データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 岸田外務大臣と語る 〜草の根から北海道の魅力を世界に発信〜

[場所] 
[年月日] 2017年4月23日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

1.冒頭

 外務大臣の岸田文雄です。今回は外務省の取り組む「地方を世界へ」プロジェクトの一環として北海道を訪れました。外務省の仕事として,日本の魅力を世界にしっかり発信することは言うまでもありませんが,東京や大阪のような大都市だけではなく,やはり日本の魅力は地方にこそ沢山あるのではないか,地方の魅力を世界に発信してこそ,本当の意味で日本の素晴らしい魅力を世界に発信することができるのではないか,このような考えに基づき,地方を訪れ,世界に発信する取組を続けています。今回はその第四弾として青森と北海道を訪れました。

 その中で,今回,北海道大学でシンポジウムを開催させていただくことになりました。共催者である北海道大学,北海道新聞社を始め,今回のシンポジウム開催に御尽力いただいた関係者の皆様,パネリストの皆様,そして会場の皆様に厚く御礼申し上げます。

 会場の皆様の中には,海外で仕事をされている方,外国人観光客を受け入れている方,北海道大学で勉強している留学生もおられると思います。何らかの形で,外国とのつながりを持たれている方が大変多いのではないかと思います。

 このような北海道に暮らす市民の皆様による草の根の国際協力や国際交流は,外国の方々に,北海道,そして日本を理解してもらい,好きになってもらうための大きな力となっています。本日は,「地方は外交の重要なプレーヤー」という視点から,北海道と外交のつながりについてお話しさせていただき,あわせて北海道と関係の深い隣国ロシアとの関係に触れたいと思います。

2.「地方が主役のODA」

 「外交」の課題は様々ですが,最も重要な課題の一つが,国際社会の平和と安定です。日本が発展していくためには,国際社会が抱える問題から目を背けることはできません。

 私が4年半,外務大臣を務めて痛感するのは,国際社会において各国が日本の意見を尊重しようという雰囲気になるためには,国際社会全体の課題に日本として汗をかくことが重要ということです。例えば,教育,保健,防災,軍縮といった課題は日本にとって重要な課題ですが,国際社会全体にとっても重要です。こうした課題に日本が汗をかいてこそ,国際社会において日本の存在感や発言力が高まってくるのです。国際社会全体の課題に日本がしっかり取り組むことが外交にとって非常に重要であると感じています。

 このような世界の様々な課題を身近に体感できる「JICAほっかいどう地球ひろば」が今月1日に札幌市内にオープンしました。自分が世界といかに繋がっているかをどなたでも実感できるスペースです。ぜひ皆様も御訪問いただければと思います。

 日本は,開発途上国に対して技術協力を行ったり,資金協力を行う「ODA」,政府開発援助を行っています。かつて日本のODAにおける貢献は世界1位でしたが,今や世界4位。そして国民一人当たりの負担でみるとなんと世界20位です。国連は国際目標として国民総所得(GNI)比0.7%をODAとして拠出してほしいという目標を掲げていますが,日本はこの目標に遠く及ばない0.2%にとどまっています。これが日本のODAの実情です。

 国際社会の開発に向けて援助を行っていくODAは,量における貢献も大事ですが,あわせて,質においてもしっかり貢献することが重要です。ODAは,政府が途上国に資金を出して終わり,ではありません。途上国が求めているのは,資金だけではなく,日本の高い技術ときめ細やかな人づくりです。私は,そうした高い技術と,人づくりへの情熱は,実は地方にあると信じています。ODAをきっかけに,地方の企業が海外に販路を伸ばし,途上国と一緒に成長することができる。まさに「地方が主役のODA」です。

 ここ北海道にも,ODAを活用して海外展開を目指している企業があります。

(1)日東建設株式会社は,本日,久保・取締役部長にパネリストとして参加いただいていますが,オホーツク海に面した雄武町から,アジア諸国や遠く離れたアフリカのナイジェリアで奮闘されています。ナイジェリアでは鉄道網が十分に発達しておらず,車が主な交通手段ですが,そのための道路や橋のコンクリートが脆弱との課題があります。そこで,日東建設は,ODAとコラボし,コンクリートの強度を調べる同社の製品を,ナイジェリアの課題解決に役立てています。

