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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国政に関する公聴会における佐藤内閣総理大臣の発言

[場所] 金沢
[年月日] 1965年9月26日
[出典] 佐藤内閣総理大臣演説集,66−74頁.
[備考] 要旨
[全文]

 先ほど来いろいろお話がございましたが、日韓問題は外務大臣が来ておりませんので、私がまず取り上げてお答えしたいと思います。この日韓問題につきましては、去る六月二十二日に調印を終えたのであります。この交渉は十四年の長きにわたつておりまして、国際的にも、こんなむずかしい外交交渉はないと言われております。交渉が十四年の長きにわたつたということは、一体どういうことなのか、これは日韓間の不幸な過去、これをすなおに清算することができないというのが一つであります。また戦後の日本の姿というものについての理解を韓国側に十分与えることもできないというのもその第二であります。戦後の日本は自由を守り、平和に徹しておる国柄であります。この点が十分に理解されておれば、今回の交渉等におきましても、たいへんスムーズに行つたのではないかと思います。過去の日本の行き方について、なおその残さいが残つておるとか、または過去のような方向に行くのではなかろうかというような不信、不安、そういうものがこの交渉をむずかしくしたと思います。私は近く臨時国会を開いて、日韓条約の批准手続を終えたい、かように思つておりますが、これにつきましても、ただいまのようにお尋ねがあり、またお集まりの皆さま方も、この実情を詳しく聞きたい、でないと日本の国論が二つに分かれるのではないだろうかと、かようにたいへんな心配を持つていらつしやる、かように私は思うのであります。ご承知のように昨晩などは各党、共産党までまじえての各党が日韓条約に対する態度、これをNHKのテレビで唐島君司会のもとに討論会を持つておりましたので、お集まりの皆さん方は、十分お聞き取りをいただいたと思います。私はこの問題は基本的には平和に徹するわが国が、隣の国韓国と修好関係を結ぶという平和条約を締結する、新しい基本条約のもとに両国関係を規律する、このことは平和に徹するわが国の{前4文字ママ}当然のことだと思います。アジアにおきまして平和を心から願つておる、またその国情がいかようであろうとも、われわれはこれを敵としてマークするというようなことはないんだ、すべての国と仲よくしていくんだ、これがわが国の平和に徹した姿であります。この観点に立ちまして、何よりも隣の国と、まず仲よくしていく、これは自然の姿であり、これは当然のことだと思います。ただ、この事柄が十四年の長きにわたつてできなかつたというのは、ただいま申し上げるように、双方が十分理解することができない、納得がなかなかいかなかつた、そのために十四年の歳月を費やしたのであります。で、今日私は、いずれの国とも仲よくするということを申しましたが、これはたいへん大事なことであります。いずれの国とも、お互いがそれぞれの国の独立を尊重し、内政に干渉しないようにという、それぞれの国は、それぞれの国柄によつて政治を進めていただき、また経済発展をやつていただく、内政干渉をしない、こういう原則のもとに立つてこの事柄をきめていきたいと思うのであります。で、今日この日韓交渉の、まず隣の国と仲よくするということについては理解できたが、両国間においてよほど主張が相違しておるではないかという話があります。しかし、ご承知のように日韓条約は、両者が自由の立場において調印をいたしたのであります。条約自身は何らの干渉なしに自由意思で調印した。完全に意見の合致を見た、ここに心配することはないと私は思います。十分の準備がされ、もしも条約案文で両者の意見が対立するならば、その対立した部分について、これはお互いに話し合つていこうじやないか、正規の外交ルートでこれを片づけていこうではないか、また双方でそれができない場合には、いかようにするという措置まで、ちやんと規律されておるのであります。私は、社会党の諸君や共産党の諸君が批准はまだ早い、両者の言い分は合致しておらないと言われるのでありますが、ただいま申し上げますように、両者が自由意思のもとに調印をした条約だ、こういうことを考えます。また韓国においては、すでに批准手続を終えた、この状態を考えますと、わが国もぜひとも早い機会にこれを批准しなければならない、かように思うのであります。

 第二の問題といたしまして、ただいま問題になつておる李承晩ライン、これは一体どうなのか、李承晩ラインは国際法上認めておらないラインであります。韓国が一方的にこれを作つたのであります。私は外交上でしばしば国際法上認めないラインだということを申して参りました。しかし今回の条約によつては、漁業協定によりまして、この李承晩ラインがあるのとかないのとか、いろんな議論がございますが、漁業は安全操業ができるのであります。私は李承晩ラインが漁業を操業する上において、だ捕あるいは逮捕、拘留等があつた、そのことが李承晩ラインというものをわれわれ日本国民に強く印象づけたのでありますが、今後は漁業協定によりまして安全操業ができるんだ、安全操業ができる以上、李承晩ラインの存否についてとやかく議論することは、私はあまり意味のない議論、事柄だと、かように思います。安全操業ができるということ、それによりまして李承晩ラインの存続を云々議論しなくてもいいと、かように私は考えるのであります。ただ、この問題につきまして民社党の西村君は、五年たつたら、いわゆる漁業協定の期限が到来したら李承晩ラインが復活し、また問題が起こるのではない{原文ママ}ということをいつております。私は両国の関係におきまして、かような無条約状態を起こさない修好関係を結ぶ、友好関係を樹立する、そのための日韓協定であります。日韓の基本条約であります。今日ただいまから、かような意味において心配されることは、こういうのが本当のき憂ということではないだろうかと思います。私はただいま申し上げましたように、今後は漁業に携わられる方、奥能登付近あるいは福井県からも、この対馬海峡に出漁される方はずいぶんあると思いますが、この付近の方々も今度は安全操業ができるんだ、われわれ日本のもとで、その法規に違反しない限り、われわれは安全なんだということが、はつきり言えるのでありまして、ただいま申し上げましたように李承晩ラインを云々する必要はないように私は思います。

