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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] アジアのゲートウェイ・九州 〜九州の魅力をアジアに発信するためには〜 岸田外務大臣 基調講演

[場所] 
[年月日] 2017年3月12日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

0.導入

 共催者である九州大学,西日本新聞をはじめ,今回 のシンポジウム開催にご尽力いただいた関係者の皆様,パネリストの皆様,そして,日曜日の夕方にもかかわらずお越し頂いた会場の皆様に御礼申し上げます。

 首脳会談の成果を具体化するため,私の指示で,2月1日には,秋葉外務審議官をロシアに派遣し,日露次官級協議を行いました。また,共同経済活動をスピード感を持って実現していくために,本日午後には,私自身が座長を務める関係省庁の検討会議をスタートさせる予定です。

 まず,冒頭,昨年の熊本地震では,広域にわたる被害が発生し,ご家族,知人の方におかれても被害に遭われた方もいらっしゃるかと思います。心からお見舞い申し上げます。先ほど武井政務官から紹介した今回のプロジェクト「地方を世界へ」の一環として,私自身,昨日から本日にかけ熊本を訪問し,地震の甚大な被害を改めて痛感するとともに,力強く復興に取り組む熊本を一層後押しさせていただきたいとの決意を新たにしました。

 さて,昨晩,飛行機で東京から九州にまいりましたが,東京・福岡と上海・福岡の直線距離は約900キロとほぼ同じです。また,九州からの輸出額の60%,海外進出企業の78%,九州への外国人入国者数の96%がアジアを相手にするものであり,それぞれ全国平均より高い数字となっています。

 私は,九州・韓国・中国の政府・経済団体等が,貿易・投資・技術等の分野での交流を拡大することで,「開かれた環黄海経済圏」の形成を目指していること,そして,ASEANやインドと交流を深めておられることに注目しています。九州の皆さまの視野の広さや国際性の豊かさは,九州が歴史的に外国と深く強く結びついていることに起因するのだと思います。

 実は,政府も似たような取組を進めているのです。キーワードは,「自由で開かれた」ということ。「自由で開かれた」海洋秩序こそ,国際社会の平和と繁栄をもたらすかけがえのない礎です。そこで,外務省は,視野をアジア太平洋からインド洋を経て中東・アフリカにまで広げ,インド太平洋の自由で開かれた海洋秩序を確保することにより,この広大な地域全体の安定と発展を支えていくための外交戦略,「自由で開かれたインド太平洋戦略」を展開してきています。

 その中には,九州の皆さまが進めてこられたような投資の促進や人材育成も含まれますし,港などのインフラ整備による海の「連結性」向上も含まれます。今後は,このような地方の取組と外務省の取組をうまく連携させて,相乗効果を高めていければ良いなと思います。

1.イノベーティブ・アジア

 この観点から,外務省の新たな事業「イノベーティブ・アジア」を紹介します。これは,今後5年間で1000人のアジアの最優秀の若者を日本に招き,日本のイノベーションに貢献してもらい,日本経済の成長につなげようという事業です。世界経済の成長の中心は今やアジアです。そのアジアの将来を担う人材を日本に呼び込むことでアジアの活力を日本に取り込もうとするものです。このような人材は母国に戻り,母国の発展にも役立ちます。そういう意味では双方にウィン・ウィンの事業でもあります。具体的には,

 (1)第一に,アジア途上国のトップレベル大学を「パートナー校」として指定し,来年度から5年間で,アジアの優秀な人材1000人を日本にお招きします。そして,ここ九州大学を始めとする15の日本の大学院への留学や,理化学研究所等の3つの研究機関での研究,日本企業でのインターンシップの機会を提供します。初年度である来年度はアジア12か国(注)の約60大学から計約200人をお招きすることを目標に,目下,各国から応募を受け付けているところです。

