データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第4回東京グローバルダイアログ 林外務大臣講演「新たな時代に向けた、きめ細やかな日本外交の展開」

[場所] 
[年月日] 2023年2月20日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文] 

岡会長、佐々江理事長、御出席の皆様、

 第4回東京グローバルダイアログの開催を心からお祝い申し上げます。「シンクタンク・オブ・ザ・イヤー」も受賞した、日本を代表する外交・安全保障分野のシンクタンクである日本国際問題研究所からお招きいただき、昨年のビデオメッセージに続き、今回こうして再び皆様にお話しできることを嬉しく思います。

 冒頭、北朝鮮による弾道ミサイル発射について一言申し上げます。一昨日のICBM級弾道ミサイルの発射、また、今朝の相次ぐ弾道ミサイル発射など、北朝鮮が前例のない頻度と態様で弾道ミサイル発射を繰り返していることは、我が国の安全保障にとって重大かつ差し迫った脅威であるとともに、地域及び国際社会の平和と安全を脅かすものであり、断じて容認できません。私自身、ICBM級弾道ミサイル発射当日の18日、出張中のミュンヘンで、G7外相会合において、この弾道ミサイル発射を強く非難するとともに、北朝鮮への対応に関し連携を確認しました。また、米国のブリンケン国務長官及び韓国の朴(パク)振(チン)外交部長官との間で日米韓外相会合を開催し、引き続き、日米、日韓、日米韓で緊密に連携することを再確認しました。さらに、現在、北朝鮮について安保理の緊急会合の開催を要請し、調整中です。今後とも、国際社会と協力しながら、関連する国連安保理決議の完全な履行を進め、北朝鮮の完全な非核化を目指します。

1 新たな時代を前にした危機

 さて、昨年の講演では、世界が冷戦終結以来の新たな歴史の転換期を迎えているとお話ししました。それから一年、ロシアによるウクライナ侵略が国際秩序の根幹を揺るがす中、ポスト冷戦期の終焉は誰の目にも明らかとなりました。

 これは全くの偶然ですが、第二次世界大戦後の国際秩序のありようは、不思議と日本の年号と符合するところがあります。米ソ冷戦により世界が分断された昭和後半期から、冷戦終結と時を同じくして始まった平成はポスト冷戦期と重なります。そして令和の今、ポスト冷戦期の次の新たな時代の姿は未だ見えていません。

 一つ明らかなことは、今日(こんにち)我々が直面している問題は、これまで人類が経験したことのない速度で変化し、複雑化し、相互に連関し合っているということです。

 例えば、ロシアによるウクライナ侵略は、それ自体の深刻さはもちろんのこと、様々な問題を派生させています。侵略という主権・領土一体性の侵害は、国連憲章を始めとする国際法の原則の根幹に対する違反であり、法の支配に基づく国際秩序へのあからさまな挑戦です。同時に、世界的な食料・エネルギー危機、核兵器による威嚇、サイバー攻撃や偽情報といった新興技術の悪用など、広範に及ぶ課題を伴っています。

 そしてこの状況は、深刻化する気候変動の影響、新たな感染症、核軍縮・不拡散、更には引き続き人々の安全を脅かすテロや紛争といった、国際社会が一致して取り組むべき課題に対処する上での協調を難しくしています。

 いずれの問題も深刻で難しいものですが、それらが複雑に連関し、絡み合っているというのが今日の一層厳しい現状だと思います。

 このような歴史の転換点にあっては、これまで以上に国際社会の対話・協力、人類の叡智(えいち)と努力の結集が求められます。本日は我々の目の前にある課題の具体像と、これに臨む日本外交のあり方を、時間の許す限りお話ししたいと思います。

2 複雑に絡み合う諸課題

(1)ポスト冷戦期の遺産

 さて、現在の我々の課題の本質を見極めるために、まずは我々が生きてきたポスト冷戦期がどのようなものであったかを振り返ってみましょう。

 ポスト冷戦期の最大の遺産は、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序と、その下で国際社会、とりわけ途上国が飛躍的な発展を実現したという事実です。

 国家間の紛争は、領域をめぐるものであれ、経済的利益をめぐるものであれ、力ではなく法やルールによって解決されなければならない。そのことによって国際関係の公平性、透明性、予見可能性が保証されなければならない。ポスト冷戦期の前半には、そうした国際協調の潮流が強まりました。世界は依然として武力紛争をなくすことはできませんでしたが、地域紛争に対しても国際社会が対話による解決を働きかける、その努力が続いたことを過小評価すべきではありません。

