データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本記者クラブにおける林外務大臣講演

[場所] 
[年月日] 2022年9月30日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文] 

1 冒頭

(前回講演以降の変化)

 日本記者クラブでお話しするのは、1月13日以来、約8か月半ぶりになります。前回の講演では、国際社会は時代を画する変化の中にあり、2022年もその流れは加速するだろうとお話ししました。残念ながら、その予想は悪い方向に当たってしまっていると言わざるを得ません。

 この8か月半の国際情勢の変化は、30年にわたり続いたポスト冷戦時代の終焉とも言える秩序の動揺を表しており、今我々の眼前には、力による一方的な現状変更や威圧が躊躇なく正面から行われる、国際秩序への挑戦が展開されています。

 2月24日、ロシアはウクライナへの侵略という暴挙に出ました。これは国際社会が長きにわたる懸命な努力と多くの犠牲の上に築き上げてきた国際秩序の根幹を脅かすものであり、世界のいかなる国・地域にとっても決して「対岸の火事」ではありません。9月21日のプーチン大統領の演説でも、部分的動員の実施発表や核兵器の使用をほのめかし、また、そのような中でウクライナ国内では違法な「住民投票」が行われるなど、事態の改善に向けた兆しは一向にみられません。日本も、力による一方的な現状変更は、欧州であれ、東アジアであれ、地球上のいかなる場所でも許してはならないという強い決意を持って、G7を始めとする国際社会と緊密に連携しながら、強力な対露制裁とウクライナ支援に取り組んできました。

 また、8月2日のペローシ米下院議長の台湾訪問の後、中国はこれまでにない規模の軍事演習を実施し、多数の軍艦・軍用機が台湾海峡の中間線を越え台湾側に入ったほか、台湾周辺の海域を狙った弾道ミサイルの発射演習等を行いました。4日には、そのうち5発が排他的経済水域を含む日本近海に着弾しました。こういうときにこそ、日中ハイレベルの対話を維持することが大切だと考えます。

 中国による一連の軍事行動は、日本の安全保障と国民の安全に関わる重大な問題であるとともに、地域、そして国際社会の平和と安定に重大な影響を与えるものです。深刻に懸念しており、中国側に対し強く非難、抗議をしました。また、台湾海峡の平和と安定は、日本の安全保障はもとより、国際社会の安定にとっても重要です。台湾をめぐる問題が、対話により平和的に解決されることを期待します。この点を含め、我が国の台湾に関する立場は一貫しており、何ら変わりはありません。

 北朝鮮による核・ミサイル活動も活発化しています。2月末以降、北朝鮮はICBM級の弾道ミサイルを立て続けに発射し、3月に発射したICBM級の弾道ミサイルは、日本の排他的経済水域に落下しています。また、直近では、9月25日、28日、昨29日に弾道ミサイルを立て続けに発射しました。さらに、7回目の核実験に向けた動きもあります。こうした北朝鮮の一連の活動は、日本の安全保障にとって重大かつ差し迫った脅威であり、また、国際社会に対する明白かつ深刻な挑戦です。到底看過できるものではなく、国際社会が一致して対応する必要があります。

 こうした観点からも、日米韓3か国の連携を前進させており、8月には3か国でミサイル警戒共同演習を実施しました。また、私自身も、先週のNYで日米韓外相会合に出席し、北朝鮮の完全な非核化に向けた今後の対応について、すり合わせを行い、特に、北朝鮮による更なる挑発行為が行われた場合には毅然と対応することを改めて確認しました。

(外交の基本姿勢)

 こうした挑戦、更に食料・エネルギー価格の高騰等そこから生じる新たな課題にも対応し、法の支配に基づく国際秩序を維持・強化すべく、外交に取り組んできました。その基本姿勢はしかし、1月に申し上げたものから変わりありません。すなわち、普遍的価値を守り抜く覚悟、日本の平和と安全を守り抜く覚悟、そして、地球規模の課題に向き合い国際社会を主導する覚悟。これら3つの覚悟を持って、対応力の高い、「低重心の姿勢」で外交を展開してきました。

 新型コロナによる制約の中、この8か月半の間に18か国を訪問し、電話会談を含め約340回の会談を重ね、各国のカウンターパートとの間で信頼関係を構築しながら、山積する外交課題に対応してきました。先週は、国連総会ハイレベルウィークに合わせてNYを訪問し、来年1月からのG7議長国就任と安保理入りを見据えて積極的に外交に取り組みました。

