データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 佐藤栄作内閣総理大臣ナショナルプレスクラブ演説

[場所] ナショナルプレスクラブ
[年月日] 1967年11月15日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),740ー743頁.佐藤内閣総理大臣演説集, 170ー176頁.
[備考] 
[全文]

 私がこの前このクラブで皆様方にお話しする機会を与えられてから、およそ三年の歳月が流れました。今回再ぴ皆様にお目にかかれたことは大変光栄に存じます。三年前、私はここでアジアにおける東西の接点に立つ日本の立場についてお話しをしたのでありますが、今日もまず、アジアの問題からお話し申し上げます。

 私は今回の訪米に先立ち本年夏から、わが国と国交のあるビルマ以東のアジア太平洋諸国を訪問し、各国指導者と率直な意見の交換をいたしました。

 この訪問を通じて、アジア各国が真の独立達成と民族の尊厳維持のために真剣な努力を重ね、同時に、新しい連帯感に基づいて協調への機運が芽生えつつあることに私は深い感銘を受けました。たしかにヴィエトナムにおいては依然として戦乱が続いております。しかしながら、周辺諸国においては、破壊より建設、抗争よりも協調をもとめる意欲的な動きがみられます。まさにアジアは新しい歴史を迎えんとしつつあるのであります。

 この三年間、ヴィエトナムにおける武力紛争は次第に深刻の度を加えてきました。

 米国は南ヴィエトナムを外部の干渉から守るため長期にわたつて、多数の人命を犠牲にし、巨額の戦費を費しております。またその一方、ジョンソン大統領が最近にもサンアントニオにおいて指摘されたとおり、米国政府は平和のためなら何時でも何処においても北側と無条件に話合う用意があることを明らかにしており、紛争の平和的解決に対し意欲的、かつ、建設的な立場をとり続けております。

 私は今回のアジア諸国歴訪を通じて米国のヴィエトナムにおけるこのような努力がよく理解され、正当な評価を受けていることを痛感いたしました。現在の状態で米国がアジアに対する関心を失なえば、アジアの平和と安定のみならず、世界の将来に重大な影響を及ぼすこととなることがよく理解されているのであります。また私は南ヴィエトナム訪問に際し、選挙によつて選ばれた新しい指導者が真剣に平和をもとめている姿を知り、心強く感じました。

 アジア、太平洋地域の国々は、ヴィエトナムにおける平和が一日も早く到来することを渇望しております。しかし、それは公正にして、永続的な平和であります。そしてこのような平和こそこの地域の安定と繁栄を将来にわたつて保障するものと考えられるのであります。このような観点から多くのアジアの指導者は、アジアの問題であるヴィエトナム問題解決のため、アジア自身がより積極的な役割りを果すべきであると考えております。私はアジアにおける一つの民族文明が同一民族間の争いによつて崩壊の危機にさらされていることはきわめて憂慮すべきことであると考えますが、これはアジア人の共通した気持だと申せましよう。

 他方、アジアの一部の指導者の中には北ヴィエトナムを話合いのテーブルにつかせるため、北爆停止がそのきつかけにならないかと考えているものもあります。私もまた、アジアの平和を回復するためには、ヴィエトナム戦争の無制限な拡大をすべきではないという信念を抱いております。しかしながら、われわれが必要としていることは北爆の停止という限定的な目的ではなく、平和の実現にあることを忘れてはなりません。北爆の停止には、実りある和平への話合いに導くというなんらかの保証がなければならないことも理解されるところであります。

 私は北爆の停止にせよ、いかなるきつかけにせよそれが和平に結びつくためには、単なる行為以上のなにものかが必要だと考えるものであります。それは戦争終結に対する当事者双方の誠意であり、相手方の誠意に対する最小限の信頼であります。現在のヴィエトナムをめぐる情勢は、当事者間の「最小限度の信頼」を語るにはあまりにも厳しいことをよく承知しております。

 しかしながら、いかに小さいものであるにせよ、当事者間の相互信頼の芽生えを見逃すことがないよう、そしてできればそれを守り育てて行くよう、つねに忍耐をもつて努力し続けなければならないと思います。

 私は、このような相互信頼のふん囲気を醸成するために他のアジア、太平洋地域の友邦とともに最善の努力をする決意であります。

 一口にアジアと申しますが、アジアの歴史的、文化的背景とその社会的、政治的、経済的現実はきわめて多様であります。宗教一つとつてみましても、アジア地域には、仏教をはじめ、イスラム教、ヒンズー教、キリスト教が並存し、また、各国それぞれ独自の宗教も存在するのであります。言語についていえば、アジア諸国の言語は、しばしば全く異なつた言語体系に属するのみでなく、一国の中にあつて異なつた多数の言語が並存することも少なくないのであります。経済成長の段階をとつてみても、さまざまであります。

 また、各国の政治的立場についても、東アジアにおいてSEATOに加盟している国があり、米国と二国間の安全保障取り決めによつて結ばれている国もあり、非同盟中立主義を標榜する国もあります。

 しかしながら、多様なアジアにおいて共通しているものは、自由を求める新興諸国独自の強烈なナショナリズムであります。また貧困と疾病と飢餓から脱出したいという諸国の指導者と民衆の強い願望であります。

