データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「日本のエネルギー・資源外交 未来のためのグローバル・ビジョン」岸田外務大臣政策スピーチ

[場所] 
[年月日] 2017年7月13日
[出典] 外務省
[備考] 国際シンポジウム:アジアにおけるエネルギー安全保障及び投資)
[全文]

(世界のエネルギー情勢の変化と日本)

現在,世界のエネルギー需給構造には大きな地殻変動が起きております。これらは,「3つのシフト」とも呼べる大きな変化です。

第一のシフトは,「供給国のシフト」です。シェール革命により,米国がエネルギー輸出国として台頭し,昨年末に日本へのLNG輸出も始まりました。エネルギー・鉱物資源は世界の貿易額全体の約12%を占める貿易財であり,仕向地条項や油価連動価格といった制約のない米国産のLNGの台頭は,自由貿易推進に有益です。世界最大のLNG輸入国である日本が,この米国と手を携えてアジア・太平洋地域における流動性と透明性の高いLNG市場の形成に向け協力することは,世界の自由貿易の推進に重要な役割を果たし,エネルギー市場の安定のみならず日米同盟全体,更には国際社会の平和と安定にもプラスの影響を与えると確信しています。

第二のシフトは,「需要国のシフト」です。今後の世界のエネルギー需要の増加は,新興国,特にインド,中国,ASEANが牽引します。これらの国々では,大気汚染の問題に対処しつつエネルギー効率を向上させ,またエネルギーアクセスを向上させることが大きな課題です。日本の優れた環境技術や,世界に冠たるエネルギー効率の知見を通じた協力は,これらアジア諸国に大いに貢献し得ると考えます。

第三のシフトは,「低炭素化へのシフト」です。気候変動は世界共通の課題であり,全排出量の3分の2以上を占めるエネルギー部門の低炭素化は必須です。我が国でも,「福島新エネルギー社会構想」をはじめ,様々な取組が進められています。特に,再生可能エネルギーとエネルギー効率を通じた国際協力の輪を広げていくことが,日本のためにも世界のためにも重要です。

これらの「3つのシフト」に加え,各国の政策をめぐる動向も重要です。特に米国では,エネルギーを重要課題に掲げるトランプ政権の下で,パリ協定からの離脱,原子力産業の拡大,海外の高効率石炭火力発電所への融資障壁の見直しなどといった,大きな政策方針の転換が表明されています。こうした動きが世界のエネルギー情勢に与える影響についても注視していく必要があります。

(世界に貢献するエネルギー・資源外交のビジョンと実現に向けた戦略)

このように世界のエネルギー情勢が大きく変化する中,私は,相互依存の中でこそ,日本と世界のエネルギー安全保障は達成されると考えます。つまり,エネルギー・資源の輸出国と輸入国の間の相互利益が強化されねばならず,そのためには共通のビジョンが必要です。

本日,私は,我が国へのエネルギー・資源の安定供給確保を第一命題としつつ,エネルギー・資源分野での世界への貢献に向けた日本外交のビジョンを掲げたいと思います。すなわち,グローバルな課題の解決への貢献が,日本のエネルギー安全保障にもつながるという考えです。具体的には,第一にエネルギー・資源の自由貿易や投資促進と市場の高度化の推進,第二に万人のためのエネルギーアクセスの向上,第三に環境負荷の低減とエネルギー効率の向上,第四に新エネルギー・再生可能エネルギーの開発と普及の促進,そして第五に石油・ガスの国際的な緊急時対応能力の強化と世界のエネルギー・ガバナンスの強化,の5点をエネルギー資源外交のビジョンとし,その達成に向け努力していきます。そうすることで,資源国との相互利益(win-win)が強化され,ひいては日本への安定供給に資するとともに,世界のエネルギー安全保障への日本のリーダーシップを示すことができると信じています。

そして,こういったビジョンの実現に向け,我が国の「エネルギー・資源外交強化指針」として,次の3本の柱を中心に取り組みます。

1つ目の柱は,エネルギー・資源問題への戦略的取組を外交の中でより強化することです。エネルギー・資源外交は,国際情勢に応じて不断に進化すべきであり,そのために,政府一体となって二国間・多国間の枠組みで協力を推進し,エネルギー・資源問題の重層的なパートナーシップを促進していきます。麻生副総理とペンス副大統領の間で立ち上げられた日米経済対話の中でも,エネルギーは重要議題として話し合われていきます。

さらに,エネルギー・資源は重要な貿易財であることから,エネルギー・資源外交が自由貿易や投資促進に果たす役割を踏まえ,エネルギー分野における多国間投資保護協定である「エネルギー憲章条約(ECT)」等を通じ,投資保護やビジネス環境の整備を進めてまいります。昨年,私はエネルギー憲章会議の議長を務め,過去最高の74か国の代表を東京にお迎えし,東京宣言の採択を見守りました。また,日本がより流動性や透明性の高いLNG取引市場の創設にイニシアティブを発揮することも,エネルギーの自由貿易推進に重要と考えております。

2つ目の柱は,多様なニーズに解決策を提示できるエネルギー・資源外交の重層的な展開です。グローバルな課題や個別の課題に対応しつつ,相手国にテイラーメイドの解決策を示していくということです。現在,外務省は53か国60公館に「エネルギー・鉱物資源専門官」を配置しています。彼らを積極的に活用し,日本企業等に効果的な情報共有・発信を行い,資源国側のニーズを分析し,相互利益関係を強化します。更に,優れた技術を持つ民間企業はじめ,JICA,JOGMEC,JETRO,JBIC,NEXI等の政府関連機関を含むオールジャパンで有機的な連携を強化し,スピード感をもって効果的な働きかけを進めていきます。

3つ目の柱は,エネルギー・資源分野においても「日本らしさ」のある支援・協力を進め,情報発信・広報を強化することによりその定着・浸透を目指すことです。日本の支援は,パートナーシップに基づいた長期的な相互利益の構築を旨とし,人材育成,環境・低炭素技術,質の高いインフラ構築といった点で秀でています。「日本らしさ」のシンボルであり資源国の未来への投資となる人材育成は,これまでも「資源の絆」プログラムや「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ(ABEイニシアティブ)」等で成果を上げております。今後とも,我が国と資源国の相互信頼を積み重ねていきます。

また,昨年4月に安倍総理により立ち上げられた,未来の新エネルギー社会のモデルを福島に創出する「福島新エネ社会構想」に関しても,来年1月にアラブ首長国連邦で開催されるWorld Future Energy Summitの場でサイドイベントを行い,未来に貢献する我が国のエネルギー技術を発信する予定です。福島新エネ社会構想とは,福島を再生可能エネルギー,水素エネルギー利用の先駆けの地とすべく,我が国の官民すべての英知を結集して未来の子供達のために新しいエネルギーシステムの構築を目指すものです。本日,新たにこうした考えを皆様にお伝えすることで,我が国のみならず,エネルギー事情に恵まれない他の国・地域においても,我が国の先端技術を幅広く展開し,ひいては世界全体のエネルギー安全保障の向上にも積極的に貢献していきたいと考えています。

(結語)

エネルギー・資源の安全保障は,日本のみならず世界の問題です。本日のシンポジウムにおける実り多い議論を祈念しています。ご静聴,ありがとうございました。

 (了)