 本日は、私がこの8か月半、どのような考え、狙いの下に外交に取り組んできたのか、また、今後どのような取組を行っていくのかを、時間の許す限り紹介したいと思います。

2 法の支配に基づく国際秩序の維持・強化

 ロシアによるウクライナ侵略は、実に多くの課題を世界に突きつけています。その最も重大なものの一つが、法の支配に基づく国際秩序への挑戦です。主権と領土一体性を侵害する明白な国際法違反や、力による一方的な現状変更や威圧がまかり通る弱肉強食の世界へと戻ってしまってよいのか、それとも、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の下に平和と繁栄の歩みを継続すべく結束するのか。我々は歴史の岐路に立たされています。

 国際秩序が揺らぐ中、日本は、グローバルガバナンスの基盤として、国際社会における法の支配の徹底こそが重要であると考えます。ルールは守られねばならず、法の支配の下に基本的な価値・原則が守られる世界にこそ、平和と繁栄が実現されると確信しています。

 国際秩序の維持・強化には、国連が中核的な役割を担ってきました。国連憲章が尊重され、国連がその本来の役割を果たすことが重要です。この点、国連総会において、ウクライナ関連決議が140を超える国に支持されたことには重要な意義があります。4月には、拒否権が行使された際に総会を招集し、当該常任理事国に説明責任を負わせるという決議が採択されるなど、国連の機能強化に向けた努力も続いています。

 一方で、安保理におけるロシアや中国による拒否権の行使に端的に見られるように、国連が期待されている機能を十分に果たせていないことも事実です。国連憲章に示される原則に基づく秩序を維持・強化するために、国連全体の機能を強化すると同時に、国連の外での枠組みを機動的に組み合わせる、この両者を車の両輪として、法の支配に基づく国際秩序の維持・強化を実現していくことが重要だと考えています。

(1)同志国との連携

 国連の外の枠組みとして、今回のロシアによるウクライナ侵略に最も効果的に対応してきたのがG7です。2月以降、G7外相は、対面・オンラインを合わせ9回というかつてない頻度で会合を開き、緊密に連携してきました。その中で、ウクライナ支援の継続や、制裁を含むロシアに対する経済的・政治的圧力を強める決意を確認してきています。また日本は、アジア唯一のG7メンバーとして、アジアを含むインド太平洋について、G7における議論を主導しています。

 6月のG7エルマウ・サミットに出席した岸田総理は、ロシアによるウクライナ侵略への対応に加え、インド太平洋などの地域情勢、物価対策を含む世界経済、気候変動、食料安全保障といった国際社会の重要課題についてG7各国の首脳と率直に議論しています。

 また、先日のNYでのG7外相会合では、ウクライナ情勢について議論し、ウクライナ支援や食料・エネルギー安全保障への対応などについて、G7の連携を改めて確認しました。また、国連の機能強化、中国やインド太平洋といった地域情勢についても率直な意見交換を行いました。

 G7に加え、日米豪印での連携も格段に強化されました。5月に東京で主催した日米豪印首脳会合では、力による一方的な現状変更をいかなる地域においても許してはならないこと、こうした状況だからこそ、「自由で開かれたインド太平洋」、FOIPの実現に向けた取組を一層推進していくことが重要であり、幅広い分野で実践的協力を進めることで一致し、インド太平洋地域の生産性と繁栄の促進に不可欠なインフラ協力について、今後5年間で500億ドル以上の更なる支援・投資の実施を目指すことを確認しました。

 米豪印の各国外相とは、先週も国連総会の機会にNYで会合を開催し、率直な議論の結果、FOIPの実現に向けたコミットメントを改めて確認したところです。

 この、日本が提唱し進めてきた、法の支配に基づく「自由で開かれたインド太平洋」の重要性が一層高まっており、これに呼応するように各国でもFOIPのビジョンを発表しています。8月のASEAN関連外相会議では、FOIP及びFOIPと本質的な原則を共有する「インド太平洋に関するASEANアウトルック」の実現に向けた具体的協力の実施、ASEAN中心性・一体性への支持を改めて表明しました。

(2)国連総会ハイレベルウィークの訪問

 こうした同志国との連携を進めながら、日本として、安保理改革を含む国連全体の機能強化も主導していきます。また、国連総会の更なる活性化を呼びかけ、幅広い国連の活動を支える国連事務総長を支持していく考えです。

 先週のNYでは、岸田総理が一般討論演説において、国連の理念実現のための日本の決意として、(1)安保理を含む国連の改革及び軍縮・不拡散を含む国連の機能強化、(2)国際社会における法の支配を推進する国連の実現に向けた取組、(3)新たな時代における人間の安全保障の理念に基づく取組を進める決意、の3つの柱を表明し、国連及び多国間主義への日本のコミットメントを示しました。