 世銀の統計によれば、過去30年間に高所得国のGDPが3倍強に増えたのに対し、中所得及び低所得国のGDPは約10倍の成長を遂げました。世界経済に占める割合は、16.5%から37.8%に増加しています。

 冷戦後の世界の変化を語る上で、革新的な新興技術がもたらした便益も見逃すことはできません。とりわけ、インターネットや情報デバイスといったデジタル技術の発展は、世界のつながりを加速度的に拡大してきました。

 自由な情報空間における言論の発信やオンラインによる迅速な取引は、今日(こんにち)の我々の経済・社会の欠かせない一部となっています。

(2)突きつけられた課題

 こうしたポスト冷戦期の成果と言うべき側面があった一方で、様々な課題が浮き彫りとなってきたのも事実です。

 法の支配に基づく国際秩序は国際社会の成長の基礎となりましたが、その秩序は、最近10年余りの間に、新たに力を得た国による、力や威圧による一方的な現状変更の試みの挑戦を受けるようになりました。そして、ロシアによるウクライナ侵略はこの秩序を根本的に揺るがしています。この事態に、平和と安全に責任を有する国連安保理が効果的に機能してきたかと言えば、決してそうではありません。

 また、自由主義経済に基づくグローバル化により、世界全体としては国家間の格差が縮まりましたが、LDC諸国などその恩恵を十分に受けられていない国々も存在します。先進国においては、国内の格差や貧困がむしろ拡大し、人々の不安や不満が政治的・社会的分断を引き起こしました。

 さらに、経済安全保障という新たな課題も登場しています。グローバルサプライチェーンのもつ脆弱性は、新型コロナ禍やロシアの侵略により顕在化しました。経済的依存関係や自国の強大な市場を利用した威圧を躊躇(ちゅうちょ)しない国も出てきました。また、知的財産や機微技術の窃取(せっしゅ)という課題も明らかとなっています。

 加えて、不透明・不公正な開発金融が招く債務問題も、途上国経済の未来に影を投げかけています。

 新興技術の悪用も深刻な脅威です。サイバー攻撃は戦時に限った話ではありません。重要インフラへの攻撃、他国の選挙への干渉、身代金の要求、機微情報の窃取(せっしゅ)などが、国家を背景とした形でも平時から行われています。また、SNS等を介した偽情報の拡散は、民主主義の根幹たる選挙や、外交を含む政策決定のプロセスをも妨害するリスクを有しています。

 さらに、グローバルな課題として、気候変動やエネルギー安全保障問題があります。ウクライナ侵略によりエネルギー安全保障を確保する重要性が再認識される中においても、2050年ネット・ゼロの目標は進めていかねばなりません。

 新型コロナのような感染症の問題やテロや紛争といった人類が繰り返し直面してきた課題もあります。これらの問題も、グローバル化の進んだ今日の世界の中で、これまでにない速度での拡大や国境を越えた影響の広がりを見せており、また、他の課題と複雑に連関し合うようになっています。

 以上を申し上げた上で、これら我々が直面するいずれの課題も、法の支配に基づく秩序の下で、対話による多国間協調によって解決すべきであることを改めて強調したいと思います。それは、多国間主義への不信や自国中心の考えに基づく経済のブロック化により、遂には先の大戦に至った、前世紀の人類の失敗からの教訓でもあります。

 国際社会は、安保理の機能不全に対しては国連改革を、新たに生じる課題には既存のルールの維持に加えて新たなルール作りを、そして地球規模課題に対しては交渉や国際目標の設定を、という具合に課題を解決する努力を続けていかなければなりません。

 これらはいずれも、法の支配という原則に立脚しています。力や威圧により、自らの都合の良いように既存の秩序を改変する試みや、偽りのナラティブによって国際社会を分断させようとする試みを許してはなりません。

3 新たな時代を切り開く日本外交

 新たな時代が困難な課題と共に幕を開ける2023年という年に、日本はG7議長国、そして安保理非常任理事国として、国際社会を主導する任(にん)を担っています。そこで、新たな時代を切り開く日本外交の根本にある考え方とその展開についてお話しします。

(1) 日本外交の根本にある考え方

 我々の抱える課題の特徴は、相互に複雑に連関し、世界の全ての国々が当事者として、対話と協調により取り組まねば解決できないことにあると申し上げました。

 私は2021年11月の外務大臣就任以来、日本外交を担ってきましたが、各国との対話を通じて再確認したのは、このような時だからこそ、日本は、日本らしい、きめ細やかな外交を主導すべきだということです。