 第二の問題で、竹島の問題が今日両者の言い分が違うと言つております。そのとおりであります。竹島問題は、われわれ日本政府、日本国民すべてが、日本領土であることに何らの疑念、疑点を持つておらないはずであります。韓国におきましても同様の{前1文字ママ}韓国の領土だと、かように主張しておるのであります。こういうように両者の主張が食い違つているところに、いわゆる紛争問題があり、その紛争を解決するのは外交手段によろうではないか、というのが両者の話し合いであります。今回の日韓交渉をまとめるに際しまして、いわゆる竹島問題を日本に放棄してくれろというような交渉があつて、これを日本が了承したというなら何をかいわんやであります。また、これが日本の領土だから、韓国側はそれを了承してくれろ、かような交渉があつて韓国がこれを了承したというならば、これもまた別なことであります。しかしながらこの問題は、両者において意見が一致しないまま、そうして今後この問題を解決するその方向を両者が話し合つて、そうしてただいまのような協定ができ上がつたのであります。また同時に、かようなメモができ上がつておるのであります。私は今日この問題も、われわれの主張を端的に、機会あるごとにひろうし、そうした相手方といわゆる武力を用いない関係においてこの問題を解決していくという、これが大国民の当然なとるべき態度と、かように信ずるのであります。これもただいま言われておる社会党や共産党の諸君の言い分とは、私は違うのであります。韓国自身の主張は、もちろんこれは韓国自身でやることでありましよう。われわれ日本、それの主張も、日本政府が日本国民とともに主張いたしておるのでありまして、この点は皆さま方のご支援のもとに、私はわれわれの主張を相手方に納得させたいと、かように念願しておるような次第であります。

 第三に、大韓民国と条約を締結することは、韓国の南北統一を阻害するんだ、だからわれわれはそういうことをしてはならないというのが共産党や社会党の諸君の言い分でもあります。しかし、今日まで、国際平和機構である国際連合はどういつておるか。大韓民国を朝鮮半島を代表する正式の政府だと、かように申しておるのであります。わたくしどもはこの国連中心主義という国連の主張を支持していくんだ、これがまた大多数の国がその意思を表わしているのが国連だ、とかように考えておりますので、国連の在来の決議を尊重して、今日大韓民国と条約を結び、また協定を結んでおるのであります。一部におきましてはご承知のように、北朝鮮を承認しておる国もあるわけであります。そうして北朝鮮を中心にし、あるいは日本を仮想敵国としての軍事同盟すら結んでおることは、すでに賢明な皆さま方がご承知のとおりであります。私は、この日韓交渉を進めることが南北統一を阻害するんだ、とかような議論が日本人の仲間から出てこようとは思わなかつた。私はたいへん残念に思うのであります。私どもは韓国南北の統一をじやまする考えは毛頭ございません。おなじ民族がその民族の自由意思によつて一国を作りたい、あるいはどうしたいという、それは私どもの干渉するところではございません。冒頭に申したとおりであります。この点でも、社会党や共産党の諸君の言い分は、私の納得のいかないところであります。しかも私は考えますのに、最近はどうも憲法問題でも、つまみ食いをするということがよく言われております。自分たちの都合のいい所だけは取り上げるが、都合の悪い所はこれを無視していく。“平和憲法を守る”という、これはたいへん強い主張でありますが、この現行憲法では、われわれは条約を守ることに忠実でなければならないという、はつきりした条文もあるわけであります。私どもが国民政府、これと修好関係を結び条約を締結しておる以上、これとただいまのように、中華民国との条約を尊重していくのがわれわれの態度であります。これが憲法に忠実なゆえんであると私は確信しております。憲法ばかりではありません。国連中心だと、かように申しておりますから、国連憲章、また国連の決議そのものにも、社会党や共産党も忠実であつてしかるべきだと私は思います。都合のいいところは取るが、都合の悪いところは、自分たちの気に入らんところは取らない、いわゆるつまみ食いだけは、これはやめていただきたいと思います。そうでないと、どうも論理が一貫しないと思います。

