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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第3回東京グローバル・ダイアログ林外務大臣基調講演:分断と対立を深める国際社会の中での日本外交の展望:「楕円の外交」

[場所] 
[年月日] 2022年3月2日
[出典] 外務省
[備考] (注)本基調講演は2月中旬に事前収録したものであることから、その後の情勢の変化を踏まえ、ウクライナ情勢及び日露関係並びに在中国日本大使館員の一時拘束事案について、別紙の日本政府の立場が基調講演の後に読み上げられた。
[全文] 

0 冒頭

 佐々江理事長、御出席の皆様、

 第3回東京グローバル・ダイアログの開催を心からお祝い申し上げます。本日は基調講演の機会を頂き、感謝申し上げます。このダイアログを、数年で日本でも指おりの国際シンポジウムにまで育て上げた佐々江理事長のリーダーシップ、そして、開催のために尽力された関係者の皆様に深く敬意を表します。

 昨年11月に外務大臣に就任して以来、このように世界の英知が集う場でお話しするのは初めてとなります。国際情勢が急速に厳しさと複雑さを増し、国内外で分断と対立が叫ばれる中、この機会に、私が推し進めようとする日本外交のアプローチ、「楕円の外交」についてお話しします。

 まずは、前提となる国際情勢を、時間と分野を横断しながら俯瞰していきましょう。

1 現代国際社会の2つの転換期と日本

 話は20世紀末の歴史の転換期、冷戦の終結まで遡ります。

 1989年のベルリンの壁崩壊と米ソの冷戦終結宣言を経て、自由主義陣営の勝利に沸いた1990年代初め、当時政治家となることを志した私は、その中心地である米国で「武者修行」の日々を送っていました。長かった冷戦、対立の時代を終え、今度こそ世界は、米国がリードする自由・民主主義の下で、グローバル化による繁栄を享受できる、そうした高揚感に社会が包まれていたことを今も鮮明に覚えています。

 しかし、このユーフォリアは長くは続きませんでした。冷戦後の国際秩序は、複雑化、多様化する現実の課題に直面しながらその姿を変えていき、30年後の今、米国がその圧倒的な政治力・経済力・軍事力により指導力を発揮し、単独で国際社会の安定と繁栄を支えるという時代ではもはやなくなりました。

 新興国の政治的・経済的な勃興は、一方で主要先進国の影響力を相対化し、国際社会にパワーバランスの変化をもたらしています。そして、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値・原則や、冷戦期から冷戦後にかけて確立された米国をリーダーとする自由・民主主義国が主導する国際秩序が、様々な挑戦にさらされています。

 また、9.11の同時多発テロは、世界にとっての脅威が「国家間」の戦争に留まらないという現実を我々に突きつけましたが、今や脅威は、物理的な暴力に限られず、サイバー攻撃や偽情報の拡散といった多様な姿を見せるようになっています。人工知能、AIやモノのインターネット、IoTといった、我々の生活を便利にする新興技術も、軍事転用されれば安全保障上のリスクとなり得ます。

 さらに、経済の分野でも、世界に繁栄をもたらすことを約束したはずのグローバル化は、様々な矛盾や課題を生み出しています。新自由主義的な考え方の下で実現した急激な経済成長は、一方で国内の格差や貧困を拡大させ、中間層を縮小させました。デジタル化の進展は、グローバル化の負の側面を加速化する結果を生み出すとともに、人々に自らが欲する情報のみを与えるという選択を許容することで、分断を助長している側面もあります。こうして生じる社会の分断は、国民の理解を得て進めるべき民主主義政府の外交にも影響を及ぼしています。そしてここに、権威主義的な考えが付け入る隙も生じています。

 片や、物流の発展によって世界中に張り巡らされたサプライチェーンの網は、新型コロナの流行下で明らかになったように、それ自体が持つ偏りに起因する脆弱性を抱えています。さらに、経済的な依存関係を利用した威圧や、透明性や公平性を欠いた開発金融を通じた影響力の行使に対する世界的な懸念も高まっています。

