[文書名] 佐藤栄作内閣総理大臣のナショナルプレスクラブにおける演説
会長ならびに列席の皆様
今日、この名誉ある席に招待され一言御挨拶する機会を与えられましたことは、私の最も光栄とし、また大きな喜びとするところであります。皆様方は米国及び世界各国の有力な報道機関を代表されております。今日の民主主義において報道機関が果たす役割と責任の重要性については私から申すまでもありません。今日は、皆様に祖国日本をより良く理解し認識していただく良い機会であると考え、喜んで参上した次第です。
今日、私はジョンソン大統領と会談を行いました。この会談は限られた時間ではありましたが、極めて有意義であり、極めて率直、かつ、友好的でありました。
われわれは、世界情勢と、日米両国が共通の関心を持つ種々の問題について意見を交換しました。それと同時に、個々の問題の基底にある基本的な流れとビジョン、考え方や感じ方についても、日米双方の立場を忌憚なく話合いました。私は今明日中にさらに米政府首脳者との会談を続ける予定であります。こうした意見の交換は、今後起るべき具体的な諸問題を日米両国が協力して処理して行く上に、何にもまして貴重なことであります。
日本は、太平洋を挾んだ米国の隣国として、米国と種々の面で結ばれていますが、なかんずく、日米安保条約で米国と固く結ばれています。特に、隣接する大陸で核爆発が行われるに至つた現在、日本国民はこの条約の意義を再発見し、再認識しています。この条約によつて米国が日本の自由と安全を保障していることが、日本にとつて「国家利益」であることは、日本国民の圧倒的多数が自覚しているところであります。
日米両国の関係は、政治、経済、文化の各面でもますます緊密の度を加えつつあります。両国の閣僚は毎年会合する制度が出来ており、両国の産業界も定期的な会議は勿論、常時極めて密接に接触しています。皆様方の代表も多数東京に駐在しています。私が就任してからの短時日の間に、すでに何人かの皆様方の代表とお会いしております。特に、経済面においては、貴国に隣接するカナダを除いては、日本が世界における米国産品の最大の顧客であることを忘れないでいただきたい。一九六三年に日本は一八億ドルも米国の産品を買いました。六四年には二◯億ドルを上廻つたと推定されます。因みに、この期間においても従来と同様米国の対日輸出は対日輸入を大きく上廻つているのであります。六三年の米国のEEC六カ国向け輸出が三九億ドルであつたことに比べて、米国にとり、日本一カ国の経済的価値がいかに大きいかが、よくわかると思います。そして、日本にとつても、総輸出入双方とも、米国との貿易は実に約三◯パーセントの高い比率を示しています。このことは、日米両国がいかに切つても切れない相互依存の関係にあるかを如実に示していると思います。
しかし、私は、同時に貿易、輸送、漁業等の面において、両国間に局部的、或いは、過渡的な摩擦が生じていることにも目をそむけるべきではないと思います。また、米国が現在なお施政権を有する沖縄や小笠原諸島に対して、日本が領土的に、人間的に、やみがたい相互の愛着と牽引力を感じていることも理解して欲しいと思います。こうした個々の問題については、私は、米国政府に対して今後とも声をはげまして理解を求める考えでありますが、米国民の皆様に対しても日本国民の願望を認識していただくよう努力いたしたいと思います。米国が日本国民の要望に対して一段と弾力的な態度をとり、日米関係を一層安定させ、さらに強めることが、米国自身の総体的な国家利益にも合致するものであると信じます。そして、こうしたすべての問題について、両国の国家利益の調和点を見出すことはさほどむずかしいことではないと私は確信しております。
さて、日本はアジアの国であります。アジアは古くして、かつ同時に新しい地域であります。アジアには数千年の歴史と文明がある一方、第二次大戦後の新しいもろもろの動きがあります。すなわち日本自体が第二次大戦後新しい民主主義国家として再出発したのであります。そしてまた、多数の新興独立国が新たな希望に燃えて精力的にその国造りに邁進しているのが、アジアの新しい現象であります。
同時に、アジアでは今日自由と福祉が全体主義からの深刻な挑戦を受けています。ただ、アジア諸国の動きは、まず熱烈な民族主義の運動が基調をなしていることを認識する必要があります。東洋には「鶏頭となるも牛後となるなかれ」という諺もあります。誰でも、どんな国でも、わが家の真の主人でありたいと思う心情は強烈なものがあるのです。
第二に、アジア全体が著しい貧困と低い経済及び生活水準に苦しんでいるだけに、その社会的、経済的開発に焦燥感さえ抱いている心情を理解する必要があります。アジアの中に共産圏からの援助の申出に魅力を感ずるものがある所以であります。
第三に、アジア各国は、広大な地域に展開しており、相互に連帯し協力する体制にない点でも、ヨーロッパと異なつています。勿論、アジアでも、地域的相互協力の大道がありますが、しばしば相互の利害の衝突によつてわざわいされている現状であります。
第四に、アジアでは、昨年の中国の核実験を契機として新しく核拡散への不幸なトーチがともつたばかりでなく、インド支那半島等東南アジア地域において現に流血を見ている実情にあります。
