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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] サイバー・イニシアチブ東京2018における河野外務大臣スピーチ

[場所] 
[年月日] 2018年12月12日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

御列席の皆様,おはようございます。外務大臣の河野太郎です。本日は「サイバー・イニシアチブ東京2018」において御挨拶させていただく機会を頂き大変光栄です。

世界中から著名なサイバーセキュリティ関係者を集めた国際会議が日本で開催されるということを大変嬉しく思います。主催者側の皆様におかれましては,イベントを成功裏に開催することができたことをお祝い申し上げます。

さて,スマートフォンの普及,クラウド,IoT,ビッグデータ,ブロックチェーンといった技術の発展は,これまでにない様々な新しいサービスを生み出し,社会的価値を創出しています。また,AIや第5世代移動通信システム等の新たな革新的な技術の登場により,サイバー空間の重要性は高まる一方です。一方で,こうした技術によって社会があらゆる面でインターネットに依存することにより,社会の脆弱性も増しています。

マルウェアによって病院のシステムがダウンし,多くの一般市民の生命の安全が脅かされた「ワナクライ」の事案や,民主主義の根幹に対する挑戦とも考えられる「選挙インフラ」に対するハッキング,そして日本で発生した事案としては,日本年金機構における不正アクセスによる情報流出事案や,巨額の仮想通貨が奪われたサイバー攻撃についても,皆様の御記憶にあるところかと思います。

昨日,日本では,防衛大綱の骨子(案)が公表され,サイバー防衛能力の抜本的強化が盛り込まれたところですが,こうした脅威に一国のみで対応することは容易ではなく,政府のみで対応することも困難です。だからこそ,国際社会全体との連携,そして産学官の垣根を越えた協力が不可欠です。こうした認識のもと,日本としても,「法の支配の推進」,「信頼醸成措置の推進」,「能力構築支援」を三本柱としてサイバー外交を推し進めてきています。

まず,「法の支配」に関して,自由,公正かつ安全なサイバー空間の実現と発展を促進するための枠組みとして,例えば国連の政府専門家会合があります。同会合では,これまで5回の会期においてサイバー空間における規範や既存の国際法のサイバー空間への適用などに関して議論を重ねています。日本も引き続き建設的な貢献をしていく予定です。

サイバー空間は,無法地帯であってはなりません。近年,国家や国家から支援を受けた組織によるサイバー攻撃が増加していますが,サイバー空間における活動であっても,国家は国際法に縛られるのであり,その行動には結果が伴わなければなりません。日本は,昨年12月,「ワナクライ」事案の背後に北朝鮮の関与があったとして非難声明を発出しました。更に,多数の国に大きな被害をもたらし,民主主義の基盤を揺るがしかねない悪意あるサイバー活動は看過できない旨を累次の機会に明らかにしてきています。

「信頼醸成措置」も重要な柱です。サイバー空間における活動は,匿名性が高く,また瞬時に国境を越えます。サイバー活動を発端とした不測の事態を防ぐためには,お互いの法令,制度,政策,戦略や考え方について理解を深め,共有し,相互に信頼性を高めることが必要です。こうした考えの下,日本は米国,英国,豪州,ロシア,EU,ASEANなど多くの国・地域との間で,サイバーに関する二国間協議を行ってきています。

信頼醸成においては,地域的な枠組みで実践的な取組を行うことが重要です。日本は,ASEAN地域フォーラムにおいて,シンガポール,マレーシアとの共同イニシアチブの下,サイバーセキュリティに関する会期間会合を立ち上げ,具体的な信頼醸成措置を提案してきています。今後もアジア太平洋地域を含む地域的な枠組みにおける,更なる国際連携を促進していく考えです。

最後に「能力構築支援」も欠かすことができません。世界中のあらゆる場所が繋がるサイバー空間においては,セキュリティ意識や能力が十分でない国々を経由して,サイバー攻撃が行われる可能性は排除できません。こうした「セキュリティホール」をなくすためには,各国が,様々なサイバー攻撃に対する,十分な対応能力を有することが不可欠です。

能力構築支援に係る日本とASEAN諸国との関係では,10年以上に及ぶ協力の歴史があります。9月,タイにおいて,ASEAN各国の政府機関サイバーセキュリティ担当者等に実践的サイバー防御演習等を受講いただくため,「日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター」が総務省のイニシアチブにより設置され,また経済産業省が米国国土安全保障省とともに制御システムのサイバーセキュリティに関するASEAN諸国等向けの共同演習を実施する等,様々な取組を積極的に実施しています。

このように,適切な能力の構築を国際社会全体で手助けしていくことが,「自由,公正かつ安全なサイバー空間」の創出と発展への近道です。日本としては,引き続き様々な形で貢献してまいります。

しかしながら,「自由,公正かつ安全なサイバー空間」を実現するためには,政府だけの取組では十分とは言えません。サイバー空間の重要な一部であるインターネットは,政府だけでなく企業や学術機関,そして個人をも含むマルチステークホルダーが築き上げてきた空間です。近年,一部の国においては,国家が優越的な地位から管理・統制することを重視するという潮流が出てきていますが,このような国家による過度な管理・統制は,国際的なマルチステークホルダーの取組に対する対抗であり,サイバー空間の自律的・持続的な発展を阻害することになります。学術界・民間の取組と政府の努力が有機的に結合させることによって,「自由,公正かつ安全なサイバー空間」を実現していくことが必要です。

こうした意味でも,今般日本において,日本経済新聞社様及び日経BP様によりサイバー・イニシアチブ東京2018という素晴らしいイベントが開催され,海外を含む産学官から多くの方々が参加し,様々な議論がなされることは大変重要なことです。また,このような国際的なイベントが日本で開催され,様々な知識や経験が蓄積されていくことで,日本として国際的な貢献を推し進めていくための人材の厚みも増していくでしょう。例えば,本日パネリストとして参加されている中谷昇警察庁国際課長も国際刑事警察機構(ICPO)に開所されたIGCI(INTERPOL Global Complex for Innovation)の初代総局長として活躍され,先月行われた同機構の総会において同機構の執行委員に当選されましたが,このような人材が日本から多く輩出され,今後も活躍されることを願っています。

国際的なサイバーセキュリティの向上に向け,増大するサイバー空間における脅威に対して責任ある国際社会の一員として主導的な役割を果たすため,日本政府としても引き続き産学官を含めた国際社会と緊密に連携していく考えです。御静聴ありがとうございました。