした中で,互いに対する理解が少しずつ深まり信頼関係が築かれていきました。3月には日中韓外相会議を行い,11月には3年半ぶりとなる日中韓サミットが開催され,その際には安倍総理と朴槿恵(パク・クネ)大統領との間で,初の日韓首脳会談も実現いたしました。

両国とも難しい国内事情を背負いながらの協議でした。安倍総理にとっても大きな決断でした。しかしその中でも,私は,特に困難な国内状況を抱える朴槿恵大統領が,日韓の未来を見据え,勇気ある決断をされたことに心から敬意を表します。また,合意の履行に積極的に取り組んでおられる朴大統領あるいは尹長官に感謝申し上げたいと思います。

一方,日本国内にも,合意に対する厳しい批判が存在いたします。それでも,日本人は,世代を超えて,過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。日本政府は,誠実に合意の実現に取り組んでいくことをしっかりお約束いたします。同時に,私は,日韓両国の次の世代には,新しい協力の歴史を共に作っていく勇気と創造力を持って頂きたいと強く願います。

隣国であるが故に,日韓間には様々な難しい問題があることは事実です。しかし,経済,環境,海洋の安全,さらには宇宙,サイバーなど日韓協力の必要性は広がっています。北朝鮮の4度目の核実験という事態に直面し,既に日韓は緊密に連携しています。両国はともに米国の同盟国であり,地域の平和と安全という戦略的利益を共有する友人でもあります。日韓情報保護協定や日韓ACSAなど安全保障上の様々な協力を早急に進め,日韓あるいは日米韓のこうした連携を強化したいと思います。本年,日本で開催される日中韓外相会議についても,できるだけ早期に開催したいと考えております。

【中国】

次に中国について申し上げますが,ここ数年,日中関係は非常に緊張していましたが,一昨年11月の日中首脳会談の後,改善の基調にあると考えます。私も王毅外交部長とこれまで6度にわたる会談を行い,率直に意見交換を行ってきました。こうした中で,私は,新しい時代の日中関係のあるべき姿について考えてきました。

中国は今や世界第2位,日本は第3位の経済大国であり,アジア及び世界の平和と繁栄に大きな影響力を持ち,責任を負っています。一部には,日本は発展を続ける中国に対して焦りを感じているのではないかと言う人もいますが,私はむしろ中国の発展を大いに歓迎いたします。日本の発展は中国なくしては考えられず,一方中国の発展も日本なくして考えられません。日中両国が長期にわたる平和と友好のために協力していくことが,日中双方にとって唯一の選択肢なのです。

しかも,日中両国の間には共通の利益があります。日本にとって中国は最大の貿易相手国,中国にとって日本は第2位の貿易相手国です。国別で第1位となる約2万3千社の日本企業が中国で活動し,大きな雇用を生んでいます。日中の経済関係は極めて緊密です。協力の潜在力は,省エネ・環境,少子高齢化対策,観光,防災といった幅広い分野にも及んでいます。これに加えて,中国が健全な改革を進め,グローバル・スタンダードを尊重し,そして透明性を確保していくことは,国際社会にとっても極めて重要です。

同時に,日中関係は,深刻かつ新しい困難にも直面しています。特に,最近の南シナ海や東シナ海における中国による一方的な現状変更の試みは,地域と国際社会の懸念事項となっています。主権や領土を守り抜く。これは当然のことですが,貿易立国である日本にとっては,開かれた海洋,法の支配といった普遍的に認められた諸原則に基づく国際秩序の尊重と維持は,外交上の基本的原則でもあります。

このように,現在,日中関係は新たな可能性と課題に直面しており,両国において今まで以上に建設的かつ創造的な対応が求められます。問題があるからこそ話し合うというのが安倍政権の立場です。昨年11月ソウルでの日中首脳会談におきましては,「外相相互訪問の再開」で一致しました。私は,今年早期に開催される予定の日中ハイレベル経済対話の場のみならず,私の今年春頃の訪中の可能性も念頭に置きつつ,王毅外交部長と更に対話を積み重ねながら,両国関係を進めていきたいと思っています。

そして台湾では,16日に総統選挙が実施され,蔡英文氏が当選されました。今回の選挙の円滑な実施は,台湾の民主主義の成熟を示すものだと考えています。日本は,対話による両岸関係の安定を支持するとともに,日中共同声明を踏まえ,日台間の協力と交流を更に発展させていく考えです。

【北朝鮮】

北朝鮮についても触れさせていただきます。北朝鮮は,地域の平和と安定を乱す最も深刻な不安定要因です。我が国の安全に対する重大な直接の脅威でもあります。今月6日の4度目の核実験は,国連安保理決議に違反しており,我が国は断固として非難をいたします。私は,既に尹炳世韓国外交部長官をはじめ,G7全ての国の外務大臣及びロシアの外務大臣と電話で会談を行い,緊密な連携を確認しました。

また,日本は安保理メンバーとして,安保理がこの北朝鮮の挑発行動に対して断固たる対応を取るよう,米国とともに決議案交渉をリードしています。北朝鮮に対する新たな制裁を含む強い決議が必要です。特に,北朝鮮に強い影響力を有する中国の役割は重要です。中国に,安保理常任理事国として,その責任を果たし,寄せられている期待に十分応えることを求めてまいります。日本は,引き続き,他の安保理メンバーや関係国とも緊密に連携してまいります。

我が国としては,北朝鮮に対し,「対話と圧力」,そして「行動対行動」の基本方針の下,拉致,核,ミサイルといった諸懸案の包括的な解決に向け,厳しく対応して参ります。その観点から,さらに厳しい我が国独自の制裁措置などについても検討を行っています。我が国の安全保障にも直結する北朝鮮の核・ミサイル問題で妥協することはありえません。