(2)帯広市の東洋農機株式会社も,インドで日本式の農業を広めるために,畑の土づくりから協力するとともに,同社の収穫機械を持ち込むことでジャガイモ生産の効率化や機械化に取り組んでいます。

 外務省,あるいはJICAは,優れた技術と活力を持つ民間企業や地方自治体とも連携しながら,国際社会の課題を解決すると同時に,日本の地方も元気にしていくことを目指しています。

 もう一つ,途上国の「人をつくる」のもまた「人」です。ここ北海道から,これまで約2500人の方々が青年海外協力隊などに参加され,世界各地で途上国の発展を支えています。こうした方々は,赴任先でも北海道の魅力をアピールし,架け橋となるだけでなく,北海道に戻った後も,国際人材として地元のために活躍されています。

 例えば,西アフリカのブルキナファソに青年海外協力隊員として野球指導のために赴任した富良野町の出合祐太さんは,帰国後に現地の選手を招へいし,北海道日本ハムファイターズOBをはじめとした全国各地の球団との親善試合や,競技能力向上のための研修を実施しています。選手の中には,野球が正式競技として復活する2020年東京オリンピックに出場する夢を持つ選手もいますし,既に日本国内の独立リーグの選手としてプレーする者も現れています。

 若い方々からこれから第二の人生を歩む方まで,ぜひチャレンジしていただきたいと思います。

3.地方からの魅力発信

 ODAだけではありません。北海道に暮らす皆様による,北海道の食や観光の魅力発信も,北海道のイメージ向上,そして諸外国との友好関係構築につながる重要な「外交」です。

 この「地方からの魅力発信」の例を紹介します。北海道フード特区機構による北海道産牛肉の輸出に向けた取組です。中東諸国に牛肉を輸出するためには,宗教上の理由から,ハラールという認証の取得が必要になることがあります。北海道フード特区機構が北海道の牛肉をアラブ首長国連邦に輸出するという目標に向け努力を積み重ねた結果,昨年,北海道内の施設がハラール認証対応の輸出認定を取得しました。今年3月から本格的な輸出が始まっています。まだ2か月ですが,既に1200万円以上の輸出実績を記録していると聞いています。今後,多くの中東の方々が,

 北海道の牛肉に舌鼓を打つことになると期待しています。

 このハラール認証の取得,そして牛肉を含む北海道産品のプロモーションにあたっては,日本の在外公館も最大限協力させていただきました。アブダビの大使館やドバイの総領事館では,北海道フード特区機構と協力し,毎年,「北海道フードフェア」を開催しています。本日のパネリストである西山社長が経営する西山製麺には,毎年このイベントに参加いただいております。

 北海道の魅力を伝えるに当たっては,外国の方々に北海道を訪れてもらい,魅力ある自然や豊富な観光資源を直接体験してもらうことも効果的です。

 日本を訪れる外国人の数は,ビザ緩和や日本の地方の魅力を伝える取組などにより,2016年には過去最高の約2,400万人を記録しました。私が外務大臣を務めてきた,この4年間でほぼ3倍に増加したことになります。ここ北海道にも,中国,台湾,韓国などのアジア地域を中心に,多くの外国人観光客が訪れています。昨年北海道に宿泊した外国人の延べ人数は,4年前に比べ約3.5倍,前年比22%増の約700万人でした。東京都,大阪府に次いで3番目に多く,いかに北海道が外国人にとって人気の観光地であるかを物語っています。昨今話題になった「爆買い」はもう終わったのではないかなどと言われていますが,それでも昨年日本を訪れた外国人1人当たり15万円以上を消費しているという調査結果もあります。経済効果も大変なものがあります。

 外務省では,昨年来,インド,ベトナム,中国,ロシアなどについて,戦略的にビザ緩和を行っています。そしてまさに今回のプロジェクトにあわせて,訪日客数の多い中国人観光客を対象とした更なるビザ緩和のパッケージを発表しました。今後も,訪日観光客数の増加や地方を訪れるリピーターの取り込みに向け,更に取り組んでいきます。こういった取組が,本日のパネリストである高橋知事のリーダーシップの下で発表された「北海道インバウンド加速化プロジェクト」の実現を後押しすることを期待します。

