データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ブラジルにおける林外務大臣講演「連帯の輪」を広げる(Expanding "Networks of Solidarity”)―中南米と共に歩む日本外交―

[場所] ブラジル
[年月日] 2023年1月9日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文] 

 ボアタールジ!

 ブラジルの外交官の皆様、ブラジルにいらっしゃる外交団の皆様、そしてその他ご出席の皆様

 日本の外務大臣の林芳正でございます。

本年1月1日に発足したばかりのルーラ新政権のブラジルとフレッシュなスタートを切るべく、今回こうしてブラジルを訪問できたことを大変嬉しく思います。

 本日は、これまで多くの偉大なブラジルの外交官を輩出してきたリオ・ブランコ外交官学校という栄誉ある場所で、皆様にお会いでき、また、お話しできる機会を頂き大変光栄に感じます。

 私にとって、中南米は大変親しみのある場所です。学生時代には、ブラジルを含む中南米の国々を旅行して回り、政治家になる前に日本企業で働いていた際にも中南米に出張し、ブラジルではポルトアレグレからアルゼンチン国境近くのポルト・ベラクルースまでを訪れました。大変活気あふれる町の雰囲気、そして明るい国民性に深く感銘を受けた記憶があります。私が、文科大臣や農水大臣であった際にも、様々な二国間会談やG20等の国際会議で、中南米のカウンターパートの方々との親交を深めました。

 今回私は、ブラジルと共に、メキシコ、エクアドル、アルゼンチンを訪問しています。日本がG7議長国を務める2023年、なぜ中南米を外務大臣としての最初の訪問地としたのか。それは、中南米が持つ政治的・経済的なポテンシャルに惹かれたからに他なりません。これから述べるように、中南米は、今後更にポテンシャルを発揮して、ますます国際社会の中でその重要性を増していくこと、そして、日本と中南米の関係も更に深まっていくものと確信しています。

 本日は、自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有する中南米の国々、特にブラジルはその中でも最重要パートナーの一つですが、の皆様と共に、「連帯の輪」を広げるためにどのように取り組んでいくべきか、その課題と描くべき未来についてお話させていただきたいと思います。

1 現下の国際情勢認識

 まず、現下の国際情勢について、皆さんと認識を共有したいと思います。

 アメリカの政治学者のフランシス・フクヤマは、1989年に発表された彼の論文「歴史の終わり」において、民主政治が政治体制の最終形態であるとして自由民主主義が勝利することを高らかに謳いました。まさにその年に起きたベルリンの壁の崩壊や米ソの冷戦終結宣言は、フクヤマ氏の言説をあたかも裏付けるような出来事でした。中南米でも、冷戦の終結に先んじた1980年代に、多くの国において軍事政権からの民政移管が成し遂げられ、人々の自由が回復し、民主的な社会が回復しつつある時期にありました。

 冷戦後の世界は、米国がその圧倒的な政治力・経済力・軍事力によって、法の支配に基づく自由で開かれた安定的な国際秩序を支えてきました。一方で、その下で、中国を含む新興国が政治的・経済的な勃興を果たし、パワーバランスの変化が進行してきました。そして現在、もはや、米国が単独で国際社会の安定と繁栄を支える時代は終わりを迎え、国際社会は国家間競争の時代に本格的に突入したと言えます。

 冷戦の終結は、自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値や原則の勝利でした。それから30年、世界は共存共栄を志向し、途上国と先進国の別なく、ルールと規範に支えられたグローバリゼーションが進展し、我々はその果実を享受してきました。

 しかし今、私たちに豊かな暮らしをもたらしたルールや規範が深刻な挑戦にさらされ、力による一方的な現状変更の試みや威圧が躊躇無く行われている現状に我々は直面しています。まさに、我々は今、歴史の岐路に立っています。