このように、アジアの情勢は、今や緊張と不安定の色を濃くしつつあるのです。アジアで東西間の均衡が破れるようになれば、いくら欧州において均衡が保たれていても、世界の平和を著しい危険に陥しいれます。
私は、米国がこうした見地に立つて、アジアの平和と安定を確保するために、かつては朝鮮半島において、また、ここ数年以来ヴィエトナムにおいて、非常な努力を行なつてきたことに対して深甚な敬意を表明したいと思います。
最後に、アジアにはその歴史的、地理的要因によるアジア的行き方があり、西欧的な合理主義だけでは割切れない考え方があります。アジアにおいてはとりわけ寛容と調和の精神が必要と考えます。このようなアジアにおいては、その平和と自由を確保することは大変な努力と英智と時間が必要であります。幸い日本は不安定なアジアにおいて今日安定と繁栄を共有しております。
私は、これは日本が自由民主主義を信奉し、自由企業体制をとつているからであると確信しております。このような日本の姿が他のアジア諸国の参考になれば幸と考えるものであります。
アジアにおける日本は東と西の接点であります。日本は、共産圏と自由圏という意味と、東洋と西洋という意味との二重の意味において、東と西の接点であります。
第一の意味でいえば、日本にとつて、特に中国とその人民は、隣国であり、隣人であり、歴史的、人種的、文化的に十数世紀あるいはそれ以上にわたる深い関係を持つています。日本と中国の長い歴史の間には、種々不幸な出来事もありましたが、むしろ文化的、宗教的、経済的には長い間緊密な交流を続けてきました。われわれは国民政府と友好関係を維持しており、その関係を尊重すべき立場にあります。
他方、現在中国本土にある政権が日本とイデオロギーを異にすることは、極めて不幸なことであります。しかし、いま申し述べたような日本と中国との歴史的、地理的関係にかんがみて、日本が中国大陸との一切の接触を絶つということは到底不可能であります。わが国は、中国本土との間でかねて政経分離の原則の下に文化的、経済的関係を進めてきましたし、また今後も進めてゆく考えであります。勿論、日本と中国大陸との貿易は日本の全貿易量に比べれば約二パーセントという少量にすぎないものではありますが、わが国としては、こうした接触を通じてアジアの他の地域と同じく中国本土の住民の福祉と民生の向上が計られるならば、それは長期的な観点からみればアジアの平和と安定にも通ずることになると信ずるものであります。日本は、またソ連とも境を接しています。ソ連は最近日本に対しても相当弾力的な政策をとつており、ソ連の新政権は対日関係を更に友好的に発展させたいとの意向を伝えて来ております。勿論、日本とソ連とはイデオロギーと社会体制を異にするものではありますが、こうしたソ連の動き、それ自体は歓迎すべきことであると考えております。
このように日本は、一方において米国との強い結び付きを持ちながら、他方中ソという二つの強力な共産国家を隣人としている訳であります。
次に、東洋と西洋という意味での東と西の接点にある日本について述べたいと思います。日本は百年前まで外界からほとんど完全に遮断されてきましたが、それ以来、西洋文明を吸収し、消化して、東洋の土壌の上に今日の日本を築いたのであります。西洋文明を吸収しつつも、日本の精神的な基礎はあくまで東洋なのです。日本は、アジアの一員としてアジアの心、その悩みとその願望をよく知つています。また他方において、西洋の考え方と生活様式を東洋で最もよく理解している国であります。私自身の生活を見ても、昼間は洋服を着、椅子に坐つて働きますが、家に帰れば、伝統的な着物にくつろぎます。私は西洋式に仕事をしつつも仏教徒でありますが、日本の文化は東と西が平和共存しているというより、むしろ調和し、融合して出来た特殊なものであり、いまもその過程が進んでいるわけです。しかも、日本の繁栄はアジア諸国の繁栄に大きく依存しています。日本の輸出の三◯パーセントは米国向けですが、他の三◯パーセントはアジア向けです。のみならず、アジアの自由と平和が日本の自由と平和を大きく左右します。私は、日本がこの意味で、東と西の接点であり、東と西の双方のよき理解者たる地位を占めているものと考えております。特に、アジアの情勢が不安定の色を深めている時にあたり、日本の果すべき役割は、非軍事的な、主として文化的、経済的な面に限られますが、それだけにかえつて有効であると考えます。そして、それが自由世界の共通の目的にも合致するものと信じます。
今回、私はジョンソン大統領との会談において、こうした私の考え方を率直に披瀝しましたし、米国政府の基本的な考え方もうかがい、相互の信頼を深める上に、はなはだ有益であつたと信じます。私は日米の友好親善関係が今後ますます深まることを信じて疑わないのであります。今回の訪米は、日本の総理大臣として私の最初のものですが決して最後のものではないと思います。
また、米国政府の首脳並びにこのナショナル・プレス・クラブ会員諸君と東京でお会いすることを期待しております。そして、皆様方のペンが、私と日本、更にはアジアについての優れた、かつ友好的な快報を米国及び各国民に伝え続けることを期待しております。
ありがとうございます。