 ここで眼を日本周辺に転じてみましょう。再び激しく変動する国際情勢の中で、日本を取り巻く環境もまた、大変厳しいものとなっています。

 中国は、既存の秩序とは異なる、自国に有利な国際秩序の形成を追求するようになっており、その中で行われている透明性を欠いた軍事力の拡大や、東シナ海・南シナ海における一方的な現状変更の試み、軍事活動の拡大・活発化は、日本を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念となっています。また、我が国周辺海空域における共同演習などの軍事活動から、国連安保理を始めとする国際場裏での連携に至るまで、最近中国とロシアとの協調姿勢は顕著になっています。

 また、北朝鮮は、特に今年に入ってから、巡航ミサイルの発射発表も含めれば4週間弱で7回に及ぶ、かつてない高い頻度でミサイル発射を繰り返しています。この中には、IRBM、中距離弾道ミサイル級の弾道ミサイルの発射や、「極超音速ミサイル」と称する新たな態様の発射も含まれるなど、安全保障上の脅威が高まっています。

 経済面でも環境の厳しさは同様です。日本は主要先進国の中で最初に人口減少の局面に転じた国であり、日本の成長にとっては、自由で公正な貿易を通じ、将来にわたって世界の成長を取り込むことが不可欠です。精緻なサプライチェーンの構築を通じ、天然資源に乏しい日本に安定した資源供給を保証し、日本企業の成長を可能にした、ルールに基づく安定した多角的貿易体制の重要性も不変です。したがって、グローバル化への不満から生じた保護主義の動きや新たに顕在化したサプライチェーンの脆弱性は、日本の繁栄にとってのリスクに他ならないのです。

2 日本外交の展望:相矛盾する課題に対応する「楕円の外交」

(1)「楕円の外交」とは

 ここまで、新たな歴史の転換期に、世界が、そして日本が置かれた大変厳しい状況を見てきました。国際社会が困難を抱える時代においてこそ外交の役割は高まりますが、今日の外交は、一見して両立不可能にも思える相矛盾する課題を多く抱えています。個人の自由と社会の安定、市場経済と格差の是正、競争と協力、自律性と相互依存。これらの課題に向き合うことなく、国際社会を主導する外交を展開することは出来ません。

 かつて日中国交正常化や米ソ新冷戦、2度の石油危機といった厳しい時代に外相や総理を務められた大平正芳先生の政治哲学の中に、「楕円の理論」というものがあります。「行政には楕円形のような2つの中心があって、その2つの中心が均衡を保ちつつ緊張した関係にある場合、その行政は立派な行政と言える」と述べられています。分断や対立が煽られる時代にあっては、外交の領域でも、問題への向き合い方が2つの相異なる立場、大平先生の言葉を借りれば「中心」の間で切り離されてしまいがちです。地球環境の保護と経済活動の促進などは端的な例でしょう。しかし、この安易な二分論に与するのではなく、何とか2つの円を1つの楕円にまとめ上げる努力こそが外交の役割ではないかと考えます。

 もちろん、外交の世界においても、妥協してはならない原則、譲ることのできない主張というものがあります。自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値や原則はその最たるものです。日本の平和と安定を守り抜くことも日本政府の譲れない使命です。一方で、その実現に向けたアプローチにおいては、絶えずめまぐるしく変化する国際情勢を冷静に評価した上で、現実と時間軸を見据えた漸進主義の下、一見矛盾するような立場も1つの楕円の中に包含するような外交こそが、問題の真の解決に資すると言えるでしょう。

 そして、この「楕円の外交」のアプローチは、戦後一貫して、平和を希求する民主主義国家として、地域そして世界からの信頼を得てきた日本にこそふさわしい、日本らしい外交の在り方だと考えています。

(2)現実の外交課題における「楕円の外交」

 では、現実の外交課題に対し、「楕円の外交」に基づくアプローチを如何に適用していくのか。「安全保障」「ルールに基づく国際秩序」「経済」「人権」の4つの分野を例に説明したいと思います。

 まず、日本の外交・安全保障の基軸として、日米同盟の重要性が不変であることは言うまでもありません。日米同盟は、日本のみならず、インド太平洋地域の平和と繁栄の礎であり、米国による、インド太平洋地域への強固かつ持続的な関与を同盟国として共に促進し、確保することが極めて重要です。1月の日米「2+2」、日米首脳テレビ会談では、日米同盟の抑止力・対処力を一層強化することで一致しました。さらに先般、閣僚レベルのいわゆる経済版「2+2」の立ち上げを発表しました。経済面でも日米関係を一層強化していく考えです。