 この我々の外交のあり方は、実のところ、日本の歴史と経験に深く根ざしたものです。古来、アジアでは、仏教、儒教、ヒンドゥー教、イスラム教といった多様な宗教、文化の基(もと)に、様々な価値観が育(はぐく)まれてきました。日本はこうした様々な価値観に共通する寛容性を養い、多様性を尊重する精神を培(つちか)ってきました。そして、鎖国から開国を迎える中で、西洋との対話を通して近代化を果たし、先の大戦での敗戦後は、国際社会からの支援を受けて復興を進め、先進国の仲間入りを果たしてからは、国際秩序の担い手として尽力してきました。

 このような中で育(はぐく)まれた日本外交は、相手国の社会、文化、歴史の多様性を尊重し、対話を通じた包摂性を重視します。そして、対話においては、共通の課題を見出し、相手国の立場を尊重しつつ、相手が真に必要とする支援を行います。こうした地道な外交のあり方こそが、国際社会において法の支配に基づく自由で開かれた秩序を更に強化していくと、我々は考えています。

 この日本外交のあり方は、今の時代の我々の発明物ではなく、戦後営々(えいえい)として先人たちが作り上げてきた考え方です。同時に、単一の価値観に収斂(しゅうれん)することが困難な、新たな時代の国際社会にこそ求められる考え方ではないかと思うのです。

(2) 日本外交の展開

 その上で、本年、G7議長国として、そして、安保理非常任理事国として、日本はいかなる外交を展開していくのか。ここでは3点に絞って紹介します。

 第一に、我が国の外交の根底にある、法の支配に基づく国際秩序の堅持です。先月、ニューヨークで法の支配に関する国連安保理閣僚級公開討論を主催しました。過去1年では最多となる77か国等が参加したこの討論で、「法の支配のための結集」という私の呼びかけに多くの国から賛同をいただきました。

戦後、多国間主義を支えてきたのは普遍的な国際機関である国連です。安保理の機能不全を嘆くのではなく、この危機感をモメンタムとして、安保理改革を含む国連の機能強化に向けて知恵を絞っていくべきです。

 また、先週、ミュンヘンにおいて日本議長国下で初めて開催したG7外相会合では、法の支配に基づき国際秩序を守り抜くというG7の確固たる決意を改めて示しました。引き続き、志を同じくする全ての国々と共に、法の支配に基づく国際秩序を守り抜きます。

 第二に、グローバルな諸課題への対応です。既に述べたような新たな時代の課題に対応すべく、現在、開発協力大綱の改訂に取り組んでおり、今年の前半には発表できる予定です。また、G7議長国として、エネルギー・食料安全保障、気候変動、保健、開発などといった地球規模の課題への対応を主導していくとともに、G20議長国であるインドとも連携してまいります。

 第三に、「自由で開かれたインド太平洋」、FOIPの実現です。ミュンヘン安全保障会議でも、この困難な時代に、歴史的なパワーバランスの変化の中心にあるインド太平洋地域を平和と安定、繁栄に導くビジョンとして、FOIPの推進を訴えました。大きな経済的潜在性を有し、多様でダイナミックなインド太平洋が自由で繁栄した地域となることは、世界の平和と繁栄につながります。また、FOIP実現の要(かなめ)であり、今年友好協力50周年の歴史的節目を迎えるASEANとの間では、12月を目途(めど)に日・ASEAN関係の新たなビジョンを打ち出す考えです。

 多様性と包摂性を重視する、きめ細やかな外交を通じて、地域や価値観の相違、利害の対立を超えた、対話と協力による国際秩序を主導していきます。

4 結語

 国際社会の分断と対立をテーマとした昨年の講演から1年。ウクライナ情勢を始め、国際社会が深刻な危機に直面する中、個々の利害を超えた協力は困難さを増しており、その分断を危惧する声も一層高まっています。

 しかし、あらゆる課題が複雑に絡み合う、この新たな時代の荒海(あらうみ)において、人類の平和と繁栄を願う全ての国々は同じ船に乗り合わせています。その漕ぎ手(こぎて)一人ひとりが能力を発揮し、息をそろえて船を漕ぎ進めていくことでこそ、共通の困難を乗り越えていけるのです。

 今我々に求められているのは、相異(あいこと)なる国際社会の構成員の多様性を尊重し、誰ひとり取り残さない包摂的な形で、力ではなく法による支配を擁護し、対話と協力の精神で共存共栄することです。その意味で、「グローバルダイアログ」という名を冠(かん)した本会合は、これからの時代にますます意味のある取組だと思います。日本政府としても、その歴史と経験に裏打ちされたきめ細やかな外交によって、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化し、新たな時代の課題を解決に導いていく、その舵(かじ)取(と)りを務める決意です。

 御静聴ありがとうございました。