 私自身、193か国のハイレベルが集う国連総会の場を活用し、普段なかなか会えない国や現在そして次の非常任理事国も含めて、8つの多国間会合に出席し、15の二国間会談を行い、2つの首脳会談に同席しました。これらを通じて、岸田総理の一般討論演説を踏まえ、国連の理念と原則に立ち戻ること、安保理改革を含め国連全体の機能を強化し、国連への信頼回復を図ること、「法の支配」の徹底を図ることを中心に議論しました。

 各国からは総じて肯定的な反応を得たと感じています。今年は、米国のバイデン大統領が、ロシアのウクライナ侵略により国連が試練にある中で、安保理始め国連の信頼回復のため、拒否権行使の抑制や安保理の常任・非常任双方の議席拡大というこれまでにない積極的な呼びかけを行いました。クールシ国連総会議長やアフリカを含む70近い諸国からも、安保理改革など国連強化に前向きなメッセージが述べられています。日本は、こうした動きを歓迎するとともに、G4外相や日米豪印外相との間で、安保理改革の推進を確認しました。

 また、同時に、ウクライナや中国・北朝鮮、食料・エネルギー安全保障等現下の地域・国際情勢についても同志国との連携を確認し、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ、新型コロナ対策など国際社会が直面する様々な課題に対しても、日本の考え方を積極的に発信しました。国際社会が未曽有の困難に直面する中、2023年1月からの日本のG7議長国就任と安保理入りを控え、日本外交のプレゼンスを高める、有意義な機会になりました。

3 安全保障面の取組

 国際秩序の維持・強化と合わせて、緊迫する国際情勢の中で日本及び地域の平和と安全の確保は急務です。

(1)日本自身の取組

 冒頭でも触れたとおり、今なお続く、ロシアによるウクライナ侵略は、欧州にとどまらず、アジアを含む国際秩序の根幹を揺るがす極めて深刻な事態です。また、中国による一連の軍事活動は、我が国の安全保障及び国民の安全に関わる重大な問題です。さらに、北朝鮮による核・ミサイル開発、東シナ海・南シナ海における力を背景とした一方的な現状変更の試み、軍事バランスの変化による緊張の高まりなど、日本を取り巻く安全保障環境は、厳しさと不確実性が増しています。

 日本の平和と安定の確保のために、まずは日本自身の防衛力を強化せねばなりません。岸田内閣の年末に向けた最重要課題の1つが、防衛力の抜本的強化です。政府として、その裏付けとなる防衛予算の相当の増額を掲げていますが、この点は5月の日米首脳会談で米国との間でも確認しています。外務大臣として、新たな国家安全保障戦略等の策定、防衛力の抜本的強化の議論に、引き続き貢献していきます。

 ウクライナ情勢を始めとする国際情勢の複雑化の中で、経済領域における安全保障リスクの拡大もまた顕著となっています。基幹インフラの安全性・信頼性確保に加え、サプライチェーンの強靱化、先端的な重要技術の育成や機微技術の流出防止に取り組むことが世界的に喫緊の課題となっています。岸田内閣では、5月に成立した経済安全保障推進法の実施を通じてこれらの課題に取り組んでいきます。

 日本は、この法律をベースとして同志国の制度との調和を図りつつ、同志国との一層の連携強化や新たな課題に対応する国際規範の形成に積極的に取り組んでいきます。

(2)同盟国・パートナーとの協力・連携

(日米同盟)

 日本自身の取組と同時に、日本の外交・安全保障政策の基軸である日米同盟も更に深化させてきました。7月の訪米時の日米外相会談を含む累次の機会を通じ、米国とは、いかなる地域においても力による一方的な現状変更は決して受け入れられないことを確認しています。

 日米にとって戦略的に最も重要なインド太平洋地域の平和と繁栄を確保すべく、我々は、紛争を未然に防ぎ、この地域のポテンシャルを安定と繁栄に繋げていかねばなりません。

 そのため、安全保障については、地域の戦略バランスを確固たるものとすべく、日米同盟の抑止力・対処力の強化に日米で共に取り組んでいきます。

 第一に、二国間の役割及び任務を進化させ、共同の能力を強化していきます。第二に、日米同盟の優位性を将来にわたって維持するため、宇宙、サイバー、電磁波を含めた領域横断的な能力、そして先端技術への投資も強化していきます。サイバーセキュリティと情報保全の強化も不可欠です。第三に、米国による拡大抑止の信頼性・強靱性を更に強化していくための努力も続けていきます。