 (2)第二に,母国に戻った後も日本での就職に関心を持つ方々を対象にしたジョブフェアを,関係機関と連携して開催します。

 (3)第三に,こうした外国人の学生が日本での就職を希望する場合,在留資格取得上の優遇措置を講じます。

 「イノベーティブ・アジア」のねらいは,優秀な人材が,日本とアジア諸国の間で継続的に「環流」する,ダイナミックなサイクルを作り出すことです。アジアと日本との間のゲートウェイであり続ける九州には,ぜひこの大きなサイクルの一翼を担っていただきたいと思います。既に九州大学は,開発途上国への国際協力等を目的とするJICAとの間の覚書を2006年に締結され,以来,ますます積極的に国際協力に取り組んでいただいており,「イノベーティブ・アジア」の留学生受入先としてもいち早く手を挙げていただいたことに感謝申し上げます。九州大学の学生の皆さんはもちろん,未来を担うアジアの若者に,日本,アジア,世界のあらゆる場所で活躍してもらい,国際社会の成長と繁栄に一層貢献していただきたい,そのような思いで,この「イノベーティブ・アジア」を力強く進めてまいります。

2.青少年交流の促進

 第二に,外務省が進める青少年交流事業について申し上げたいと思います。日本の青少年をアジア・大洋州の国・地域に派遣するとともに,これらの国・地域の青少年を日本に受け入れるプログラム「JENESYS」(ジェネシス)です。2007年度に始まり,この10年で10万人以上の若者が「JENESYS」(ジェネシス)を通じて交流を深めてきました。

 特に本年度は,熊本の復興を応援する観点から,2 50人を超えるアジアの若者の熊本訪問をアレンジしました。先ほど私も熊本において,まさにこの枠組みで訪日中の中国の若者達とお会いしたところです。

 昨年10月に訪日した韓国人高校生の声を紹介します。

 「日本という国は否定的なイメージしかなかったが,今回の訪日で考えが変わった。日本への知識が不足していた分,偏見も多いことに気付いた。礼儀や秩序が守られており,清潔さや技術力をはじめ,毎日考え方が肯定的に変わっていった。」

 次に,昨年12月に訪日した中国人高校生の声を紹介します

 「新しい友達がたくさんでき,連絡先を交換し,途絶えることのない友情を約束した。いつか日本に留学したい。留学してこの国の文化をもっと知り,自分の夢を追いかけたい。日本が大好きだ。」

 実際に外国を訪れ,その国に暮らす人々と交流することがなぜ重要か。今ご紹介した言葉だけでもその理由が分かると思います。日本の町並み,日本人のたたずまいに触れたことにより,日本に対する固定観念が劇的に変わったのです。特に,柔軟な考えを有し,次世代を担う青少年の交流を促進することが重要です。

 近隣諸国との間では,時に難しい問題に直面することもあります。今日韓関係が難しい状態にあることも事実です。10日に朴槿恵大統領の弾劾が成立しましたが,この難しい局面が早期に打開され,日韓関係が未来志向で進んでいくこと,これが大事だと思います。一昨年末に私自身が訪韓し,慰安婦問題に関する日韓合意を発表させていただきましたが,国内に様々な意見がある中でまさに日韓関係を未来志向で進め,それを次世代に引き継いでいくべきとの強い思いがあったからにほかなりません。現政権はもちろん新政権との間でも,この合意を双方が責任をもって実施し,様々な分野で日韓協力を進めていくためにも,そして関係が難しいときであるからこそ,両国の国民レベルの相互理解を深めることが重要です。若者同士の交流は,日本と諸外国の未来志向の友好関係の基礎となるものです。外務省としても,このような青少年交流をさらに促進していきます。

3.訪日観光客の誘致

 会場の皆さまの中には,海外旅行を楽しまれている 方もいらっしゃると思います。観光目的の数日間の滞在であっても,訪問した国について多くのことを知る機会になりますし,その国に対するイメージも変わるものです。

