[文書名] コロンビア大学における河野外務大臣講演「迫り来る危機における外交」
カーティス・コロンビア大学名誉教授,御来場の皆様。本日ここにお招きいただき,誠に光栄に存じます。本日の講演会の主催者であるコロンビア大学に心から御礼申し上げます。
ジョージタウン大学で,後に国務長官となるマディリン・オルブライト教授に師事していた頃,よもや自分が学生の前で外交を語る日が来るとは思いませんでした。オルブライト教授の授業で,私は,有名な上院外交委員長だったフルブライト上院議員が,アーカンソーの民主党の予備選挙で新人のデール・バンパースになぜ負けたかを分析した論文を書きました。私の出した結論は,「外交政策について何を語ろうが構わないが,本当に問題なのは地元の市場の豚肉の価格である。」でした。
本日は,豚肉の価格について話す代わりに,東アジアからの展望についてお話しします。
(今日の課題)
国際秩序は揺らいでいます。国際社会の安定と繁栄は,米国の圧倒的な軍事力,ドルの通貨力,政治力によって支えられてきました。しかし,今,その国際秩序が様々な課題に直面しています。ひとたび対応を誤れば,国際社会は,重大な危機につながる可能性があります。
我々が直面する第一の課題は,北朝鮮による核・ミサイルの脅威です。北朝鮮は,昨年来,約40発の弾道ミサイルを発射し,2発の弾道ミサイルが日本の北海道上空を飛び越えました。日本国民は不安に苛まれました。
北朝鮮は,9月3日に6度目の核実験を強行しました。その破壊力は広島に投下された原爆の10倍とも分析されています。さらに,北朝鮮は,ここニューヨークにも到達可能なICBMの技術開発を推進しているとみられます。今や,我々は,米国や国際社会全体に対するこれまでにない重大かつ差し迫った脅威に直面しています。
第二の課題は,中国の台頭とどう向き合うかです。中国の経済成長は,世界に対してチャンスを提供してきました。同時に,空母建造に象徴されるように,中国はその経済力を背景に,急速かつ不透明な形で軍事力増強を図り,世界各地で力を誇示しつつあります。こうした中,グローバルな戦略バランスをいかに確保するかが大きな課題です。
第三の課題は,国際テロです。テロは無辜の人々の命を奪うだけでなく,人々の創造的な発想や自由な経済活動を阻害するものであり,断じて容認できません。9.11以降,テロとの戦いは今も進行中であり,その脅威は,今や中東・アフリカにとどまらず,欧米,更には東南アジアにも拡大しています。
第四の課題は,保護主義の台頭です。我々は,グローバル化は経済のパイを拡大し,人類により大きな繁栄をもたらしてきたと考えています。しかし,今や多くの国が格差,雇用喪失,移民増加といった問題に苦しんでおり,その結果,グローバル化への反動として,保護主義や内向き傾向が勢いを増しています。
第五の課題は,サイバー空間の問題です。サイバー攻撃の高度化・複雑化は凄まじいスピードで進行しており,我々の経済活動だけではなく,民主制度の基盤まで蝕みつつあります。
このように,国際社会には危機が忍び寄っています。我々は知恵と勇気と行動をもって,現在の国際秩序を維持し,危機の招来を回避しなくてはいけません。
(国際社会の「3つの原則」)
私は国際社会が維持すべき3つの「原則」があると考えます。
第一の原則は,国際法・ルールの尊重です。法の支配がなければ「力による支配」が横行します。人類は法によって暴力を克服し,「万人の万人による闘争」というホッブス的世界から,理性に基づく近代世界を切り開きました。力による現状変更の試みを決して許してはならず,国際紛争は常に国際法に基づいて解決される必要があります。法の支配こそ,人類が生み出した叡智なのです。
第二の原則は,多様性の尊重です。世界は,多様な民族・宗教・政治体制等の集合体であり,多様性と他者への寛容の精神は,包摂的な社会の発展に不可欠です。
第三の原則は,自由と開放性の尊重です。自由な考えや活動が尊重された開放的な社会こそ,人々に夢と希望を与えます。権威主義的社会では,こうした人々の自由は奪われ,社会は無気力かつ惰性的になっていきます。それゆえ,自由で開かれた国際秩序を今後とも支えていくことが必要なのです。
(日本の役割の増大)
70余年前の戦争の灰燼の中から,米国を始めとする国際社会からの寛大な支援を受けて,日本は復興の路を歩み始めました。その後,日本は,自由で民主的な「新日本」を創り上げ,国際協力を通じて途上国を支援してきました。私は,この歴史を誇りに思っています。
しかし,国際環境が変遷する中で,この「3つの原則」を今後とも維持していくためには,同志国と共に,日本自身がこれまで以上に大きな役割を果たさなければなりません。
(安全保障・防衛)
第一に,日本は,安全保障・防衛分野でこれまで以上の責任を担う覚悟を持っています。日本は,防衛予算を5年連続で増額し,弾道ミサイル防衛(BMD)システムなど,防衛力の向上にも取り組んでいます。さらに,日本は,世界の安定により貢献していく心づもりがあります。近年の安全保障関連法制の整備は,米国その他のパートナーとの安全保障協力の拡大を可能にしました。