 昨年2月24日、ロシアはウクライナ侵略を開始し、核の使用さえほのめかしています。国際の平和と安全に主要な責任を持つべき安保理常任理事国によるかかる暴挙は、中南米諸国も含む国際社会が過去1世紀にわたって懸命な努力と多くの犠牲の上に築き上げてきた国際秩序の根幹を揺るがすものです。また、ロシアの侵略は、世界の食料・エネルギー供給にも深刻な影響をもたらし、価格高騰、サプライチェーンの混乱等、グローバルな問題も招いています。

 世界は、経済・社会面でも厳しい環境に立たされています。気候変動や感染症危機等、国境を越える課題が従来以上に顕在化し、国際社会が価値観の相違や利害の衝突等を超えて協力することが、かつてないほど求められる時代になっています。同時に、格差や貧困の拡大といったグローバル化の負の側面への不満が、これまで世界の経済成長に貢献してきたルールに基づく多角的貿易体制を揺るがし、世界的な保護主義の流れを加速させています。また、途上国に対する国際ルールを遵守しない不透明・不公正な開発金融、違法・無報告・無規制(IUU)漁業等の問題も懸念材料です。

2 中南米と共に歩む日本外交:「連帯の輪」を広げる

 先ほど申し上げたように、国際社会は今、30年間続いたポスト冷戦期が終焉し、次の時代への向かう歴史の転換期を迎えています。そして、歴史上比類のない戦争の惨禍や長期に亘る分断を招いてしまった前世紀の反省を繰り返すのか、それとも「協調」の精神と多国間主義の下で平和と安定、繁栄を追求し続けることができるのかという分岐点に直面しています。だからこそ、私は、中南米の皆さんと「連帯の輪」を広げ、より良い未来に向けて共に歩んでいきたいのです。

(1)「法の支配で繋がる連帯の輪」

 私が考える「連帯の輪」の一つは、「法の支配で繋がる連帯の輪」です。私は、外務大臣就任以来、先程述べたような新しい国際社会の現実を前に、世界の平和と繁栄の礎となってきた法の支配に基づく国際秩序を擁護する必要があるとの強い思いを、国際社会に訴えてきました。法の支配に基づく国際秩序の下で、自由、民主主義、人権といった基本的価値を守り、地球規模の課題に主導的役割を果たしていく、そうした「法の支配で繋がる連帯の輪」を広げていくことは、未来世代に向けた我々の責務です。

 我が国の古くからの友人であり、地理的距離を乗り越え基本的価値を共有する中南米諸国は、まさにこの輪を広げていく上での重要なパートナーです。私は、ルールを重んじる中南米諸国と共に、法の支配に基づくグローバル・ガバナンスの再検討に共に取り組んでいきたいと考えています。先程も述べたように、今、我々は、弱肉強食の世界へと戻る危機に直面していますが、我々が反省すべきは、現状の国際システムがロシアの暴挙を止められなかったことです。この反省に立ち、暴挙を許さないための枠組み、グローバル・ガバナンスの再検討が急務です。

 これまで国際秩序の維持・強化には、国連が中核的な役割を担ってきました。国連は、加盟国の主権平等の原則に基礎を置き、国際社会全体のためにあるのです。国連は、「力による支配」を決して許さず、全ての国の声を聞きながら、国際法に基づく法の支配を実現するために存在するのです。そのためには、国際社会が、国連憲章の理念と原則に立ち戻り、国連の普遍性と正統性を維持しながら、その限界を補い、改革し、強化しなければなりません。安保理改革はもちろん、国連総会の更なる活用といった国連全体の機能強化を進めていくことが重要です。

 今月から2年間、我が国は安保理非常任理事国を務めます。私は、この中南米歴訪後、NYにおいて「法の支配」をテーマに安保理公開討論を議長として主催します。同じ非常任理事国であるブラジルやエクアドルも参加予定です。2023年を「国連憲章の理念と原則」「法の支配」というキーワードの下に各国が結束する年にすべく、共に取り組んでいきましょう。

 中南米諸国は、長く苦しい戦いを経て自らの自由、独立を獲得してきた歴史を有します。それだけに一層、中南米の方々は、自由であること、法の支配に基づく公正な社会の実現の大切さを良く御存知だと思います。中南米の大多数の国において、様々な挑戦にもかかわらず、透明性が高い民主的な選挙を経て平和的な政権交代が実現され、適正手続が尊重され続けているのはその証左です。