 アジアの多くの国々は、かつて西欧諸国の植民地でありました。このため、その独立を達成するために、時には急激な手段をとらざるを得なかつた国もありました。しかし、今日アジア各国は穏健にして、地道な国づくりを進めることが民族の悲願を達成する近道であることを認識しはじめております。六五年九月のインドネシアにおけるスハルト政権の登場は、そのもつとも顕著な例であります。これによつて長くアジアの緊張の原因となつていたインドネシアとマレイシアとの間の紛争も解決に向つたのであります。アジアにおける共産主義が非妥協的教条主義的色彩を強めるに従い、アジアのナショナリズムの反発を招いたといえます。

 これに対し、自由主義と民主主義は、本来「個」の尊重と異なつた立場に対する寛容とを本義とするものであります。私は、自由主義と民主主義が、現在のアジアの貧困と疾病と飢餓に対する解答を与えうる限り、全体主義は今日のアジアにおいて成育の土壌をもたないことを確信するものであります。従つて、われわれとしては、この地域において反共連合のごときものの結成を期待すべきではなく、むしろ、自信をもつてアジアの民族主義に対する理解と同情の政策を進めるべきであると信じます。

 ヴィエトナムにおける戦闘が続いている間にも、貧困と疾病と飢餓から脱出したいという共通の願望を、域内協力のための共通の目的に高めようという多くの動きがみられました。

 アジア開銀の発足がそれであります。わが国が積極的に提唱して組織された東南アジア開発閣僚会議もその一つであります。また、韓国の首唱したASPACやタイ、インドネシアがイニシアティヴをとつたASEAN等、単に経済開発面にとどまらない地域連帯の動きもみられるのであります。

 このような地域連帯への動きと、その底流を形造つている地道な国造りへの関心は、最近のアジアにおける望ましい発展であります。しかし、政治、社会体制の近代化を図り、同時に民生の向上及び経済開発を進めることは、これら諸国が独力で遂行するにはあまりにも大きな課題であります。今日、東アジアにみられる地域協力結成の数々の試みも単なるアジアの連帯という理想によつてのみ動かされているものではありません。むしろ、各国がその力の限界を認識し、それを他国との協力によつてなんとか補ないたいという現実の必要に迫られた結果であるとも解しうるのであります{前34字目ママ}。

 われわれとしては、このようにようやく芽生えつつあるアジア諸国の自助と地域協力の努力に対し、効果的かつ時宜に適した国際援助を与えることによつて、このような努力が具体的な成果を挙げうるようにしなければなりません。それでなければ、せつかくのアジアにおける新しい気運も単にアジア諸国民の焦燥感と挫折感を強めるだけの結果に終りかねないのであります。

 以上私は、ヴィエトナムとそれを含むアジアの大きな背景についてお話をいたしました。日米両国は、今日緊密なパートナーシップによつて結ばれています。この日米間の協力体制は、単に両国それぞれの利益を追及するためのみのものにとどまつておりません。今や両国関係は世界、とくにアジアにおける安定と繁栄を築き上げて行くという共通の目的のために責任を分ち合う関係に発展してきているのであります。私は、一昨年四月ジョンソン大統領が、東南アジア開発のため十億ドルを提出する用意があるとの雄大な構想を示されたことに深い感銘を受けました。また、ジョンソン大統領が昨年七月、アメリカは太平洋国家としてのアジアに対する責任を果し続ける決意であることを明らかにされたことを心強く感じたのであります。

 わが国としても独自の立場から、アジアの安定と繁栄のため一層の努力を行なう決意であります。ヴィエトナム問題の複雑な様相にみられるとおり、アジア問題の解決には、長い忍耐を必要とするのでありましよう。しかしわたくしは最近のアジア歴訪を通じてかかる困難を克服していくための、大きな潮流が力強く動き出していることを身をもつて感じました。このような新しい潮流は世界の恒久的な平和と安定につながるものであることを確信し、日米両国は一層あい協力しなければならないと考えます。

 日米関係が広範な分野における共通の目的の追及を基礎として発展するにともない、沖縄、小笠原の施政権返還問題は、わが国にとつてますます深刻な問題となつてまいりました。戦後二十二年を経た今日、九十五万人にも上る同胞がいまなお外国の支配下にあり、日本国民としての基本的権利を享受することなく、祖国への復帰を熱望しております。そして沖縄、小笠原の祖国復帰は、日本民族全体の国民的願望であります。

 もとよりわが国の国益からみて極東の安全保障は死活の重要性をもつものであり、われわれは、沖縄が日本をふくむ極東の平和と安全に果している役割りについては十分に認識しております。

 しかしながらこのような不自然な状態がいつまでも続くことは、日本国民にとつて不幸であるばかりでなく、長い目でみれば、あらゆる分野における日米の協力関係を維持発展させるためにも避けるべきだと考えます。

 わたくしは、沖縄が日本本土に復帰することと、沖縄の基地がその機能を有効に果すこととは決して矛盾するものではなく、むしろ沖縄の早期返還こそ、長期的に日米関係を確固たる基礎に置きアジアの安全と平和に寄与するものと確信するものであります。

 このような日本民族の総意を背景として、わたくしは沖縄問題の解決に、渾身の努力を傾ける決意であります。

 かかる見地から今回の訪米にあたり、ジョンソン大統領との間に、この問題について率直な意見の交換を行ないました。その結果私は、この困難な問題も、日米信頼関係の枠の中で必ずや解決が可能であるとの確信を強めたのであります。

 私は、米国国民が日本民族の切なる願望と、沖縄、小笠原問題の解決に対する日米両国政府の努力を支持されることを、心から期待して本日のスピーチを終りたいと思います。

佐藤内閣総理大臣演説集 l70−6頁