データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第1回日アラブ政治対話における河野外務大臣スピーチ

[場所] 
[年月日] 2017年9月11日
[出典] 外務省
[備考] 仮訳
[全文]

1.冒頭

●アッサラーム・アレイクム・ジャミーアン(皆さん,こんにちは)。

●日本・アラブ間の史上初の開催となる日アラブ政治対話を歓迎すると共に,歴史有るアラブ連盟の本部にて挨拶することができ大変光栄に思います。

●私は,1ヶ月前,日本の外務大臣に就任した最初の記者会見で,日本外交5本柱の一つに中東を掲げました。日本としてより政治的にも中東地域の平和と繁栄のために一役買っていくこの中東外交に対する私の思いを具体的に示すため,今回就任早々,中東地域を訪問することとしました。

●私自身,外務大臣に就任する以前から,国会議員として,この地域を毎年のように訪問し,多くの地域の友人達と様々な機会に中東と日本はどうすればもっと近い存在となれるのか,中東の平和と繁栄のために日本はより多くのことができるのではないか,といった議論を続けてまいりました。

●さらに,パレスチナのベツレヘムの難民キャンプやヨルダンのザアタリにあるザアタリ難民キャンプにも私自ら足を運び,難民の実情を肌で感じ,中東の問題において,日本としてもっと取り組むべきだとの思いを深くしてきました。こうした機会に私がしばし耳にしたのは,日本からのODAに対する感謝の言葉とともに,「なぜ日本はもっと政治的なプレゼンスを中東地域で強化しないのか」,「日本の支援がその後の経済交流につながらなければ意味がないのではないか」という声です。

●こうした私自身の中東に関する経験や,中東の多くの友人から,これまで頂いた様々な貴重な助言を胸に私は外務大臣として,中東の平和と安定の実現により深くコミットしていく考えをここに表明します。本日は,その基本的な考え方と新たなイニシアティブについてお話しします。

2.日本にとっての中東,平和と繁栄の土台

●日本にとって中東は,経済と繁栄の土台です。中東は,日本のエネルギーの主要な供給先であり,中東地域からのシーレーンは物流の上でも極めて重要です。さらに,地域の平和と安定は日本の経済・社会はもちろんのこと,安全保障にも直結する問題です。

●そのような中東において,日本は長年にわたる地道な取組を通じて実績を積み上げてきました。経済・社会開発に長年貢献してきた良き友人として信頼を得てきたと自負しています。また,日本は,イスラム教,キリスト教,ユダヤ教の人々のいずれとも良好な関係を築いてきました。そして,この地域に大きな影響力を有する米国と率直に議論を行える国でもあります。このような独自の立場を活かして,より一層中東の平和と安定の実現に役割を果たしていきたいと考えています。

●また,中東には,エネルギーを超えたパートナーとしての潜在性があります。5億人を越える人口を有し,4兆ドル規模のGDPを誇る潜在的大規模市場です。これに留まらず,日本が掲げる平和と安定のための「開かれたインド太平洋戦略」の実践におけるパートナーでもあります。

●さらに,日本は宗教的に寛容であり,イスラムの良き理解者です。アラブ諸国におけるマジョリティであるイスラム教とは,日本独特の「和」や「寛容」を重視する精神を共有しています。エルシーシ・エジプト大統領が「日本人は歩くコーランである」と述べられたというエピソードは日本人もコーランの教えを実践しているようだとの興味深い示唆であると考えます。

3.「河野四箇条」〜河野外交における対中東政策の基本姿勢〜

●このような日本と中東の関係の下に,私は,「河野四箇条」を打ち出して中東政策を展開していきます。

(1)知的・人的貢献

●まず,この地域における日本の知的・人的貢献を抜本的に強化していきます。これまで約1万2000人のJICAの専門家や約3500人を越える協力隊・シニアボランティアの隊員らが長年にわたり中東の人々に交じって汗をかいてきました。そうした人的・資金的貢献に加え,私は今後日本として,紛争解決のためのアイデア(知恵)を出し,日本が誇る優秀な人材の活用を通じて,今まで以上に積極的に,中東地域の直面する課題の解決に貢献していくことを誓います

(2)「人」への投資

●第2に,この地域の平和と発展に不可欠な「人づくり」を重視し,「人」への投資を強化して参ります。日本の近代化の経験に照らしても教育が発展の鍵でした。日本はこの分野で既に多くの取組を行ってきましたが,教育や人材育成分野での取組をさらに強化し,将来を担う人材への投資を実施していきます。