 また、中南米は、様々な地域機関の創設、地域協定の策定、隣国との国境画定等、血のにじむような様々な外交努力を経て、現在、世界でもまれに見る平和的な地域となっています。とりわけ、中南米の全33か国が加盟している、非核兵器地域をつくる世界初の条約であるトラテロルコ条約が、1968年の発効以来、全加盟国によって誠実に遵守されていることは、中南米の方々の法の支配に対する強い思いの現れと考えます。我々国際社会は、多国間主義、法の支配を重んじ、対話を通じた平和的な解決を成し遂げてきた中南米に見習うべきところが多いのです。

 中南米諸国の多くは、ロシアによるウクライナ侵略に対して強い非難の声を上げました。国連における投票態度を見ると、他の地域と比較しても圧倒的に多くの国がロシアの暴挙に対して「No」を唱えました。このことは大変心強い限りであり、敬意を表します。

 このように、中南米諸国は、法の支配に基づく国際秩序が浸透し、その恩恵を実感し、その重要性を体現しています。その中南米から、声を上げてください。そして、共に「法の支配で繋がる連帯の輪」を世界に広げていきましょう。

(2)「地球を守る連帯の輪」

 次に私が強調したいのが、国境を越えるグローバルな課題に共に対処する「地球を守る連帯の輪」です。世界に繁栄をもたらしたグローバル化は、同時に様々な矛盾や課題も生み出しました。経済成長の一方で格差や貧困を拡大し、中間層を縮小させ、地球環境への負荷も大きくしました。日本では、岸田内閣の下、成長と分配の好循環による「新しい資本主義」によって、包摂的で持続可能な社会を実現する取組を実施しています。目の前のパイを取り合うのではなく、長期的な時間軸の中で投資や研究開発、人材育成を通じてパイを拡大し、成長と分配を実現していくことを目指しています。

 中南米においても、所得格差、貧困、環境破壊等の問題があります。日本は、中南米が抱える様々な課題に寄り添って、今後とも協力していきたいと思います。例えば、これまで、日本はブラジルと協力し、かつて「不毛の大地」と呼ばれたセラードの広大な土地を、豊かな穀倉地帯に変えることができました。また、日本は、人工衛星を用いたアマゾンの森林保全といった取組も実施しています。

 中南米には、島国特有の脆弱性を抱えるカリブ諸国や地震・津波の被害を共に経験してきた諸国、保健体制の強化が必要な諸国もあります。我が国は、強みを有する先進的な技術を用いながら、協力実施の基準として所得水準のみに着目せずにいわゆるODA対象卒業国や中進国に対しても各々の特有の事情やニーズを踏まえ柔軟に、様々な課題克服のために人間の安全保障の理念に基づく取組を強化します。

 太平洋を囲むこの地域における経済の持続的な成長を実現し、自由で公正な経済秩序を構築することも重要です。日本はこれまで、自由貿易の旗振り役としてリーダーシップを発揮してきました。WTOは課題も抱えていますが、多角的貿易体制の中核です。WTOが時代に即した機能を十分に発揮するよう、WTO改革を進めていく必要があります。加えて、日本はCPTPPの他の参加国と連携しつつ、不公正な貿易慣行や経済的威圧とは相容れない協定の精神と原則を守り、そのハイスタンダードを堅持する考えです。

同時に、経済的威圧のような国家及び国民の主権や利益を害する行為に対処できるよう、国際経済秩序の強化を図っていく必要があります。IUU漁業のように国際ルールに基づかない行為に対しても国際社会で声を上げるとともに、対策について知見を共有していくことが重要です。我が国は、今年の3月までに、ブラジルを含む中南米諸国の海上保安・水産等に携わる行政官を日本に招聘し、IUU漁業対策に関する研修を実施する予定です。

