データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 上川外務大臣の経済同友会との懇談会における冒頭挨拶

[場所] 
[年月日] 2024年5月29日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文] 

1. 冒頭発言

●新浪代表幹事、岩井筆頭副代表幹事、御出席の皆様、外務大臣の上川陽子です。

●本日、皆様とこのような形で意見交換させていただく機会をいただき、大変光栄です。まずは、経済同友会の皆様の平素からのご活動に敬意を表します。

●外務大臣室の壁には、大きな世界地図が掛けられています。私は外務大臣就任以来、その地図を見ながら、各国を駆け回るイメージで外交に取り組んできました。

●これまでの8か月間に計14回、30か国・地域を訪問し、この間、国際会議への出席、各国外相等との会談等は100回を越えました。

●今日、中東情勢は緊張の度を高め、今なお続くロシアのウクライナ侵略は、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序への重大な挑戦です。米中間の競争は、企業活動に地政学的リスクをもたらしています。更には、グローバル・サウスの存在感の高まりにより、国際社会の多様化が進む一方で、国境や価値観を越えて対応すべき課題も山積しています。

●そのような厳しい状況の中、日本はこれまでの外交を新たなステージに昇華させる必要があります。その鍵を握るのは、国力の基礎である経済力の向上です。

●本年1月の国会における外交演説において、私は「新しい経済外交のフロンティア」を切り拓いていくと表明しました。これは、強くしなやかな経済力を基礎に、官民連携を重視し、あらゆるステークホルダーを巻き込みながら、経済外交を進めて行くことで、世界における日本の存在感を更に高めたいとの私自身の考え方に基づくものです。

●1月から現在に至るまで、私は、様々な機会を捉えてこの考え方について説明してきました。本日は、官民連携のその後の展開にも触れつつ、今後の方向性を示したいと思います。

2. 新たな時代に対応した官民連携の取組みの展開

●私は、「経済外交強化のための『共創プラットフォーム』」を活用して、相手国のサステイナブルな課

題解決と、同時にこれを我が国自身の課題解決や経済成長につなげていくことが重要であると考えています。

●この「共創プラットフォーム」という考えは、昨年50周年を迎えた日ASEAN関係における成功体験からヒントを得たものです。日本は、長年にわたりASEANの中心性と一体性を尊重しつつ、この地域を「面」で捉えてきました。官によるODAと民による投資を「車の両輪」としてASEANに関与し、明確な戦略性に基づき地域全体の成長と日本の存在感の向上を実現してきました。

●その中でも特筆すべきは、企業をはじめとした多様なステークホルダーを巻き込みながら、きめ細かい対応を通じてASEAN各国が抱える課題解決に共に取り組んできたことです。これは他の国には真似できない日本独自の取組であり、ASEAN各国からも高い評価を受けています。

●近年、グローバル・サウスの存在感が急速に高まる中、各国がその活力の取り込みに必死になっています。日本も例外ではありません。しかし、ASEANにおける日本の成功を見れば、日本に他のどんな国よりも深くグローバル・サウスにアウトリーチできるポテンシャルがあることは明白です。

●他方で、こうした取組をグローバル・サウスに広げていく上での最大の課題は、企業の皆様が海外での事業活動において様々なリスクに直面することです。例えば、多くの企業から、進出先の国における税制や通関上の不透明で恣意的な国内手続等への懸念が表明されています。

●「共創プラットフォーム」のネットワークは、正にこうしたリスクを一層低減することを目指したものです。日本がこれまで築き上げてきたネットワークを最大限活用しつつ、第三国とも力を合わせることで、グローバル・サウスにおいて果敢に事業展開を進めている企業の力強いダイナミズムをサポートしていきたいと思います。

●そして、この「共創プラットフォーム」を肉付けする具体的措置の一つが、「経済広域担当官」の設置です。日本が貿易立国から投資立国へと成熟する中、日本企業は、円安や経済安全保障の問題への対応を含め、厳しい環境変化や新たな地政学リスクへの対応に追われています。こうした日本企業が、「強靭性」をもって持続的に事業展開できるよう、企業の視点に立ったサステイナブルなビジネス環境の整備に力を入れる体制を整備するものです。

●「プラットフォーム」における取組の一環として、日本企業関係者から聴取した課題を踏まえ、租税条約や投資協定の積極的な締結も進めながら、付加価値税の還付等、ビジネス環境改善の要請や、公正な投資環境の実現に向けた取組を強化して参ります。

●GW中にはアフリカ諸国を訪問しました。この訪問に先立ち、パイロット事業として、企業のアフリカ進出を対象に、インド、トルコ、UAE等、パートナー国との第三国市場連携も念頭に置きつつ、6か国・7公館に計21名の経済広域担当官を指名しました。この制度設計の過程でも、経済同友会の皆様には相談に応じて頂き感謝申し上げます。

