データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ニューヨーク日米協会等四団体共催晩餐会における佐藤内閣総理大臣の演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1967年11月16日
[出典] 佐藤内閣総理大臣演説集,177−182頁.
[備考] 
[全文]

 議長並びに御列席の皆様

 本夕は、わたくしども夫妻のためにお集りいただき、まことに光栄に存じます。

 この機会は、わたくしどものためばかりではなく、わたくしの大先輩である故吉田茂元総理をはじめ、太平洋の両岸にあつて、戦後日米友好関係の今日を築き上げる上にあずかつて力のあつた、多くの方々のために与えられたものとわたくしは考えております。

 申すまでもなく、本夕この集りを主催されました四団体の役員及び会員の皆様方は、日米両国民の相互理解と民間の分野における協力の推進に多大の寄与をしてこられたのであります。わたくしは日米協会、極東アメリカ商工評議会、ニューヨーク日本商業会議所並びに日本クラブに対し、心からなる敬意を表したいと存じます。

 ニューヨークには約三年振りに参りました。町は相変らず活気に満ち、すべてが能率的であります。三年前に比べるとスカートまで短かくなり、人類の想像力と進歩には限りがないことに、あらためて感じ入つた次第であります。このようなめまぐるしい時代、しかも夕食会の席上、長いスピーチをするのは、気のきかないことではありますが、わたくしにとつては折角の機会でありますから、二、三の問題点について、わたくしの考えを述べることをお許しいただきたいと思います。

 今夕は、主として日米関係を中心にお話しする考えでありますが、まず、中国問題からお話しをはじめたいと考えます。今日の米国国民にとつての最大の関心事はヴィエトナム問題であろうと考えます。したがつて、ヴィエトナムの背後にある中国についてのわが国の考え方について、アメリカの国民に十分理解をしておいていただくことは、日米関係にとつても意味のあることと考えるからであります。

 わたくしは今年の夏以来、アジアの諸国を歴訪したのでありますが、中共の存在は、その周辺諸国に種種の影響を与えております。この「北方の巨人」の無言の圧力に対し東南アジアの諸国は複雑かつ微妙な感情を抱いていることを感じました。彼等はそのような感情から米国が現在ヴィエトナムで払つている犠牲と努力の意義を正当に理解しております。中共が教条主義的、独善的な姿勢で隣国の内政、外交に影響を及ぼそうとしていること、また中共が核軍縮にたいする世界諸国民の強い願望に反して、核開発の道を歩んでいることについては、日本国民も、これを強く遺憾としているのであります。

 しかし日本国民の多くは中国本土にたいし強い親近感をもつております。また一衣帯水の隣国である中国本土との間に永続的な敵対感情が生れ、そしてそれが定着することは避けたいと考えています。

 かかる考え方を背景に、わが国が民間レベルでの貿易や人物交流、記者交換などによつて中国本土との接触を保つていることは意義のあることと考えます。中国本土の政権が、合理的な基礎の上に国際社会への復帰を望む場合、これを受入れるための窓口はあけておくべきだからであります。この点、米国の指導者が、近年この国の対中共政策について長期的な方針を明らかにされたことを歓迎するものであります。例えば昨年ジョンソン大統領は、ホワイト・サルファー・スプリングにおける演説において、「平和な中国本土が平和なアジアの核心となる」ことを指摘して、「中共に対しては、外部の世界を理解させ、平和協力政策をとるよう仕向けなければならない」と述べられました。

 わたくしは、現在ヴィエトナムにおいて共産主義の浸透に対し断乎として対処されている一方において、米国の指導者が、その対中共政策の長期的な展望を明らかにされたことは、勇気のあることであり、賢明なことであつたと考えます。

 日米両国は、中国問題をはじめ、両国に関心のある重要国際問題について常に密接な協議を続けております。かかる密接な協議が、日米両国関係の懸案の解決にも有効であることはいうまでもありません。現に日米両国は政治、経済、貿易の分野において、また航空、漁業の分野において、さらには、安全保障の分野において、多くの懸案の解決に成功してまいりました。

 日米両国が、今日直面しているもつとも困難な課題は、沖縄、小笠原問題の解決であります。しかしながら、わたくしは、この問題をも、日米相互信頼関係に基づいて解決することが可能であると信じます。わたくしは、またそれが、この問題解決への最善、かつ、最短の途であることを確信いたします。沖縄、小笠原問題は、日本国民にとつて極東の安全保障という死活の国益を確保しつつ、その国土と国民の一部が外国の施政権下にあるという不自然な事態をいかに解消するかの問題であります。わたくしは、この問題を過去の記憶にとらわれず、現在の日米関係にふさわしい方法で解決するため、皆様が日米両国政府の努力に支援と協力を惜しまれないことを、とくにお願いしたいのであります。