 また、7月には、日米同盟の新たな試みとして経済版「2+2」を開催しました。外交・安全保障と経済を一体として議論し、持続的・包摂的な経済成長とルールに基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化に向け日米でリーダーシップを発揮し、同志国と協力して取り組む決意を示すことができました。来年のG7広島サミット、米国議長のAPECを見据え、経済安全保障の課題を含む日米共通の課題について、一層連携を強化していきます。

(NATOとの連携)

 NATOにおいても、近年、インド太平洋の安全保障環境への関心が高まっています。4月には、日本の外務大臣として初めて私がNATO外相会合に出席し、6月には岸田総理が日本の総理大臣として初めてNATO首脳会合に出席しました。首脳会合では、新時代の日NATO協力の地平を開くため、日NATO間の協力文書を大幅にアップグレードすることを表明しました。

 また、日本の他、豪州、ニュージーランド、韓国のNATOアジア太平洋パートナー4か国を交えた首脳会合も初めて開催し、欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障は切り離せないという認識の下、連携の強化で一致しました。

 日本は、NATOのインド太平洋への更なる関与に向けた具体的協力を進めるとともに、法の支配に基づく国際秩序を確立するため、FOIPの実現に向けて、欧州諸国との連携を強化していく考えです。

(核軍縮・不拡散)

 ウクライナ情勢をめぐっては、ロシアが核兵器による威嚇を行い、また、ザポリッジャ原子力発電所を占拠するなど、核軍縮や原子力安全にとって座視すべからざる事態を引き起こしています。

こうした中で開催された8月のNPT運用検討会議において、最終的にロシア1か国が反対し、成果文書のコンセンサス採択に至らなかったことは極めて遺憾です。

 しかし、これは裏を返せば、ロシア以外の、核兵器国と非核兵器国の双方を含む190か国が最終成果文書案のコンセンサス採択に賛成したということであり、このことには意義があります。今後、国際社会が核軍縮に向けた新たな土台を示せたと考えます。今回の成果を踏まえ、引き続き、NPT体制を維持・強化していくことが重要です。

 また、岸田総理の提案により、先週の国連総会ハイレベルウィークの際に、CTBTフレンズ会合を初めて首脳級で開催し、CTBTの早期発効に向けた国際社会の力強い意志を示すことができました。

 日本としては、引き続き、来年のG7広島サミットでの議論などを通じて「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の機運を一層高め、「ヒロシマ・アクション・プラン」を踏まえ、現実的かつ実践的な取組を一歩ずつ、粘り強く着実に進めていきます。

4 近隣国との関係

 日本及び地域の平和と安全を維持する上で、近隣国との関係をいかにマネージしていくかが重要です。

(1)中国

 9月29日、日中国交正常化から50年の節目を迎えました。日中関係においては、様々な可能性とともに、尖閣諸島を含む東シナ海情勢や既に触れた事案を含め中国による軍事的威圧の増大など、多くの課題や懸案にも直面しています。日中関係については、主張すべきは主張し、責任ある行動を求めつつ、共通の諸課題については協力するという「建設的かつ安定的な日中関係」を50周年も契機としながら、双方の努力で構築していく必要があります。しっかりとハイレベルで意思疎通することが重要であり、日本は中国側との対話については常にオープンです。

(2)韓国

 北朝鮮への対応を始め、地域の安定にとって日韓・日韓米の連携は不可欠です。日韓関係は、旧朝鮮半島出身労働者問題や慰安婦問題などにより非常に厳しい状況にありますが、このまま放置することはできません。

 韓国では、5月に尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が発足しました。その後、朴振(パク・チン)外交部長官との間で、7月以降3か月連続の会談を行っており、先週のNYでは、日米韓協力を推進していく重要性について改めて一致するとともに、北朝鮮への対応における更なる連携で一致しました。また、旧朝鮮半島出身労働者問題について、当局間で行われている建設的なやり取りを評価しつつ、日韓関係を健全な関係に戻すべく、問題の早期解決に向けて両国間の協議を継続していくこととしました。また、首脳間でも懇談を行い、1965年の国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の基盤に基づき日韓関係を未来志向で発展させていくことで一致したところです。