 日本を取り巻く厳しい安全保障環境に対処するためには、日米同盟の抑止力・対処力を強化するとともに、日本自身の防衛力の抜本的な強化も必要です。そのためにも新たな国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防の策定は極めて重要です。

 このような日本を取り巻く安全保障の現状を踏まえて、今回のテーマの一つである「米中競争」を考える時、それを単なる米中2国間の問題に帰してしまうことも、中国を日米とは異質なものとしてその実像から目を背けることも、日本がとるべきアプローチでないことは明らかです。この厳しい安全保障環境の中で、中国とどのように向き合いそして付き合っていくか、この視点が求められると考えます。

 我々とは異なる体制をとる中国は、中国共産党の指導の下、建国100周年を迎える2049年や、その中間点にあたる2035年をターゲットとした長期的な国家目標を設定しています。かつて大平先生は、「日中両国は体制も違い流儀も異なるのであり、両国が意思を異にし、利害関係を異にする局面が必ずあるので、だからこそ相手を冷徹に見極める必要がある」ということを述べられましたが、この言葉には深い意味があります。我々は、中国の掲げる長期的な目標のみならず、実際に変化する現実の中国をしっかりと見極め、その中で日本自身の国益のため、したたかに、漸進的に、より望ましい日中関係を構築していく必要があります。

 そのためにも、日本として主張すべきは主張せねばなりません。尖閣諸島周辺海域を含む東シナ海における一方的な現状変更の試みは、既存の秩序への挑戦であり、日本として譲る余地のない原則の問題であり、断じて容認できません。冷静に、かつ、毅然と対応していきます。また、南シナ海をめぐる問題についても、我々は緊張を高めるいかなる行為にも強く反対しており、中国に対し、力や威圧によらない、国際法に基づく紛争の平和的解決の重要性を強調しています。台湾海峡の平和と安定も重要です。加えて、香港情勢や新疆ウイグル自治区の人権状況についても、累次の機会を捉え、深刻な懸念を伝えています。

 同時に、日中関係は、日中双方にとってのみならず、地域及び国際社会の平和と繁栄にとって重要です。主張すべきは主張し、責任ある行動を求めつつ、共通の諸課題については協力することにより、本年国交正常化50周年を迎える中で、「建設的かつ安定的な日中関係」の構築を目指していきます。

 また、安全保障の観点からは、ロシアの動向も日本の重大な関心事です。特に現時点で注視すべきは、ロシアがウクライナをめぐって周辺での軍事プレゼンスを増大させ、緊張を高めていることです。日本はウクライナの主権及び領土の一体性を一貫して支持してきており、G7を始めとする国際社会と連携していきます。力による現状変更の試みは世界のどこであっても認められません。アジアにおいては、ロシアが軍事面で中国との共同歩調をとり、日本海から東シナ海にかけての露中爆撃機による共同飛行のような示威行動をとるなど、安全保障上の懸念を呼び起こす動きを見せていることにも留意する必要があります。同時に、平和条約交渉や地域の安全保障環境の安定化のため、ロシアとの間で安定的な関係を構築することも重要であり、こういった様々な点を踏まえつつ対露外交を考えていく必要があるでしょう。

 第二に、国際社会のパワーバランスが変化し、既存の国際秩序への挑戦が顕在化する中、ルールに基づく国際秩序を維持・強化していくことが必要です。この目標の実現のために日本が掲げるビジョンが、「自由で開かれたインド太平洋」、FOIPです。

 FOIPの目的は、地域全体の平和と繁栄を実現することです。包括的かつ透明性のある方法で、インド太平洋にルールに基づく国際秩序を確保する、そして、そのような自由で開かれた秩序を発展させていくことをめざします。「法の支配」や「航行の自由」は、まさにそれに当たります。日本は、各国の発展段階が異なることを前提とした上で、すべての国にとって重要なことを一緒に発展させていく、こうした考えの下、ビジョンを共有するいずれの国とも協力してFOIPの実現に向けた取組を進めていく考えです。このような包摂的な考え方も、先ほど申し上げた、楕円の外交に通じるものと言えるのではないかと思います。

