データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 北極サークル・開会セッション河野外務大臣による基調講演

[場所] 
[年月日] 2018年10月19日
[出典] 外務省
[備考] 仮訳
[全文]

おはようございます。

グリムソン議長,

ヤコブスドッティル首相,

ご列席の皆様,

本日,ここでお話する機会を与えてくださったグリムソン議長に心から感謝申し上げる。特に,アイスランドが主権国家としての100周年を祝うこの年に,外務大臣として初めて,アイスランドを訪問し,また,この重要な北極サークルで話すことは大変光栄である。

昨年5月,グリーンランドのイルリサット・アイスフィヨルドを訪れた。その地で,アイスフィヨルドの溶けた氷河から流れ出た多くの氷山を見て,温暖化の現状とそれが同地の気候をいかに不安定なものにしているかを実感した。しかし,正直,船の上で凍え死にそうだった。温暖化についてそれほど考えたことはなかった。船長が,20年にも及ぶ船上での生活から学んだことを教えてくれた。

地球温暖化とその影響は,特に北極において顕著である。地球温暖化により,北極の天然資源の開発や北極海航路の利用という新たな「機会」が拡大している。しかしながら,これらは,北極の生態系や先住民の生活への悪影響といった深刻な「課題」ももたらしている。

北極における課題は,北極圏国・非北極圏国を問わず,国際社会の共通の懸念である。我々はこの課題に共に取り組む必要がある。私は,悪影響を最小限に留め,北極の「機会」を最大限にすることが我々すべてに利益をもたらすと考える。この目的を実現するため,北極の環境がどのように変化しているか,その変化が人間の社会や経済にどのような影響を与えているのかを理解すべきである。したがって,未だ十分に解明されていない北極の環境変化のメカニズムを解明することは,特に重要である。

レイキャビクに1つのメッセージを携えてきた。それは,「日本は,我々の間で共有されている『望ましい北極』を実現するため,すべてのステークホルダーと協力を進める」ことである。

それには3つの要素があると考えている。

第1に,北極の環境変化のメカニズムが解明され,よく理解され,その変化への必要な対応策が国際社会で共有される北極。この点に関し,科学研究をさらに進める必要がある。

第2に,生態系や先住民の生活を尊重しつつ,持続可能な経済活動が探求される北極。

第3に,「法の支配」が確保され,平和で秩序ある形での国際協力が促進される北極。

これらは,2015年に日本が初めての包括的かつ戦略的な北極政策として策定した「我が国の北極政策」に示されている。

では,私が述べた「望ましい北極」を実現するための日本の戦略について,説明したい。

第1に,科学研究について述べる。確かな科学的データに基づいて北極の環境変化のメカニズムを解明し把握することが,北極における適切な対処と持続可能な開発の追求を可能にする。1950年代以降,日本は,北極域の研究・観測に貢献し,関係国との協力を進めてきた。日本は,科学研究を最大限活用して,引き続きこの分野で役割を担っていく。

我々の取組を示す1つの良い例が,日本の北極域研究のフラッグシッププロジェクトとして2015年から始まった,北極域研究推進プロジェクト(ArCS)である。ArCSに参加する日本の機関は,北極の気候,気象,海洋環境,生物多様性やコミュニティといった分野の研究を進めている。ArCSは,北極の気候変動と環境変化を解明し,それらの予測,環境評価,北極のコミュニティの生活を改善することに貢献している。

日本の科学研究の取組を示すもう1つの例は,2012年以降,日本が運用している北極域データ・アーカイブ・システム(ADS)である。ADSにより,日本の研究者によって収集され分析された,多様な観測データやモデルシミュレーションデータに誰でもアクセスすることができる。これらのデータはウェブサイトを通じて一般に公開されており,北極の科学研究の強化に貢献している。北極科学研究において,他の国においても,更なる国際協力のため,よりオープンとなることを期待する。