(3)「共に成長する連帯の輪」

 第3に、コロナ禍やロシアのウクライナ侵略等により分断が進む国際社会において、敢えて「共に成長する」ことの重要性を唱えたいと思います。特に、サプライチェーンの強靱化はかつてないほど重要となっています。ビジネスで取引をする相手が本当に信頼に足る相手か、安定的関係を維持できる相手かどうかは極めて重要なことです。中南米は共通の価値を有する安定した地域であり、また世界でも指折りの鉱物・エネルギー・食料資源を有する地域として注目されています。

 中南米は、今後の脱炭素化社会の実現のために重要な銅やリチウム等の鉱物資源のみならず、水力・風力・太陽光等の再生可能エネルギーが確保できる場としても注目すべき地域です。また、中南米は高い食料生産力を有し、食料安全保障を確保する重要な役割を担っています。我が国としても、様々な危機に備えるべく、資源の供給源の多角化は最優先事項であり、今後とも官民が連携して中南米との関係強化を図っていきます。

 また、厚い中間層と優秀な人材を擁する中南米にもっと多くの日本企業が進出し、共に経済成長や格差の是正に取り組んでいけるよう、様々な施策を講じていきます。その際、今後の大きなビジネスチャンスとなり得るのが、DXとGXです。DXは、教育格差、医療格差の縮小に貢献するとともに、生産効率の向上にも資する経済成長の重要な柱となり得ます。また、GXは、2050年カーボン・ニュートラル目標達成に向けて、エネルギー、全産業、ひいては経済・社会の大変革を実行していくものです。今後、様々な分野で、日本と中南米の間での貿易投資が活性化されることを期待します。

 なお、以上の「連帯の輪」を広げていく上で、中南米諸国の各地で活躍する日系人の方々の存在を忘れてはなりません。世界最大となる約230万人もの日系人の方々は、日本と中南米との絆の象徴です。実際、中南米各国で活躍する日系人のみでなく、再び海を越えて日本に渡り、日本で生活する日系2世、3世やその家族たちが、日本の産業を支えている事実も忘れてはなりません。日本政府は、こうした日系人の方々を支援し、共に歩んでいくべく、しっかりと取り組んでまいります。

3 結語

 最後に、ここに集っていらっしゃる外交官の方々、あるいはこれから外交官になられる方々、そして様々な形で外交に携わっている方々に改めて申し上げたいと思います。先人が成し遂げた法の支配に基づく国際秩序を維持・強化しつつ、同志国との「連帯」による力を積み重ねることで、世界の平和と繁栄を守る、そのための国際社会のガバナンスを再建する、これが、次の時代を創り上げる上で最も重要な挑戦です。

 ブラジルの偉大な外交官であり、この外交官学校の名前の由来となっているリオ・ブランコ卿は、かつて次のように述べられました。「何よりも法の力を不断に信頼し続け、良識、無私、そして正義の愛によって、あらゆる隣国の国民の配慮と愛情を獲得し、これらの人々の生活への介入を放棄すること。これが、未来へのブラジルのあるべき姿だと確信する。」これは、100年以上も前の言葉ですが、この時代を生きる我々の胸にも響いてくるものがあります。

 これまで申し上げたとおり、中南米は、我が国にとって自由、民主主義、人権といった基本的価値を共有する、長い歴史を共にした友人です。心から信頼できるパートナーです。一方で、当然ながら、我々は、全ての点について一致することはできないでしょう。時には、様々な問題について、喧々諤々の議論を重ねることもあるでしょう。ただ、一つ確実に言えることは、リオ・ブランコ卿がいみじくも述べられたとおり、我々は、あくまで法の支配を尊重し、良識や他国の人々への愛情を持って臨めば、いかなる問題も解決できるということです。

 国際秩序の根幹が脅かされる今こそ、日本と中南米は、「法の支配で繋がる連帯の輪」、「地球を守る連帯の輪」、「共に成長する連帯の輪」、この3つの輪を広げ、一層平和で繁栄する世界の再構築のため、共に努力しようではありませんか。