 このビジョンを実現していく上で、米国は最も重要なパートナーです。2月11日、バイデン政権は「インド太平洋戦略」を発表し、インド太平洋への長期的なコミットメントを明確にしました。また、日米豪印でも、4回目となる外相会合を豪州のメルボルンにおいて対面で開催し、価値観を共有する日米豪印4か国の外相でFOIPへの強固なコミットメントを再確認するとともに、その実現に向けた幅広い実践的協力を一層推進していくことで一致しました。

 FOIPを実現する上で、中心的役割を果たしているのがASEANです。日本は、一貫してASEAN一体性及び中心性を支持しています。2019年6月には、ASEANはFOIPと本質的な原則を共有する「インド太平洋に関するASEANアウトルック」を採択しました。来年、日本とASEANは友好協力50周年を迎えますが、日本はFOIPとASEANアウトルックの実現に資する具体的な協力を引き続き進めていく考えです。

 さらに、欧州もインド太平洋への関与を強めています。昨年9月、EUは「インド太平洋における協力のための戦略に関する共同コミュニケーション」を発表し、7つの優先分野を特定しました。また日EU定期首脳協議の共同声明で、EU及び27加盟国の意思として、日本と自由で開かれたインド太平洋に向けた積極的な協力を進める姿勢を明確にしたことは、歴史的であり大いに歓迎しています。

 さらに昨年6月、NATOは首脳会合において、日本を含むアジア太平洋パートナー国との協力強化を確認しており、我々はこの動きを歓迎しています。

 第三に、経済分野では、既に触れたグローバル化の功罪にどう向き合い、そして、新たな課題としての経済安全保障をどう確保していくかという課題があります。

 グローバル化の負の側面への対処は、今や各国の重要な内政課題の1つです。1980年代以降、世界の主流となった新自由主義は、世界経済の成長の原動力となってきました。しかし、市場メカニズムに過度に依存するこの考えの下、分配の不均衡による格差や貧困の拡大、基礎技術を始めとする中長期的投資の不足、地球環境への負荷といった問題が生じました。こうした市場の失敗、外部不経済のコストをなるべく早く内部化するためには、一企業の努力のみならず、官と民が、経済社会変革の全体像を共有しながら取り組むべき課題です。

 日本でも、岸田内閣の下、成長と分配の好循環による「新しい資本主義」によって、持続可能な経済社会を実現する取組を進めています。目の前のパイを取り合うのではなく、10年、20年という時間軸の中で成長と分配を共に実現していくことが我々の目指す方向であり、こうした考えの下、世界の動きを主導していきます。

 日本経済の持続的な成長の実現のためには、引き続き、自由で公正な経済圏の拡大が不可欠です。日本はこれまで、自由貿易の旗振り役としてリーダーシップを発揮してきました。特に、TPPについては、英国の加入手続開始や、中国、台湾の加入申請など、昨年大きな動きがありましたが、日本にとってTPPは、FOIPを経済面で推進する重要な枠組みの一つです。日本は、TPPのハイスタンダードを維持すべく、引き続き関係国と連携していきます。また、この地域の経済秩序に米国の存在は不可欠であり、米国のTPPへの復帰も呼びかけ続けます。私からもブリンケン国務長官のみならず、レモンド商務長官やタイ通商代表にも強く働きかけています。

 多角的貿易体制の礎として、WTOの維持・強化も重要です。ポストコロナの経済成長を担う、信頼性のある自由なデータ流通を含む電子商取引の国際ルール作りも、日本が共同議長国として有志国間の交渉を進めています。引き続き、WTO改革を主導していきます。

 同時に、経済的威圧のような国家及び国民の主権や利益を害する行為に対処できるよう、国際経済秩序の強化を図っていく必要もあります。

 経済安全保障は待ったなしの課題であり、これまでも自民党における議論に、私自身深く関与し、戦略的自律性や戦略的不可欠性の確保に向けた経済安全保障上の取組につき議論のとりまとめを行ってきました。今回の通常国会に提出予定の法案は、その一つの成果です。

 外務省としては、日米豪印の連携やG7などの枠組を活用し、サプライチェーンの強靱化や重要・新興技術の育成・保護などにつき、同志国との協力の拡大・深化を図ってきています。これは、技術優位性の維持といった経済安全保障のための取組が外交上も重要であるためです。引き続き、安全保障政策や対外経済関係、国際法を所管する立場から、同盟国・同志国との連携強化や新たな課題に対応する国際規範の形成などに積極的に取り組んでいきます。