●日本外交が見据える水平線は長く伸びていきます。サプライチェーンの強靱化や重要鉱物資源へのアクセス確保、GX、DXの推進といった戦略的な視点を持ちながら、日本企業の皆様ともよく相談しつつ、次は東南アジア、更に南西アジア、中央アジア、中東、中南米へと対象地域を順次拡大していきます。年内にはグローバル・サウスを包括的にカバーする体制を構築することで、グローバル・サウスの活力の取り込みを進めていきたいと考えています。是非ともご活用いただければと存じます。

3. グローバル・サウスとの連携

●私自身、最近アフリカを実際に訪れて、アフリカがいかに多様で、ダイナミズムに満ちているかを痛感しました。歴史的な背景の下で独自の関係を欧州と構築している国や、地の利を生かして中東と活発な交易を行っている国もあります。二国間関係にとどまらない複眼的な視点が求められています。

●このアフリカのダイナミズムの源は平均年齢19歳という、驚くほど若い人口です。グローバル・サウス連携の鍵を握るアフリカとの次の新たな関係構築の成功は、この若い力をいかにして協力の主軸として取り込むことができるかにかかっています。第三国とも協調しながら、日本らしくきめ細やかで一層戦略的な対グローバル・サウス外交を積極的に進めていきたいと考えています。

●グローバル・サウスとの連携に関する日本の地道ではあるが着実な努力は、既に具体的な成果を示しつつあります。その好例が、OECD加盟拡大に向けた取組です。10年前に日本が閣僚理事会の議長国を務めた際に蒔いた東南アジア地域プログラム(SEARP)の種が、OECD加盟60周年という節目の年に、インドネシアとタイの加盟への動きという形で大きく成長しました。

●相手の声にも耳を傾けながら、成長・発展に向けた解決策を「共創」、共に創り出してしていく、こうした「伴走者」としてのアプローチを取りながら、「共通の価値」をしっかりと維持する。こうした日本の地道な取組は、日本外交の最優先課題の一つである自由で開かれたインド太平洋の実現に向けた支持・賛同を得る上でも一層重要となっています。

4. 国際協力における抜本的な制度見直し

●ODAを通じた官民連携も新たな時代に対応させていきます。新たなODAの柱となる取組として「オファー型協力」を打ち出しました。これは、外交政策上、戦略的に取り組むべき分野において、社会課題解決を目指す我が国の民間企業、地方自治体、国際機関、市民社会など様々なパートナーを巻き込みながら、我が国の強みを活かした魅力的な協力メニューを積極的に提案し、案件形成を行うものです。

●これは、SDGs17にある持続可能な開発のためのマルチステークホルダー・パートナーシップを実践するものでもあります。この「オファー型協力」を通じた途上国の質の高い成長の実現と、国際社会の複合的な危機の克服は、必ずや日本自身の経済成長にも相乗効果をもたらし、海外との間にプラスの循環を創出すると確信しています。

●また、現行のODAのあり方を前例にとらわれずに見直す必要があるとの問題意識から、本年3月に私の下に「開発のための新しい資金動員に関する有識者会議」を立ち上げ、時代に即したODAのあり方について検討しているところです。

●同会議には、ODAのみならず、開発途上国への民間資金についても深い知見を有し、重要なアクターとなる方々を中心に委員に就任いただいています。同会議での議論を踏まえ、多様なステークホルダーとの連携を強化するため、抜本的な制度の見直しを進めていきます。

●また、地方との連携を強化したいと思います。地方にある元気な老舗やスタートアップを含む中小企業が持つ我が国の優れた技術を活用し、相手国の企業とも連携しながら社会課題解決にも資する事業を推進していく。同時に、海外の旺盛なバイタリティによって、日本の地方を活性化させる。このように、地方と海外の経済に強固なプラスの循環をもたらすことで、地方のエネルギー活性化につなげることができないかと考えています。

●地方自治体による従来からの国際交流の活動を超えて、地方自治体を巻き込んで、企業が海外にビジネス展開して行く上で直面する障壁を低減し、これを力強く後押ししていけるよう、必要な貢献をしていきます。

5. 終わりに

●私は、出張時にできるだけ現地の日本企業との懇談の機会を設けるようにしています。近年、成長著しいグローバル・サウスの市場を含め世界各地で、スタートアップを含め日本企業の皆様が熾烈な競争の中で精力的にクロスボーダーな事業を展開されていることを大変心強く感じています。

●「経済外交強化のための『共創プラットフォーム』」を通じ、こうした企業の皆様を積極的に支援していきます。また、日本経済の成長力強化や地方の活性化に不可欠な対日直接投資拡大に向けた取組も進めていきます。

●ご出席の皆様におかれては、経済安全保障、脱炭素化を含むグローバルな課題や、米中対立、中東情勢等地政学上のリスクについてもご関心があると伺っており、これらの問題を含め、この後の意見交換の中で議論できることを楽しみにしております。