4.日露関係

 最後に,北海道に最も近い隣国であるロシアとの関係についてお話ししたいと思います。

 北海道は,ロシアとの関係推進に努めてきた「先駆者」であり,高橋知事の下,サハリン州を中心としたロシア極東地域との交流を積極的に進めていると承知しています。北海道北斗病院のウラジオストクでの画像診断センター,サハリンでの「北海道センター」の設立,サハリン産出のLNG受入れ,極東での温室野菜栽培プロジェクト,北海道大学参画のアイヌ文化のサハリンでの発信。北海道のこうした取組は,いずれも昨年来両国の首脳が推進している8項目の「協力プラン」に通じる試みであり,ロシア側からも歓迎されています。また,来年開催される「ロシアにおける日本年」の一環として,サハリン州において北海道産品のフェア,物産展の開催も予定されています。北海道,そして北海道に暮らす市民の皆様による,日露の潜在力発揮への尽力に心から敬意を表します。

 政府としても,両国首脳で合意した8項目の「協力プラン」の一環として,本年1月に導入したビザ緩和や日本政府観光局(JNTO)モスクワ事務所の設置等を通じ,ロシア人旅行客の訪日促進に努めています。プーチン大統領は昨年12月の訪日の際にサハリン州と北海道の人的往来の促進について発言しました。私はこれは大変興味深い提案であり,日本として重要な課題として受け止めなければならないと考えます。政府として,多くのロシアの方々に北海道を訪問していただけるよう,何ができるか真剣に検討していきます。

 最後に,日露関係の最大の懸案である北方領土問題について一言申し上げます。

 私は,10年ほど前,北方担当大臣を務めました。4年前からは外務大臣を務めています。ロシアのラヴロフ外相とはこれまで9回日露外相会談を行いました。今年に入ってからも2回日露外相会談を行いました。これまでラヴロフ外相とは,北方領土問題について歴史的な経緯や法的な立場について激しい議論を延々と行ってきました。日本の外務大臣とロシアの外務大臣が議論をしても,互いの立場を絶対に譲るわけにはいかないというのは当然のことです。

 しかし,昨年4月の日露外相会談において,法的な立場,歴史的な経緯に対する考え方に違いはあるものの,この議論を続けていてはいつまでも結論を出すことができず,結果が出ないため,それぞれの法的立場等の違いはあるが,未来に向けて合意できる結論を出すことはできないかという議論を行いました。そして,昨年5月,日露首脳会談で「新しいアプローチ」に基づき,この問題を考えていこうということになりました。そして昨年12月のプーチン大統領の訪日において,特別な制度の下での共同経済活動に関する協議を開始する,あるいは,元島民の方々がより自由に故郷を訪問するために手続を改善することで一致しました。4月下旬には総理がロシアを訪問します。訪露に向けしっかり準備していきたいと考えています。

 北方四島における共同経済活動については,北海道及び北方領土の隣接地域である一市四町から具体的なご要望を頂いております。これについては良く研究をし,日本側のプロジェクト案を作成しました。3月の日露外相会談の際には,私からもラヴロフ外相にプロジェクト案のリストを渡しました。ロシア側からも具体的なプロジェクト案が示され,現在日露双方で協議を行っているところです。今後,双方の法的立場を害さない形で,一方でスピード感をもってしっかり取り組んでいきたいと考えています。漁業,海面養殖,観光,医療,環境その他の分野で,北方領土隣接地域の経済の活性化にも資するようなプロジェクトを推進していきたいと考えています。

 そして,先ほど元島民の方々ともお話しをしましたが,元島民がなるべく自由に四島を訪問できるような環境を作りたいと考えています。そのために,四島訪問に伴う負担軽減に繋がるような手続の改善を不断に目指しています。航空機を利用した墓参についても調整しています。こうした四島をめぐるロシア側との協力を通じて,日本人とロシア人が共に四島の将来像を描く,相互理解と信頼を深めていくことが北方領土問題の解決に向けて重要だと考えています。引き続き,粘り強く取り組んでいく考えです。

 以上をもちまして,私の基調講演とさせていただきます。御清聴ありがとうございました。