 第四の問題といたしまして、日韓交渉を、これは“韓国でも反対があつた”ではないか、との指摘であります。しかし、韓国の大多数の国民は日韓友好関係を樹立するということにはたいへん熱心であります。韓国内における一部の反対は「この条約は韓国のためにならない、われわれが日本と交渉するなら、もつと韓国に有利な条約を締結することができる」という立場から反対をされておるようであります。ちようどわが国におきましても、法的地位の問題におきまして、この韓国人に特別の法的地位を与える、これはたいへんな譲歩ではないか、こういう意味で今回の政府にこれはたいへんな汚点だ、かような譲歩をする必要がないんだ、かように言われておるように思いますが、そういうような意味で韓国内にも反対があるわけであります。そもそも条約というものは、相互に譲り合つて初めてでき上がるものであります。ある点においてはわれわれも譲歩し、そうしてお互いが十二分にこれで満足だ、とかような立場ではなくて、お互いにがまんし合つた、しかしどうしても両国が仲よくしなければならないんだ、その方がもつと大事だ、そうして今後とも一そうその友好親善関係を深めていこう、こういうような努力をすることが必要だと思います。かような意味で法的地位につきましては、もちろんこれは長い間一緒に住んでいて日本人だつた時もありますから、韓国人に対して特別な考慮が払われる、これはわたし当然なことだと思います。

 先ほども選挙について、“明るい選挙”というお話が出ておりましたが、民主政治、それこそは今日のわれわれが満足しておる政治形態であります。お互いの意見が十分政治に取り入れられるというその立場において、われわれは満足しておる。そうしてその民主政治は、議会のもとで、議会政治のもとに、いわゆる政党政治のもとにおいて行なわれておる、これまた当然のことだと思いますが、しかして今日、臨時議会が開かれようとするその前に、あるいはわれわれはその審議に応じないとか、あるいはこれは単独審議がどうだかというような議論がされるということ、そのこと自身、たいへん私は民主主義、民主政治のために悲しむものであります。この際に国の重大な案件であればあるだけに、各党ともそろつて議会の場において審議を尽くしていくということでなければならないと思います。私は、かような意味におきまして、国民の皆さんに十分日韓条約の全ぼうを正確に認識していただきたいと思いますし、政府といたしまして、国会を通じて、この上ともあらゆる機会に実態、また実際の経緯を明確にして参るつもりでおるものであります。どうかひとつ、よろしくお願いをいたします。

 (中略)

 ただいま藤山企画庁長官、大蔵大臣臨時代理から、物価抑制並びに経済の見通し等について、あるいは公債発行とインフレとの関係、あるいは公共料金の引き上げ等の問題についての考え方をお話申しあげましたが、政府といたしましてもその観点に立つて、これらのむずかしい問題と取り組んでおるのであります。先般来、経済閣僚懇談会等でいろいろ施策を発表いたしました。その結果が順次、不況感に対しましても刺激を与えることになり、商品の面においても、また株式市場におきましても、明るさを取り返してまいりました。これならば経済もだんだんわれわれがねらつたような方向、いわゆる安定成長へ乗つて来るんじやないか、かように実は期待されておる際でごさいます。そういう際でありますだけに、非常に政府は慎重にただいまの動向を見きわめつつ、それぞれの対策を講じておるのであります。

 ただいまのところ、これというカネが動かないにかかわらず、株式市場が明るさを取り返した、こういうことでございますから、これから施策を講じましたいわゆる二千百億の財投だとか、その他公共投資の面の実際のカネが動くようになつてくれば、効果が必ずあがるもんだ、ここらで明るさが取り返せるんではないか、かように私は期待いたしておるのであります。そういう際の物価問題でありますだけに、公共料金の扱い等につきましても、政府は真剣にこれと取り組んでおります。まず第一に、努力すべきは合理化であり近代化である、かように私ども思つておりますので、ご協力を願いたいと思います。

 もう一つ申し上げたいのは、公債の発行であります。何と申しましても、公債は借金に違いごさいません。ですから政府が借金をするこういう際だけに予算の規模を適当な安定成長への方向でこれを計上していくということでなければならないと思います。過去のように税収入がうんとあつた、歳入がうんとあつたから、それに相応して予算をふやしていくんだと、こういうことをいたしますと、経済の変動によつて税収入が減つてきたら、予算は縮小せざるを得ない、ところが既定経費等の関係もありまして、そう簡単には縮小ができない、こういうことでありますので、この予算の健全性、そういう意味の適正規模というものを考えていきたいと思います。一部におきましては、公債を発行するんだからよほど政府は甘い考え方ではないか、こういう見方もされておるようでありますけれども、借金をする際であり、国民の負担でありますから、そういう意味で私どもはむだはしまい、どこまでも節約第一でただいまの公債を発行していくと、こういうことにいたしたいと思います。今後、幸いにいたしまして税収入がふえていけば、そうしたら公債の額もどんどん減らしていくと、こういうような方法をとつて絶えず財政の健全性を保持していく、こういうようにいたしたいもんだと思つております。