北極海の海洋データの収集は,北極の環境変化のメカニズムを把握するためには極めて重要である。日本政府は,新たな北極域国際研究プラットフォームとしての砕氷機能を有する北極域研究船の建造等に向けた検討を進めている。

日本は,温室効果ガスの排出抑制に加え,北極で進行する温暖化を止めるためにブラックカーボンの排出抑制にも取り組んでいる。日本により開発されたブラックカーボンのモニター機器は,ロシアやカナダとの科学研究協力に使われている。さらに,近い将来,フィンランドと共にこの分野のデータ比較による共同プロジェクトを開始する予定。このような努力を通じて,北極においても持続可能な開発(SDGs)を達成できると考える。

来週開催される第2回北極科学大臣会合は,国際的な科学協力を議論するための良い機会となる。この会合においては,北極に係るデータの共有促進の重要性に焦点が当てられており,我々はこれを強く支持する。近い将来,北極科学大臣会合を日本で開催することを追求したい。

第2に,北極の持続可能な経済利用の探求について,「機会」と「課題」の2つの側面から説明したい。

北極における「機会」は拡大している。日本の主要な島の中で最も北に位置する北海道は,地理的にアジアから北極海航路へのゲートウェイである。我々は北極海航路に潜在的な機会を見出しており,より多くの日本企業が北極ビジネスに関心を向けるよう,政府としても奨励したい。

我々は,環境に十分配慮しつつ,ロシアと共に北極圏での包括的なエネルギー開発協力を進めている。9月にJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)とロシアのノヴァテク社が協力覚書を署名したことを歓迎する。両者は,北極LNG2プロジェクトを含む,ロシアのヤマル半島とギダン半島における,ノヴァテク社のLNGプロジェクトでの協力機会の検討を行っていく。

我々は,国際社会が北極において直面する「課題」にも対応しなければならない。北極海の航行の増加により,北極の環境汚染を伴い得る船舶事故のリスクが高まるだろう。特に,油濁汚染事故は広大な地域に極めて大きな環境への影響をもたらすだろう。北極における安全で効果的な航行には,海氷状況のデータが不可欠である。国立極地研究所は,VENUS(船舶用衛星データ配信システム)を開発している。このシステムは,VENUSにアクセスする船から1000km先の天候や海氷の情報を,収集・分析されたデータを元に,ほぼリアルタイムに提供する。VENUSが可能な限り早期に実用化されことを期待する。

第3に,北極における「法の支配」である。

天然資源開発などの北極の「機会」が拡大する際,我々はどのような行動をとるべきであろうか。利害が衝突し,「力」により問題解決が図られる北極を誰も望まない。法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序が不可欠であることを強調したい。北極海も例外ではない。

国際社会は,北極においても,国際法に基づくルールを基礎とした海洋秩序を尊重しなければならない。この「ルールを基礎とした海洋秩序」は,2017年の第2回北極に関する日中韓ハイレベル対話において,日中韓の3か国により確認された。日本は,すべての国が国連海洋法条約の締約国となることを期待する。

日本は北極に関する国際ルール形成に積極的に参画していく。例えば,日本は中央北極海における規制されていない公海漁業に対していかに効果的に対処するかについて,他のステークホルダーと議論し,その結果,新たな国際協定が策定され,日本は今月この協定に署名した。

法執行機関間の協力は,ルールを基礎とした海洋秩序を維持するために重要な役割を果たし得る。北極圏諸国による北極海上法執行機関フォーラムを通じた協力を歓迎する。日本は,海上保安庁と北極圏諸国の海上保安機関の関係強化を模索していく。

最後に,北極圏国が北極評議会等を通じて,海難捜索救助,海洋油濁汚染対応,

科学研究といった分野で協力を進めてきたことを高く評価する。「望ましい北極」を実現するため,日本は北極圏国及び他のステークホルダーとの協力をさらに進めていく。

本日の議論が将来の北極にとって実りのあるものとなることを期待する。