 戦後のわが国経済の目覚ましい発展は、二十世紀の奇跡とすらいわれております。また近い将来、わが国は米ソに次ぐ世界第三の工業国の地歩を占めるであろうと予言されています。かかる予言は、われわれの耳に快いものであります。しかしながら、現在わが国は繁栄し、成長する社会としての新しい悩みに直面しております。たとえば大気汚染や交通難に象徴される都市問題がそれであります。青少年問題がそれであります。これはますます複雑化する経済社会構造を持ち、ますます高度化する科学技術の世界にあつて、本来人間に奉仕すべき近代化の成果が、意外にも、人間の尊厳と社会の福祉に対する脅威となつている姿であります。

 これは、先進国に多かれ少なかれ共通する悩みであろうと考えます。戦後、わが国国民は、荒廃の中から先進国並みの経済的水準に追いつくことを目標に、ひたむきな努力を傾けてまいりました。いわば、経済成長という形で、国民のナショナリズムが発現され、満足されていたといえるかと思うのであります。

 しかしながら、急速な経済成長の結果、わが国が国内的にも新しい課題に直面している今日の時点に立つて、わが国の将来を展望するとき、わたくしはもはや政治的にせよ、経済的にせよ、偏狭なる自国本位のナショナリズムが、国民の情熱を駆りたてた時代は過去のものとなりつつあると考えます。今や国民の情熱は、より広く、全人類の可能性を無限に押し拡げる方向に向けられるべきものであります。宇宙科学の分野で、南極観測事業において、また原子力の平和利用の面で、わが国国民は、すでにそのような事業に参画しております。わたくしは、このような科学技術の分野こそ、太平洋をはさむ先進国である日米両国間の協力のために新しい可能性を提供するものであると考えます。

 日米両国の協力が、有効である今一つの分野は、人類の歴史とともに存在した課題である飢餓と貧困と疾病に対する戦いであります。わが国は、とくにアジアにおけるこれらの問題の解決を重視するものであります。このような問題の解決なくしては、アジアの永続的な安定と平和は期待しえないからです。わたくしは、今夏来のアジア諸国歴訪を通じて、これらの諸国の間に、自助と、地域諸国間の協力によつて、これらの問題の解決に取り組もうという強い意欲を感じました。このような意欲に対し、力強い協力の手を差し伸べることは、われわれアジア・太平洋地域にある先進国の責務であると信じます。とくに東南アジア諸国に対する経済協力は、今なおきわめて不十分であります。一人当りの数字を挙げれば、この地域の住民が受けている援助は、アジア全体の平均の半ばに充たず、ラテン・アメリカに比すれば三分の一、アフリカの僅か四分の一なのであります。

 これに関連して、わたくしは最近アメリカにみられる保護貿易主義的な動きに失望の念を感ぜずにはいられません。このような傾向は、人為的な貿易障害をとり除くことによつて、世界貿易の発展を図ろうというケネディー・ラウンド交渉の成果を無為に帰すものであり、日米貿易の将来に重大な影響を及ぼすものであります。

 そればかりではありません。わたくしは、かかる保護貿易主義の背景にある孤立主義的な考えに憂慮の念を抱くものであります。今日、アジアにおいてはヴィエトナムにおける米国の努力の蔭に、地域連帯の意識がようやく芽生えようとしております。アジアの先進国としてのわが国も、自国本位の考え方から脱皮して、アジアの安定と繁栄のため、平和国家としての独自の立場から、新しい役割りを果そうとしております。かかる時期にあつて、万一、米国が政治、経済の両面における国際的な責任を捨てて孤立主義のカラに引きこもることありとすれば、まさにすれ違いの悲劇と申さねばなりません。私は、賢明なる米国民が、かかる進路を選ばれないことを信じます。

 以上私は、アジアにおける日米の新しい役割と日米両国間において解決しなければならない当面の課題、及び日米関係のビジョンについて若干の展望を試みました。日米関係が今世紀において、戦争という特異な歴史的経験を経ながら、今日の緊密な友好関係を維持していることは、まさしく時代の要請であるといえるのであります。そして現在の状態は両国が互いの国益に基づく最も自然な結合であるともいえるのであります。

 われわれがこんごとも相手の立場にたつて理解しあい、現に存在する相互信頼の感情を守り育てていく努力を続けるならば、日米関係の将来は永遠に明るいものがあると信ずるものであります。

 ありがとうございました。