 第四に、人権をめぐる問題です。人権は普遍的な価値であり、その擁護は全ての国家の最も基本的な責務です。一方、人権状況の改善への道筋や速度が国ごとに異なることも我々は考慮しなければなりません。

 日本は、これまで深刻な人権侵害にはしっかりと声を上げる一方、人権擁護に向けた努力を行っている国には、上から目線での「押し付け」ではなく、「対話」と「協力」を通じて、自主的な取組を促す人権外交を進めてきました。例えば、これまで様々な国と二国間対話を実施してきたほか、カンボジアについては、昨年の国連人権理事会において、カンボジア自身やEUなど様々な関係国と協議を行った上で、日本がカンボジア人権状況決議案を提出し、コンセンサス採択されるなど、各国の人権改善に向けた協力を行っています。こうした取組は、日本がアジアの一員であり、かつアジアにおいて最初に民主主義や人権の擁護を進めていったという歴史的な背景があるからこそできるものです。

 相手国の現実をしっかりと把握し、漸進主義のアプローチで各国の実情に応じた人権擁護の取組を促し、少しずつでも成果を上げていくことが重要です。今後とも、日本らしい人権外交を進めていきます。

3 結語

 現代の国際社会の2つの転換期のうち、冷戦の終結は、自由・民主主義の最終的勝利、グローバル化による世界経済の繁栄といった希望を世界にもたらしました。これに対して、相矛盾するような課題が顕在化し、分断と対立を深める今日の世界では、単純な解は見当たりません。

 最も民主主義が浸透した国々においても生じている民主主義への不満、著しい経済成長を遂げる国々における貧困の拡大、世界に革新をもたらす新興技術の抱えるリスク、国際社会の度重なる働きかけにも関わらず改善されない人権状況。こうした課題はいずれも、安易な二分論に与し、問題の一面を切り捨てることでは解決できません。困難で時間がかかるとしても、相矛盾する2つの円に分かれないよう両者をまとめ、これらを1つの楕円とすることで初めて真の解決が得られるのです。

 日本はこれまでも、相手国の現実を踏まえた包容力のある外交に取り組み、世界からの信頼を得てきました。私は外務大臣として、この日本への信頼を基礎として、普遍的価値や世界の平和と安定を守り抜く覚悟を明確に掲げながら、現実と時間軸を見据えた漸進主義のアプローチで、「楕円の外交」を展開していく決意です。

 御清聴ありがとうございました。

(了)


ウクライナ情勢及び日露関係並びに在中国日本大使館員の一時拘束事案に係る日本政府の立場


1 ウクライナ情勢及び日露関係

 今回のロシアによるウクライナ侵略は、力による一方的な現状変更の試みであり、国際秩序の根幹を揺るがす行為である。明白な国際法違反であり、断じて許容できず、厳しく非難する。今こそ、国際秩序の根幹を守り抜くため、結束して、毅然と行動しなければならない。我が国として、このことを示すべく、断固として行動していく。こうした暴挙には高い代償が伴うことを示していく。国際社会は、ロシアの侵略により、ロシアとの関係をこれまで通りにしていくことはもはやできないと考えている。我が国は、G7各国、国際社会と共に、ロシアに対して強い制裁措置をとっていく。

 ロシアについては、両国間の最大の懸案である北方領土問題を解決して平和条約を締結するとの方針の下、これまで粘り強く交渉を進めてきた。しかし、今回のロシアによるウクライナ侵略に対しては、G7をはじめ国際社会と結束して、毅然と行動する必要がある。

 北方領土問題に関する我が国の立場や、ご高齢になられた元島民の方々の思いに何とか応えたいという思いはいささかも変わらないが、今この時の状況に鑑みれば、平和条約交渉の展望について、申し上げられる状況にはないと考える。

 ロシアが国際社会の非難を真摯に受け止め、侵略をやめて問題の外交的解決に向かい、我が国を含む国際社会との関係を正常なものに戻す日が早急に来ることを望む。

2 在中国日本大使館員の一時拘束事案

 先般、北京において、在中国日本大使館員が、その意に反して中国側当局により一時拘束されるという事案が発生した。本件は、外交関係に関するウィーン条約の明白な違反であり、到底看過できず、断じて受入れられない。中国側に対し謝罪と再発防止を強く求めている。

(了)