(3)息の長い取組

●第3に,日本らしい息の長い取組の重要性を強調します。一度種をまいたら実がなるまで一歩一歩着実に歩みを進め息長く取り組んでいく。このように中長期的な視点に立って粘り強く取組んでいくのが日本の強みです。

(4)政治的取組の強化

●第4に,日本として,中東への政治的取組を強化することをここに表明します。これまで日本は社会・経済分野での開発協力や危機における人道支援に尽力し,信頼を得てきました。日本として,地域の様々な課題に政治面でもしっかりと役割を果たしていくことを,私自身もそのために汗をかいていくことをお約束します。こうした観点から,私はカタール,クウェート,サウジアラビアを訪問し,GCC諸国の結束を働きかけてまいりました。

4.新たな河野イニシアティブ

●この「河野四箇条」を踏まえて,ここに,中東外交における5つの新たなイニシアティブを発表します。

(1)「平和と繁栄の回廊」構想のグレードアップ

●中東の平和と安定にはパレスチナ問題の解決が不可欠です。残念ながら進展が見られない状況が続いていますが,そのような中,パレスチナ・ヨルダン・イスラエルと日本の地域協力により,先ほど申し上げた「息の長い取組」として,パレスチナの経済的自立を促す「平和と繁栄の回廊」構想を推進してきました。その旗艦事業である「ジェリコ農産加工団地(JAIP)」は本年10周年を迎えました。現在7社が稼働し,約130人の雇用を生み出しています。10年を経て,JAIPは果実を実らせはじめましたが,これは最初の果実に過ぎません。

●私はここに「回廊」構想をグレードアップし,その果実をさらに豊かなものとすることを目指すことを表明します。JAIPの第2段階への支援を加速させつつ,JAIP製品が湾岸諸国・アラブ地域,欧米,そして世界へと流通することを目指してまいります。そのスタートとして,国境施設の能力向上や物流構造の円滑化に貢献していきます。同時に,日本の企業のパレスチナへの進出にも一役買っていきたいと考えています。

●また,これまで農業分野中心で行ってきた取組みを他の分野にも拡大していきます。具体的には,AI,プログラミングといったIT関連の先端技術に関する分野を想定しています。パレスチナには優秀な人材が多くいますが,残念ながら彼らの多くは行動に制限のある状況下に暮らしています。IT分野は彼らが壁を越えて世界とつながる重要な架け橋となる,近年急成長をしている分野です。この分野の協力を後押しすることで,「平和と繁栄の回廊」のネットワークを築くことができるのではないかと考えています。

●さらに観光回廊や紅海死海プロジェクトにも日本として積極的に関与していきます。これらを通じ地域協力の枠組みを飛躍させてパレスチナの経済開発や信頼醸成の取組を加速させ,当事者間の交渉再開を後押ししていきたいと考えます。

(2)シナイ半島駐留多国籍軍監視団(MFO)

●第2に,エジプトとイスラエルの和平の維持に重要な役割を担い,地域の安定の基礎となっているMFO(シナイ半島駐留多国籍軍監視団)に日本として更なる貢献を行うことを表明します。日本は過去約30年にわたり,資金的貢献を行って参りましたがMFOへの更なる貢献を通じて包括的な中東和平の実現に積極的な姿勢で取り組んでいきます。

(3)教育・人材育成分野の協力拡大

●第3のイニシアティブとして,アラブ地域での「人」への投資にも,より包括的かつ戦略的に取り組んでまいります。例えば,ここエジプトでは,エジプト日本教育パートナーシップ(EJEP)の枠組みの下に,日本式教育の導入,教員の人材育成,職業訓練など,重層的かつ包括的な教育・人材育成に取り組んでおり,5年間で約2500人のエジプト人を日本に留学させる目標を掲げています。UAEとの間でもUAE子女の日本人学校,日本の高校への受入れや,UAEからの留学生を2013年以降で500人を受け入れるといった取組が行われています。また,「日サウジビジョン2030」のフォローアップ事項においても教育に関する協力を進めることとされています。

●中東の友人の皆様からは,日本人にもっと中東に来て欲しいという声をよく耳にします。実際に中東地域には優れた教育機関があるのも事実です。

●日本と中東諸国の間の高校や大学間の協力関係の構築や交流の活発化を後押ししていきます。また,日本人に中東をもっと知ってもらい,中東に赴くハードルを少しでも下げることができればと考えております。