(北朝鮮)
第二に,北朝鮮問題です。国際的な課題の解決には,国家の「意思」と「能力」が必要です。日本はその双方を兼ね備えています。しかし,当然のことながら,日本がこの問題に独力で対応することはできません。強固な日米同盟が北朝鮮の脅威に立ち向かうために不可欠です。また,日米韓の安全保障協力も同様に不可欠です。中国とロシアもまた,この問題において影響力を有し,重要な役割を果たし得る重要なアクターです。中国とロシアは,北朝鮮が核保有の野望を断念しなければならないという考え方を日本と共有しています。強固な日米同盟の下,中露などの国々にも,たとえ立場が異なるとしても,積極的に「関与」していきます。
9月12日,北朝鮮への原油・石油製品の規制を含む国連安保理決議第2375号が全会一致で,極めて迅速に採択されました。これまでの安保理決議を通じた制裁により,北朝鮮の年間の輸出収入約27億ドルのうち,90%以上を失うこととなります。ヘイリー大使を始めとする米国の交渉者たちの努力を賞賛いたします。
国際社会からの平和的解決の求めにもかかわらず,北朝鮮はエスカレートする挑発行動を決してやめようとしません。北朝鮮は,過去に,1990年代半ばの枠組み合意や21世紀初頭の六者会合などで国際社会との対話を行う一方で,極秘裡に核開発プログラムを進めてきたことも事実です。今は対話のための対話を行う時ではありません。今は,朝鮮半島の非核化に向けた具体的な行動を促すよう,国際社会全体で北朝鮮に対する圧力を最大限強化すべき局面です。
この点,160か国以上の国が,今現在一番の世界の脅威である北朝鮮と国交を結んでいるという事実を信じられるでしょうか。多くの国々が未だに北朝鮮労働者を受け入れ,北朝鮮と経済関係を維持しています。我々は,これらの国々に北朝鮮との外交関係・経済関係を断つよう,強く要求します。関連安保理決議の完全な履行により,ヒト,モノ,カネ,技術の北朝鮮への流入を阻止しなければなりません。制裁の「抜け穴」を塞ぐべく,東南アジアや中東・アフリカ諸国等との協力を強化しなければなりません。これは今年の8月に私がマニラ及びアフリカを訪れた際にも,今月初めに中東を訪問したときにも訴えてきたことであり,そして今週,国連の場でも訴えていることです。
私はトランプ大統領が先の国連総会において北朝鮮によって拉致された日本人の少女について言及したことを高く評価します。我々は,現在,北朝鮮によって無辜なアメリカ人が拉致されていることを知っています。私は国際社会全体に対し,この問題をできる限り早急に解決するための取組を倍加する必要性を強調します。
(中国)
第三に,地域及び世界の平和と繁栄への日本の積極的な役割について述べるに当たり,日中関係について言及する必要があります。グローバルなパワーバランスが変化しており,その変化の中心にあるのは,何と言っても成長著しい中国です。日中間には隣国故に難しい問題が存在するのも事実です。
しかし,日中両国は,世界第二位,第三位の経済大国であり,地域の平和と繁栄に大きな責任を有しています。それゆえ,日中が対立し,アジア中を「緊張」が支配する地域にしてはなりません。日中はアジアを「平和と友好」の地域にすべきです。
金融,貿易投資,環境,防災,観光など,日中間には協力できる分野がたくさんあります。青少年交流や観光などを通じた相互理解の増進も極めて重要です。これらはみな,未来への投資です。私は,「戦略的互恵関係」の考えの下,大局的な観点から安定的に日中関係を発展させていく考えです。そのため,私はできるだけ早期に訪中し,ここ数年途絶えている首脳同士の相互訪問を実現したいと思っています。
(中東)
第四に,日本は中東の平和と安定のために,これまで以上に積極的な役割を果たすつもりです。日本は宗教的にとても寛容であり,イスラム教やユダヤ教,キリスト教に敬意を抱いています。日本は中東において植民地化の歴史を有しません。かつて,エジプトのエルシーシ大統領は,日本人は「歩くコーラン」であると述べました。我々は意識せずにコーランの価値観に従っているのかもしれません。日本経済は中東の平和と安定に直結しています。我々は必要な時にはいつでも米国と話をすることができます。そして,米国も,中東における大きなプレイヤーです。それゆえ,我々が中東問題に関与しない理由はないのです。私は先週カイロを訪問し,初めてとなる日アラブ政治対話を行いました。その際,私は,政治的役割の強化,息の長い取組及び人への投資に対するコミットメントを明確に述べました。
(自由貿易)
第五に,日本は自由貿易の旗振り役となり続けます。先般の日EU・EPAの大枠合意は,世界に力強いメッセージを発信しました。米国のTPP離脱は残念ですが,米国がこの協定に将来戻ってくる可能性を念頭に置きつつ,まずは11か国によるTPPを速やかに進めます。
(制度構築)