 引き続き日韓関係改善のため、ユン大統領やパク長官を始め、韓国政府と緊密に協力していく考えです。

5 地球規模課題の深刻化・複雑化

(1)開発途上国が直面する困難

 国際秩序に対する信頼を確保し、強化するためには、地球規模課題への対応も重要になります。

国際社会は、グローバル化の負の側面としての格差・貧困の拡大、環境への負荷といった課題の顕在化に加え、国際情勢の急激な変化によるサプライチェーンの分断や経済的威圧を始めとする経済安全保障上のリスクの高まりに直面しています。こうした不確実性の高まりにより、とりわけ開発途上国は安定的な発展を見通すことが困難となり、貧困削減は遠のき、感染症を含む保健課題や気候変動・環境問題はより深刻化しています。

 ロシアのウクライナ侵略がもたらしているエネルギー・食料価格の高騰は、中でも緊急の対応を要する課題です。エネルギー輸出を武器として利用し、エネルギーを地政学的な威圧の手段として利用しようとするロシアの試みにより、世界経済、とりわけ脆弱な国の人々の暮らしに深刻な影響が出ています。また、主要な穀物輸出国であるウクライナからの供給の遮断は、とりわけウクライナへの貿易依存度が高い中東・アフリカ諸国にとって、人間の安全保障を脅かす事態です。

 さらに、ロシアは制裁がこのような状況の原因であるという偽りのナラティブを弄し、脆弱な国々を取り込み、国際社会の分断を図っていることにも強く留意する必要があります。

(2)日本の取組

 こうした状況を受け、日本は、エネルギー資源生産国に対する増産の働きかけ、国際エネルギー機関などの国際機関やG7を始めとする同志国との連携を通じ、国際的なエネルギー市場の安定化に努めてきています。

 また、食料についても、中東・アフリカ諸国等に対する食料支援や、ウクライナからの穀物輸出再開に向けた支援などを通じ、グローバルな食料安全保障の確保に取り組んでいます。特に、中東・アフリカ諸国に対しては、G7エルマウ・サミットで表明した2億ドルの食料支援に加え、先月のTICAD8において、アフリカ開発銀行との協調融資で3億ドルの食料生産強化支援や20万人の農業人材育成を行うことを表明しました。

 こうした取組はロシアによる偽のナラティブを払拭する上でも極めて重要な意味を有しています。さらに、国際保健の分野においても、エイズ、結核、マラリアといった三大感染症の対策支援及び保健システム強化のため、グローバルファンドに次の3年間で最大10.8億ドルを新たに拠出することを表明しています。

 アフリカは、ダイナミックな成長が期待できる地域である一方で、現状、格差や環境問題等のグローバル経済の課題が集中している地域でもあります。8月のTICAD8では、総理特使として、日本はアフリカと「共に成長するパートナー」として、「人への投資」、「成長の質」を重視し、今後3年間で300億ドル規模の資金を投入し、アフリカの成長に力強く貢献するとともに、それを通じて日本も成長するという総理のメッセージを伝達しました。同時に、透明・公正な開発金融の重要性や、安保理改革を含む国連全体の機能強化に向けてアフリカ諸国との連携強化に取り組む考えも伝えています。

 地球規模課題や各国・地域における人間の安全保障をめぐる状況が深刻化、複雑化する中、日本は、国際社会の多数を占める途上国の期待と信頼に応えながら、法の支配に基づく国際秩序や自由や民主主義といった普遍的価値を共に守り抜いていかねばなりません。そのための重要な外交ツールとなるのがODAであり、時代に即した形で一層戦略的・効果的に活用すべく、先日、「開発協力大綱」を改定することとしました。今後、幅広い関係者の意見を踏まえながら、来年前半を目処に新たな大綱を策定する考えです。

6 結語

 外務大臣への就任以来、一層流動化する国際情勢の中で、日本に求められる役割は確実に大きくなっています。先週の国連総会ハイレベルウィークに加え、今週は国葬儀に参列するために訪日した各国の首脳、外相などと会い、この2週間で実に50近い会談を行ってきました。その中で改めて感じたのは、日本外交の真骨頂は、G7から小国、途上国まで、あらゆる国との間で、同じ目線に立って共通の課題を議論し、相手が真に必要とする支援を行う、その「きめ細やか」さにあるということです。先人たちが営々と積み重ねてきたこの「きめ細やか」な外交こそが、日本への信頼の基礎となり、この国際情勢の下での日本への期待の源泉となっているとも言えるでしょう。

 来年日本は国連安保理の非常任理事国を務めるとともに、G7の議長国として世界をリードする年となります。国際社会が次の時代の国際秩序を形成する必要に迫られる中、次のG7サミットでは、日本が主導し、今後世界が進むべき方向を示していくことを考えています。同志国、国際社会の信頼・期待も背負いながら、引き続き、3つの覚悟を持って、対応力の高い、「低重心の姿勢」で外交を進めていきます。