●こうした教育や人材開発面での取組を地域でさらに進めていきたいと考えています。また,今後5年間,シリア人の若者を対象として,シリア人留学生を日本に受け入れます。本年の第一陣であるシリア人留学生が既に来日しています。

(4)政治的取組の強化

●4つめのイニシアティブとして,日本のこの地域における政治的な取組を強化していきます。本日の日アラブ政治対話がまさにその第一歩です。また,毎年バーレーンで行われているマナーマ対話への参加などを通じ,中東諸国との政治・安全保障面での議論を深めたいと思います。

●また,日本とアラブ地域が戦略的な対話を多国間や地域間においても積極的に実施していくことを提案します。定期的に双方の関係者や有識者が集まり,政治や安全保障,社会・経済問題,教育や文化についても率直な議論をする場を作っていきたいと思います。

●日本は,国際社会の安定と繁栄の鍵を握るのは,成長著しいアジアと潜在力溢れるアフリカの「2つの大陸」,自由で開かれた太平洋とインド洋の「2つの大洋」の交わりにより生まれるダイナミズムという発想の下に生まれた「自由で開かれたインド・太平洋戦略」を掲げています。アジアとアフリカ,インド洋と太平洋。この2つの交わりの要こそが中東であり,中東の平和と繁栄なくして,インド・太平洋の平和と繁栄もありえません。アジアとアフリカ,そして中東の「連結性」を向上させ,地域全体の安定と繁栄をより一層促進するべく,アジアと中東の対話の強化に向けて,日本として取り組んでまいります。

●今後は長い年月をかけて地域のあらゆる友人と良好な関係を築いてきた日本だからこそ取り組める政治的なイニシアティブにより,地域が直面する問題の解決に向けた対話の促進,またそれを通じて当事者間の立場の相違を埋める信頼醸成に積極的に取り組んでまいります。

(5)難民,人道・安定化に関する新たな支援

●私は,これまでこの地域を訪問するたびに,シリアの難民問題がいかに周辺国の経済・社会に影響をもたらす大きな問題であるかということを目の当たりにしてきました。例えば,ヨルダンは人口の1割を超える130万人のシリア難民を受け入れており,国際社会が一致して取り組むべき問題だと訴えてきました。本日,私の5つめ,そして最後のイニシアティブとして,シリア,イラク及びその周辺国に対する総額約2500万ドルの新たな人道支援を発表します。

5.東アジア情勢

●次のワーキングセッションで詳細については説明しますが,一言だけ,北朝鮮について言及します。9月3日,北朝鮮が6回目の核実験を強行しました。その規模は,日本の観測では過去最大となります。この行為は,国際社会に対する正面からの挑戦であり,許されざる暴挙です。我が国や国際社会の安全に対する,これまでにない重大かつ差し迫った脅威です。

●今回の北朝鮮による核実験は,今後も太平洋を目標とした発射を「多く」実施すると発表している中で実施されたものであり,北朝鮮が核・ミサイル開発を引き続き進めるとの意思を改めて示したものです。また,不拡散上のリスクもあります。

●これに対しては,国際社会全体で最大限の圧力をかけるしかありません。そのためには,北朝鮮の外貨収入を大幅に減少させ,核・ミサイル開発能力に打撃を与えることができるより強力な安保理決議の採択を目指すことが必要です。早いタイミングでのより強力な決議採択を実現したいと考えています。

●また,世界各国に対して,関連安保理決議の厳格かつ全面的な履行についての働きかけを精力的に実施したいと考えています。

●こうした状況で,対話を求めるかのような発言は逆効果です。今は圧力強化の時であるとのメッセージを継続して発信する必要があります。アラブ諸国の皆様からも是非協力をお願いいたします。

●中東地域にも北朝鮮の労働者がおり,外貨収入源となっています。中東においても北朝鮮の抜け穴を作ってはなりません。既にいくつかの国は具体的な措置を講じていると承知しており,評価したいと思います。

6.結語

●これまで,中東,そして東アジアの問題について議論してまいりましたが,日本とアラブ諸国は,国際場裡でも大いに協力する余地があると思います。国連安保理を21世紀の国際社会の現実を反映した形に改革するために,NYの政府間交渉において第72回総会期間中のテキスト・ベース交渉開始に向けアラブ諸国と連携したいと思います。

●最後に,本日の日アラブ政治対話が実り多きものになることを期待します。本日打ち出した新たなイニシアティブを着実に実施し,日本は長年のアラブの友人でありパートナーとして,これまで以上にアラブ地域にコミットしていくことを約束します。

●シュクラン・ジャジーラン(ありがとうございます)。