第六に,日本は破綻国家への取組に貢献します。このような国のほとんどは,国民からの信頼を得られるような,議会や司法制度,選挙委員会,税制,法執行機関といった国家機関を設立できません。国民が国家制度を信頼できなければ,それぞれの部族や宗派の方向に向かわざるを得なくなり,これらは国内の不安要因となるばかりです。日本は途上国における制度構築を支援するための取組を充実させていきます。
いくつか実例を挙げましょう。カンボジアでは,司法制度の整備のため,若い日本の判事や検事が現地の人と一緒になって,国の根幹となる法律を作っていきました。東ティモールでは,日本が,選挙管理に携わる行政官の研修を実施するとともに,警察官に対して報道の自由と法執行の在り方に関する研修を行いました。また,日本の自衛官は,エチオピアのPKO訓練センターにおいて,法制度・秩序改革や選挙監視活動等に関する訓練を行い,アフリカ諸国のPKO能力の向上に貢献しました。さらに,我々は,インドネシアのイスラム寄宿塾の教師を日本に招聘して教育に関する日本の知見と経験を共有しています。私は,これらの制度構築への支援を行うことができるのは法の支配や基本的人権を尊重する民主主義国家のみであり,こうした支援が地域の安定と繁栄,また,人間の安全保障と持続可能な経済成長につながっていくと考えます。
(自由で開かれたインド太平洋戦略)
日本は「自由で開かれたインド太平洋戦略」を推進しています。インド太平洋は,成長著しいアフリカ,中東,アジアと北米をつないでいます。日本,米国,インドや豪州などの同志国にとって,この地域における法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序を維持・発展させることは不可欠です。日本は,米国による「航行の自由作戦」を力強く支持しており,戦略的寄港の重要性を強調します。日本と英国は,その関係をパートナーから「同盟」に引き上げることで一致し,インド太平洋における合同海上演習を継続します。この地域は,海洋安全,海賊,テロ,密輸,大規模災害など様々な,安全保障上の課題に直面しています。日本は,巡視船の供与や技術協力を通じた途上国の海上法執行能力の向上を支援します。
また,日本は,港湾,鉄道,道路などのインフラ整備を通じた連結性強化による経済的繁栄を追求していきます。
連結性について一例を挙げましょう。日本は,インドシナとミャンマーをつなぐ「東西経済回廊」の整備に取り組んでいます。この回廊は,東はベトナム・ダナン港からラオス,タイを通過し,西はミャンマー・モーラミャインにつながっています。マラッカ海峡を迂回し,メコン河に架かる,新たな全長1マイルに及ぶ「第二メコン橋」の交通量は8倍に増加しました。将来的には,道路とシーレーンをつなげ,バングラデシュやインド,さらには海を越えてアフリカのケニアをつなぐ計画です。
日本は「質の高いインフラ」を重視しています。「質の高いインフラ」は物理的な質だけでなく,プログラムの質をも重視しています。港湾,鉄道,道路やパイプラインのようなインフラ・プロジェクトに投資や支援を行う際には,守るべき国際スタンダードがあります。これらは,開かれ,透明で,差別的でなく,環境や社会に責任を持ち,財政的に健全でなければなりません。途上国に対して借款を供与する際は,受入国の債務状況に配慮しなければなりません。我々は,投資,支援や援助を行うインフラ・プロジェクトの質に責任を持ち,途上国の着実な成長を支えなければなりません。
日本は,支配的な軍事大国ではないし,今後もそうはならないでしょう。近い将来,日本の人口は減少し,高齢化していきます。我々は石油,ガス,ウラニウムも持たず,その他もあまりありません。しかし,日本は世界の「フォロワー」であってはならないし,なることはできないし,今後もそうはならないでしょう。変化の兆候を捉え,国際社会の激しい変動に機敏に反応し,米国,「同盟国」及びパートナーと共に,世界に平和と繁栄をもたらします。日本が世界の「道しるべ」になる。これこそが,私の信条です。
8月3日に外務大臣に就任してわずか一か月半の間に,マニラでのASEAN関連外相会議,ワシントンでの日米外務・防衛大臣会合(2+2),モザンビークのマプトでのアフリカ開発会議(TICAD)閣僚会合,ウラジオストクでの東方経済フォーラム,そして2人の国王,1人の皇太子,1人の大統領,9人の外相と面会した中東訪問,カイロでの日アラブ政治対話と,世界を駆け巡ってきました。まさに,外務大臣としての職責の重さと重要性を痛感する毎日です。
人間はともすると悲観論に陥りがちになります。安易な楽観主義は禁物です。そのように申し上げた上で,トーマス・フリードマンの言葉を借りて私の講演を締め括りたいと思います。「悲観主義者は正しく,楽観主義者は間違っていることが多いが,全ての偉大な変化は楽観論者によってもたらされる。」いかに困難な状況下にあろうとも,先人同様,希望を失わず,知恵,勇気,行動によって乗り切っていこうではありませんか。
御清聴ありがとうございました。