 戦略的査証緩和などの取組により訪日外国人数は,2012年の約836万人から,昨年2016年には過去最高の約2,400万人と約3倍増となりました。福岡県をはじめここ九州にも,中国,韓国,タイ,台湾,香港など,アジア地域を中心に,クルーズ船利用者等の多くの外国人旅行客が訪れており,昨年比で5割を超える勢いです。

 外務省としては,ビザ緩和に加え,日本の各地の魅力を伝える取組を通じて,外国人観光客の訪日促進に努めています。

 例えば,地方の観光地の魅力発信として,今年2月 24日から26日まで,中国の北京で,地方の観光ルートのアピール等を目的にした「地域の魅力海外発信支援事業」を実施しました。九州からは福岡県,熊本県,佐賀県,長崎県の自治体や事業者の方々にご協力いただき,元サッカー選手の中田英寿さんもイベントに出席し盛り上げる形で,福岡県の日本酒の試飲や利き酒大会,佐賀県の有田焼の展示とろくろ体験,熊本県の麺類の試食と山鹿灯籠(やまがとうろう)踊りなどを行いました。約1万5千人の北京の方々に九州の魅力を体感していただく良い機会となりました。

4.九州産品の売り込み

 九州を訪れた多くの外国人が,九州の郷土料理を味 わうとともに,最先端の技術や九州の伝統文化に触れて帰国します。「九州・ブランド」のファンを増やすだけでなく,それをさらに九州産品の海外展開につなげることも大事です。

 そのため,外務省では,全世界220か所の在外公館を活用し,地方産品をPRする取組を進めています。

 例えば,昨年1月には,福岡県と在マレーシア日本大使館の共催で,福岡のプロモーションイベントを開催し,筑後(ちくご)うどん,水炊き,がめ煮,あまおう,八女茶(やめちゃ)をふるまい,福岡の食の魅力をPRしました。このイベントには,本日のパネリストである小川知事にも参加いただき,九州の魅力について力のこもったプレゼンテーションをしていただきました。

 私も,各国の外務大臣と食事を共にする際には,積極的に日本の食材やお酒を振る舞うようにしています。私の地元である広島もさることながら,九州や日本各地の郷土料理の素晴らしさを,どんどんアピールしていきたいと思います。実際のところ,美味しい日本食に舌鼓を打ちながら,お酒を飲んで率直に意見交換をするという,日本ならではの「ノミュニケーション」は,外交の場でも非常に役に立つものです。各国の外相でお酒が強いといえばすぐ挙がるのがラブロフ・ロシア外相です。昨年12月,私がロシアを訪問した際,ワーキングディナーの時に,最初から全員に大きなグラスが配られ,ロシアのウォッカがなみなみとつがれました。そのウォッカを飲みながら,日露外相会談を続けるというようなこともありました。3月20日にはラブロフ外相が訪日します。今度は日本酒をなみなみと注いで日露外相会談をやりたいと思います。冗談はともかく,これからも,地域の素晴らしい食材で,世界を魅了していきたいと思いますので,是非御協力をお願いいたします。

5.まとめ

 日本と諸外国の関係を支える基礎は,国民間の相互交流を通じた相互理解の促進であると確信しています。

 本日私は,熊本から福岡まで新幹線で移動してまいりましたが,日本語,英語,韓国語,中国語の4か国語による車内アナウンスを耳にしました。英語だけでなく,韓国語や中国語で案内がなされていることに,JR九州のインバウンド取り込みに向けた熱意,そして九州と韓国・中国の結びつきの強さを感じました。

 このように,「アジアのゲートウェイ」として,アジアとの深い交流が続く九州。九州に暮らす皆さまには,ぜひ中国や韓国をはじめとするアジアの国・地域との交流をさらに進めていただきたいと思います。外務省としても,ただ今ご紹介したような取組を通じて,九州とアジアの国際交流の活性化に貢献していきたいと思います。ありがとうございました。

(了)

{(注)インド,インドネシア,カンボジア,スリランカ,タイ,パキスタン,バングラデシュ,フィリピン,ベトナム,マレーシア,ミャンマー,ラオス}