同時に,「拉致問題」は,我が国にとっての最優先課題です。一日も早い被害者の方々の帰国に向けて,対話の扉は閉ざさず,粘り強く北朝鮮に真摯かつ速やかな対応を求めてまいります。

【日米同盟】

こうした状況の下で,日米同盟の重要性は益々大きくなっていると考えます。先般の北朝鮮の核実験の後,私はすぐにケネディ大使,ケリー国務長官と連絡を取り,我が国の安全や地域の平和に対する米国のコミットメントを確認することができました。今後,新たなガイドラインと「平和安全法制」に基づいて,日米安保・防衛協力を具体化していくことが,日本の安全,そして,アジア太平洋及び国際社会全体の平和と安定にとって極めて重要です。

2 G7

【テロ・中東問題】

次に,G7についてお話しをさせていただきます。4月には広島で,価値観を共有するG7の間で外相会合が開催されます。そこでは,北朝鮮や海洋安全保障などとともに,テロ,中東,難民問題,核軍縮・不拡散といった国際社会が直面する主要課題について,突っ込んだ議論を行う考えです。

無辜(むこ)の市民の命を奪う卑劣なテロは,平和と繁栄という人類共通の価値への挑戦であり,断固非難します。テロを防止するためには,何よりも国際社会が一致団結して対処しなければなりません。

日本は,テロ対策の強化という観点から,引き続き,各国の法制度整備や法執行機関の能力向上等の支援,また国境管理など水際対策の強化等の支援を行ってまいります。テロの資金源を絶つための国際社会との連携,情報交換にも力を入れていきます。在留邦人や在外公館等の安全対策にも万全を期してまいります。また,テロ対策において情報が重要であるとの観点から,昨年12月,外務省に国際テロ情報収集ユニットを創設し,各国との情報協力の構築・強化に取り組んでいます。

また,日本は「過激主義を生み出さない社会の構築支援」を行って参ります。「中庸が最善」という考えの下,寛容で安定した社会を中東地域に取り戻すため,中長期的な視野に立った支援を積極的に行います。我が国への留学生あるいは研修員の受入れや,我が国から中東地域へ専門家を派遣するなど,こうした人的交流を行いながら相互理解を深めていきます。

中東,とりわけシリアの不安定化は,合計で1,100万人以上の国内避難民あるいは難民の発生という,もう一つの大きな国際的課題を生んでいます。我が国は,こうした方々への食糧,水の提供といった人道支援,また教育,テロの支配から解放された地域の安定化などに特に力を入れていきます。

以上の考え方を踏まえ,既にシリアやイラクの難民と国内避難民及び周辺国に対し,8.1億ドルの支援を行っていますが,国会で必要な予算が承認されることを前提に,シリア,イラク情勢の安定化のために更に3.5億ドルの支援を新たに行うことをここに発表させていただきます。

【イラン】

イランの核問題について申し上げますが,先般17日,イランの核問題について「履行の日」を迎えるという大きな進展がありました。最終合意が今後も継続して遵守されることが不可欠です。日本としても,この重要な進展を契機に,イランとの経済関係を始め伝統的友好関係を一層強化するとともに,最終合意の履行への協力を通じて,中東地域の平和と安定の実現に向けて尽力していきます。また,天野事務局長がトップを務めているIAEAと緊密に連携し,最終合意の履行と検証を支援してまいります。

【核軍縮・不拡散】

核軍縮・不拡散の問題については,被爆地広島出身の政治家として,世界で唯一の戦争被爆国である日本の外務大臣として,広島で開催するG7外相会合において議論を主導していきたいと思います。

過去3年間の自分の経験から「核兵器のない世界」の実現に向けて歩みを進めるためには,核兵器国と非核兵器国双方の協力が不可欠であると確信しています。そのためにも核兵器の非人道性についての正確な認識を触媒とし,双方が協力できる,現実的かつ実践的な措置の着実な実施が重要です。これこそが「核兵器のない世界」への最短の道だと考えます。

以上のような国際社会が直面する課題に関し,私はG7としての力強いメッセージを打ち出したいと思っています。

3 国際社会の平和と繁栄のための貢献

最後に,「積極的平和主義」の実践という観点から,日本として,昨年国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に取り組む決意を改めて明らかにしたいと思います。この新アジェンダは,2030年までに貧困を地上から撲滅し,持続可能な世界を実現しようとする野心的な目標を立てています。

日本は,既に様々な分野で,この新アジェンダの実現に向けた具体的な取り組みを始めています。例えば,質の高い成長の追及に当たっては,その基盤となる質の高いインフラ投資を,ODAの戦略的活用と連携させながら,アジア,アフリカ,中南米といった地域で官民一体となって推進をいたします。また,日本の強みである高い教育力と技術力を生かした産業人材育成に取り組んでまいります。保健分野では,「人間の安全保障」の考え方に立脚し,エボラ出血熱などの感染症対策とユニバーサル・ヘルス・カバレッジの推進を目指します。

本年初めてアフリカ・ケニアで開催予定のTICAD VIでは,アフリカ諸国のオーナーシップを大切にしながら,こうした諸点について支援を表明したいと考えます。

4 結語

以上,本年の日本外交の主要な課題を絞った形で紹介させていただきましたが,本年日本は,冒頭にも申し上げたとおり,G7議長国,安保理非常任理事国といった絶好の機会に恵まれます。

外務大臣として,日本外交の根本である近隣国との関係を固めつつ,様々なグローバルな課題について日本のリーダーシップを発揮できるよう努めていきたいと思っております。

皆様,御清聴誠にありがとうございました。